3話 上級神像修復活動 準備から挑戦開始
年が明け一カ月ほどが過ぎた。
【町】の中を探索したり、大神像の効果を延長させるために中紋章を週回するなど、上級での活動も順調。
ただ一つ。突撃探検隊のチビと奇人が騒ぎ出した。
用水路に潜む人食い巨大魚。
その魚影を目撃したとか言って、竿を手に釣り上げようとしているのを見て、レベリオらとドン引きした。別の日には網まで用意しだすありさま。
仕方なく付き合わされる、モンテやフィエロが可哀そうに思う。
言い出したら猪突猛進らしく、義務づけられた中紋章の周回以外は、用水路から離れないそうだ。
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ある日。ラファスの武具屋にて。
「使い心地はどうずらか?」
咥えているのは木製の歯型。その間にはバネが仕込まれており、口をひらくことで舌を切るための刃が露出する。
王素材の咥刃。
「いい感じだ」
木と刃には隙間があるため、呼吸も楽で一応だが咥えながら喋ることも可能。たまに舌を切ってしまいそうなのは難点だったが。
「特注品だから値は張るずらが、気に入ったなら良かったずら」
使われている素材は少ないけれど、神力を沈められるだけでも利点は大きい。
そして用意してもらったのはこれだけではない。
店主の手には布に包まれた棒状のなにか。
「普通に王鋼を買った方が良いと思うんずらが」
兵鋼の短剣改 剣身は兵のままだが、鞘や柄などが王製になっていた。こちらも職人に無理を言って頼んだ品なので、料金は割増しになっている。
気持ち喋り難そうにしながらも。
「色々となやんだ結果なんだよ」
左手に兵鋼改。右手に将鋼。そして咥刃を噛んだ状態のまま、装備の鎖に登録する。
腰のベルトには鞘を装着しているので、使う時はこちらにも神力を沈ませなくてはいけない。
「次で盾の必要分は揃うかな」
武具屋の仲介料もあるが、職人の技術料でかなり持っていかれる。
「あとは鎧ずらね」
専用の神技がなくても、神力を沈ませれば防具としての質が向上する。ボス級や大型の攻撃となれば厳しいが、これだけでも十分な効果はあった。
店主は奥の扉に振り返り。
「母ちゃん、そっちの方はどうずらか?」
「もうすぐ」
声の主と店主は夫婦といった関係だけど、籍は入れてないらしい。
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しばらくすると六十代前半の女性と一緒に、重鎧をまとったリヴィアが扉から出てきた。
修理と調整で支給品の防具を預けていたそうだ。使われているのは将鋼製。
フルフェイス兜なので、こもった声で。
「うん、良い感じ」
以前、デートで服を仕立てにいった時とは毛色が違うも、どこか楽しそうな様子。
「一苦労だな」
こういった鎧は一人での装着が困難だから、こういう時は奥さんに頼むそうだ。
鎖帷子の下に着ている服は女性の場合だと、無理せず胸を絞めてくれる素材となっているので、男よりも値段は割増し。
ただリヴィアの話だと着心地が良いので、動く時などは普段からも愛用しているらしい。
〖土の鎧・盾〗を使いながら、全身の動きを確かめる。
「【町】は外の季節にそって温度が変わるから、熱中症に気をつけなさい」
ラファス周辺は気温の差もそこまでないが、夏はやはり暑い。
鎧を装備の鎖に登録し、普段着へと交換する。
「移動時は軽装ですから、たぶん大丈夫かな。でも水分はちゃんと摂りますね」
騎士団時代を思い出し。
「港町の広場は中級が【砂漠】だから、まじで鎧の連中には厳しいんだよな」
「初級が【雪原】ってことは、なんか中級と行き来したら風邪ひきそうですね」
ラウロを顎を左右に動かし。
「【砂漠】って夜が寒いんだよ」
「敵対生物より、環境の方が辛そう」
ラファスの協会員で良かったと、リヴィアは乾いた笑みを浮かべていた。
「とりあえずこれで準備は完了ずらかね。気をつけて行くずらよ」
【町】で神像を修復するメンバーは、グイドとティトだけでなく、もう一名参加予定だった。
「少し前に彼の装備も見たけど、けっこうなブランクだから、私としたら反対したい立場ですがね」
すでに引退しているが、彼女も上級で活動していた探検者。
「他に名乗り出る人がいなかったので、課長も仕方なしって感じです」
支部長や副支部長は昔から協会員だった者だけ。一般の職員は受付やダンジョンでの活動も両方やっているが、一応は幾つかの部署に別れている。あってないようなものだけど。
課長なる人物は戦争が始まると、協会戦闘員のまとめ役という立場に任命される決まり。
「レベリオは楽しみだって言ってたけどな」
先代いぶし銀の引き付け役。
盾の眷属神。
「噂の殴盾を見るのは、私も今回が初めてなんですよね」
前腕に取り付けるのではなく、持ち手を握るだけ。ナックルに小さな盾らしき物を取り付けた形状。
「たしか試作品がここら辺にあったと思うけど、ちょっと見てみる?」
ラウロの丸盾よりも小さいようで、それは棚に置かれているようだ。
「だっ 駄目ずら!」
棚の中には瓶に入った粉。前よりも数が増えていた。
「これなによ?」
「皆の夢と希望ずら」
その中の一つを手に取り。
「帳簿の中に入れてないでしょ」
「それはあの、その。趣味ずらから」
視線を瓶から店主に移す。
「値段を教えなさい」
「……ロマンにお金なんてないずら」
涙目で店主に助けを求められるオッサン。
「許してやってくれないか。開発費用は会員が皆で少しずつ出し合ってるから、店の金には手を付けてないはずだ」
たぶん。
「会員ってなによ。初耳なんだけど」
リヴィアにジト目を向けられ。
「やっぱここで買ってたんですね」
床下など、もっと目の届かない場所に置いておくべきだった。同志の話では日当たりなどの保存環境でそこにしていたそうだが。
ラウロは深呼吸を一つ。
絶望の中でも、決意の詩を口ずさむ。
「在りし日の、夢幻か、枯れし森」
店主は続けて。
「諦めぬぞと、いざ植林」
余計に怒られた。
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数日後。レベリオ組は【町】の中にいた。
「北側のようです」
「ここだけじゃないけど、上級ってこれがあるから色々と面倒なのよね」
進入時のランダム転移。
マリカの〖風読〗と、ラウロは大まかな位置を知るために高度を上げる。
〖足場〗から着地して。
「遮断壁に近い」
「北門には寄らずに行きますか」
「周辺は問題ないよ~」
光には索敵の神技がないので、事前にある程度知れるというのは、本当にありがたいと思う。
・・
・・
小さな戦闘もありながら移動を続け、遮断壁にそって歩いていると、行く先に四人組がいた。
「おーい、今なら開いてるよー!」
どうやら小紋章に挑戦したばかりのようだ。
「走りましょう。一応、警戒はそのまま続けてください」
「は~い」
遮断壁の門まで距離が少しあった。
「運が良かったわね」
「本当にな」
前回はアリーダが引き受けてくれた。その時は異様に疲労しているので、翌々調べると血剤を使っていたことが判明。
レベリオに怒られてしょぼくれていた。〖紅〗を使いたくて仕方ないらしい。
最近、暴走気味なのは気のせいだろうか。
装備も万全ではないが整い、小紋章戦の情報も得ていたので、今回はラウロが挑戦する予定だった。でもしなくて良いのなら、それが一番ありがたい。
三分ほどで門に到着した。
「よう、ミウッチャさんのとこだったか」
「今回はよろしくお願いします」
レベリオは懐から金袋を取りだし、決められた額を彼女に渡す。
「毎度あり。レベリオ組も北側だったんだね」
遮断壁を開けてくれた者に通行料を払うのは、一応のマナーとして決められていた。
「私ら同じ時間帯で進入してたのかも知れないわね」
今回の活動はいぶし銀との合同だった。そして集合場所は南門。
「協会の連中、無事に到着してくれてりゃ良いんだけどな」
「ヴァレオさんもいるし、大丈夫だと思うよ」
二代目いぶし銀。
引き付け役は鎧の眷属神。
「あの姉弟も、そこらの探検者より腕が立つしな」
小紋章に挑戦したと思われる女性は、戦槌の加護。
装備の鎖を使い、鎧から軽装に交換すると。
「協会員に関しては、私らよりラウロさんたちの方が詳しいでしょ。十分【町】でやってけるよ」
片方に腕輪をしている男は、イザと同じ水の加護持ちと思われる。
「グイドさんなら、町壁をよじ登りたいとか言い出すかも」
地上より壁を見あげ、どのルートで行くかを考えている姿を思い浮かべ。
「あの人なら本当に言いそうで怖いな」
想像できてしまうので、ラウロも苦笑い。
先ほど通り抜けたのは東側の遮断壁。
レベリオ組の三人は大紋章を眺め。
「こうやって私たちが揃っちゃうと、なんかもったいない気がするねえ~」
攻略後に神像が出現する。
「でも肝心の協会組がいないから、どうしようもないわ」
一カ月が過ぎ、満了組は南門の時空紋を開放するため、ここに再挑戦していた。そして神像に亀裂が入っていることを確認する。
「イルミロさんたちじゃなくて、僕らで良かったのですか?」
「私たちよりも多めに休んでもらっているから。それにあんま続けて無理もさせれないしさ」
巨紋章をデボラたちが挑戦した時、鉄塊団の二組はこの大紋章を受け持っていた。
鎧の加護者は当時を思い返し。
「単独で挑んだルカさんと俺らじゃ、なにかと状況も違くてよ。けっこう苦労したわけだ」
予想でしかないが、もし巨紋章を一組だけで挑戦した場合は他がいないので、どんなに待っても弱体化は望めない。
北門側の大紋章はルカが単独で攻略。
南門側の大紋章は鉄塊団と満了組が攻略。
計三回の事前情報があるので、レベリオたちとしてもありがたい。
アリーダは顎に手を当てて、考える仕草をすると。
「満了組が攻略してから半月くらい経ってるけど、今回成功させれば一カ月延長されるで良いのよね?」
戦槌の女性から空間の腕輪を受け取ると、水使いはそれをもう片方の手首に装着する。
「たぶんそうじゃないかな。上乗せしてくれるとありがたいけど、拠点の大神像と違って蓄積はされないと思うよ」
彼は回復役だが軽鎧をまとい、盾と金棒を装備していた。そして腰には中身のない鞘。
ラウロはその姿を見て。
「水の加護なのに、なんか前衛みたいだな」
ルチオたちもそうだが、装備の加護持ちがいるのであれば、全員が同じ系統で揃えた方が良い。
モニカとヤコポも以前は軽装だったが、エルダとの共闘を考えて、今は軽鎧も用意していると聞く。
「私も予備で盾とか用意しようかな~」
「風の軽装ってたしか索敵系の神技だっけ? ならその方が良いよきっと」
ミウッチャも今は王製の軽装だけど、戦う時は場面によって鎧もまとうのだと思われる。
「バッテオなんか本来は後衛の加護だけど、エドガルドの〖鎧〗とコルネッタの〖戦槌〗があるから、今じゃ前にでても戦えるし」
「僕としては後ろで支援してる方が良いんだけどね」
ラウロを見て。
「満了組の戦いを見てると、やっぱ全部受け持てるって利点は大きい」
「一つの役割に集中するのも大切なんだけどな。下手をすると器用貧乏になっちまう」
それで死んでいった連中も多く、生き抜いたのが満了組や居残組だった。
レベリオはいぶし銀の面々を見渡し。
「装備系の加護であれば、光と違ってそう簡単に役割はぶれませんよ」
〖貴様が盾〗〖君の剣〗〖お前の鎧〗
「まあね。私とコルネッタが攻撃で、エドガルドが引き付け役で、バッテオが回復役なのは変わらないよ」
空刃斬などで中距離にも対応できる。ミウッチャに時空剣が加わっただけでも、かなり戦方の幅が広がったはず。
アリーダがふと気づき。
「たしかもう一人いたわよね?」
「ムエレは南門に残ってるから、今はいないよ」
前回の活動で帰還はせず、拠点の方で色々と調整をしているらしい。
コルネッタはマリカを見て。
「索敵とかアイツの担当だったから、正直いうとレベリオ組と合流できて助かった」
土の加護(打武器・杖・鎧・軽装)
八名は南門に向けて移動を開始する。
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マリカの〖風読〗で敵の気配を探り、屋根上への移動はラウロの〖足場〗で対応。
これら二つの役割は、本来ムエレという土の加護持ちが担当していた。
「本当は炎の初老共から一人来てもらう予定だったんだけど、ちょっと予定が狂っちゃってさ」
南門まで到着すれば、そこから帰還も可能。
エドガルドは頭を掻きながら。
「組名のとおり、あの人たちもう良い歳だからな。ほんと感謝しかない」
イルミロ組の回復役は光の神技を使える。つまりは騎士団として従軍させられた過去を持つ。
その人物は任期が明けた時点で満了組にはせず登録せず、生まれ故郷でもあったラファスの鉄塊団に所属した。
戦争時は他と同じく予備軍に編入もされるが、警戒期でなければイルミロ組で活動していたそうだ。
「たしか十四班と十三班の連中って、もう予備軍は免除されてたか」
「そうだよ。私たちとしては貴重な戦力だけど、イルミロさんたちと同じで、次の戦争が終わったら引退かな」
魔界の侵略が一段落つけば、任期を明けた元騎士団がラファスにもやってくるだろう。
レベリオは周囲の警戒を続けながら。
「天上菊の現メンバーも、あと数年で上級へは到達できるかと思います。モニカさんも指揮下に加わる意思はありますので」
「そっか。頼りにさせてもらうから、こっちとしてもよろしくね」
迷宮に挑みたい。レベリオの思惑は口外していないが、天上菊が魔物との戦いを想定して結成された徒党というのは、すでに広まっていた。
ラウロは良く情報交換をする者たちを思い浮かべ。
「あの中堅組も一応の決心は固まったって聞いたけど、実際のところはどうなんだ?」
「うん、近いうちに初老共と活動する予定だよ。だから今回はこの四人で南門を目指すことになったんだけどさ」
鉄塊団は中級で活動する者が中心で、その規模は大きい。資金面も満了組の次点なだけあり、王製の装備を用意するのは難しくない。
彼らが上級での活動に踏ん切りがつかなかったのは、【町】では黒字にできないと判断していたから。
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八名で慎重に進んでいたが、マリカが立ち止まり。
「この先、空気の流れが淀んでるから、道を変えた方が良いかな」
「大通りを行くのか?」
軽装に神力を沈ませ、一層に〖風読〗を強化させてから。
「うん。たぶんその方がまだ安全」
「そこの大通りなら、ボクら知ってるよ。少し進めば脇道あったと思う」
アリーダは念のため鞘から剣を抜き。
「本番は明日からだし、とりあえず温存はしたいわね」
コルネッタも鎖から戦槌を取りだし鎧をまとう。
「やっぱ専用の装備があるだけ、ムエレの索敵より優秀だわ」
〖大地の気配〗
索敵を専門とする〖土犬〗は使えない。
「遠回りになりますが、大通りを進むでいいでしょうか?」
「うん。ボ……私も賛成」
警戒度を上げながら、進路を変更する。
その後は数時間をかけ、最小限の戦闘で南門に到着した。




