9話 狂戦士・鉄塊の大剣
予定していたとこまで終わりました。まだ11話の見直しが残ってますので、一日2話投稿で行きたいと思います。
南門で待機する連中が混乱するから、狼煙は中央通りから離れた位置に上げるよう言われていた。
余裕がなく、やむ負えずその場で紫の狼煙を使ったのだろう。
脇道にはまだ黄色い狼煙も残っていた。
雨が降っている所為か、肉鬼だった灰は未だ風に散らされておらず。
地上の敵をすべて倒してからが本番だった。
最後の一体だという掛け声はしたが、ラウロの耳にその言葉は届いてなかった。
・・
・・
オーガ。
町中の遭遇戦なら単独での出現が多いのは有難い。だがそんな利点を踏まえてもなお、魔物の中ではもっとも強力な種として知られる。
まとうのは王鎧だったが、肌が露出している面積が多い。
そんな薄い装甲でも、こいつらの一部が扱うその武器を見ると、接近するのが嫌になるという探検者は少なくない。
オークが片手で持つそれよりも分厚く、トロールが振り回すそれにせまる重量ながら、巨大とまでは言われないサイズを保っていた。
呼吸を止め、立ち向かう男が一人。
振り落とされた鉄塊の大剣に合わせ、神盾の〖打撃〗を発動させるも、予想していたほどの衝撃はなかった。
レベリオは即座に気づき、守短剣から王盾に交換すると、〖僕の盾〗を発動させる。
神力を沈ませる余裕はなかった。
大鬼の蹴りが側面より直撃すれば、人間の身体が真横に吹き飛んで、灰の山に埋もれてしまう。
受け止めに失敗した仲間を見て、その声にも焦りが生じてしまう。
「マリカっ!」
屋根の上にいた仲間は骨鬼の対応をしながらも、こちらの様子は気にしてくれていた。
「できたら風圧ちょうだい!」
「わかった!」
了承を得るとアリーダは装備の鎖に盾と剣をもどす。
叫んだせいで大鬼はこちらに気づいているが、このままではレベリオがやられてしまう。
「合わせてっ」
勢いよく家屋の壁を蹴ってから、より高く飛び上がった。〖風圧の矢〗が放たれ、それが地面に命中する手前で弾けた。
装備の鎖より大剣(将)を出現させる。
〖風圧〗を利用して、相手よりも高い位置から〖大剣落し〗を発動。
大鬼は彼女の一撃を素手で握り止め、そのまま石畳の地面に向けて振り落とす。
掴まれた瞬間にアリーダは武器を手放したが、着地した瞬間を狙らわれ、オーガが鉄塊の大剣を真横に一閃。
靴が地面に触れると同時に片膝を折り曲げ、姿勢を低くとって回避には成功した。
「……私の大剣」
修理で直せれば良いのだけれど、気を落としてもいられない。
装備の鎖より半曲刀と〖盾〗を出現させ、〖私の剣〗を発動してから、大鬼の脇腹に〖無断・幻〗を打ち込む。
相手はその凶悪な顔面を歪ませたが、剣に十分な神力を沈ませられず、残念ながら手応えは薄い。
今さっき真横に振り切った鉄塊の大剣。オーガは握力にものを言わせ、その反動を無視して手首を返し、柄尻をアリーダの側頭部に向けて叩きつける。
〖盾〗でなんとか防ぐも、防御の意思を込めるのが間に合わず、馬鹿力で突き破られ強引に吹き飛ばされた。
家屋の壁に激突。
〖聖域〗に身体を委ねながら、レベリオはその場から立ち上がる。もう〖鎧〗についた灰を払う余裕もない。王盾も完全に壊れてしまった。
「マリカっ! そっちはどうですか!」
一刻も早くオーガとの戦いに加わってもらいたい。
「今ラウロさんが向こう側を片付けてる! こっちもあとちょっと!」
大鬼からすれば、攻撃をしてきたアリーダに対処をしたに過ぎず。その敵意はずっとレベリオに向けられていた。
だから吹き飛ばされたばかりの彼女ではなく、すでに体勢を立て直した彼を狙う。
「暮夜を使ってるなら、攻め手も増えるか」
マリカの〖連射〗は使い勝っては良いが、攻撃力という面では突き抜けておらず。レベリオも〖復讐〗の熟練は低い。
以前のレベリオ組。
瞬間攻撃力の要は、〖いつか見た夢〗と〖断罪落とし〗の二つだった。
大鬼は地面を抉り、一足でレベリオのもとまで接近。
続けて鉄塊の大剣を振りかぶる。
「受けるのは無理だな」
〖盾の突進〗で狙うのは着地したばかりの片膝。
頑強な皮膚に鎖帷子は不要。重厚な鎧は強靭な肉体の妨げにしかならず。
この程度で姿勢を崩せないことは予想していたので、正面からの衝突は避けるべき。盾の角だけをぶち当ててから、そのまま横切って通り抜ける。
「アリーダ、動けるか」
「〖聖域〗のお陰で、もうすぐ治るわ」
吹き飛ばされた衝撃で家屋の壁を壊していたが、こういった場合は時空紋も発生しないようだ。
まだ〖鎧〗は残っているのに、彼女の防具は左前腕と肩当に破損が見られる。
壁にぶつかった時にも、後頭部を思いっきり強打していた。
歪んだ兜を投げ捨て、大鬼を睨みつける。
「盾も駄目ね。予備用意しといて正解だったわ」
移動用に使っていた革の〖鎧〗に交換。
王の革鎧と兵の革鎧。盾も別々の物を登録していたらしい。
〖あなたの盾〗を発動させてから。
「使おう」
「待ってました」
ベルトホルダーには〖消火剤〗を入れていたので、収納ポーチより〖血剤〗を数個とりだす。
「〖紅・血刃〗」
容器に入れられた〖血剤〗を零すも、地面に落ちることなく、全身にまとっていた銀光に吸収される。
今から〖聖域〗は彼女を治癒できない。恐らくまだ左腕は出血もしているはずだけど、装甲の隙間から流れ落ちる前に蒸発していた。
大鬼はアリーダに視線を向けるが、レベリオから意識を反らすことができず。
「私のことも構ってちょうだい」
両足の輝きが増し、〖一点突破〗を仕掛けるべく構えをつくる。今できる限りの神力を半曲刀に沈ませる。
大鬼は足の位置をわずかに動かしていた。
それが回避の事前動作ということを、アリーダが気づかないはずもない。
レベリオが雨降る夜空に盾を掲げていた。
大鬼は彼から意識を反らせない。
「ほら、ちゃんと私のことも見なさいって」
先に動いたのはアリーダだった。〖一点突破〗で宙を駆けるも、オーガは半身になって回避に移る。
腰を捻りながら鉄塊の大剣を持ち上げている所からして、通り抜けざまに叩き潰すつもりのようだ。
「仰け反れっ!」
周囲に広がっていた〖苦痛〗の光が一点に収縮して、神盾の表面より放たれる。
大鬼は体重を乗せていた片足の膝を、ほんの少しだけ曲げていた。それを伸ばしながら足首を操作すると、踵で地面を蹴りあげ、姿勢をほとんど動かさないまま後ろに飛び跳ねた。
〖咆哮〗は回避され、尚且つ下がった距離は少しだけ。
通り抜けたアリーダは、鉄塊の大剣にとって間合いの内側だった。防護膜で大鬼の攻撃を凌ぐのは難しいだろう。
ただ彼女の実行した〖一点突破〗は、相手が回避することを読んでいたので、通常よりも着地地点は手前。
予定では避けられた後に〖咆哮〗が命中するはずだったから、自分は即座に向きを返し、相手の足などを狙うつもりでいた。
オーガも完全な姿勢からの振り下ろしではなかった。
着地した右足を軸に半回転すれば、〖一点突破〗の勢いを殺さないよう、左の靴底で地面を蹴って大鬼に斬りかかる。
鉄塊の大剣と神鋼の片手剣が接触。
ものすごく重い衝撃が剣身から柄に、手から腕にと痺れをもたらし、堪らず歯を喰いしばらせた。それでも腰を捻って流すことには成功する。
大剣は横に反れて地面に減り込んだが、アリーダも姿勢を大きく崩す。
オーガは柄を持ち変えて、その大剣を支えにすると、彼女に向けて膝からの蹴りを放つ。
アリーダは抗うことなく地面に倒れ、空気を歪ませるほどの剛脚をギリギリで避ける。
盾を装備の鎖に戻してから、すぐさま左肘を使って身体を起こし、なんとか相手の脛を斬った。〖血刃〗が発動する。
オーガは鉄塊の大剣を持ち上げて、未だ片膝をつけるアリーダに斬りかかるも、レベリオが間に入り〖僕の盾〗と〖打撃〗で受け止める。
すぐさまアリーダはその場から立ち上がり、レベリオの盾より半身を乗りだし、オーガの前腕を斬ると同時に側面へ回り込む。
駆け抜けながら膝裏に向けて剣を振る。傷口も今までより大きなものになっていた。
「やばいわね、コイツっ!」
姿勢を崩すために斬ったのだけど、オーガは二本の足で立ったまま、レベリオを押しつぶそうと力を込め続けていた。
屋根の上より声が聞こえる。
「俺はもっとやばいの知ってるぞ、そいつより数倍の迫力があったな」
大鬼がもう片方の腕で、レベリオの盾を奪おうとしてきたが、マリカの放った矢が肩に突き刺さる。
後を追ってきた〖友〗が上腕や首に命中したが、頑強な皮膚に阻まれて浅い。
それでもレベリオが後ろにさがる時間は十分に稼げたようだ。
「隻腕のことですか?」
「試練のオーガだ」
アリーダが隙を見て斬りかかれば、血しぶきが舞って消えた。
「こんな時にふざけんのやめなさいよっ!」
「まあ、そうなるわな」
実際に隻腕と戦った経験を踏まえても、これはラウロにとって紛れもない事実だった。
嘘か誠かは別として。
「お前ら知ってるか?」
始めて〖紋章〗や〖暮夜〗を発動させたとき、脳裏にその内容が浮かび上がってきた。
「〖夜明〗の前が一番暗いんだとさ」
昔は光で具現化させる必要もなく、剣の闇は発動と同時に少しずつ濃くなり、終了の間際に完全な漆黒へと変化していた。
王鋼の背当てを断ち、頑強な皮膚を斬り、強靭な筋肉を裂く。
今は夜の闇を払うため、その瞬間だけ青白い刃は、より一層の輝きを放つ。
大量の出血により、〖紅〗に銀とは別の色が混ざる。
「青い血は趣味じゃないんだけど。興が削がれちゃうじゃない」
「どうしろってんだ」
いったん離れていたレベリオは、神盾を構えてから。
「役者は揃いましたね」
オーガは正面からの〖突進〗を鉄塊の大剣で受け止めるも、マリカの放った〖風圧の矢〗が緑の束縛へと変化した。
化け物の咆哮が【天空都市】の夜空に鳴り響く。
大剣でレベリオを弾き返すと、誰も近づかせまいと鉄塊を振り回す。
「見せ場は俺がもらっちまうかな」
もう一瞬の輝きは失っていたが、〖夜明〗はまだ続いていた。
浅くとも確実に頑強な皮膚は傷を増やしていく。
この場にいる全員が、その神技を最後まで見たことが今までなかった。
本人も含め。
「おい、大丈夫かお前」
天からの雫が肩に触れると、白い蒸気となって夏の夜空に消える。
振り回されていた鉄塊の大剣が、片手剣の一振りで両断された。
割れた片方が落下すれば、水の弾ける轟音と共に石畳へと減り込む。
アリーダの眼球が赤黒く光っていた。
こうなってはもう手がつけられず。
血は一滴も雨に流されることなく、返す刃で幕が閉じる。




