2話 嵐の前の静けさ
内壁突破作戦当日。
ラファスの町より、戦闘職ではない者が数名、満了組の護衛を伴って【天空都市】に入った。
料理。
サラの父親は若いころに試練へ挑戦してしまったので、その分野を加護で得るのは難しい。
作りながら使う神技もあれば、完成品に後乗せをする神技もある。
味や見た目が熟練となり、どのような効果を持たせるかは、料理の種類によって向き不向きがあるとのこと。
食べ物に力を込められる時間は、冷めても美味しい料理かどうかでも左右されるが、どんなに頑張っても二時間は持たない。
食べてからどれだけバフを得られるかは熟練で変化するも、最長で三時間といったところか。
包丁や鍋など、調理道具に将や王の素材を使うことも可能。さすがに神を使った例はないと思う。
水の加護者と合作して仕上げる場合もある。
ただ現状だと、あまりダンジョンでは活かせていない。
まず保存食には神技を使っても、効果の時間は普通の料理と変わらない。
試練や練習であれば意味もあるかと思うが、初級から上級は数日から数週間。
拠点に調理場という設備を用意し、加護者に出張してもらう。
空間の腕輪があるので、材料を運ぶのも楽ではある。だけどそれを協会がするにも、人手が足りていない。
そしてこれが一番大きな理由。この世界は探検者だけでなく、地上界でも多くの人間が働いていた。
農業や漁業の中心は町や都市じゃない。各村に料理の加護者が一人いるだけでも違いは大きい。
飯屋や飲屋よりも、職場の食堂に加護持ちが居れば効果も受けやすい。
でも探検者はまったく活用しないのかと言えば、そうでもなかった。この日は大きなイベントということもあり、南門の広場では炊き出しが振舞われた。
開始が深夜なので、晩飯というよりは夜食と言うべきか。
スタミナの強化。
毒など状態異常への耐性(弱)
精神安定。
バフの効果時間延長。
皆それぞれに所定の位置へ着かなければいけないので、午後十一時には食べ終わり探検者たちは移動を開始する。
マリカがとても喜んでいた。
・・
・・
予定時刻まで残り三十分。
五十代のオッサンは、古びた槍を担ぎながら。
「皆さん、そろそろ位置についたかな」
しなりのある王木の柄に将鋼の刃。
王革と王布の軽装。
彼がどこか頼りないのは年齢の所為ではなく、もともとそういう性格なのだろう。
同年代の女はドスの利いた声で。
「今何時だい?」
デボラが後ろのフィロニカに時間を確認すると、彼女は懐中時計を取りだし。
「あと三十分ほどです」
中央通りには何ヵ所かの脇道がある。これら各持ち場の状況を確認するための方法も用意されていた。
【森】やその他ダンジョンに生息している、狼や野犬などの糞を〖水分解〗した物。
〖狼便水〗を地面にこぼし、そこを靴底で擦れば狼煙をあげることができ、改良次第で着色も可能となっていた。
これが信号を発するための道具ではあるが、今回の作戦は夜中だった。
イージリオは細い目で中央通りを見渡し。
「いやー 綺麗なものです。うん、美しい」
地上では採掘できない鉱石で、光源石という物がある。
「あんたが言うと嘘っぽく聞こえんだがねぇ」
〖光源水〗を加えるだけで、各色にそって狼煙が輝く。今はそれぞれが位置に付いたという合図なので、全てが白色。
「もとはウ〇コだなんて信じられません。うん、〇ンコ」
下品なイージリオはフィロニカに小突かれる。
黄煙が戦闘発生。
紫煙が強化個体出現など、緊急事態発生。
赤煙が救援要請。劣勢。
青煙が支援要請。バフが欲しい、ゴーレムによる戦力追加など。
茶煙が装機兵の現在地。
白煙は問題なし。常にこれを上げておくよう指示はしてある。
イルミロは面々に頭を軽く下げてから。
「じゃあ、自分は持ち場につきますんで」
「そっちの組は一人欠けてんだ」
炎の初老共は本来五人組だけど、体調不良のため火(杖)が抜けていた。
「もし突破されてもこの馬鹿がなんとかすっから、あんま気にしなくても良い」
「感謝の品を受け取る用意は出来てますので、遠慮なく助けに行きますよ。うん、空間の腕輪にも若干の余裕が」
イルミロは仲間のいる後方へと向かっていたが、苦笑いを浮かべながら振り返り。
「その時はよろしく頼みますよ」
いぶし銀とカチュアたちの二組は中央通りではなく、左右の細道を動き回る支援担当。これと役割が似ているが、第七班と第十班が救援担当。
予備軍が免除されている班は別として、満了組は数字が大きいほど新参で、小さいほどに基本は古参となっている。
「では私もそろそろ」
「減らしてくれりゃ良い」
フィロニカは敬礼をすると、中央通りを真っ直ぐに進む。
最前列が第三班。
装機兵の前方は第一班。屋根上は左側が第四班、右側が第十一班。
装機兵の後方は第二班。屋根上は左側が第十二班、右側が第五班。
最後尾が炎の初老組。
イージリオは空間の腕輪(自分用)をさすりながら。
「なんで私がここなんですか? うん、不満」
「雑魚の殲滅はあんたの担当じゃないだろ」
全員が〖光剣〗の使える第三班は、まさに召喚を主とした四名。
「適材適所だ。役目はくれてやるから安心しな」
どっちにしろ中央通りの素材は、鉄塊団と満了組で山分けの契約になっている。
安全地帯である南門の拠点には、予備戦力として第十三・十四班だけでなく、鉄塊団の中堅組を含めた上位探検者たちが待機中。
もし中央通りに赤い狼煙が上がれば、彼らに動いてもらうことになる。
フィロニカの背中を眺める男が一人。
「おいデボラ。先駆けの兄ちゃんはもう合流してるのか?」
彼女を呼び捨てにできる者はそんなに多くない。
「頼んではあるからね、まあ大丈夫じゃないかい」
カチュアの組にいる槍使いは、ティトと同じく新たな神技を習得していた。
一番槍。
「そうか」
彼は宿場町の出身ではないが、その方面にある村の産まれ。騎士団に憧れて、自ら志願した過去を持つ。
デボラはため息を一つ。
「心配なら行ってきな」
「……すまん」
なにかと宿場町から来る探検者を気にかけていた。
「もう開始まで三十分切ってんだ、さっさと済ませんだよ」
「ああ」
彼の加護はトゥルカと同じ火の眷属神。装備の鎖より白銀の剣を取りだすと、頭を掻きながら去っていく。
デボラはもう一人の仲間に向けて。
「そろそろ犬でも走らせとくかねえ」
「へぃへぃ お任せあれ」
詐欺師というかなんというか、どこか陰気臭い感じのオッサンが、神木の杖で〖土犬〗を召喚。防具は軽装ではなく王製のローブだった。
「とりあえず、あいつに一体つけてやっとくれ」
〖土犬〗は小型犬と同サイズ。熟練が上がっても草は生えない。
「よーしよしよし、ほれっ 行げぇ」
単独行動をさせるのも危険なので、犬を火の加護者へ向けて走らせる。
神製の剣や杖を見せられた日には、もう黙っていられない人がいた。
「羨ましい。うん、羨ましい。羨ましい。うんっ 羨ましい羨ましい」
「ちょっと黙ってな」
イージリオは涎を垂らし、指を加えていた。
「ほら班長、もう行きますよ。羨ましがっても手には入りませんって」
二班の班員が彼を引きずって、持ち場である装機兵の後方へと連れて行く。
「法衣がある君に私の苦悩はわかりませんよ。うん、君やっぱ嫌い」
「はいはい可哀そう可哀そう」
彼は三十前後なので、イージリオよりも一回り若い。
「うん。私は可哀そう。本当に可哀そう。だから自分を大切にしなきゃいけない。うん、大切にされるべき。もう可愛くてしかたない、うん私は可愛い」
「なに言ってるんすか」
恐らく死亡か引退を余儀なくされ、欠員がでたので補充された者かと思われる。
それぞれが配置につき、もうここには第一班の面子しかいない。
「ねえデボラちゃん、老師の隊長センサーって実際のところどうなのよ。信用できんの?」
風の眷属神(杖・ローブ)
「助けれられた連中が多いのも事実なわけさ」
風の烈神(大剣・鎧)
愛情と憎悪を司る神。
「しかし十五班があの配置ってのはなぁ」
火の眷属神(杖・ローブ)
「あの方がそう言うんだったら、任せといた方が何かと良いんだよ」
中央通りよりも少し離れている、用水路の近場。
「モンテ君は無理させないつもりのようだし、何事もないと良いんだけど」
「一人で大紋章を攻略しちまったんだ。筋肉の神技は使わないよう、私からも本人に一応は言っといたがね」
総合的に見れば第一班の方が優れているが、戦闘だけであれば第十五班の方が強い。
星空を眺めながら、火の加護者は訝し気な口調で。
「雨が降る、嵐がくるってか。僕かぁ信じられねえなぁ」
デボラは土の加護者を見て。
「そういやあんた、天気読めたっけね」
陰気漂う男は〖土犬〗を撫でてから、次々に走らせていく。
「わたしゃ実家が農家でしてね」
雲の形状。風の向きや湿り気。
「ガキの時分。爺さんに教わった程度なんで、そこまで自信はありませんよ」
一週間先とかは無理。
「昨日から天気の様子探ってますが、んな気配はないかと」
雨は降らない。この予報はダンジョン外でも同じ。
・・
・・
装機兵の膝と足甲には車輪がついており、それを回転させての移動も可能だと思われる。
だがエネルギーというか、神力の消費も多いのか、今は二本の足で歩く。
大神殿の鐘が【天空都市】の全体に鳴り響き、イベントの開始を皆に知らせた。




