5話 大空洞 後編
試練ダンジョンは一本道で短いと言っても、すでに三十分以上は歩いていた。
同じ景色が続き、二人もそのうち飽きてくるかなと思っていたが、冒険は想像以上に楽しいようだ。
ネズミやゴブリン。あとは岩肌に張り付いている、三十cmほどの蜘蛛を警戒しながら横切ったりもした。
ゴブリンが二体の時は、聖域だけお願いして自分たちで戦ってみたい。四体の時は弓があればなと悔しがる。扱えない癖に。
そうこう歩いていれば、やがて遠目の景色に変化が。
「階段だ」
「もうすぐ、ボスかな」
不安そうなアドネ。ある意味、この試練のボスは本気で厄介だった。探検者としての素質を試される。
大空洞の幅は狭くなり、進めば進むほどに通路となっていく。天井の高さは変わらないが、階段を上っていけばまた違う。
段数を声にだし、一歩ずつ上がっていく。百段を越えた辺りで振り返れば。
「すげぇ」
左右の圧迫する岩壁の奥に、これまで歩いてきた道のり。二人とも町の中しか知らないので、全てが人生の初体験。
「よかった、蜘蛛はいないみたいだね」
「あれは意外と大人しいぞ。成長するとまた別だが、このダンジョンには出現しない」
こういった階段という環境で敵に挟まれたりすれば、けっこう厄介だったりもするが、試練にそこまでの苦難は用意されていない。
・・・
・・・
上り切ると左右の壁がなくなり、ちょっとした空間になっているが、行く先の道が途切れていた。
「なんだよこれ、あのブロックに乗れってか?」
「あっ、向こう側に扉と像があるよ」
自分たちのいる場所とセーフゾーンの間には大きな裂け目。その幅は二十mほどあり底は見えず、飲み込まれそうな暗闇が広がる。
宙に浮いたブロックは行き来している。三人なら問題なく乗れそうだ。
「階段を見てみろ」
言われて二人は振り返る。
「マジかよ……くそっ!」
ゴブリンの群れが階段前に集結していた。今のところ十体はいるか。
「早く渡らないと」
奈落の手前まで三人は走る。底冷えする空気が闇の中から唸りを響かせ、巻きあがる風がこっちに来いと頬をこする。
「ふざけんな」
ブロックは岸の手前で引き返していた。
距離としては五m。飛べないこともないが、恐怖もあって見送ることなった。
「小走りで上っても10分はかかる。焦んなくて良い」
経験者は語る。
「ブロックへのジャンプを失敗すれば、またここまで歩かなきゃいけない。なにより、ゴブリンの群れもついてくる。加護なしにはかなり辛いぞ」
「やめてよっ! 焦らせないでよ!」
珍しくアドネに怒られる。殴ってきた。
「すまん悪かったって。俺もそれは面倒だからな、ちょっと待ってろ」
〖聖壁〗 攻撃を防ぐ薄い光の壁。物理判定あり。強度は熟練で上がっていく。同時に作れるのは今のところ二壁まで。
こちらに向かってくるブロックよりも下となる位置。水平になるよう〖聖壁〗を出現させ、ラウロはそこに飛び降りた。着地音は特にない。
「お前らはそのまま飛べ」
防御よりも足場として利用することが多く、気持ち昔より靴底に吸いつく感覚が増し、歩き心地が良くなった。本人は確証を持ててない、最初の状態がどんなだったかなど思い出すのは難しい。
二人はここにきて遂に尊敬のまなざしを向ける。
「はじめて凄いと思ったぜ!」
「やればできるじゃないか、見直したよ!」
跳ねた途端に突き落としてやろうかと考えたが、色々と面倒なので我慢した。そしてブロックがこちらに向かってきた。少し隙間もあるが、失敗しても転落は防げるだろう。
まずは助走をつける。二人は顔を見合わせ、互いにうなずき合う。
速度はルチオの方が早いが、アドネも運動神経が悪いとは思わない。
着地の音が二足続けて鳴り響く。
「おっさんすまねぇ 俺ら向こう岸でまってから」
すでにブロックは動き出していた。
「問題ない。そっち飛ぶから空間あけてくれ」
ラウロは助走のために後ろへ。
「気をつけてね、落ちても向かえ行けないから」
「おう」
聖壁の表面はそこまで広くもないので、歩幅も狭くしないと合わせるのが難しい。もう一つの聖壁を造りだし、二段ジャンプの要領で着地する。
「すごいのは解ったけど、無理する必要もねえだろ」
「ルチオ駄目だよ。あれだよね、僕たちに良い所見せたかったんだよね」
頭の傷跡から血がプシューしそうになるが、オッサンなのでここは我慢。大人だ。
「なんなのお前ら、さっきまでゴブリンの群れに焦りまくってたのに。俺だってあそこに残るの嫌だぞ、普通に」
「だって平然としてたじゃんか」
そもそもの場数が違う。
「おじさんなら、群れの十や二十なんとかなるでしょ」
「ゴブリン舐めんなよ」
質より量。ボロくてもちゃんと武装している時は堪らない。
「偽物ってわかっていても、あれは危険な魔物だぞ。純真で残虐で執拗な、何かに飢えている気がするんだ」
小鬼。餓鬼。
「そっか」
向こう岸に到着する。こちら側は最後まで運んでくれるようだ。二人は軽く跳ねて着地。続いてオッサンも大股で渡る。
像に近づき、しばらく階段側を眺める。すでに聖壁は消滅していた。
ルチオは唾を飲み込んで。
「来たぞ!」
「たぶん大丈夫だけど、剣は抜いておけ」
時空神像がある。右側の奥に撤退用の紋章も確認した。
緑の小鬼が階段を上り切る。
向こう岸のゴブリンたちは、こちらに向かって叫んだり、石を投げてきたが届かない。
ブロックが近づくと一斉に跳びかかるが、我先にと奪いあって落ちていく。乗れずに仲間の足にしがみつく。蹴って落して這い上がる。
上手いこと乗れたのは六体ほど。裂け目の道半ば、まるで見えない硝子の壁でもあるように、ブロックの上から滑り落とされていく。
「なんか、おっさんの言うことわかった気がする」
「うん。夢に見そう」
「だろ」
実力なんて関係ない。怖いものは怖いんだ。
「見た目はちょっと修正されてるけど、良く見て作られてるわ」
振り返り、時空の神像に祈りと感謝を。ついでに聖神へ祈りも捧げ、神力も混血させておく。
先ほどの惨劇をみて、ふと昔のことを思いだす。
・・・
・・・
孤児院では祈りの時間がある。朝起きてすぐに掃除をした後の教会にて。孤児院に戻って一日に二回ある食事の前に。あとは自主的だが、就寝前のちょっとした時間。与えられたカビ臭い狭い自室で祈る。
子供のころは悪夢を良く見ていた。暗闇が怖かった。蝋燭や窓からの明かりだけでは心持たない。
親が魔物に食い殺される夢だ。祈れば助けてくれるのか、願えばなんとかしてくれるのか。祈るの意味がわからなくて、それでも祈り続けて眠りに落ちる。毎晩毎晩、必死に祈った。
―― 面白い子だね ――
―― 未熟なこの身ではあるけれど、少なくとも祈りは通じたよ ――
―― しばらくのあいだ、君の夢は私が守ろう ――
そうだ。自分は確かに救われた。
・・・
・・・
ラウロは祈るのを中断する。
「これで負けても、ここに戻れるわけだ。じゃあ休んで本番と行こうか」
二人はすでに祈りを終えていた。
「その前に知りたいことがあんだけど」
「答えてはいけないって決まりなんだぞ」
これまで聞かれても、ボスについては言わなかった。
「だがある意味、探検者にとって大切なのは情報を集めることだ。今この場で答えられるのは俺だけだな」
少なくとも探検者協会で、これまで色んなやり取りを見てきたはず。今日の協会内でも、少し違うが似たようなやり取りはあった。
二人は互いの顔をみて、それぞれに考える。ラウロは少し離れ背中を向けて腰を下ろす。
数分が経過。
「おい、おっさん」
その手には二枚の硬貨。
「大まかな情報は協会でも無料で教えてくれる。だが事細かくとなればそうもいかない」
ダンジョンは更新される。
金を受け取ると、二人に座るよう促す。
「まず情報交換の場合は互いに金を払う。良い情報をもらえなかったとしても、ケチらずに追加で酒代とか言って出すと良い。その程度だが、けっこう覚えが良くなる」
痛い目に遭うかも知れないが、信用できる人とそうでない相手を選別していく。
繋がりができてくれば、金なしで互いにやり取りをするようになる。本当に役立つ情報を得たら、感謝だけでなく何かしらの行動を。
ダンジョン更新後に様子見するのもいれば、魔界の介入前に急いで行動を開始するのもいる。
「こちらが何も持ってない場合は、無理のない程度で払え。この額で話せるだけで良いって感じだな」
相場は追々教える。
二足生物の装備に変更はないか。像や紋章の位置。とれる素材の変化。協会に地図製作の依頼を受けている奴はいるか、もしそうなら進行状況は。どんな罠にかかったか、または見つけたか。罠の紋章で群れの中に転移された話を聞いた。
「新人は相手にされなかったり、多めに請求されることも多いからな。慣れるまで俺やモンテでも良い」
賭け事の相手。
「うん」
真剣な様子のアドネに苦笑いを浮かべ。
「正直、あんま得意じゃないんだ。俺もあいつほど上手くないが、盗み聞きって手段はよく使うな」
「俺らもやってみるか」
亀裂の向こう側は特に変化なし。続いて大きな扉を見る。
「本題に入るか。ボスについてだがな」
二人にとっても、ラウロにとっても。
もうすぐ試練が始まる。




