4話 上級活動 嵐の予感
ヴァレオ率いる協会組は南側に転移させられたようで、一早く拠点に到着していた。それでも北側に飛ばされた二組より精神の消耗は激しく、無理はせず本格的な行動は翌日からとなる。
活動二日目。
大紋章の攻略は最終目標なので、まずは町中で発見された神像の修復から。
だが当初の予定と異なり、午前中は別行動になった。満了組より、レベリオたちに見せたい物があるとのこと。
すでにいぶし銀は現物を見ているそうなので、協会との活動は午後からとなる。
道案内を任されたのは、付き合いのある十五班。
南門拠点の一角で、情熱を燃やす者が二人。
「今日こそ捕まえるわよ!」
「おーっ!」
やる気があるのはもちろん隊長とボスコ隊員だけ。任務を終えたら今日は自由行動となるらしい。
「良いのか、好きにやらせて」
「それが仕掛けていた網が破られててな。ついでに置き針も食いちぎられてた」
レベリオは驚いた様子で。
「実際になにかいると」
「破損の具合から、かなり大きいんじゃないかって。仕方ないから上に報告したんだ」
アリーダは腕を組んで考えてから。
「用水路の近くは気をつけた方が良いのかしら」
「なにか被害があったって報告は今のところないぞ」
ラウロはいぶかし気な顔をして。
「巨大魚ねえ。にしてはあの用水路って、そこまで幅はないよな」
神力混血をした上で、もとの身体能力が高ければ飛び越えられそうな感じ。
「【森】に流れる沢の方が、まだ信憑性もあるわね」
対策はしていたとしても、町を流れる用水路など、そんな綺麗なものではない。ましてやダンジョンといっても、ここは都市規模の大きさ。
「怒られなかったのか?」
「多少はな。まあ始末書は免れたし、むしろ大変だなって労われたよ」
ルカを止めれる者などそうそういない。ましてや騎士団時代からの問題児つきだ。
「調査の許可はおりたのですか?」
「放ってもおけねえからな」
苦笑いを浮かべながら。
「網が破られるんじゃ、釣り竿も無理だろ」
「つかみ取りするって隊長は言ってたぞ。俺とフィエロは周囲の警戒にあたるから、実行すんのは連中だ」
指を向けた先。
「今日のために決意の赤褌を用意したわ」
「俺はこの銛で一刺しだ」
こいつら本当に仲が良いんだなと思った今日このごろ。
マリカとフィエロは互いの弓を交換したり、矢を見せ合ってなにやら情報交換をしていた。
「ふぇ~」
「……」
会話にはなっていない。
なんでも骨鬼に効きやすい鏃の形状というのがあるらしい。
・・
・・
これまでに判明したことを幾つか。
・内壁の近くは壁上の骨鬼が矢を放ってくる。
・建物の破損具合で、屋根上から敵が出現する確率が違う。
もし〖足場〗や〖岩亀〗などの対策がなければ、周囲の崩壊が激しい道を選んだ方が良い。
突撃探検隊に案内された場所。
「ここだ」
中央通りは通らず、町壁にそってしばらく進み、脇道に入って数分。
目的地は拠点から徒歩で三十分もかからない位置にあった。
「倉庫というより、格納庫といった感じですね」
カイドッホ地方の産まれだけあり、小型の船などが入れられている建物を見たことはあった。ただ周囲には川や海どころか、用水路も流れてはいない。
角ばった構造に、シャッター付の出入口。
「こっちはまだ開けられなくてな、裏に回るぞ」
誘われるまま移動すると、正面よりは小さいが、鉄製のぼろい扉があった。
「南門側の巨時空紋を攻略した時、専用の鍵がでたみたいでな。それが使えるのも何カ所か発見はされてたけど、拠点に近いこの場所に使うって決めたわけだ」
格納庫の壁は所どころ錆びている波板。
ガシャガシャと音を立てながら、横開きの戸を動かす。
モンテは自分の仲間たちに。
「外の警戒を頼む」
「……」
フィエロはうなずくが、残りの二人は心此処にあらず。
「先に用水路の様子を」
「駄目です、ちょっとは我慢してください」
リーダーの命令は絶対。それが隊長というもの。
肩を落としたルカを見て、ボスコが涙目で。
「モンテ隊員のいけずぅ」
「うるさい、たまには言う事を聞けよ」
ルカ隊長が隊員の肩に手をおき、諭すような口調で。
「いいのよ。私は筋トレでもして待ってるから。ボスコ隊員、重りになってちょうだい」
親指を立て。
「鎧はまとった方が良いか」
「まずはウォームアップからよ。いきなり重くすると怪我の原因に繋がっちゃうもの」
とりあえずは法衣のままでいいらしい。
軽くストレッチをしてから、デカイ手でボスコの両脇を抱えると。
「今日は足と肩の日だったかしら。うーん、そうねぇ……まずはフォームフラワーから行くわ」
呆然とその光景を見ていたが、徐々にラウロの顔面が青白く染まる。
ハっと気づいたように。
「お前ら行くぞ。早く中に、中に入ってくれ早くっ」
三人を手で突き飛ばし、無理やり内部へと追いやろうとし始めた。
「ちょっと、何よいきなり」
「良いから!」
ただならぬ様子に、渋々ながら面々は出入口を潜る。
後ろで声が聞こえる。
「良いわね、掛け声はアンデュウトロワよ。アン・デュウ・トロワで行くわよ!」
「合点承知っ!」
アンで体重を感じながら両膝を曲げ、デュウで重力に逆らいながらゆっくり伸ばし、トロワで腕を高く持ち上げる。
膝は前にでないように、お尻を後ろへ突きだす感じ。
足先の位置は膝の曲がる方向に合わせる。
そしてここからが一番大切。
最大まで腕が伸びきった瞬間に、重り側は両手足をひろげ、花の満開を表現しなくてはいけない。
ゴブリンが叫ぶ。
「フラワーっ!」
美しい花はすぐに散ってしまうもの。手足はすぐに縮めて、蕾にならなくてはいけない。
その場に残っていたリーダーは目元を隠しながら。
「ダンジョン内だぞ、叫ぶのだけは止めてくれ」
隊長たるもの、リーダーの指示には従わなくてはいけない。
小さな声で。
「アン・デュウ・トロワ」
「フラワー」
大きなため息をつき。
「頼むなフィエロ」
任せろとの返事を動作でもらったので、モンテもレベリオ組を追って中に入る。
・・
・・
三人がもどってこないよう、出入口の先でラウロは見張っていた。
「お前も大変だな」
「時と場合による。あの二人がいねえと乗り切れん場面もあるわけだ」
そこまで大きな建物ではないので、この人数でも気持ち狭く感じる。
「ちょっと埃っぽいわね」
「なんか変な臭いする」
油臭いと言うべきか。
「動力源は神力かと思うけど、可動部なんかには油もさしたりするんだろうな」
狭い通路の両側には、武骨な金属製の棚が並んでおり、バケツやら雑巾やら整備道具やらが雑多に置かれていた。
突き当たりには扉が一つ。ここの鍵は普通に雑魚から入手できる物で良いようだ。
開いた先の空間にあった物。
「これは……装機兵ですか?」
「へえ、これが」
ゴチャゴチャした内部の中央に、土下座のような姿勢で座り込んでいる人型の機械。
マリカは目を輝かせ、興味深々とした様子で駆け寄り。
「あれ? これ人が乗り込むとこないよ」
「いかにも何か入れろって感じの穴があるわね」
折り曲がった腰の奥に、挿入口が四カ所。
「カチュアさんに調べてもらったんだが、そこに神力管って筒状の物を入れろってよ」
「欲望の加護持ちか……そんな名前だったか?」
ラウロの記憶ではカチェリだった気がするも。
「そういや、お前とレベリオさんは初日に会ったんだってな」
「彼女が遮断壁の情報を入手してくれたお陰で、僕らも色々と助かりました」
大量の敵と戦わされはしたが。
「うちの二人が世話になったな」
「いえ、助けられたのはこちらの方です」
マリカは装機兵を見て回り、アリーダは室内の様子を探っている。
モンテは四人を見渡して。
「じゃあ説明するから聞いてくれ。記録するなら待つぞ」
「了解しました」
レベリオが書き物を用意する。
・神力管とは機械属性の神力が込められている物。町中にあるから探すように。
・起動後は自動で南門の拠点まで行く。
・南門に到着してから一週間後。日付が変わる時刻にイベントが開始され、装機兵は内壁の門に向けて移動する。
・失敗により装機兵が破壊されても、月を跨げば此処に再び出現する。ただし神力管はリセットされ、ここの扉も閉じられる。
〖明日はどっちだ〗という神技は罠だけでなく、こういったイベントの説明もしてくれるらしい。
一通りの内容を聞き。
「装機兵が内壁の門を開けてくれるってことね」
「ただ加護者が装備してるわけじゃねえから、戦力としてはあんま期待できないそうだ」
本来。人がいる位置にあるのは、自動操縦するための機械。
「当日は皆で集まり、装機兵を守りながら内壁門を目指すという感じですか」
「恐らく移動ルートは中央通りだ」
活動を可能としている地域の中で、最も危険な場所だと言われている。
「その神力管ってのは、どんくらい集まってんだ?」
マリカはペタペタと装機兵を触っていた。少し危なっかしいので、レベリオは一歩近づき。
「壊れたら困るから、見るだけにしてください」
「は~い」
苦笑いを浮かべながら。
「俺らは怪魚探しを任されてっから、あんま探索には加われてないんだ。他の連中は周回の合間に探してるけど、今のところ一つも見つかってない」
「月が変われば更新されますし、もともと数は少ないのかも知れません」
「北側にあったりして」
まだその方面は探索が進んでいない。モンテはうなずくと。
「内壁の突破より、まずは北門の拠点設営が優先だな」
装機兵の起動はもっと先の話になりそうだ。
「神力管かぁ~ やっぱ鍵の掛かったお家や、倉庫とかにあるのかな?」
「だとすりゃ此処と同じ鍵が必要になるわけだろ、ちっと集めんの厳しくないか」
巨時空紋なら確実に入手でき、大中時空紋は確率になるのかも知れない。
ラウロも装機兵には興味があるので、マリカのもとまで近づき見物を始める。
「武器はないんだな」
「背中のこれから、なんか出るみたいだよ」
バックパックの上部と下部に取り付けられた長筒は、肩や脇腹への可動もできそうな構造。
「もともと機神は鎧の眷属神だからよ、鎖っていうかワイヤーで敵を引き寄せるらしいぞ」
「装備する機械って奴ね」
背中の部分にワイヤーが仕込まれており、両肩と両脇腹の四カ所から発射させる。
「長筒の可動域もまあまあ有るみたいだな」
いつの間にかモンテも二人の近くに来ていたようで。
「ワイヤーアームつってな、前腕から先も発射できる構造になってるみたいだ」
一度に引き寄せられるのは六体まで。
「帝都にあるダンジョンで各部パーツを取れるらしいけど、一体どんな仕組みで動いてんのかね」
機神の加護には二種類ある。
装着者としての加護と、整備士としての加護。
生産製造の加護はその職に携わっていれば、そのうち神託を得る。
「追加の武装や防具などは、ダンジョンで入手するのでしょうか?」
「たぶんな」
豪の称号を得た者たちもいるが、これは努力や才能の結果なだけ。
「装機兵は帝国にとって、軍事面じゃ最大の強みだからよ。けっこう分かんない事も多いんだ」
もしかすると教国の役人やら研究者などが、調べに来るかも知れず。もっともダンジョンは天上界の管轄なので、手出しはするなと警告されそうだが。
・・
・・
先にモンテが外に出て、ルカたちの筋トレを止めてから、レベリオ組も格納庫を後にする。
「じゃあ、俺らはこのまま近場の用水路に行くが、送ってかなくてすまんな」
「帰りは自分たちだけでも大丈夫です。これ以上はルカ隊長やボスコさんに申し訳ないので」
もう我慢できないといった様子。こっちに意識を向けられていないだけ、ラウロとしても有り難かった。レベリオの筋肉的な意味で。
「気をつけろよ。巨大魚じゃなくても、危険なのもいるからな」
ダンジョン内に限らず、海にも山にも毒をもった生物は多い。
「なんかの本で読んだことあるけど、肉食のやばい魚もいるそうよ。たしかカンディルって名前だったかしら」
アリーダは両手の人差し指で大きさを教える。
「こんくらいの小さい魚なんだけど、皮膚や肉を抉って入ってくるそうよ」
表面だけでなく、内臓にも届くから本当に危険な魚とのこと。
「そんなのがいるのか」
記憶の中をさぐりながら。
「熱帯地方の魚だから、こんなとこにはいないと思うけどね」
モンテは腕を組んでしばらく考えたのち。
「地上界もなんだかんだで、けっこう危ない生物って多いんだな。普段からダンジョンにいる所為か、どうも忘れがちだけど」
なぜかマリカが自慢気な顔をしていた。
孤児院の子らは畑やら掃除やら配給の手伝いやらで、けっこう働かされており、あまり勉学の時間は設けられていない。というよりも裁縫・料理・畑仕事など、最低限の技術習得が優先されている。
アリーダは手合わせ大好きな戦闘狂だけど、ルチオやアドネに読み書きなどを教えている時もあった。
地上界で人として生きる。主神として褒められたものではないかも知れないが、本当に剣しか頭になかったあの爺さんよりも、彼女は主神に向いている気がする。




