10話 終盤 装機兵防衛戦・前半
内壁突破作戦も終盤。
雨もほんの少し落ち着いてきた。
すでに装機兵は最後の脇道を通過していたが、レベリオ組の受け持ちを過ぎた頃から、背後に出現する敵の数が一気に増えていた。
八班と九班は護衛団に加わってもらう予定だったが、大通りに残ってもらうことになる。
しかしそのままでは多勢に無勢となってしまう。
支援組や救援班の〖土犬〗に指示を出し、レベリオ組と第六班にもついて来いの合図をすることで、今は足止め班との合流に向けて動いてもらっていた。
最前列の第三班は一人につき二十四体の〖戦士〗を出現させ、その数は通常時でも四十八体。
「神力は持ちそうかねぇ」
土使いは自分の杖を動かし。
「内壁までは持つんじゃありませんかねぇ。ただ交代がままなってませんな」
クールタイムの関係で、どうしても隙間の時間がでてしまう。
「一人で五十体くらい召喚すりゃ、なんとか交代も回せるじゃないですかい」
「それこそ内壁まで神力が持たんだろぉよ」
〖後光〗だけでは引き付け切れず、現在こちらに近づく敵は〖土狼〗で食い止めていた。本来ならゴーレムの操作には、軽装の神技が必要なのだけれど。
「ほれっ そっちに五体やれ」
土使いが杖を抜けた方向に、〖土狼〗を引き連れた〖土犬〗が走り出す。
「忙しいとこ申し訳ないが、第二班の様子を探ってもらえるかい」
「へぃへぃ。少々お待ちくださいよぉ」
目を閉じて映像を共有。
最前列に比べれば敵も少ないが、後方からも時空紋は出現していた。
炎の初老共を抜けたのか、それとも中間で紋章が浮かび上ったのか、第二班も現在は〖戦士〗で装機兵への接近を食い止めている最中。
「イージリオが灰を漁っとります」
頑張っている仲間たちに気づかれないよう、自分用の腕輪にこっそり素材を入れているのだろう。
火杖の班員が笑いながら。
「どうしようもねえなぁ でも僕かぁアイツ好きだよ」
彼はデボラたちよりも少し若い。
女性は杖で自分の肩を叩きながら。
「もう始末書だけじゃ駄目よ。報酬減らさないとね、流石に見過ごせないでしょ」
ため息を一つ。
「懲らしめるのは全部終わってからにするさ」
怒られる様子を想像したのか、腹を抱えて笑ってから。
「それでも反省しないのが、イージリオの良い所だ」
「マルチェロ。あんたもちょっとは集中しな、始末書だしたいのかい」
愉快な表情のままだったが、巻きぞえをくらっては堪らないと、彼も戦いに意識をもどす。〖赤光のローブ〗を発動。
・・
・・
装機兵は自分たちの後方をゆっくりと歩いていた。
第三班を抜けてきた敵は、前方の少し離れた位置で、〖土狼〗との戦いを続けている。
大きな〖赤光玉〗から、無数の〖炎球〗が全方位に発射。
これまで黙っていた男が、火剣の切先を一方に向け。
「デボラ」
班長は返事もせず、すぐさま瓶の中身を地面にこぼし、靴底で摩擦を加える。
輝く狼煙(白)により、この場の視界を確保。
「……やられたね」
地面に倒れていた骸が、灰の中からむくりと起き上がった。
鞘から剣を払う。
その個体が立ち上がって少しすると、同じく灰に隠れていた骨鬼が次々と姿をさらす。
すべてが盾と剣を持っており、防具は軽鎧。
通常のガイコツとは装備が違うので、もしフィロニカやその仲間が確認していれば、警戒も強めていたはずだ。
灰の中に隠れた状態で召喚され、第三班の目をやり過ごしたのだろうか。
見た目は老けているが、第一班の最年少は土使いだったりする。
「あんたはこれまで通り、〖土狼〗を操作して前線を抜けてきた敵に対応しとくれ」
といっても四十代だから、オッサンであることに違いはないけれど。
「へぃ このターリストにお任せを」
装機兵の進路を邪魔しない位置まで移動してから、その場に座り込む。
「これから先、あたしのことはお構いなく」
〖茶光のローブ〗を発動させ、十分な輝きをまとってから、〖土狼〗を一体ずつ召喚。
最後に〖土犬〗を手元に置いてから。
「守っておくれ」
〖犬〗だけでなく〖狼〗も近づいてきたので、ターリストは皆を撫でてから、神杖を胸元に抱かえ。
「んじゃ、始めっか」
目を完全に閉ざし、骨鬼の向こう側にいる、交戦中の〖土犬〗と意識を共有させた。
・・
・・
二十体ほどの骨鬼が整列を終え、第一班の四名と対峙する。
骨鬼が前進を開始。
風と火の杖持ちは、それぞれに〖緑光・赤光のローブ〗を発動。
片手に握った剣を胸元に持ってき、騎士としての敬礼を。
「いつも通りで良いか?」
デボラは小さくうなづき。
「お願いするよ」
火剣の使い手が前に出ると、頃合いを見て〖火炎放射〗が発動し、敵と〖炎の鎧〗を焼く。
骨鬼たちは盾を構えるが、それだけで熱を防げるはずもない。ただ痛みを感じる機能もないようで、燃えるのを無視して走り出した。
〖炎身〗をまとった男と、骨の集団が激突。
〖炎剣〗で一体を沈黙させると同時に〖火炎放射〗が停止。
デボラは数歩前に進む。
「ケーラ」
「はいはい」
風の加護者が十分な神力を沈ませた杖を掲げる。
〖向かい風〗 敵にとって正面から緑の突風が吹く。
骨鬼たちは盾で火炎放射から身を守っていたので、なんとか姿勢を崩さずに耐え凌いでいた。
ケーラが神杖を胸元へ持っていく。
〖追い風〗 敵にとって背後から緑の突風が吹く。
重心が前に傾いていた所為で、転倒とまでは行かなかったが、骨鬼は完全に姿勢を崩した。
「何時もすまんね、ジェランド」
火剣の使い手は骨鬼たちを切り伏せながら。
「……気にするな」
〖憎悪の紋章(味方)〗 一定範囲の敵に引き寄せ効果(中)を発動。
〖父なる愛〗 範囲内にいる味方の防御強化。痛み緩和。全属性耐性強化。ただし重量を持ったゴーレムなどの物理攻撃は当てはまらず。
胸に構えていた神鋼の大剣を、デボラはゆっくりと右肩の上部に動かす。外装を含めて全てが純正のそれを、もし奴が見ていたら白目を向いて倒れること必須。
すでに十分な神力を沈ませていた。
〖風刃斬・横断〗 水平に大剣を振り、横長の風刃斬を発生させる。斬撃強化(弱)。風刃は命中すると消える。風圧。
ジェランドに引き寄せられた両端もろとも、骨鬼の前列が後列を巻き込んで吹き飛んだ。
〖母なる愛〗 範囲内の一定回復と状態異常治癒。精神安定。
もしデボラが〖憎悪〗背負っていれば、〖横断〗の範囲に全ての骨鬼を入れることができなかった。
ただそれだけの理由。
「大丈夫かい」
地面に火剣を突き刺し、斬撃と風圧を耐え切るも。
「すまん、見誤っていた」
灰の山が盛り上がる。
「俺の後ろだ」
一体の骨鬼が姿をさらす。
〖紋章〗が発動していることもあり、そいつが狙うのは目前の人間。
〖地炎撃〗が発動するも、歩行阻害(中)を無視して、骸骨は両手剣を雨天にかかげる。
〖炎身〗に包まれた男の背中に、別の〖紋章〗が浮かび上がった。
〖愛情の紋章〗 心の奥底より暖かな力が満ち溢れ、秒間回復(強)と身体能力強化。防護膜をまとう。
両手剣が防護膜を裂き、ジェランドの背当てを斬る。
血が流れても倒れることなく、地面に突き刺さる剣で己を支えた。
〖愛憎の紋章〗 引き付け(中)。受けた部位に同等の衝撃を与える。
骨鬼の背当てが弾けたが、これといった反応も示さず。返す刃で確実に殺そうとしてきたが、なぜか寸前で剣が停止した。
〖憎悪の紋章(敵)〗 引き付け(強) 愛の加護者に敵意を向ける。
後ろを振り向き、赤い光がデボラを探す。
「完全に騙されてたよ」
すでにデボラは背後に迫っていた。
大剣と両手剣が激突する。
手首を緩め、大剣を地面へと流して落とす。
骨鬼は肩からの体当たりにより、デボラは後ろへと押し返される。
「上手いもんだ」
腹へと肘を押し込まれ、完全に姿勢を崩されてしまった。一度その場で動きを止め、彼女が後方によろめくのを待ってから、両手剣を叩きつけてきた。
〖風の鎧〗 緑の強風がデボラを中心に広く漂う。耐久強化。攻撃してきた敵の武器側面に、風が当たって威力を鈍らせる。
斬撃に命中こそしたが、〖鎧〗のお陰で傷は浅い。地面に減り込んだ神鋼の大剣を、片腕で操作して相手を薙ぎ払うも、後方に跳んで回避された。
「雑魚にも気をつけて、もう立て直してるわよ!」
戦闘に復帰しようと、三人一組になっていた。
マルチェロが杖を胸元に持っていく。
大きな〖赤光玉〗が整列を阻止するために、大量の〖炎球〗を連射させる。
ある程度の傷を癒したジェランドが、振り向きざまに骨鬼へ〖火剣〗で斬りかかった。
「お前は黙っていてくれ」
寸前で頭をさげて避けられてしまう。
「あんたらは大人しくしてな」
デボラはガイコツ共を睨む。
〖風刃斬・縦断〗 上段からの振り落とし。範囲は狭いが斬風が奥に突き抜ける。斬撃強化(中)
六体の骨鬼が吹き飛ばされてから、灰へと帰った。
〖縦断〗を振り切れば、どうしても隙が発生してしまう。
この骨鬼がそれを見逃すはずもなし。
なにより〖憎悪(敵)〗が、デボラだけに意識を集中させる。
しゃがみ込んだ姿勢のまま石畳を蹴り上げ、両手剣の切先で地面に火花を散らしながら接近。
〖風刃の鎧〗 デボラの周りを風の刃が渦巻く。一定秒間で停止。
一瞬だとしても、それは確かな怯みだった。大剣で下方からの斬撃を防ぐ。
〖緑光の杖〗 杖の先端が光り、範囲内の火と風属性を強化。
〖無風無断〗 打撃強化(強)。鍔迫り合いからの発動。
両手剣は粉砕されたが、骨鬼は即座に柄を手放してから後ろにさがった。慣れた動作で短剣を抜く。
「最後はあんたに任せるよ」
「わかった」
この神技を習得するには、相応の年数を求められる。
〖赤光玉〗と〖炎身〗が一体化。
〖炎人〗 装甲の隙間から炎が噴射。鋼が熱を帯びて赤く光る。身体能力が一層に強化されるも、鎧・重鎧でなくては効果半減。
熱をまとったジェランドが斬りかかる。回避行動は間に合わなくとも、骨鬼は短剣での受け止めに成功するが、あまりの炎に防具ごと骨が燃え上がった。
〖炎人残火赤鉄〗 炎人が鎮火する代わりに、〖炎剣〗が赤鉄となって対象を焼き尽くす。
しばらくして灰に隠れていた全ての骨鬼が、眼球のあった窪みから光を失った。
ターリストも立ち上がり、デボラたちのもとに戻っている。
第三班はまだ前方で戦っているが、もうすぐ最後尾のイルミロたちは片がつく。
ここまでくれば、内壁の突破は目前と言って良い。
「気を引き締めて行くよ。【町】を思いだしな」
前回の内壁突破作戦では此処からが本番だった。
内容が同じであれば、今後は強化個体も出てこない。
大量の雑魚と壁上の弓兵。
「……さて、行くかねえ」
デボラ自身も覚悟を決めて、一歩を踏みしめた瞬間に、あるものが目に映る。
歴戦の騎士が動きを止めた。
・・
・・
二班班員がこちらにやって来る。
「なにかありましたか」
第一班の面々を見渡したが、全員が真っ直ぐに内壁を睨んでいる。
「大丈夫さ。問題ない」
「そうですか」
じゃあなんで進まないのか。
首を傾げながら、今から装機兵が進む道の一角を眺めれば、彼も他と同じく足を止めてしまう。
小さき者が瓦礫に腰を下ろし、無言で装機兵の護衛団を眺めていた。
デボラはまっすぐ内壁の方向を見つめながら。
「土犬以外の召喚を停止させな、そっちの〖戦士〗もだよ。このまま通り過ぎる」
敵対意識を持ってしまうと、召喚された存在も敵と認識して襲いかかる可能性があった。
「へぃ」
フィロニカたちに協力している〖狼〗を残し、この場にいるのは全て土に帰す。
二班班員もうなずくと、覚束ない足取りで持ち場にもどる。
「あの馬鹿に伝えておけ。素材を掠めてたことは不問にしてやるから、絶対に目を合わせるんじゃないってね」
ケーラも続けて。
「炎の初老組にも、私たちと合流するよう連絡しといてくれる」
「わかりました」
ターリストは視界を〖土犬〗と共有させ。
「もう戦いは終わっとります」
ゴブリンに視線が行かないよう、デボラは空を見上げてから息をつく。
「まぁあれだよ」
小鬼の特殊個体。
正規のボス戦で当たったという実例は、少なくとも教国内では報告されておらず。
デボラたちは【町】の大ボスを倒した経験がある。
大陸全土の上級に出現するフィールドボスの中で、こいつは最強と呼ばれる存在だった。
勝利の報告も教国の歴史上、今のところ記録されていない。
ポタポタと雨が顔にあたる。
「不幸中の幸いとは、まさにこのことさ」
他にはない大きな特徴を持つ。
・・
・・
第三班を含め、屋根上の各班にも指示をだし、【放浪】を横切ると伝えた。
装機兵を守る行列が、移動を再開させる。
イージリオはバレていたことがショックで、細い目をさらに細くして肩を落としていた。
小さき鬼は装機兵が珍しいのか、興味深そうに腰を下ろしながら眺める。
こちらを馬鹿にする様子も一切なく、ただ大人しく見物するだけ。
震えるイルミロを仲間たちが支えながら、初老たちも無事にゴブリンの前を通った。
【放浪】は立ち上がると、尻についた泥を払う。
眩しそうに暗い夜空を仰ぐ。
ボロボロの外套で目もとを拭う。
雨が降る。
笠をかぶり直し、ゆっくりとした足取りで歩きだす。
雨が降る。
行列とは逆の方向へ。
終わらない夜に消えて行く。




