2話 年越しの集い
初日の緊急事態などもあったが、レベリオ組は当初の予定どおり年明け前に帰還した。
年末。借家に集まったのはダンジョンで活動している者たちだけでなく、エルダやサラの両親なども招き、普段よりも豪勢な食卓となる予定。
レベリオは調理場の方をみて。
「すみません、ご飯の準備までしてもらっちゃって」
「いいんですよぉ、オトンもオカンも張り切ってるから」
この日はサラの父親が腕を振るってくれていた。エルダの母親も勉強するんだと手伝っている。
「うへへぇ 楽しみ~」
エルダ本人とその父は鍛錬場で、アリーダやトゥルカらと手合わせをしていた。明日は筋肉痛だろうか。
ルチオは頭を掻きむしりながら。
「駄目だ勝てねえ」
卓上には一対一のボードゲーム。各駒には決められた動きがあり、強い物から弱い者まで揃っている。そしてキングを取られたら負け。
勝者であるゾーエは一息つくと、周囲を見渡して。
「こうやって大勢が集まってるの、すごく久しぶりな気がする」
商会の娘だったのなら、これよりも沢山の人間に囲まれて育ったのかも知れず。
「確かにそうですね。僕もこういった雰囲気は、もう経験できないと思ってました」
漁村。こういった年末は寄合所などで、村人と過ごしていたのだろうか。
周囲の反対を押し切ってカイドッホに向かったのか、それとも送り出されたのかは不明。次男や三男などであれば、そこまで問題もない気はするが。
モニカは緊張した様子で会話に参加できていなかった。機会をうかがっていても、このまま話を切り出せず終わってしまう気がしたようで。
「レべリオさん、できれば聞いてもらいたい事があるんだけど、今でも大丈夫ですか?」
徒党への勧誘が始まった。
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・・
時刻は夜入り時。街灯の〖火〗が通りを照らしていた。
お揃いのニット帽は色違い。寒空のもと厚手の服に肌を隠す。
リヴィアの自宅から借家に向かう道中。
「レベリオさんに説明すれば良いんですか?」
「休みなのにすまんね」
満了組など活動している連中はいるので、協会も手当はつくが年末年始は働いている。だが彼ら彼女らも私生活はあるので、休みをとって故郷の村に帰る者たちはいた。
「ゴーワズからお仲間二人を呼ぶにあたって、契約内容とか事前に知っておきたいんだとさ」
最前線で活動する連中もいれば、安定した収入を目的に、中級あたりで無理をしない者たちもいる。
「なんせラファスの中級は優秀だしよ」
「確かにそうですね。なにより水の加護持ちだとすれば、ゴーワズよりうちの方が確実に稼げます」
序盤の森でも薬の素材は入手できる。時々でもレベリオらが同行するのであれば、迷いの森でも活動は可能なはずだ。
横目でラウロを見て。
「出稼ぎだけじゃなくて、家庭持ちの探検者も多いですからね」
専用の契約も用意されていたりする。
「アドネとエルダはどうすんのかね。次の侵攻が終わったらよ」
十年前後で戦争が始まると解っているからなのか、警戒期は出産率が下がりやすい。
年末でも巡回している兵士たちを見て。
「この先について、考えていかないとな」
「私はいつでも良いですよ」
継承をする前日。
「あの日あの時点で、こっちは決心もついてますんで」
警戒期に入籍する者たちは多い。
「英雄なんて糞くらえだな」
「そうですよ。誰にも文句いわれる筋合いはありませんし」
どんなに長く生きようと、基本はあと三十年から四十年ほどだろう。
「人並みの一生を送りましょう」
せめて人間の時代だけは。
協会は労働環境が悪いけど儲かってはいるので、年末の出勤となれば相応に稼げるのだろう。
「姉ちゃん遅いっすよ」
これから借家にて年越しの集いがあり、仕事を終えたティトがラウロたちを待っていた。
「私、こういうの初めてで楽しみです」
一人前になったイザも、久しぶりにリヴィアを見たからか満面の笑みだった。
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ダンジョン活動。
モニカ組の目的は、魔物とも十分に戦えるだけの実力をつける事。
そのためにもフリーであったレベリオ組を、なんとか引き入れたい。親分の座にこだわりもなかったから、もし相手が望むのであれば譲るつもりでもあった。
だが予想外の返答に、モニカは困惑する。
「ン・マーグですか」
「すぐにではありませんが、僕らは今それを目指して活動しています。なので正直に言えば、モニカさんの誘いはありがたい。鉄塊団は地域に根付き過ぎていますので」
もしレベリオがこの徒党に所属する場合は、いつかラファスを拠点として、遠征隊を率いて【迷宮】に挑戦する。
「ですからトップは今のまま、モニカさんが勤めてくださると助かります」
思いもよらない将来図に、ルチオも驚いていた。
「……まじか」
瞳の奥底で光がさす。
「俺らもずっと続けられるわけじゃねえんだよな。もしそれが先の話なら、ちっと興味はある」
活動目的は上級への挑戦。だがこれはルチオ本人の意思であり、アドネたちは将来に向けての資金集めだった。
エルダの両親がそうであったように。
卓上を片付けながら、ゾーエはいくつか気になることを。
「教国は都市同盟よりも移動するのが難しい。外国も関わってくるから、そもそも誰に話を振れば良いのかも分からないし、私たちにはそんな伝手もない」
往来が盛んなのは商人くらいで、町や村の住人はその近場で一生を過ごす。例外があるとすれば、光の加護を授かった者など。
「はいゴメンよぉ、机を運びまーす」
「よかったー 傾けなくても扉通れそうだね~」
サラとマリカが大きい机をリビングに持ってきた。神力混血をしているようで、そこまで重そうではない。
この場に居た者たちは立ち上がり場所をあけ、レベリオとルチオが運ぶのを手伝う。
「ラウロさんのコネを使わせてもらいます」
大きな机を指定された場所に置くと、サラを見て。
「派遣軍の訓練状況について、いくつか質問をしても良いですか?」
今のところこちらで用意できそうな事は、これしか思いついていない。
ゾーエは交渉材料について納得したのか。
「続きは私がするから、サラさんお願い」
「んじゃあ、俺も準備手伝おっかな」
首を傾げながらも。
「はいよぉ、私でわかることならねぇ」
派遣軍は教国にとって最大の強みと言って良い。
「指導員ですが、やはり教国の者が?」
「そうですよ。もとは兵士さんだって聞きましたけど」
だからこそ都市同盟や帝国から力を借りるという行為が、中々に難しい状況となっていた。
「サラさんから見て、訓練内容は十分なものでしたか。ダンジョンでの活動などはしていたのでしょうか?」
「たぶん人手は足りてなかったかなぁ。数回は初級での訓練もしたけど、ほとんど外でやってたよぉ」
回復神技を使い熟練を上げる。
「なるほど。そうであれば、とりあえずは行けるかも知れませんね」
交渉材料。
「僕ら遠征組が一年の半分ほどを、指導員としてアンヘイに出向く。今のところ用意できるのは、こういったものしか思いつかないのですが」
話が大きくなりすぎて、ちょっと混乱気味ではあるけれど、モニカは頭の中で考えながら。
「それなら教国にとっても、都市同盟にとっても、有り難い申し出かも知れません」
レベリオたち遠征組がダンジョン訓練を受け持つ。
勇者の居ない町も沢山あるので、派遣軍が強化されるということは、都市同盟としてもそれだけ魔物に対する手札となる。
「いつか、土の柱教長さんと交渉をさせてもらえるそうです」
政治は綺麗ごとだけでは難しい。もしかすれば人間性など無い方が、為政者としては向いているのかも知れない。
教国という国家の成り立ち。
宗教に腐敗はないのかといえば、歴史上にはあったはずだ。
人の罰は人の罰。
人の罪は人の罪。
創造主がこういった考えであったとしても、魔界の侵攻により天上界が直接に介入したことで、神に仕える者たちが自分だけの欲望を持てなくなったのも事実。
レベリオはモニカの目をしっかりと見つめ。
「ラウロさんを国外に出すことは難しいので、僕らは次の戦争が終わったら、本格的に回復役の育成に入ろうかと思います」
「それに目途がつけば、レベリオさんたちは都市同盟に戻るということですか?」
上位陣や中堅は別としても、今の鉄塊団を見ていればわかる。危機感の薄い若手を見ると、かつての自分たちを思いだしてしまって嫌だった。
どこにでもいる脱落四人組だった、あの頃に戻りたいと。
「私はダンジョン活動じゃなく、魔物と戦うための団体をつくりたい」
こういったモニカの考えと、レベリオの目的は食い違っている気がした。
「もし教国が弱い国だとすれば、他の二大国は派遣軍だけでなく、もっと無理な要求をしてきたとは思いませんか。現状そうなっていないのは、この国が発言力を持っているからです」
天上界という後ろ盾でいうのなら、都市同盟や帝国も同じ。
レベリオは懐から一通の書状を取りだし。
「これは血塗れの聖者から、土の柱教長への紹介状です」
探検者はいつ死ぬかわからない仕事。
「僕の計画には時間が必要なので」
ここにいる全員を含め、十年後にはどうなっているかの予想などできない。だからこそ、ラウロはこの書状を用意した。
「いつか交渉を持ちかけるのは、この国を動かす者の一人です。どんなに材料を集めても、今のままでは不利でしかありません」
無粋な話かも知れないが、けっきょくは力。
軍事力だけでは駄目だ。色んな力の手札が多くなければ、強国とは成りえない。
レベリオが求めるのは発言力。
「鉄塊団とまでは行かなくても、徒党を強くしなくては始まりません」
帝国に根を張る時空の柱教。
五大都市ではないが、それと同等の知名度をもつ古都アンヘイ。
これら二つの勢力は教国と根深く繋がっている。
「強い徒党……ですか」
「はい」
両者それぞれの望み。
重なる所と違う所。
「皆と話し合おうと思います」
「時間はありますので、急がなくても大丈夫ですよ」
旗揚げされたばかりの徒党。
「僕らは[天人菊]に所属することを望みます」
ガイラルディア 花言葉は団結や協力。
モニカは一方を見て。
「私だけじゃなくて、あんたも話に加わってよ」
「悪かった」
ヤコポは己の存在を漆黒の闇に委ねていた。




