7話 日常 デート
夏も直に終わる。
早朝にラウロは武具屋を訪れていた。修復に出していた法衣を受け取るためだ。
待ってるあいだ、民鋼の様子でも見たいと思ったが、未練がでてしまうのでやめた。
会計を済ませながら。
「今からデートなんだ」
「あんれま、いいずらねえ」
自慢しに来たのではない。
「じゃあ、あれが必要ずら」
「いつもすまんな」
気にするなとズラズラ言い、おいちゃんは店の外にでて看板を準備中に変えた。
武具屋の鍵を三重に閉め、硝子窓に兵鋼の鉄板をはめ込んだあと、留め具で厳重に固定する。
「光つけるぞ」
卓上に置かれた光源不明のランプを操作して、店内を明るくした。
店主は塞がれた窓を見つめたまま、振り返ることなく。
「今からそれは禁句ずら」
光や輝。
「すまん」
棚から一つの小瓶を取りだし、丁寧に机へ置く。
「改良型ずら」
ラウロは姿勢を正す。活動中でも中々みせない、神妙な面持ち。
店主は深呼吸を一つ。
準備は整ったと、約束の詩を口ずさむ。
「いつまでも、あると思うな、君の友」
ラウロは続けて。
「お前は何処、遠き我が春」
店主うなずくとこちらを向き、左右の側頭部に両の手をそえる。
カチっと子気味のよい音がした。
遂にその封印が解かれる時がきた。
「刮目せよ」
帽子(?)が持ち上がる。そして理が世界の真実を映しだす。
まとう空気が変化した。
「種は違えど、悩みを同じくする者よ」
ラウロは目を輝かせ。
「同志」
店主は瓶から黒い粉を掴むと、慣れた動作で自分の頭に振りかける。
「これは霊験あらたかな水」
水の神技で何かを分解させたらしく、霧吹きが取り付けられた容器に入れられていた。
シュッ シュッと髪に振りかけていく。
「もうこれで何が起きても心配はいらん。ほぉれっ」
自分の手で乱暴に掻き分けるが、黒い粉は髪から落ちず。
驚きのあまり、しばらく言葉を失うが、やがて欲望が口からあふれだす。
「御恵みを……どうか」
こんなに必死な彼はそうそう見ない。
「座して待て。お前に合うものを調合するので、待てしばし」
片膝をつけ、肩に剣を置かれるような騎士のポーズを決める。
白髪や金髪。茶髪に赤髪。
頭髪の再現者はラウロの毛を触り、色を確かめると再び棚から幾つかの瓶を取りだす。
儀式を終えたのち、最後に忠告された。
「頭皮に悪いずらから、たまにのお楽しみずら」
神妙な面持ちでうなずいた。
まだ発展の途上。
いつかすべてを克服し、世の男たちがこの悩みから解放される日が来ることを、切に願う。
・・
・・
朝日に照らされた町中を歩く。
いつもは他人の目を気にしながら進むこの道も、今日はどこか清々しい。
通り過ぎる者たちも、なんか自分を祝福してくれている気がする。
仕事関係でカウンター越しに顔を合わせた時に、紙の切れ端に休めそうな日を書かれたものを渡される。
一人暮らしをしていた頃は、そういった内容の書かれたものが、ドアの隙間から入れられていたりもした。今は借家に誰かいれば、伝えといてとお願いすることもあった。
やり取りの手段が少ないので、大体そんな感じで日にちを合わせる。
ちなみにラウロは探検者だから、予定は全て把握されていた。
・・
・・
リヴィアの家に向かう。昔はティトと住んでいたらしいが、彼は協会員になってしばらくしてから、一人暮らしを始めたそうだ。
それなりの大きさの建物だが、何組かの家族が階ごとに住んでいる。
鏡はないが服装を整えると、建物の中に入り階段を踏みしめていく。
扉に取り付けられた金具を持ち、それで音をならそうとしたが、一つ気になり思いとどまる。
髪の毛の最終チェックをしなくてはいけない。
わずかな誤差も許さず、精密な作業が十分ほど続いた。
変質者ではない、身だしなみを整えているだけだ。変質者ではない。
「あっ」
「なにしてるんですか」
まだ髪の毛が決まっていなかったのに、扉が開いてしまった。
普段は制服か軽装か重鎧だが、今日はワンピースに薄手の上着を一枚羽織っていた。
化粧もしているようで、雰囲気が異なる。
「似合ってる」
「ありがと」
にこりと微笑んでから。
「頭さげてもらって良いですか?」
「ん? まあ構わんけど」
細い指さきがラウロの髪に触れ、やさしく撫でられる。
少し照れていると。
「いっ 痛たっ」
徐々に勢いが増していき、終いには爪を立てられた。
「またやって、それ嫌だって言ったじゃないですか」
「やめてくれ、古傷が」
リヴィアは異変に気付く。
「取れない」
逃げるように一歩離れると決め顔で。
「改良型だ」
いぶかし気な顔で。
「大丈夫なんですかこれ」
「頭皮には悪影響だ」
決め顔でそう言った。
あきれ顔で後ろを向き、扉の鍵を閉める。それを小さなバックにしまい、すたすたと歩きだす。
階段前で立ち止まれば、困り顔のラウロに振り返り。
「行きましょう」
「おお」
並んで自宅を後にした。
・・
・・
けっきょく秋目前の時期になってしまったが、今日は目的が幾つかある。
その場所を目指しながら。
「仕事忙しそうだな」
「ごめんね、中々片付かなくて」
職人とのもめごとを簡単に言えば、もっと改良したい。協会側は時間や欠陥が見つかると困るから、前回と同じものを。
装置は人力ではあるが、力を連動させて負担を減らせるようになっている。
なにかあった時のストッパー。
作業用やメンテナンス用の経路。
「イザは岩山よりこっちの方が良いっていうけど、混雑するぶん大変なんですよね。グイドさんたちもう通常運営になってるし」
最近は弓の特訓に移行しているそうだ。
ふと以前の情報交換を思いだし。
「岩亀の中ボス方面に拠点とか作るのか? もしそうだと、余計忙しくなるな」
「計画はありますけど、私はあんまり変わりませんよ。まだ裂け目の方がやること一杯残ってますし」
少し安心。
「受付業務も増えると思います」
「本当か、じゃあやる気もでるわ」
手をさしだされたので、照れながらつなぐ。
「もう、恥ずかしがらないでくださいよ。良い歳じゃないですか」
「良い歳だから恥ずかしいんだけどな」
笑顔を向けられながら、頭をかく。
「ラウロさんはどうですか?」
「活動は順調だぞ」
それもだけどと言ってから。
「私と違って休みも多いじゃないですか。なにしてるんですか」
「破損した防具を修理にだしたり、回復薬や解毒なんか補充したり。あとは鍛錬だな」
あっそうだと思いだしたように。
「迷いの森ですよね。薬草とかに詳しいのってマリカさんでしたっけ?」
「採取手伝ってるうちに覚えたって聞いたけど」
あそこでとれる植物は優秀だった。回復薬や解毒だけでなく、肉鬼の細菌や炎上時の消火剤など。
【町】には灯火を持つ骨鬼。
ラファスの広場ではネズミくらいしか確認できないが、港町のダンジョンなどには、もっと天上界のオリジナル生物がいる。これらが火を吐いてくる場合もあった。
「少し在庫に不安があるので、高めに買うって依頼が近いうちに出ると思います」
「そうか」
普通に病気の薬として有効な素材も確認されている。
けっきょく仕事の話が多い。
・・
・・
まず最初の目的地に到着した。
理由としては中古の服しか持っていないのと、頭にそんな意識向けるより、こっちに気を配ってくれる方が嬉しいと前回言われたから。
仕立て屋で寸法を測ってもらっているあいだ、リヴィアは他の店員と生地を物色していた。
一通り終えると、こちらに来て。
「ラウロさんあそこ、帽子売ってますよ」
「帽子ってカツラのことか?」
睨まれる。
「ごめんなさい」
オーダーメイド専門でも、そういった品は売っている様子。
二人で売り場まで行くと。
「なんか買ってやろか」
「いやなんで私なんですか。気になるならこういうので良いじゃないですか」
はっ とした表情をリヴィアに向け。
「その手があったか」
なぜこの手を思い浮かべないのだろうか。
あまり奢られるのが好きではないらしいので。
「じゃあ互いに好きなの選んで、会計は交換するか」
「そうしましょう。ラウロさんに選ばせるのはちょっと怖いですし」
どうするかと腕を組み、自分の好みを探す。
「冬も近いし、これにすっか」
「はやっ」
少し薄手で蒸れにくそうな、毛糸の帽子。
「じゃあ私も似たのにしようかな」
と言い手を伸ばすが、やっぱこっちも気になると進路を変え、視線は別の方に向く。
時間がかかりそうなので、声をかけてからその場を離れる。
「まあ適当で良いわな」
店員さんを呼び、布を丁度いい大きさに切ってもらう。
「私これに決めました」
最初に選んだ色違いの帽子。
「なんですかそれ?」
ラウロが選んだ布を見ていた。
「普段はこれでも頭に巻こうかなって。端も整えてくれるってよ」
服が仕上がる時に一緒に渡してくれるそう。
「ちょっと私も選びたかったんですけど」
そうかと申し訳そうに。
「もう切っちまったしな。じゃあもう一枚選んでくれ」
「私も髪を縛るように買うことにします」
リヴィアは幾つか見繕い。
「この中から選んでください」
「そうか」
一から選ばせると無地の物だけになりそうなので、予め用意しておくのだろう。
顎に手をあて。
「じゃあこれにすっかな」
「だからはやいですって、ちゃんと選んでよ」
そうかともう一度、柄や模様を見直す。
衣類は前金だけ。引き渡し時に残りをとのこと。
小物類は互いにお支払いを済ます。手荷物は増やしたくないので、服ができた時に受け取るとお願いした。布は何枚かサービスしてもらえてうれしい。
ちなみに余談だが、帽子で隠すという手段を武具屋に教えたら、ラウロは名誉会員として迎えられたとかいないとか。
でも魔法の粉はやっぱり必要だと思う。だってあれは僕らの希望だから。
・・
・・
時刻は午前十時ころ。
二人は外に並べられていた、オシャレな席に座っていた。
「うわー 凄いですね、本当に雪みたい」
グラスの中には細かく砕かれた氷。
「今、話題なんだろ?」
ラウロも甘いものは嫌いじゃない。雪のようなそれの上には、シロップや練乳がかけられていた。
昔はそこまで興味なかったが、ある人物に誘われて、こういった甘味に触れてからだ。
その冷たさにギュッと目を閉じながら。
「夏に食べたかったなぁ。でもよく融けませんよね?」
「港のダンジョン広場ってあるよね、あそこの産物が氷なの」
「……」
いつの間にか同じ席でカキ氷を食べている魔物がいた。
「そこからとにかく馬車で急いで運ぶんだ。木くずとかで少しでも融けにくくして」
頭が痛くなったのか、ラウロは古傷を押さえていた。
「んで到着したら、ここの広場に持ってくの。時空の腕輪に保管すれば、とりあえず数日は持つんだ。僕ちん物知りでしょ」
リヴィアは苦笑い。
「解説ありがとよ、もういいだろ」
「甘味は真剣勝負なんだラウロ君」
涙が雪を味付けする。
「だからアベックが仲良く食べて良い代物じゃねえ、そう教えたじゃないか。俺たちの熱い日々を忘れたのか」
ちょっとちょうだいと、ラウロのカキ氷にスプーンを突き刺し、大盛の氷を口に運ぶ。
「勝手に食うなよ」
「もう照れ屋なんだから、はいアーン」
自分のグラスに盛られた氷(なにもかかっていない場所)をスプーンで少しだけすくい、ラウロの口もとに持っていく。
「関節キッスになっちゃうね……きゃっ」
もうやだ。
リヴィアはなにか気になったのか。
「あのボスコさん」
「なんだい。あーんがしたいなら、後ですれば良いさ。甘味以外でね」
失礼は承知で。
「ちょっと太りました?」
「……え、そんなことないよ。僕ちんから出てるのはお腹とお金だけさ」
いやまてと、ラウロは相手の身体を見渡す。
「お前あれだろ、閉鎖してたから」
彼の健康はダンジョン活動でなんとか保たれていた。
ラウロは騎士団時代の金に手をつけないよう、掘制作の労働などで生活費を稼いでいたが、彼にそんなことできる訳がない。
モンテが普段から見張っていれば、賭け事もできず。そうなれば金欠になり食えない日も減る。
ダンジョンが解放されてもまだ初級と中級。引き付け役として、多めに休みをもらうなどの配慮も必要ないだろう。
「ゴブリンとオークの混血」
「なっ!」
チビ+デブ。
ボスコは席から立ちあがり。
「僕ちん太ってないもん。大体お前なにその頭、それで隠せてるつもりか、このハゲーっ!」
「なんだと!」
リヴィアを見て。
「こんなののどこが良いんだ、趣味悪いよぉ!」
同感だと納得してしまった内心に気づいたのか、机の下でリヴィアが足を踏んできた。
「ひどいこと言われたって、ママに言いつけてやる。うわーん」
ここは前払いなので無銭飲食にはならないが。
「片づけてけよ」
「ちょっと恥ずかしいですね」
周りの視線が痛いので、動作だけで謝ってから、無言でカキ氷を食べる。
そんなぶち壊された夏のおわり。
ちなみに余談だが、ママ(モンテ)に言いつけたら、確かに太ったなとダイエット計画が始まったそうだ。
・・
・・
ボスコの分も片付けてから、二人は昼食を買って町の外へ向かう。
たしかに出入りは制限されているが、許可さえもらえば良いだけの話。
外壁を越え、田畑の先。
「普段から【森】にいるけど、やっぱ地上界だとなんか違うな」
両側を木々に囲まれた道。木漏れ日が心を癒す。
二人で出かける時は緑の中を歩こうと、天上界から教えられたストレス発散法を実践する二人。
「臭いですかね」
「ああ、確かにな」
今日は思い出の場所に連れて行ってくれるらしい。
「こっちです」
同じ土の道でも、こちらは細くて気持ちぬかるんでいる。
指を絡めながら歩いていたが。
「昔は家族でよく来たんだけど、けっこう荒れちゃってますね」
行く先を倒木が閉ざしていた。
「動かすか」
「すみません」
こういう事も以前あったので、準備していた革の手袋を腰の小鞄より取りだす。
昼飯をもってもらい、短剣で枝を切り落としてから、木を持ち上げて退かす。
神力混血による優先順位のためか、彼女の力はラウロより強い。それでも今は普段着なので、あまり汚させるわけにはいかず。
「やっぱ外歩くなら、俺は今のままでも良い気がするな」
「うーん。でもなぁ」
中古の服。
「まあ装備の鎖にでも登録しとくか」
「そうしましょう。私も次は汚れて良い服も入れとこ」
お疲れさまと、服についた土埃を払ってくれた。
革の手袋をしまい、また手をつないで歩きだす。
「この時間が続けばいい」
小さなバックを肘に掛けなおし。
「もっと変わってきますよ」
やがて到着したのは、木々に囲まれた小さな花畑だった。
・・
・・
本当は作りたかったんだけどなと残念がりながら、花の間際にシートを敷いて、二人でサンドウィッチを食べる。
この時間に食べることは少ないが、それでも穏やかな時間。
「懐かしいな。まだティトはうんと小さくてね」
「そうか」
なんとなく話は弟の方から聞いていた。
「探検者だったのか?」
「うん」
エルダの両親は結婚を期に引退した。でも子供のころから探検者をしているとなれば、他の職種に移るというのは勇気もいる。
中級の奥地や上級で活動するのは控え、無理をしないといった選択をとる者も多い。
「協会員か、大変な仕事だな」
探検者の安全を少しでもサポートする。
「やりがいはあるよ」
天上界が外れ枠として、意図的に難易度を上げる場合もある。
見分けるのはベテランでも難しいが、普段より薄暗く感じる時は注意した方が良い。
空間の隙間を通って瘴気が漏れていると。
魔物をできる限り模して造られた敵対者。これらが瘴気を取り込むことで、偽物は極限まで本物に近づく。
リヴィアは両手を合わせ。
「暗い話はお終い。ごめんね、ちょっとお花を摘みに行ってきます」
「ここにあるだろ」
怒られた。なぜだ。
「おトイレです!」
まったくもうとバックを手に木陰へと。
町を出る前に済ませていたので、恐らく散歩だろう。
・・
・・
リヴィアがもどると、ラウロが花畑の中で何かをしている。ウ〇コだろうか。
「なにしてるんですか?」
「ちょっとまて、こっち来ないでくれ。もうちっとだから」
首を傾げ、そうですかとシートに腰を下ろす。
ブツブツ言いながら、一五分ほどが経過していた。
「なんなのよもう」
こまった人だなと、それでも笑えてしまう。
「もう良いぞ」
「終わったんですか?」
花を踏まないよう、足もとに気をつけながら行くと、彼の手には歪ながらも。
「驚きです。ラウロさんそんなの作れたんですね」
「まあな」
手渡そうとするが、リヴィアは受け取らない。
「かけてくださいよ」
わかったと彼女の首に両腕をまわす。
つま先立ちをして、ラウロの頬に両手の指さきをそえた。
ギャグを入れないと作者の気が狂いそうになってしまい駄目でした。
次で中級編は終了になります。




