3話 ダンジョン広場
木壁には兵士が待機していたが、検問はなくお疲れさんの挨拶だけで通り抜ける。
その先には田畑が広がっており、昼時なため畑のそばで飯を食べている人たちがいた。
水路には簡単な木橋もかかっていて、自然独特の青臭さがただよう。今からダンジョンに行くとは思えないほどに、どこか穏やかな空気が流れる。
通常時は魔物もいないが、害獣や害虫はしっかり生息していたりする。
人間に関する疫病などは活力系統の神技で落ち着いているが、植物の病気は生物とは違うのかも知れない。
目的地には歩いて一時間もかからない。
元気なルチオには、革の鎧を着ているから、そのペースだと疲れるぞと注意をする。緊張しているアドネには早く歩けと背中を押す。
そのようなやり取りをしているうちに、三人は到着した。
・・・
・・・
ダンジョン広場。そこは町と同じで大きな壁に囲まれているが、管理しているのは探検者協会の者たちだ。
「おっさん、あっちからでも入れるみたいだぜ」
「ありゃ物資の運搬専用だよ」
町への道も馬車が通りやすいよう、探検者たちとは別になっている。
近隣の村で仕事が少ない連中は、自分たちの住んでいる町に行き、そこを拠点に活動している出稼ぎ探検者。そして収穫期など人手が必要な時期になると帰っていく。
またダンジョンがない町にも協会支部があり、近隣の宿場街に仮設受付所を設置し、そこを一時的な拠点とする。
「俺ら専用の入り口はあそこか?」
張り切っているようで、ルチオは前を歩いて二人を急かす。
物資搬入側よりも少し小さな出入り口には、ラウロよりもずっと年上のオッサン。
「おう、来たなガキども」
「こんちは。これ」
ルチオより証書を受け取り、内容を確認するとそのまま預かる。代わりに三人分の木札を渡された。
「ラウロ、しっかり頼むぞ。将来の希望だからな」
探検者協会は怪我や年齢で引退した者たちの引き取り口。そしてなにより緊急時の戦力。もし魔界の門が開くと、神が作り出したダンジョンでも異変が起きる。
「ああ、任せとけ」
「頑張ります」
アドネは頭をさげる。ルチオは壁の先が気になるようで、木札を受け取ったらそのまま走っていく。
整備された広場の奥には倉庫が四棟あり、各倉庫に繋がっている別の建物が見える。余っているスペースでは、回復薬や保存食などを売っているようで、簡素な露店がいくつかうかがえる。
「土台と柱と屋根だけの建物がいくつかあるだろ。今回俺らが挑戦するのはあれだな」
ラウロが指さしたのは、左端にある倉庫の手前に立っていた石造りの神殿。
「ちっさ」
初心者は慣れるまで何度か挑戦して、それから次に移る。
「まあな」
「並んでる人も少ないね」
列の最後尾を探す。
「こちら試練・練習ダンジョンです! 四名以下限定です!」
誘導の協会員が看板を持っていたので、三人は迷うことなく列に並べた。
「俺が教育係、こいつらが試練です」
一応、木札を見せる。
「こんにちわ。ではこちらにどうぞ」
会話が聞こえ、誰か来たのかと最後尾の少女は振り向く。
「ルチオとアドネも今日だったんだ」
「よっ、お前もか」
少女は一人だったが、大人の男女が付き添っている。
「こんちわ」
「ラウロ」
父親の方は少女よりも落ち着かない様子。
「ここに来るの久しぶりなんじゃないか、二人とも」
「ええ、この人ったらこんな感じで」
ずいぶん前に探検者を引退したと聞いていた。
「そんなんで大丈夫かお前」
「むっ 娘の門出なんだ、大丈夫さ」
「今からそんな調子だと、私が嫁に行くとき気絶しちゃうんじゃない」
娘の言葉に父親は鼻息を荒げ、お前はどこにもヤラないと意気込んだ。
「ねっ」
女の子に声をかけられて、アドネが顔を赤くする。
「マセガキども」
「私たちもう成人してるもん」
一五歳で大人。皆は収穫期の祭りで一斉に年齢を上げる。少女とアドネはその手前に産まれたらしく、ルチオよりも実際は差があった。
「そういえばそうだったな、爆散しろ」
ルチオは並びから少し外れて、目的の神殿を見て目が輝やいていた。恋路にはあまり興味がないようだ。
不安そうな父親に聞くわけにはいかないので、母親に小声で尋ねる。
「契約はどうしたんだ?」
「とりあえずお金は払ったので、光神さまの加護でなければ」
そうか、と考えこむ。
緊急時に第一防衛地点で戦うかどうか。今後も年ごとに更新料を払っていく必要がある。
母親はしまったと。
「ごめんなさい」
「気にすんな、そんな嫌な思い出でもない。世話になった孤児院にも金が入ったしな」
光の加護を授かった場合は、教国のために従事しないといけない。
「たしか、ラウロさんは教都の出身でしたっけ」
「ああ」
少女はアドネの装備を見て、格好いいねと革の兜をバンバン叩いて笑っていた。
「ずいぶん奮発したな」
「短剣は私のお古です」
後衛でも接近されろば対応が必要。娘の装備に話が移れば、父親は自慢げに胸を張って。
「良いのを買った。全部嫁任せだけど」
同じ革製でも違いはある。
「これは町のガイコツか?」
ダンジョン〖【町】】この広場では最難関。
その魔物は薄い黒革の装備をしており、倒したときのレアドロップで同じ革素材が手に入る。
鉄・革・木・布などなど。ダンジョンで入手できる装備素材は、位が上がるほどに灰色から、徐々に黒くなっていく。そして一番上だけが白になる。
直接工房に持ち込むことも中々できないので、結局はここで金に換えてから、町でオーダーメイドする形が多い。白素材だけは少しルートが異なりもするが、【町】ではまず出ない。
母親はアドネとルチオから少し距離をとり。
「本当は自分の力で少しずつ、頑張ってかないと駄目なんですけどね」
女性で一五歳となれば、そこまで体格も変わらないだろうと、袖の短いコートを仕立ててもらった。
授かる加護によっては鎧の上に着るかも知れないため、調節できるよう店とは相談している。頭は衝撃吸収用の布巻にコートのフード。軽鋼の鎖帷子はお古を作り直した品らしい。
思わずラウロは言ってしまう。
「うっ 羨ましい。俺も欲しい」
ルチオはその会話が聞こえていたようで。
「おばちゃん気にすんなって。俺らだって安い金で支給してもらったんだ」
死亡率を少しでも減らすために、各国は色々と対策をしている。本当は兵士を目指した方が死亡時など、色々と手厚い保証がつく。だが新人期間を終えると、移動命令を受ける場合もあった。
アドネも話を聞いて、同意見とうなずいた。
「ありがとね、二人とも」
父親の方は孤児院の出身。その関係から教会の炊き出しなどを手伝ってくれており、幼いころからの知り合い。ラウロともそこから繋がった。
「パーティ組んだ時、もしエルダが言うこと聞かなかったら、おばちゃんに教えるのよ」
「なにそれー 私ちゃんとリーダーの指示守るもん」
教育期間を終えたら、この三人は組むことになっている。リーダーはルチオとして、あと一人は探したいところだ。
・・・
・・・
エルダと話をしているうちに、アドネの緊張もほぐれた様子。ついでに爆発しろ。
「二人とも、お互い頑張ろうね!」
両親は普段着のままだが、自前と思われる装備の鎖をしている。ブランクが長いが、数カ月前から娘と一緒に訓練はしてきた。
壁のない神殿の床には、時空を象徴する紋章が描かれていた。協会の人間がその端に手をそえる。
「それでは目を閉じてください。十秒後に開けるようお願いします」
時空神または眷属の加護持ちだろう。母親はうなずきを返す。父親は娘の肩に手をおく。
紋章が輝けば、次の瞬間に親子は消えた。
最前列を管理していた女性が紋章に手先を向け。
「真ん中までお進みください」
紋章の大きさは三人なら余裕をもって入れる。
「試練ですか、それとも練習でしょうか?」
ルチオがこちらを見あげる。ラウロはうなずいた。アドネも両手を握る。
「試練です!」
元気が良い。木札も見せておく。
「確かに。それでは、準備はよろしいですね」
「いつでも大丈夫だ」
時空の加護持ちが紋章に手をそえる。
「目を開けた状態ですと、転移酔いを強めますので」
いくつかの説明を受けたのち。
「それでは閉じてください。十秒後に目を開けてくださいね」
二人の試練が始まる。
〖〖大空洞〗〗 魔界の介入率 0%




