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いつか終わる世界に  作者: 作者です
外伝 誰がための我が道か
71/133

憧れの場所

こちらは同時投稿の二話目になります。



 大平原の山脈を越える道は限られている。


 峠の道。


 この時代ではまだそこまで整備も出来ていないので、荷馬車がなんとか通れる程度ではあったが、それでも往来は盛んだった。


 それを狙う連中も当然いる。



 古びた軽鎧。黒ずんだ肌。欠けた額当に伸びきった髪。


 見るからに盗賊だが、使い込まれた両手剣だけが、唯一つ手入れの行き届いた品。


 それと対峙するのは二名の護衛。防具は胸当に腰当と同じ軽鎧だが、こちらの方が品質は断然に上だろう。武具は片手剣と小盾。


「賊風情がっ!」


 護衛の斬りかかりを鍔で受け止め、巻き込みながら地面へと打ちつけたのち、靴底で剣を踏みつけて無理やり武器を手放させる。


 もう一名が側面から突いてくるが、後ろに一歩さがって回避すると、すぐさま相手の手首をつかむ。


 少し捻りを加えれば、そいつは抵抗することも出来ず剣を落とした。



 最初に斬りかかってきた護衛は半歩回り込み、山賊に向けて盾で殴りかかるが、額当からの頭突で対抗する。


 受けるであろう衝撃や痛みを予想した上で、〔覚悟〕することにより耐え凌ぐ。


 思いっきり打ちつけただけあり、小盾は押し負けた。



 山賊は両手剣を手放すと、慣れた手つきで短剣をホルダーから抜く。掴んでいた護衛の腕を引きながら、その切先を相手の腹部に押し当てる。


「やばっ」


 前頭部から血が流れ落ち、視界が霞む。



 山賊は残ったもう一名の小盾を両手で掴む。それを軽く押し込み、護衛の姿勢を後ろに崩させてから、引いて前によろめかす。


 右膝が相手の股間に打ち込まれるが、腰当の陰もあってそこまでのダメージはない。


 それでも護衛の姿勢は完全に崩されていた。山賊は浮かせていた片足を相手の股下にくぐらせ、荒い投げ技で地面に倒す。


 小盾を装着している側の肩を膝で固定して馬乗りになる。右腕のガントレットを握り締め、兜から露出していた顔面を殴打する。



 周囲には仲間たちと護衛団の喧騒。


 山賊は殴りながら一方に意識を向け。


「……選べ」


 その場で腰を抜かし、震えている女がいた。


 服装からして、それなりに裕福な暮らしをしていると予想できる。


「慰み者にされるか、自ら命を絶つか」


 護衛に右腕を掴まれるが、左手のグローブで殴ればいい。



 女は歯を喰いしばり、震える足で立ち上がる。胸に抱きしめていた、美しい装飾の施された短剣の鞘を抜く。



 山賊は固定していた膝を退けると、自らの両手で護衛の上腕を掴み、額当からの頭突を顔面に打ちつける。 


 その動作を何度か繰り返せば、相手は抵抗しなくなる。



 背後にはこちらに切先を向けた女が一人。


「俺は下っ端だ。お前をどうにかできる権限は持たん」


 自分を殺したところで、まだ数十名の山賊が残っていた。



 女は短剣を山賊の横に投げ捨てる。


「殺して」


「自分の手は汚したくないんだがね」


 震える声で乾いた笑みを。


「なにを今さら、犯罪者が」


 美しい短剣の柄を握り、血塗れの顔面をそのままに立ち上がる。


「こいつは高く売れそうだ」


 血で汚すわけにはいかないので、近場に落ちていた片手剣を拾う。


 振り返っても、女の顔を見ることはしない。小さく息をついてから、一歩を踏み込む。


「何時か…あなたに……天罰が下りますことを」


 母の顔が脳裏に浮かぶ。


・・

・・


 山賊の住処と言っても、何時造られたのかも不明なボロ小屋と、それを囲うように設置された小汚いテント。


 馬小屋など大層なものはなく、そこら辺の細木に括り付けていた。世話は下っ端の仕事。


 今は賊なんてやっているが、村の産まれだった連中もいるから、小さな畑や家畜なども飼っている。もっともそれで自給自足ができる訳でもない。


 峠の輸送団を狙うこともあれば、近隣の村々を襲うこともある。


 収穫の季節になればどの村を狙うか話し合ったり、豊作かどうかを確認したりする。偵察も下っ端の大切なお仕事。


 下っ端の男にはテントなども与えられない。小屋の近場では火が熾されているので、ボスのお叱りを受けたあとはそこに向かう。


「よう相棒。良かったじゃねえか、今回も殴られるだけで済んだようで」


「ああ」


 火を囲う数名の中で、声をかけてきた者の隣に座る。自分の方が山賊になったのは早かったので、立場でいえば後輩になるけれど、気が合うのでこの人物とは良く行動を共にしていた。


「ちゃんと言いつけ守ってりゃ、今ごろもっと威張れる位置につけただろうに」


 女は殺すな。


「いつまでも世話になる気はないんでね。余計な罪は重ねたかない」


 呆れ顔を向けられてから、ため息をつかれる。


「どっちにせよ、殺してる時点で恨まれてんじゃね?」


 性欲に関しては嫌な記憶が多いせいか、まだ若いのに最近は男として機能してくれない。


「かもな」


 周囲を見渡す。略奪が成功したこともあり、皆が何時もより酔っぱらっていた。


「最近はすこしやりすぎだ。国に目をつけられてなければ良いんだが」


 荷馬車を守る連中の数も以前より増えている。


「連中は年貢だけ欲しがって、貧しい村々を助けたりしねえさ。おら、これ使え」


 事前に桶と布を用意してくれていたようだ。


「悪いな」


「おう」


 血が乾いて固まっていたので、こびり付いて中々落ちない。


「騎士が出てこなけりゃ良いんだがよ」


 この国は王制だけれども、ある組織が大きな権力を握っている。


「柱教が腐敗している昨今、俺からすれば兵士の方が厄介だと思う」


 相手は目を細め、横目で男を伺いながら。


「騎士が兵士に劣るっつうのか?」


「全てじゃないさ」


 完全に腐敗しきった国が、戦乱の世で存続できるはずもない。


「光や時空あたりの騎士が来るのなら、俺は真っ先に逃げる」


 王家と繋がりのある時空柱教に腐敗はない。それを後ろ盾とする時空騎士団もまた同じ。


 光柱教は腐っているが、そこの騎士団は背後に一部の有力貴族が付いている。公爵だか、辺境伯だかは知らないが、代々その血筋が団長や幹部を務めている。


「山賊でしかない俺の情報源なんか、大した当てにもならんけどな」


 奪った品を売るにも相手が必要。まっとうな商売ばかりしている人間の方が少ない。


「お前まだ諦めてないのか」


「やっと築いた伝手なんだ」


 賊という立場から出来ることに限るが、盗品商には今日までできる限りの協力をしてきた。美しい短剣はお頭を通さずに渡す予定。


 いつか船員として雇ってくれる。


「騙されている可能性は」


「だとしても……俺は都市同盟に行きたい」


 これまでの人生。騙されたことなんて一度や二度じゃない。


 明日の飯にありつくためなら、小汚いオヤジに身体を売ったこともある。


 生き残れるなら、なんだってしてきた。


 彼には何度もこの話をしていたが、毎回嫌がることもなく付き合ってくれた。


「あの国は選挙でトップを決めるんだ」


 始めてその話を知った、その時に受けた衝撃と感動は今でも忘れない。


 なぜ自分がここまで惹かれたのか理由も良くわからないが、もし骨を埋めるなら都市同盟しかないと心底思った。


「表面だけ見てたりしないか?」


 けっきょく立候補するには莫大な金が必要。票を集められるのは各都市の有力者だけ。



 男は下戸なので、火にかけたお湯で喉を潤す。


「それでも、俺はあそこの市民になりたい。だって誰を選ぶか決めれるって権利があるんだぞ」


 投票したい。何度も死にかけながら、やっとの思いでここまで来た。


「……」

 

 相手は無言で男の背中を叩くと、額に布を巻くのを手伝ってくれる。


「あと少しなんだ」


 海があると思われる方角をじっと見つめる。少年のような瞳で。



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