6話 突撃探検隊 謎の怪魚人ギョギョギョ族は実在した!? 果たしてルカ隊長と隊員たちはどうなってしまうのかっ!!
用水路から何かが這いあがる。
「ギョギョ」
周囲の確認をすると、腕を振って合図をだし、仲間たちを先導する。
「ぎょぎょぎょ」
「ぎょぎょ ギョギョギョギョギョ」
大きい魚と言えるが、人間の毛深い手足が生えていた。二足歩行で片手には氷の槍を持ち、もう片方には氷の盾を持つ。
身体はそのまんま魚だから腰らしきものはないが、しばらく経つと折れ曲がるようになる。
ギョギョギョたちが、その身体を地上に適した形態に変化させたころ、用水路から水の柱がバシャっと立ち上がった。
「うっふーん ギョギョギョのぎょ~」
雨降る夜空に、毛の浮かび出た白タイツの魚が舞う。
ガラスの靴。いや違う、それは氷の靴。
つま先で着地をすると、膝をゆっくり曲げながら両手を広げ、指さきのしなやかさに意識を向けた美しいポーズを決める。
「ギョギョギョーっ!」
取り巻きのギョギョギョたちからは拍手喝采。
数は十五体ほどであり、この【天空都市】で出現する群れとしては、そこまで多くない。
・・
・・
もともと慣れてくれば、ある程度の視界が確保できる薄暗闇。また今日に限って言えば、所々で輝く狼煙が上がっていた。
路地の曲がり角にこっそり顔をだし、その光景を見守っている者たちが四人。
さしものボスコも顔を引きつらせ。
「あれ造形したの誰だよ」
デザインしたのは彫刻神か、それとも人形を作る神か。
はたまた創造主か。
「侮るなよ。ふざけた感じでも強い場合だってあるんだ」
ルカに意識など向けていない。
王革と神布の軽装を着ているフィエロが、装備の鎖より矢筒(神革・王布)と弓(神木)を取りだす。
「……」
モンテの指示を待つ。
「このまま動かないようなら、しばらく様子を見るか」
しかし願い虚しく、連中は輝く狼煙に氷の槍を向けて。
「「ぎょっ ぎょっ ギョォー!」」
エイエイオー 的な雄叫びと共に、盾を雨天の空にかかげた。
「……フィエロ」
うなずくと通路の角に身を隠しながら、矢羽を弦にかけて絞る。
「待ってちょうだい」
フィエロの前に厳つい腕が伸ばされ、射線を遮られた。
「貴方たちは下がってなさい。ここは任せてもらえないかしら」
振り返り三人にウインクをして。
「こう見えても私は脳筋じゃないからね」
考える筋肉だろうか。
「未知の生物に意思の疎通を試みるのは、いつだって隊長の役目でしょ」
モンテはどうするか考える仕草をして。
「そうですね」
先ほどからのやり取りを見ているに、連中は独自の言葉で会話をしていた。
だがあまりにも危険すぎる。
「ありがとう。モンテ隊員」
「ちょっと、待っ」
普段着の法衣から、正装の筋肉に変更すると、通路の角から堂々と姿をさらしてしまう。
ルカの良い所は、リーダーの言う事を聞く意思があること。
「お前いい加減さあ、学べよお。あの返事じゃ、隊長勘違いするだろ」
「なんで俺が悪い風に言うんだよ」
命令違反などに関しては、どちらかと言えばボスコの十八番だ。
騎士団時代は理不尽な上官に殴りかかり、返り討ちにあってから仲間に治癒され、ダンジョン活動終了後に独房へ入れられるまでが何時もの流れだった。
ラウロとの関係は、飯抜きのゴブリンにこっそり、パンと水を持っていったのが始まりだったりもする。
・・
・・
突然あらわれたほぼ裸の人間に、ギョギョギョたちは一歩さがり警戒を強める。
「初めまして、私はルカ隊長と申す者よ」
沈黙。
「おっと、これは失礼いたしました」
礼儀として、筋肉を魅せるためのポーズを決める。
ギョギョギョ達はそれぞれに顔を見合わせ、氷槍の切先をルカに向けた。
怯むことなくポーズを続けたまま。
「おやめになって、人類皆おともだちよ」
「ぎょぎょ? ギョギョギョっ!」
筋肉がピクピクと動き、その信号が脳へと伝わる。
「うーん」
背後の三人に意識を向け。
「難しそうねぇ……あっ ちょっとまって」
ギョギョギョ達が二手にわれ、その真ん中から一体のギョギョギョが姿を現す。
「話が通じそうな奴がでてきたわ」
氷の靴をコツコツと鳴らしながら、尾びれをプリプリと動かして前にでてきた。
左腕を前に、右腕を背中に、両膝を外側に折り曲げる。
おそらく初めましての仕草のようだ。ルカもポーズを切り替え、動作で挨拶を返す。
「ぎょっ ぎょぎょぎょ」
「ええ。貴方の立ち振る舞いも素敵よ」
ギョギョギョは穏やかな表情のまま。
「ぎょぎょぎょ、ぎょぎょ」
「ええそうよ、もう七カ月ってところかしら。ごめんなさいね、先住者がいたとは知らなかったわ」
魚なので本当は顔なんてわからない。
「ぎょぎょギョ」
「ちょっ ちょっとまって、違う。違うのよ」
頭部を左右に揺らすギョギョギョ。
「ぎょぎょ……ぎょぎょぎょ」
釣り糸と針をルカに見せる。
「そっ それは確かに私たちね」
「ギョギョギョのぎょ」
なぜルカ隊長は会話ができるのだろうか。
「私たちだって、最初から出てきてくれたら」
「ぎょぎょギョぎょ」
背後からそんな声が聞こえるが、もう隊長の耳には入らない。
「ギョギョギョーギョ・ギョ―ギョギョ」
「わかったわ」
両者が一斉に振り返り、それぞれが離れて行く。
釣り糸と釣り針を見て、たぶんこちらにも非はありそうだと、モンテもなんとなくは理解した。
「交渉は成立したわ。相手も妥協はしてくれたけど、満足いくものではないわね」
このまま何もせずに引き下がってはくれないと。
・・
・・
すぐに戦いが始まることはなかった。
「でっ どんな戦方で行くんだ」
「最初は俺が光戦士を使って様子をみる。まずは力量を測らせてもらう」
モンテはこちらに戻ってきた隊長を見て。
「筋肉の神技は禁止です」
ルカが後方で輝く筋肉を使い、それに寄ってくる敵を三人で防ぐというのが、もっとも無理のない戦方ではある。だけど肉体を敵に魅せたいという思いが強いのか、無意識に前に出てしまうらしい。
「少なくとも、俺の指示なしで使うのは止めてください」
回復神技を使えば、全てを忘れて戦いを続行できる。
ラウロの実例から予想するに、本人の自覚がないだけで、負担は蓄積されていく。大丈夫かどうかなんて、こちら側では判別もできない。
「リーダーがそういうなら、仕方がないわ」
いくつかの注意事項があるとのことで、内容を聞く。
通訳はもちろんボスコ。
「完全な敵対は避けれそうだ。ただ一度戦わなくちゃ収まらんってよ」
怒りを沈めてもらうためにも。
・・
・・
用水路に雨がおちて、無数の波紋が水面に広がったころ。
敵側も話し合いをしている様子だったが。
「ギョギョギョ」
ギョ族(仮名)たちは適当に整列する。ボスと思われる個体は後方で、なにやら踊り始めた。
ゴブリンは鎧をまとい、左右の手にそれぞれ盾を構える。
「始めるつもりのようだねぇ」
横を用水路が流れており、戦いの空間としてはギョ族の方が有利だと思われる。
ただ彼らが中央通りにさえ行かなければ、こちらとすれば目的は達成と言っても良い。装機兵も内門までは半分を過ぎた頃だろう。
「じゃあ予定通り、まずは様子見だ。連中の特徴を掴むぞ」
モンテは二十体ほどの〖光戦士〗を召喚する。光の紋章から三体ずつ出現させているので、これが一つの組なのだと思われる。
騎士鎧に神力を沈ませなくても、この程度なら自力で可能だった。
特に隊列などなく、〖戦士〗たちを前に進ませる。得物は両手持ちのメイス。
ボスコは〖光壁〗の足場に乗り、正面に〖光十字〗を展開させ。
「あの後ろで踊ってんのが、なんか味方にバフをつけてんな」
「向こう側だけ、雨の勢いが強い気がするわね」
本来の水は無色透明だが、気持ち青みがかっていた。こちらにデバフを貰ったという感覚はない。
両者がある程度に距離をつめると、前列にいたギョ族の数体が口を開け、水の塊を飛ばしてきた。
回避できた〖戦士〗は少ない。メイスで防いだり弾くなどで対処するものの、飛んできたのは水なのでずぶ濡れになってしまう。
「盾も持たせた方が良かったんじゃねえか」
「受けて見なきゃわからんだろ」
前列にいた何体かが、氷の槍を〖戦士〗の足もとに投げる。その切先は突き刺さることなく、地面への衝突と同時に砕けてチリとなった。
少しして、ずぶ濡れ状態の〖光戦士〗が凍りついた。
皆より一段高い位置から、ボスコはその様子を観察していた。
「水の加護者に氷を扱える奴なんざ、今のとこ僕は知らんなぁ」
見晴らしが良いということは、それだけ狙われやすい。
ギョギョギョの口から発射された水の玉を〖光強壁〗で防ぐ。続けて放たれた氷の槍が〖壁〗に命中するが、こちらも砕けて氷粒が舞うのみ。
〖戦士〗と同じく、〖光強壁〗に付着していた水分が凍り付く。
モンテがボスコの〖壁〗にメイスを打ちつけた。
「内側までっつうならヤバイけど、表面だけか」
すでに〖光の戦士〗とギョ族たちは、互いの得物で戦いを始めていた。ボスコが彼らを指さし。
「歩行阻害くらいにはなるけど、そこまで困らねえだろ」
光る騎士鎧の表面は凍りついていたが、動くたびにボロボロと崩れ落ちて行く。だが次の瞬間には、再び氷の膜が発生しているようだ。
「……」
無口で知られるフィエロが、自分の露出している肌をパンパンと叩きだした。
いつもボケてばかりいるゴブリンも、なんだかんだで突っ込みに回ることもあるようで。
「いや喋れって、伝わらねえよ」
後方で踊っているボスギョを、どこか羨ましそうにルカは見つめていたが。
「目的は歩行阻害よりも、私たちの体温を低下させる点にあるのかしら」
モンテは戦っているギョ族を睨んだまま。
「なるほどね、悪寒やら凍傷って感じか」
装備の鎖を操作し両手持ちのメイスから、連接棍棒へと変更する。
柄に短い鎖が繋がれており、その先には棘つきの鉄球。
ギョギョギョは盾でフレイルを受け止めるも、〖戦士〗が叩きつけたのは柄の部分だけだった。鎖が折れ曲がり、鉄球が魚の頭部に直撃する。
「思ったよりダメージはなしか」
魚体が青く光っており、鉄球を叩きつけた部位だけが凍っていた。
ボスコも同じ場面を目撃していたようで。
「一点突破の防護膜みたいなもんか。いや、火心のほうかね」
「たぶん衝撃吸収もあるな」
フレイルというのは盾持ちに対して有効な武器ではある。それでも回避された時など、鉄球が勢いあまって自分に当たってしまったり、また柄の部分で相手の攻撃を防ぐなどには向いていない。
モンテは左腕に盾を装備する。それを反映して、〖光の戦士〗も盾とフレイルを左右に持った。
「奴の踊りは水属性の強化って感じかね」
ボスコは水の加護者を思い浮かべ。
「もし支援以外の神技があるとすりゃ、水はあんな風に氷にして戦う感じになんのか?」
水属性が習得できるのは、〖水浄化〗〖水分解〗〖雨〗〖噴射〗が基本。
記憶を探りながら。
「ラウロのとこにいる槍の娘……モニカさんだったか」
ティトが風の属性神技を得たのと同じく。
「たしか彼女も氷を扱ってたはずだから、そんな感じになってんじゃねえか?」
水と剣の合作神技。
一点突破の防護膜に氷が加わる。
その後も二人は敵について真剣に観察を続けた。フィエロも注意深く相手を探っていたが、無言なので誰にも伝わらず。
ルカは筋肉の神技を使っていないが、ボスギョ(ボス)に対抗してポージングを始めていた。
「うーん。これは八十点ってとこかしら」
輝く筋肉には芸術点というものがある。敵の攻撃などで姿勢が崩れてしまうと、これが低くなっていき、第一から第五のポーズに移るまでの時間が延長されてしまう。




