1話 上級からの帰還まで
上級ダンジョン。
なんとか南門まで戻り、そこでアリーダやマリカと合流できた。
「もう私びっくりしちゃったよ~」
「良い経験と言いたいけど、もうこりごりね」
〖風読〗を使えたこともあり、彼女らは無事に拠点までたどり着けたようだ。
「心配おかけしました」
「情報交換しないとな」
拠点を守るのは鉄塊団の二組と、満了組の数班。
モンテたちは二名が欠けていたので、防衛には回されず雑用をしていた。
「ママ―っ!」
「誰がママだ」
ゴブリンは泣きながら抱きつこうとしたが、感動の再会とはならず頭を叩かれていた。
「隊長いなかったら、お前一人で飛ばされてたんだからな!」
我慢できなかったのよと言っていたが、実際は飛ばされそうになったボスコを守るため、咄嗟にルカが動いたようだった。
まさに隊長の鏡。
騎士団では拠点の設営なども訓練の中に入っており、手慣れたもので大小のテントが張られている。木製の防護柵はその場で組み立てるのではなく、完成していたものを空間の腕輪に入れていた。
デボラは広場の時とは違い、周囲に指示を飛ばしながら、一人で様々な業務をこなす。
思っていたよりも全員で到着した班が少なかったようで、少しイライラしておりラウロは近づくのをためらうが、イージリオとフィロニカは臆することなく。
「到着しました」
「お疲れさん」
遮断壁について記録された用紙を渡す。
「あんたが来てくれて助かったよ」
幾つかの業務を彼女に頼むようだ。渡された内容を読みながら。
「そんで、第二班の班長は遅れて到着かい」
誰が小時空紋に初挑戦したのかを知ったらしく。
「またやりやがったね」
「僕は心を込めて始末書を用意したいと思います」
デボラもあきれ顔。
「それは後で良いから、情報交換と報酬の担当でもしとくれ。金はちゃんとやるから、今は働きな」
イージリオの目がわずかにひらく。
「お任せあれ」
暴走の理由が欲なので、ちゃんと用意すれば彼もしっかりと業務をこなす。
・・
・・
レベリオがイージリオと交渉しているのをラウロは見守っていた。特に口出しをすることもないので、ボーっとしていたら。
「しょっぱなから苦労したみたいだねえ」
話しかけられ、緊張で身体が強張る。また口をすべらせないよう注意しながら。
「一番厄介な仕事を引き受けてくれたのは、イージリオ殿ですので」
これまでよりも鍵がでる確率が高くなっている。もしかするとバリケードは壊しても問題ないかも知れない。レベリオとこういったやり取りをしながら、こちらに目を向けて。
「まず誰かに断られなきゃいけませんでした。うん、仕方ない」
皆が嫌がるから、仕方ないので自分が挑戦した。始末書の内容はこうなりそうな予感がする。
黙って働けと注意してから、再びラウロを見て。
「騎士団の場合は命令になるからあれだが、まあここじゃ好きにしていいさ」
姿勢を正したまま動かないラウロに苦笑いを浮かべ。
「私がいちまうと、そうもいかんかも知れんがね」
騎士団としても拒否権はあるが、上官によっては強制だったりする。
「自分は理不尽な目に遭ったことはありませんでしたよ」
彼女は同じ人間を連続で使うこともなかったし、誰かを指名するにしても何名かを選び、その中から話し合いをして決めていた。
ただラウロの上官がずっとデボラだったわけじゃない。
英雄がなんだ。そんなくだらない個は捨てろと、理不尽に殴られまくった記憶がある。
「優しくて、部下に好かれるねえ」
周囲の満了組を見渡し。
「そんな甘ちゃんが優秀とは限らんのさ」
ラウロが所属していた第三騎士団。その本体はもっと優先度の高い場所に、援軍として向かっていた。
「自分でなんとかできる……か」
町を救うための人員は、攻め側と寄せ側を合わせても五十名前後。
「私の中じゃそうでもなかったんだが」
「騎士団と満了組を同じ扱いもできませんからね」
滅びゆく町から魔物を引きはがすため、〖救済の光〗を使うと決断した者は、先頭に立って突撃した。自分も含め、部下のことも駒であるべきと考えている人物だった。
「今日は休むことを進めるよ、テントに案内させる」
「自分もレベリオも消耗が激しいので、有り難く思います」
天上の刻印により神力の自然回復は強化されているが、一日の終わりで補充される加護者と比べれば、やはり心持たない。
今日だけで刻印にためていた神力は残り三割ほど。明日の朝まで休んでも、おそらく補充できるのは良くて八割。
「私らもけっこう気疲れしっちゃったし、今日はもう休みたいわね」
アリーダとマリカもその場にいた。
「男女を別ける余裕はないんだ。申し訳ないが我慢しとくれ」
「これでも探検者の端くれだから、そこら辺は大丈夫でーす」
「寝る時は交代するから、問題もありませんことよ」
ラウロよりも敬語が苦手なようで、なぜかアリーダはお嬢様口調になっていた。
「こいつのことをよろしく頼むよ。あんたにはもったいないくらいだ、大切にしな」
「日々、助けられております」
普段のオッサンなら、俺が面倒みてるくらいの軽口は叩きそうだが。
交渉が終わる。得た情報と入手した鍵の半分を渡し、満足いくだけの報酬は受け取れたようだ。
五人用のテントへと案内され、とりあえずの一息。
「わーい」
マリカが大の字で寝転んだ。
ラウロは装備の鎖を操作して、普段着へと交換する。
レベリオも軽装になり、重鎧を取りだして破損のチェック。
「割増しになりますが、保存食や手入れ道具などは購入できるそうです」
「薬はまだ余裕あるわよね?」
拠点への襲撃だが、中央通りに時空紋が出現して、ここに向けて突撃してくることがある。特に時間などは設定されておらず、設営が始まってからすでに一度あったらしい。
大神像が機能すれば、これらの襲撃はなくなると思われる。
マリカは顔だけをテントから出し。
「デボラさん良い人だったじゃ~ん」
「さすがにあんたビビり過ぎでしょ」
「訓練生時代にしごかれまくったんだよ。もう心と身体に恐怖が刻まれちまってる」
ダンジョン外ではルカのレッスン。思い返すだけで色んな意味で痛かった。
「僕らが通った港町ですよね。初級は【雪原】でしたか」
「あそこの氷があるから、けっこう鮮度保ったまま海産類を運べるんだよな」
本来は干物にするなど、加工が必要だろう。
「……カキ氷」
マリカが味を思いだしたのか、うへへと笑いだす。
「そういえばお前ら財産とか、どうやって運んだんだ。持ち運べる物に変えたとか?」
空間の腕輪は限られた場所でしか使えない。例外があるとすれば、魔界の門がひらいた時など。
「いえ。そういった商人のようなことをする自信は、ちょっと僕らにはありませんでしたので」
「ゴーワズに本店があって、港町に支店がある商会で券を発行してもらったのよ」
本店に財産を預け、支店で受け取る。手数料でけっこうな額を取られるが、都市同盟の探検者は教国よりも往来が多いので、皆がこの方法をよく使うらしい。
そして港町にある商会は、ラファスにもルートを持っている。
レベリオは深呼吸をしてから。
「二人に聞いてもらいたい話があるんだ」
都市同盟から教国に渡った理由。
回復役など色々とあるのだろうが、根本はリーダーの挫折だった。
二人はとても喜んだ。
彼らは夜になるまで話し合いを続け、ラウロは遠慮してモンテらの手伝いをした。
宿場町の組も見かけたので挨拶しておく。
大変だったなと彼らと言葉を交わし、欲望神の加護持ちに仲間を紹介してもらう。彼女は軽装だったが、別段エロい服装でもない。
ボスコも憎まれ口を挟むことなく、違和感だけを残してその場は終わった。
・・
・・
次の日からは本格的に探検を始める。
四つの鍵を使い建物のなかに進入。宝箱などを発見したが、時空紋も神像も見つからず。なんどか戦闘をしたが、毎回最低でも一つは鍵を落とす。ただ小さいため、灰に紛れて見落とさないよう気をつけなくてはいけない。
満了組はバリケードの検証をしたらしい。万一に備え全員で転移できるように一カ所に固まる。
モンテの話では。
〖足場〗で飛び越えたら、時空紋が発生したのは数回で、おそらく運だろうとのこと。敵のいる空間に飛ばされたが、もと居た場所に戻れる。破壊した場合でも結果は変化せず、ランダム転移させられることはなかった。
そんなこんなで二日目の活動を無事に終えた。
拠点にて、レベリオが空間の腕輪に意識を向けながら。
「恐らく、ラウロさんの装備を一つ買えるだけの額は用意できそうかと」
「予定より早いな」
大通りでの戦いにより、大量の素材を入手できたことが大きい。
盾にするか、鎧にするか。
「私としては兵鋼の短剣を王にしたほうが良いと思うけど」
〖無月〗による転移が早くなり、それに伴い傷も浅くできる。
「分かっちゃいるんだけどよ」
「ルチオ君たちは気にしないと思いますが、なかなか難しいかも知れませんね」
自分がこれを使いたいと望んでいる節がある。
「レベリオの盾があるから、とりあえず小丸盾で良いんじゃないかな~」
〖貴様が盾〗を強化できる。
「やっぱ鎧は後回しにすべきかね」
ただラウロとしては気になることがあった。
「確実とは言えないんだがよ、もしかすると警戒期に入ったら、聖属性に鎧の神技が追加されるかも知れん」
「化身がそうじゃないの?」
騎士鎧と法衣鎧。
「光と聖って神技が共通してるのは知ってるだろ。鎧には〖輝く鎧〗ってのがある」
「光の戦士と対を成すのが、化身ということですか?」
〖化身〗が法衣鎧に対応したということは。
「次は〖聖なる鎧〗的な神技が来ると思うんだ。その発生も含めてよ」
「なるほど」
光属性。
法衣の神技 〖光の法衣〗〖光の戦士〗〖後光〗
騎士鎧の神技 〖光の鎧〗〖光の戦士〗〖後光〗
鎧の神技 〖光の鎧〗〖輝く鎧〗
この点から聖属性を予想できた。
法衣の神技 〖聖なる法衣〗〖聖なる化身〗〖威光〗
法衣鎧の神技 〖聖なる鎧(開発中もしくは熟練不足)〗〖聖なる化身〗〖威光〗
鎧の神技 〖聖なる鎧〗〖開発中〗
「革鎧も王で統一したいってことね」
「法衣鎧はお告げがあって職人に作ってもらったんだが、今までは使う機会もなくてな」
実際には天上界のほうで用意してくれたのだが、それを他言もできず。
「懐具合は大丈夫か、もしあれなら自分でもなんとかできるぞ」
「僕らの装備も組の予算から調達したものですから、気にしないでください。ただ神素材となれば、イージリオさんと同等の苦労もあるんですがね」
アリーダは自分の剣を見て。
「これはゴーワズの上級でとれたのよ、ラストアタックのお陰ね。純正じゃないけど売れば老後も安心して暮らせるわ」
レベリオの盾よりも、使われている神素材が多い。
「マリカの弓は純正だよな?」
「私の弓はアリーダの剣よりは安いよ、矢筒が揃ってこそってのもあるから」
同じく杖も使われている角材は(中)から(大)の間で、ローブの神布が合わさってこそ価値は上がる。
「なんかイージリオさん、果てしない野望だな」
「僕らも本気で集めてたので分かりますが、ボスコさんのように一式揃っている人は中々見ませんよ」
錫杖。
「最優先で俺らはあいつの集めてたからよ。おまけにサブの引き付け役だったし」
拳術神 戦神
加護を授けるということは、それだけ人間に神力を回さなくてはいけない。守護神の加護者をラウロは一人しか知らないので、この柱も地上での活動を主としているのではないか。
「もっと丁寧に扱えってんだ」
モンテが管理しているので、定期的に手入れはしていると思うが、修理の費用は馬鹿にならず。
「予備を用意するといっても、上級となれば油断もしたくないので、僕も結局はこの盾を普段から使ってます」
「大事に使うなんて難しいわよ」
武具屋の店主とも同じ会話をした記憶があった。
剣や盾には耐久強化の神技を使えるが、この組には鎧の加護持ちはいない。
「使ってればだんだん痛んでくんだよね~」
マリカの弓には耐久強化もないので、職人の神技に頼り劣化を抑えている。
ダンジョンで活動するというのは、戦えるという意味だけでなく、黒字にできなくては駄目だった。
・・
・・
三日目に時空紋が家屋の中で発見され、四日目に神像が逆側の南東で確認された。欲望神の加護者がいる組はさぞ儲かったことだろう。
家屋を壊すのは駄目なようだが、印をつける分には問題ないと検証の結果判明したので、満了組から無償で渡された塗料を探索済の扉に塗っていく。
前回の【町】では時空紋や神像はそのままだが、宝箱などは月を跨ぐと更新されていた。その時は目印も一緒に消える。
五日目の活動を終え、南門の拠点にて。
「今の【町】だと時空紋の場所も変更されるかも知れませんね。安全を優先して、僕らは年が明ける前に帰還しましょう」
装備を一つ揃えられるだけの素材を集めること。これがレベリオ組の目的だったので、本来はもっと早い時点で達成はしていた。
「そうだな。連中がどうなるかも気になるが、もう俺らけっこう消耗してるし」
満了組の第一目標は拠点を安定させること。つまりは巨時空紋を攻略して、中時空紋を周回しなくてはいけない。
「あんたがいるから、情報も得やすくて助かるわ」
「ちゃんと交渉はすっから、金は出てくけどな」
マリカは身体を伸ばし。
「やっぱ保存食はきついし、ちゃんとしたご飯たべたーい」
翌日、レベリオ組は発見されたばかりの時空紋に向かう。宿場町やラファスの探検組も帰還の方針らしく、道中を協力して進むことになった。
鉄塊団の二組は満了組を手伝うらしく、南東の大時空紋に挑むとのこと。
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後日モンテから得た情報。
巨時空紋。
中央に第一班。そこを囲うように第二班 第三班 第五班の面々が立つ。
突撃探検隊は隊長の消耗が激しく、今回は見送られたとのこと。一人で大時空紋に踏み込んでしまったのだから仕方ない。
というか普通の人間であれば、数カ月は静養すべき怪我だとは思うが、それに関してはラウロもとやかく言えない。回復神技を使えば、何もかもを忘れてしまう。
挑戦者たちが転移させられたのは、別々の空間だった。
第一班 本ボス。骨鬼(強化個体)と常に湧き続ける骨鬼(近接)。
第二班 骨鬼(近接・弓兵)との戦い。攻略に成功すると、本ボスの雑魚が出現しなくなる。
第三班 肉鬼(強化個体)と小鬼三十体。攻略に成功すると、本ボスの【貴様が盾】【お前の鎧】系統の神技が停止。
第五班 小鬼(強化個体)と肉鬼十体。攻略に成功すると、本ボスの【君の剣】系統の神技が停止。
投稿再開しました。
六話まで完成しております。本当はあと一戦残っており、これから執筆のためまだ目途も立っていないので、できている所まで投稿したらまたしばらく更新が止まると思います。




