2話 海は遠く、その先は未だ見えず
ラファスにある劇場は教都と比べれば規模もだいぶ小さいが、それでもこの町では大きい建物になるだろう。
普段はおとぎ話や小説を原作にした演目が主。
探検者の成り上がりや、身分差の恋などなど。娯楽の少ない民衆の楽しみとして人気だった。
[誰がための我が道か]は、この国の過去でもあるからして、演じることが許されている劇団は限られている。
それでもけっきょく日々を暮らす者たちからすれば、これもエンターテイメントの一つに過ぎない。
ただこの作品は教国が主導しているにも関わらず、柱教の大半が腐敗していたという事実も隠してなかった。
こういった点が認められたのか、多くの歴史学者は好感を示している。
かつて存在した王族の威光。
そして今やこの国の象徴となった、物言わぬ騎士の物語。
収穫祭が終わるのと同時に、第一部から第二部へと内容が切り替わる。
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リヴィアは明かりの落とされた観客席を見渡して。
「なんかドキドキしてきちゃいますね」
まだ始まるまでは少し時間があるので、周囲もザワザワと話し声が聞こえる。
「ここ来ると日常から切り離された感覚があるんだよな」
第一部は互いに都合が合わず。
ラウロは隊長を除く十五班の連中。リヴィアは弟やイザと足を運んでいた。
「前は二階席だったから、こう舞台が近いと緊張するな」
二階席の正面は金持ち専用なので、ラウロは普通に左右席からの鑑賞だった。
突撃探検隊はけっこう稼いでいるが、貯蓄ゼロのゴブリンもいるので仕方ない。
「そっちは一階席だったんだろ?」
「でも端っこだったからね。今回はラウロさんとだし奮発しちゃった」
えへへ~ と照れ笑うオッサン。その仕草をお前がするなと言いたい。
最近になって一緒に住み始めたこともあり、今では財布を握られてしまった様子。
だが全てを渡してしまうと、育友会の集会で毛根神さまへのお布施ができないので、こっそりお金をちょろまかしている。いっそ出家信者になれば良いのに。
第一部の内容を思い返していたのだろう。
「あの場面みたら、孤児院で騎士を志願する子が多いのも、何となくわかりますってイザが呟いてたなぁ」
「劇場で観たとすりゃ、尚更だな」
探検者の次に第一騎士団を選ぶ者が多い。
「そう言えばティトの奴いってたな。騎士王が立派過ぎて、姉ちゃんと観るのキツかったってよ」
「えぇっ 比べたつもりなんてなかったけどなぁ」
自分が弟だからこそ、歴史に名を残す弟が主役の作品に、思う所があったのだろうか。
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第一部。
先代の王は兄よりも弟に寵愛を向けていた。
実際に家臣団の中には、そちらに家督を継がせようという動きもあった。
だがこの弟がうなずく事はなかったらしい。どんな時も必ず兄を立て、自分は一歩さがる。
父からの贈り物は先に兄へ渡せと断わり、成人後もそういった姿勢は崩さず。
先王が死去すると、即座に周囲の反対を押し切って時空騎士団に入隊する。
それは自分の子も含め、今後一切の王位継承権を放棄する行為だった。
弟はその日より兄弟の関係を捨て、自分を一臣下として扱うよう、皆の前で王に跪く。
王となった兄は誰よりもその弟を信頼した。
最初の数年は一騎士として前線で剣を振るった。
立場からして出世していくが、慢心することなく稽古に励む日々。
武具防具は自分で手入れし、そんな姿を見ていた同期達も段々と同調していく。
孤児院で才能を見出された者たちは、柱教により専門の訓練を受け、やがて騎士としての役目を任される。
出家した者の家臣も一部がついて行く。そして子供が産まれろば後を継いだりもする。
旧教国の騎士という仕組みは、どうしてもこれら両者に確執ができてしまう。やがて相応の地位となった弟はそれを取り払うことに尽力した。
孤児院出身の者たちを見下すことを許さず。いくつかの取り決めをまとめ、破った者は家臣だろうと元孤児だろうと、身分に関係なく処罰していく。
小さな過ちで小さな処罰を繰り返せば慣れてしまう。
大きな過ちであれば、大きな処罰をしなくてはいけない。
塩梅の難しさに苦労しながらも、なんとか身内の地盤を固めた頃に、とある有名な場面に入る。
王都の孤児院で視察を行う際、彼は毎回そこにいる子供たちに稽古をつけていた。
どの子も目を輝かせ、手合わせを終えると緊張しながらも、満足そうに頭をさげる。
だが一人だけ、諦めない少年の姿があった。
周囲に窘められても、悔しそうに歯を喰いしばって立ち上がり、再び木剣を構えなおす。
王弟が生意気な餓鬼に自分の名を伝える。
そんなの知っていると答える少年。
名乗りを上げろと笑って返す。
子供は自分の名を教えると、恥ずかし気もなく、いつか貴方を越える男だと叫ぶ。
家臣らは無反応だったが、孤児院の者たちはその言葉に怒りや蔑みの感情を向ける。
しかし対峙していた騎士だけは楽しそうに大声で笑った。
配下に自分の短剣を用意させ、その子供に手わたす。
まだ貸すだけだ。いずれ越えた日には、お前にくれてやる。
これが第一部ではもっとも有名なシーン。二人の英雄の出会いだった。
その後は帝国を後ろ盾とする小国との戦いで、様々な実績を重ねるだけでなく、時には王の名代として諸外国との交渉に携わることもあった。
もはや旧教国にとって彼は騎士だけではなく、王の片腕として内外に認識されていた。
そしてついに弟は兄から騎士王という称号を与えられる。
だがこれは歴史をもとにした英雄譚。
ここから先は少しずつ話が重くなっていく。
敵対していた小国からの密かな使者。
都市同盟と帝国に挟まれ、代理戦争となっている実情の説明。
小国連合結成の誘い。
賛成派と反対派の対立。
この膠着状態を、もっとも嫌っている国は何処かと叫ぶ騎士王。
せめて実行するのであれば、都市同盟も巻き込まなくては話にならんと意見するが、それでは意味がないと反対する者たち。
王としては弟に賛成する立場だったが、二大国の都合で戦わされ、多くの血が流れているのは事実だった。
苦肉の策として、孤児院出身の者たちを暗躍させ、賛成派や腐敗している連中の弱みを握ろうとする。
時には暗殺もいとわず。
失敗した場合は拷問される前に自決するよう毒薬を渡す。震える手をつかみ返し、意思のこもった目を向ける部下たち。
だがそんな中だった。彼は任務中に咳き込み、手の平を見つめ、それを握って隠す。
暗い雰囲気が続くなかで、ある一つの場面が挟まれる。
騎士団の就任式。
将来の幹部候補は王や柱教長がその役目を担うが、それ以外の時空騎士団は団長である王弟が勤めていた。
成長したあの日の少年が、騎士王の前に膝をつける。
短剣を両手に持ち、それを恭しく差し出す。
騎士王はうなずくと、青年の肩に受け取った短剣をおく。
そこからしばらくは二人の場面が続く。
まるでその意志を継ぐかのように、多くの言葉を男に残す。
やがて騎士王は自室で寝込む日が多くなり、会議に参加しようとしても家臣たちに止められる。邪魔をするなと払いのけ、身体を引きずりながらも行動を続けた。
最期は王との二人きりで締めくくられる。
いつも口煩い、目の上のたんこぶが居なくなって清々する。そんな冗談を言っていたが、王に元気がないのは明らかだった。
しばらくの無言。
意を決した兄は、せめて最後は兄として接しようとするも、弟は王にそれを許さず。家臣として此処で別れとなることを詫びた。
何処まで隠せるかは不明だが、その死は会議の結論が出るまで伏せられた。
葬儀も行われず、王は王として在り続ける。
騎士王は最後に大きな失敗を犯していた。
もし兄として泣けていたのなら、そうはならなかったのかも知れない。
王は職務を全うしようと努めるが、以前できていた量を熟せなくなっていった。
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劇場には舞台と観客席だけでなく、楽器を演奏する者たちの席もある。
「そろそろ始まりそうですね」
まだ舞台の幕は閉まったままだが、演奏が耳に入ってきた。
ラウロは座り直し、姿勢を整える。
そんなオッサンの横顔を見つめ。
「骸の騎士さまか。ラウロさんは、会った事あるんですか?」
「いや。あの人と戦えるのってよ、第一騎士団の団長になる人だけなんだよ。そもそも自分から志願してない俺らには、【墓地】への挑戦資格すらなかったわけだ」
リヴィアは視線を舞台へと移す。
「……そっか」
祖国と民を愛し、王家に忠誠を誓い、騎士王の意志を託される。
柱教ではなく、柱の教えを胸に。
「おっ 始まるぞ」
死後もその身を旧教国の未来に捧げた者。
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第二部。
小国連合。
まずはその結成を秘密裏に成功させなくては意味がない。
同時に各所から攻めることで、帝国に混乱を与え、その隙に乗じて帝都を目指す。
だがどこかからその情報が漏れていたのだろう。
完璧にとは言わないが、周辺国の軍を押さえることに帝国は成功した。
そして皇帝率いる本軍は大平原で、元属国・旧教国と対峙する。
数としては旧教国側の方が多く、序盤は有利に進んでいた。しかし元属国の一部が示し合わせたかのように帝国本軍へ寝返った。
だがそれでも何とか持ちこらえていたが、帝国は元属国を無視して旧教国を執拗に狙ってきた。
元属国も本気で連合を結成していたのだから、帝国は少なくない被害を受けたが、寝返った連中がその攻勢を抑えつけようと激突。
死平原。
やがて元属国は帝国に降伏した。
旧教国はこの戦いで名だたる将を失った。それは騎士団も例外ではなく。
当時の教国は平原にも領土を広げていたが、もはやそれを維持できるだけの勢力は残っていない。
平原の要である城郭都市で抗うことも出来る。
もしくはこの地を諦め、王都のある山脈の向こう側で再編成を実行。
小国連合の結成に関しては、もう一つの大国へ秘密裏に話は通してあった。恥を忍んで都市同盟に増援をお願いし、山を越えてきた帝国を迎え撃つ。
だが多くの戦力を失ったとはいえ、まだこちらもけっこうな大軍だ。このまま撤退するとなれば、帝国は追撃してくるだろう。
山越えのルートは幾つかある。
道は整っていないが、最短で戻れる道。
迂回することになるが、すでに整備が完了している道。
連合国の領土を通過しなくてはいけないが、今回の場合は位置的に最善とされる道。
演劇という舞台で大きな戦いを描くのは難しかったのか、ここまでは事前に配布された用紙と、序盤の解説で説明されていた。
主人公が歴史の表舞台に登場したのは、旧教国の撤退作戦だった。
連合国の領土を通る道からと、最短で戻れる道の二手に別れての撤退。
彼はこのうち後者の殿として、帝国の追撃を防ぐ。
時空騎士団の団長としてではなく、一団員としてだが。
舞台上では仲間たちと協力して、必死に帝国兵を喰いとめている姿が見て取れる。
だが一人また一人と、団員たちは倒れて行く。
槍を持った敵が名のある騎士を打ち取った。
豪の称号を持つそいつは、首を高々と掲げ、道を開けろと叫ぶ。
地面に倒れ伏せていた主人公が、剣を杖がわりにして立ち上がった。
鎧が赤く光り、次の瞬間には燃えあがる。
槍豪に首を返せと呟けば、熱に怯んだ敵兵を瞬く間に斬り殺していった。
覚醒者と豪の者が剣と槍を交差させると、主人公の身体が炎に包まれ、馬ごと相手を切り伏せる。
勝者は相手から奪った得物を掲げ、ここから先は通さないと、大声で敵兵たちを震えさせた。
これ以降、彼は馬上でその槍を扱うようになった。
追撃を退けたあとも、主人公は仲間を引き連れて峠の道に残る。
帝国も準備を整えるのに時間はかかったが、このルートを突破しようと試みてきた。だが主人公のゲリラ戦法により、進軍は困難を繰り返すことになる。
これら活躍もあって帝国は迂回する方針をとったが、時間稼ぎとしては十分な成果を上げていた。
旧教国も再編成を何とか終え、都市同盟から増援の約束を取り付けることにも成功する。
この頃には時空以外の柱教は一部を残し、港町に向かい古都アンヘイへの逃亡を図っていた。都市同盟は現在だと感情神が主となっているが、柱教はもともとそこから来た組織でもある。
帝国は勝利を重ねながら、確実に王都へと迫ってくるが、港町にはこちらの援軍が到着していた。
やがて王都は帝国軍に包囲されるも、都市軍を信じて籠城を続ける。
帝国側もかなりの距離を歩いているので、疲れはあるはずだ。こちらに物資を運搬するのも楽じゃない。
しかし都市同盟の動きは消極的だった。
彼らには海という武器があった。ここで無理に戦力を喪失するよりも、海戦に備えるべきとの意見が議題に上ったのかも知れず。
その時はついに訪れる。
城壁の門が開かれ、ゆっくりと帝国兵が王都に足を踏み入れた。
王族は旧教国のとある町に身柄を移動させられる。
時空の柱教は死を覚悟して、帝国への使者として旅立っていく。最後まで抗った騎士たちに、最後の使命を託し。
時空騎士団にとって、最期の戦いが始まろうとしていた。
王の息子は警備が厳しすぎて無理だったが、王家にはまだ継承権を持たない濃い血が残っていた。
同じ騎士として、なんども一緒に稽古をしてきた者だ。
けっして見張りは手薄ではなかったが、生き残ったわずかな仲間とそれを突破する。
夜の闇に身を隠し、騎士王の忘れ形見を馬車に乗せ、港町に向けて出発。
恐らく都市同盟は身柄の保護を拒否するだろう。
もしくは保護をしても、引き渡せとの要求を呑んで差し出すか。
彼らとしては帝国に開戦の名分を与えたくない。今は軍港の戦力を増強させることを優先したいはず。
王家の血ではなく、ただの避難民として、この子と都市同盟に渡る。
だが帝国は甘くはなかった。
騎士は仲間に子供を託し、追撃の兵士を数名で迎え撃つ。
舞台の上で彼らは十数名の兵と戦うが、自分たちを無視して馬で通り抜けて行く連中も多い。
共に残った仲間も居なくなり、それでも諦めず魂を燃やす。
敵を斬り抜け、ボロボロの身体で森をさまよう。
足を引きずりながらも敵兵から身を隠し、凍える夜をうずくまって耐え忍ぶ。
いつしか立つことも出来なくなり、地面に這いつくばるが、それでも彼は動きを止めず。
木を模した小道具を、黒子たちが左右の舞台袖へと動かしていく。
一つまた一つと木は減っていき、うす暗闇に現れたのは何かの壁絵だった。
照明が朝焼けを演出するように、舞台が輝きに包まれる。
いつのまにか演奏は止まり、波を模した砂の音が劇場に鳴り響く。
役者は上半身を起こし、光に照らされたその絵を見つめる。
観客には背中を向けたまま、一言の台詞もない。
ただその光景を眺め続ける。
満足したのか、男はそのまま横に倒れ込む。
はるか遠くには、うっすらと陸の影が浮かんでいた。
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静かな拍手。
主要人物を演じた者たちが舞台の前にでて、手を繋いで腕を上げる。
拍手の音が大きくなる。
動作で挨拶をしてから、一人ずつ舞台袖に去っていく。
「結末知ってたけど、やっぱちょっと悲しいね」
「刻印はどこで授けられたんだろうな」
天上界に導かれる証。その場面は劇中で確認できなかった。
二人ともこの作品を劇で見たのは今回が初めてだった。
小説などではリヴィアも読んだ経験があるし、ラウロは訓練生時代に習っている。
劇場を出て、お茶でも飲もうと近場の店を探す。
どこか夢見心地で、ボーっとしながら大通りを歩く。
「海……見たかったのかな?」
「騎士王の息子が無事に渡れたか心配だったんじゃないか」
うーんと唸り納得いかない様子。
「実際に遺体は海際で発見されてんだよ。まあそう記録されてるだけだから、本当かどうかはわからんけど」
収穫祭が終わって、人込みもだいぶ減ってきたか。
「どうでしたか、面白かったですか?」
「まあそうだな。ちょっと疑問があるんだけどよ」
少し考えこむ仕草をして。
「この国ってあの状態から、どうやって立て直したんだろうな」
大陸の三強と言われるほどに。




