憧れの場所
こちらは同時投稿の二話目になります。
大平原の山脈を越える道は限られている。
峠の道。
この時代ではまだそこまで整備も出来ていないので、荷馬車がなんとか通れる程度ではあったが、それでも往来は盛んだった。
それを狙う連中も当然いる。
古びた軽鎧。黒ずんだ肌。欠けた額当に伸びきった髪。
見るからに盗賊だが、使い込まれた両手剣だけが、唯一つ手入れの行き届いた品。
それと対峙するのは二名の護衛。防具は胸当に腰当と同じ軽鎧だが、こちらの方が品質は断然に上だろう。武具は片手剣と小盾。
「賊風情がっ!」
護衛の斬りかかりを鍔で受け止め、巻き込みながら地面へと打ちつけたのち、靴底で剣を踏みつけて無理やり武器を手放させる。
もう一名が側面から突いてくるが、後ろに一歩さがって回避すると、すぐさま相手の手首をつかむ。
少し捻りを加えれば、そいつは抵抗することも出来ず剣を落とした。
最初に斬りかかってきた護衛は半歩回り込み、山賊に向けて盾で殴りかかるが、額当からの頭突で対抗する。
受けるであろう衝撃や痛みを予想した上で、〔覚悟〕することにより耐え凌ぐ。
思いっきり打ちつけただけあり、小盾は押し負けた。
山賊は両手剣を手放すと、慣れた手つきで短剣をホルダーから抜く。掴んでいた護衛の腕を引きながら、その切先を相手の腹部に押し当てる。
「やばっ」
前頭部から血が流れ落ち、視界が霞む。
山賊は残ったもう一名の小盾を両手で掴む。それを軽く押し込み、護衛の姿勢を後ろに崩させてから、引いて前によろめかす。
右膝が相手の股間に打ち込まれるが、腰当の陰もあってそこまでのダメージはない。
それでも護衛の姿勢は完全に崩されていた。山賊は浮かせていた片足を相手の股下にくぐらせ、荒い投げ技で地面に倒す。
小盾を装着している側の肩を膝で固定して馬乗りになる。右腕のガントレットを握り締め、兜から露出していた顔面を殴打する。
周囲には仲間たちと護衛団の喧騒。
山賊は殴りながら一方に意識を向け。
「……選べ」
その場で腰を抜かし、震えている女がいた。
服装からして、それなりに裕福な暮らしをしていると予想できる。
「慰み者にされるか、自ら命を絶つか」
護衛に右腕を掴まれるが、左手のグローブで殴ればいい。
女は歯を喰いしばり、震える足で立ち上がる。胸に抱きしめていた、美しい装飾の施された短剣の鞘を抜く。
山賊は固定していた膝を退けると、自らの両手で護衛の上腕を掴み、額当からの頭突を顔面に打ちつける。
その動作を何度か繰り返せば、相手は抵抗しなくなる。
背後にはこちらに切先を向けた女が一人。
「俺は下っ端だ。お前をどうにかできる権限は持たん」
自分を殺したところで、まだ数十名の山賊が残っていた。
女は短剣を山賊の横に投げ捨てる。
「殺して」
「自分の手は汚したくないんだがね」
震える声で乾いた笑みを。
「なにを今さら、犯罪者が」
美しい短剣の柄を握り、血塗れの顔面をそのままに立ち上がる。
「こいつは高く売れそうだ」
血で汚すわけにはいかないので、近場に落ちていた片手剣を拾う。
振り返っても、女の顔を見ることはしない。小さく息をついてから、一歩を踏み込む。
「何時か…あなたに……天罰が下りますことを」
母の顔が脳裏に浮かぶ。
・・
・・
山賊の住処と言っても、何時造られたのかも不明なボロ小屋と、それを囲うように設置された小汚いテント。
馬小屋など大層なものはなく、そこら辺の細木に括り付けていた。世話は下っ端の仕事。
今は賊なんてやっているが、村の産まれだった連中もいるから、小さな畑や家畜なども飼っている。もっともそれで自給自足ができる訳でもない。
峠の輸送団を狙うこともあれば、近隣の村々を襲うこともある。
収穫の季節になればどの村を狙うか話し合ったり、豊作かどうかを確認したりする。偵察も下っ端の大切なお仕事。
下っ端の男にはテントなども与えられない。小屋の近場では火が熾されているので、ボスのお叱りを受けたあとはそこに向かう。
「よう相棒。良かったじゃねえか、今回も殴られるだけで済んだようで」
「ああ」
火を囲う数名の中で、声をかけてきた者の隣に座る。自分の方が山賊になったのは早かったので、立場でいえば後輩になるけれど、気が合うのでこの人物とは良く行動を共にしていた。
「ちゃんと言いつけ守ってりゃ、今ごろもっと威張れる位置につけただろうに」
女は殺すな。
「いつまでも世話になる気はないんでね。余計な罪は重ねたかない」
呆れ顔を向けられてから、ため息をつかれる。
「どっちにせよ、殺してる時点で恨まれてんじゃね?」
性欲に関しては嫌な記憶が多いせいか、まだ若いのに最近は男として機能してくれない。
「かもな」
周囲を見渡す。略奪が成功したこともあり、皆が何時もより酔っぱらっていた。
「最近はすこしやりすぎだ。国に目をつけられてなければ良いんだが」
荷馬車を守る連中の数も以前より増えている。
「連中は年貢だけ欲しがって、貧しい村々を助けたりしねえさ。おら、これ使え」
事前に桶と布を用意してくれていたようだ。
「悪いな」
「おう」
血が乾いて固まっていたので、こびり付いて中々落ちない。
「騎士が出てこなけりゃ良いんだがよ」
この国は王制だけれども、ある組織が大きな権力を握っている。
「柱教が腐敗している昨今、俺からすれば兵士の方が厄介だと思う」
相手は目を細め、横目で男を伺いながら。
「騎士が兵士に劣るっつうのか?」
「全てじゃないさ」
完全に腐敗しきった国が、戦乱の世で存続できるはずもない。
「光や時空あたりの騎士が来るのなら、俺は真っ先に逃げる」
王家と繋がりのある時空柱教に腐敗はない。それを後ろ盾とする時空騎士団もまた同じ。
光柱教は腐っているが、そこの騎士団は背後に一部の有力貴族が付いている。公爵だか、辺境伯だかは知らないが、代々その血筋が団長や幹部を務めている。
「山賊でしかない俺の情報源なんか、大した当てにもならんけどな」
奪った品を売るにも相手が必要。まっとうな商売ばかりしている人間の方が少ない。
「お前まだ諦めてないのか」
「やっと築いた伝手なんだ」
賊という立場から出来ることに限るが、盗品商には今日までできる限りの協力をしてきた。美しい短剣はお頭を通さずに渡す予定。
いつか船員として雇ってくれる。
「騙されている可能性は」
「だとしても……俺は都市同盟に行きたい」
これまでの人生。騙されたことなんて一度や二度じゃない。
明日の飯にありつくためなら、小汚いオヤジに身体を売ったこともある。
生き残れるなら、なんだってしてきた。
彼には何度もこの話をしていたが、毎回嫌がることもなく付き合ってくれた。
「あの国は選挙でトップを決めるんだ」
始めてその話を知った、その時に受けた衝撃と感動は今でも忘れない。
なぜ自分がここまで惹かれたのか理由も良くわからないが、もし骨を埋めるなら都市同盟しかないと心底思った。
「表面だけ見てたりしないか?」
けっきょく立候補するには莫大な金が必要。票を集められるのは各都市の有力者だけ。
男は下戸なので、火にかけたお湯で喉を潤す。
「それでも、俺はあそこの市民になりたい。だって誰を選ぶか決めれるって権利があるんだぞ」
投票したい。何度も死にかけながら、やっとの思いでここまで来た。
「……」
相手は無言で男の背中を叩くと、額に布を巻くのを手伝ってくれる。
「あと少しなんだ」
海があると思われる方角をじっと見つめる。少年のような瞳で。




