6話 第二ボス
見あげるほどの巨木が立ち並ぶ。それぞれの間隔は広いのに、枝葉が空を覆い尽くし、まるで夜だった。
薄闇に怪しく光る植物が足もとを照らす。
方角も狂い、時間の感覚も失い、昨日か明日の区別すらつかない。
奥地に行けば行くほどに同じ景色が続き、気が狂いそうになってくる。
ざわめくのは木々葉の擦れる音だけ。こっちに来いと、なにかが人を虚ろの世界に誘う。
地図の作製も断念されたその場所を、迷いの森と呼ぶ。
暗い森のなかで大きな影が蠢いた。
巨鬼。全身を硬い毛におおわれた化け物。大きさを武器とする魔物だが、町壁よりは気持ち小さいか。
腰布。胴体には黒い革のベルトが交差する。
右手には木一つを丸ごと使ったかのような棍棒。左前腕には太い鎖が巻かれていた。
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五人以下でなければ、コンパスは第二ボスへの道を示さない。
味方の数を優先させるなら、自力で探しだすという手段もあったが。
ここは人を迷わせる森。
草を踏みしめる足音が四つ。
「二人とも、援護をお願いします」
敵との距離はまだ遠い。
「おうよ」
「は~い」
木々の間隔はかなり広く、光る草花のお陰で真っ暗というほどではない。足場は多少悪いが、ボスまでの道のりに遮るものはない。
一定の距離を近づくと、必ず気づかれる仕様になっている。
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大きな顔をこちらにギョロリと向ける。始めて戦うとすれば、それだけで竦んでしまう圧力。これに加え、ボス戦開始とばかりの咆哮。
それでもこの場に居るのは上位組。
「では手筈どおりに」
皆平然としていた。一人を除き。
前方を走っていた女が、一瞬こちらに振り向き。
「大丈夫、まさか怖じ気ずいたのかしら?」
経歴を知っているのだから、冗談だろう。
ラウロは頭をさわり。
「あいつには嫌な記憶しかないんだよ」
なんとなく察したようで。
「ちゃかして悪かったわね」
棍棒ではなく巨大な斧だった。
コンプレックスだとしても。
「気にすんな。名誉の傷ってか」
マリカは立ち止まると、弓を構え。
「来るよ~」
レベリオは〖貴様らが盾〗を使ってから、振り返ることなく進んでいく。
ラウロとアリーダはその場で停止。
リーダーが三人に向け。
「早期決着を目指します」
盾を構えた瞬間だった。地面に小さな土の紋章が複数出現し、そこから植物が召喚された。
大きさとしてはゴブリンと同等。
【種吐き花】 群れの妖精。つぼみ状の花が上部についており、その中から先の尖った種を放つ。熟練が上がるほど召喚数を増やせる。連射速度は一定でそこまで早くなく、威力も小鬼の矢より低い。
〖我が盾〗で身を守りながら、レベリオは一人トロールに向けて進む。〖呼び声〗を発動させ、【花】たちを刺激。
アリーダは後衛の二人に意識を向け。
「任せたわよ」
〖一点突破〗で近場の個体を突き刺し、続けざまに〖波〗を発動させて二体を巻き込む。この敵は地面に根付いているようで、吹き飛ばずに仰け反った。追撃はせずレベリオの後ろにつく。
マリカは一度に三本の矢を放ち、それを各個体に命中させる。
「相変わらず紙だね~」
〖波〗で仰け反った個体は起き上がらずに萎れていた。
ラウロは兵鋼と将鋼を〖夕暮〗の剣とする。
「この妖精が怖いのはここからだ」
〖空刃斬〗のクールタイムは短いが、今の熟練だと十秒はかかる。左右から交互に放ち、次々に【花】の茎を切断していく。
飛んでくる種は〖呼び声〗によりレベリオに集中する。守短剣を装備の鎖にしまい、王鋼の盾をかわりに出現させた。
アリーダも剣で弾いたり、〖貴様の盾〗で身を守りながら、左右から飛んでくる種に対処する。後方はラウロとマリカが一歩ずつ前進しながら片付けてくれていた。
この妖精は時間が経過するほどに強化されていく。
防御を意識することで、〖我が盾〗の銀光は防御範囲を広める。弾いた種が地面に落ち、【発芽】すると急成長した。
出現した位置はアリーダの左後方。
これまで防げていたはずの種が、〖貴様が盾〗の銀光を突き破って背当(王鋼)に命中。
〖一点突破〗の防護膜は少しのあいだ残るので、大した痛みもない。
「厄介ね」
召喚時の個体を第一世代とすれば、第二・第三と重ねるほどに種の威力が増していく。発芽の確率は低いそうだが、今回は最初から召喚された数が多い。
以上の理由から、無理をしてでも早期決着が求められる。
「先行って」
「了解」
その場に残り、種を盾で防ぎながら数体を斬る。
〖一点突破〗でレベリオに接近し、防護膜を再びまとう。
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徐々に強化されていく種の嵐を潜り抜けながら、ついに両者は対峙した。
トロールより放たれた威嚇の咆哮。二人は風圧を盾で防ぎ。
「防衛の上で一番厄介なんですよね」
「デカいってのはそれだけで武器よ」
神技などによる精神圧迫でなければ、もう簡単には怯まない。
彼らは巨鬼との接触を優先してきたので、まだ背後には沢山の【花】が残っていた。
距離はあるが、背後で声が聞こえた。
「いっせぇの~で、飛んでけえっ!」
攻撃力は上がろうとも、装甲が紙であることは変わらず。
殲滅担当が〖雨〗を降らした。
巨鬼が棍棒を振り上げると、レベリオとアイーダを囲うように、二十体ほどの【種吐き花】が出現。
「ゴブリンもきたよ~」
マリカの後方より三十体ほどの小鬼が出現。
接触してからボスを倒すまで、一定の間隔でゴブリンも妖精も五体ずつ補充されていく。
レベリオは両腕の盾を天にかざす。
〖我が盾の叫び〗が【種吐き花】を仰け反らせるが、広範囲なためか攻撃判定は〖波〗よりも低く無力化には失敗。
トロールは巨大な棍棒を振り下ろす。
だがここまでは、事前の手筈どおりだった。
〖雨〗より前にラウロは兵鋼に〖儂の剣〗を発動させ、〖旧式・一点突破〗で接近していた。
植物にはないが、トロールには目があった。
意識は完全にレベリオとアリーダへ向いているので、将鋼からの〖空刃斬〗を命中させるのは容易。なにより的がでかい。
姿勢を低くとってから、〖無月〗で巨鬼の右側へ転移。
兵鋼の短剣を鎖に入れ、左手に〖聖拳〗を発動させる。
ラウロの拳が地面を抉れば、〖土紋・地聖撃〗により半分ほどの【花】は萎れて枯れた。
トロールは姿勢を崩すが、構わず棍棒をレベリオへと叩き落す。
少し距離があり〖聖十字〗は難しい。それでも〖我が盾〗だけで受け止めに成功した。
体格差は歴然。
圧倒的な重量がレベリオの靴底を沈ませる。
周囲に広がっていた〖叫び〗の銀光が一点に集まり、〖咆哮〗となって巨大な棍棒ごとトロールに尻もちをつかせた。
地響きがレベリオの足場を揺らし、片膝をつけさせた。両腕の盾ぎわを地面に叩きつけ、体勢を安定させる。
アリーダは〖聖壁〗を足場として立つ。
「頭が高いわね」
階段状に〖聖壁〗がもう一つ出現。そちらに移れば、装備の鎖により片手剣と盾を消した。
トロールを見下しながら、歩幅をあわせて足場から飛び上がる。
両方の腕を右肩上部に持っていく。ひらいていた手を閉じれば、そこに大剣の柄が握られていた。
〖平伏・大剣落し〗 相手が大型であろうと、一定の高さから振り下ろさなくてはいけない。
巨鬼の棍棒はもう間に合わなかった。それでも左腕に巻かれた鎖で大剣を受け止めた。
以前、【岩亀】に使った時よりも、広範囲に押さえつけの効果が出ていた。
全ての【種吐き花】が首を垂れてから儚く散っていく。
この場に存在する敵の中で、平伏しなかった者が一体。
「〖無礼・断罪落とし〗」
命中させた対象が沈まなかった場合、剣身に土の紋章が刻まれる。
トロールの左腕は鎖ごと断ち斬られ、その先にあった額に大剣が減り込む。硬い毛など最早なんの役にも立たず、頭蓋ごと割った。
「汚いわね」
山盛りの灰ができあがる。
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ラウロが残した〖聖域〗の中で、マリカは三本の矢を一斉に放つ。
目に刺さり死亡。
胸当てに当たるが、致命傷は与えられず。
避けられたわけでもなく、ただのミス。
うす暗い森の中で視界が霞む。小鬼共の笑い声が心を揺さぶる。
「ちがう」
今は視界よりも、〖風読〗に頼らなくては。
毒矢で狙ってくる個体を探り、飛んでくる経路を読む。射線上に他のゴブリンが入るよう位置どっていく。
身の安全を確保してから、焦らずに接近してくるのを狙っていく。
何度も鍛錬を繰り返した。弦に矢をかけるなど、意識せずとも身体が覚えている。
弓を斜めに構え放たれた二本の矢。
足に当たり転倒。
喉に突き刺さり絶命。
続いて〖風圧の矢〗を放ち、数体を巻き込んで後退させる。それでも敵は多いので距離を詰められていく。
数本を掴み宙に放り投げてから、矢筒に手を持っていき各指の間に羽根を挟む。
後ろに一歩さがり、矢を放つ。
友がそれぞれの矢を追いかけ、ゴブリンの軽鎧を貫いていく。
すこし慣れてきた。
「もういっちょ」
同じ動作を繰り返し、近場の三体に向けて矢を放とうとした瞬間だった。
轟音が後方で鳴り、それと同時に足もとがわずかに揺れた。
「そりゃないよ~」
手もとがくるってしまう。仕方がないので目を開けて、弓からダガーへと切り替える。
オッサンが横に立っていた。
「ラウロさん、これ思ったよりきつ~い」
「すまんすまん。ていうか多いな」
マリカには暗闇(弱)のデバフが付いていた。
「あとこういう時はね、目を開けたら前に立ってた方が格好いいと思いまーす」
「お前の矢に当たったらどうすんだよ」
そっか~ と相変わらずな口調。
ラウロは一歩前にでる。ゴブリンの短槍を兵鋼で上に弾き、将鋼で斬り殺す。
「援護頼む」
「はーい」
深呼吸を一つ。
久しぶりの引き付け役。
この数を相手に〖威圧〗では無理があった。
装備の鎖を使い、鎧と盾を法衣に変化させた。
〖威光〗 法衣専用。後光が差す。光に近い敵ほど効果上昇。光を見た者の精神に希望を与える。
「狙い定まらんだろ、ちっと明かり調節すっから」
「……うん」
輝くオッサン。光っているのは頭じゃない。
「でも風読み使うから平気だよ」
ゴブリンたちは止まっていた。沈静化とは違う、卑しい笑みが消え、歯茎を軋ませる。
その輝きから意識を反らせず、我らの敵だと本能に語り掛ける。
ボスがやられたことなど関係なく、一斉に叫びだす。
ラウロが走りだせば、その一点にむけてゴブリンたちが群がっていく。
将鋼と王布へ神力を沈ませる。
〖聖なる法衣〗により素早さと動体視力を。
接触。
変わり果ててしまった戦友を思い、オッサンは乾いた声で。
「ボスコ」
ゴブリンの金棒が聖十字を通り抜けて迫ってきたが、〖儂〗の短剣から〖旧式・無断〗を発生させ、その先にあった兜ごと叩き潰す。
すでにラウロは取り囲まれていた。
攻撃される前に接近する。
振り下ろした〖夕暮〗の剣を小鬼は盾で防ぐも、〖残刃〗による〖空刃斬(弱)〗が鎖帷子を破損させ、怯んだ隙に靴底で押し返す。
背後から槍で突いてきたので、〖聖壁〗で防ぐ。
数体が弓を構えていたので、〖儂〗の短剣を自分の右腕に押し当て、思いっきり引き斬る。〖無月・迫〗
矢が闇を通り抜ければ、消滅した〖聖壁〗の先にいたゴブリンに突き刺さった。
転移したのは盾持ちの後方。足は肌が露出していたので、〖旧式・血刃〗で斬って転倒させれば、大量の青い血が地面を汚した。
先代は友鋼だけで戦っていたので、両手に〖儂〗〖夕暮〗というのを想定して神技を作っていない。
将鋼による強化が、本来ほど発揮されてない可能性も考慮しなくては。
「爺さんのようには無理か」
王布の法衣は修復が決定した。
短剣を咥え、腹の毒矢を引き抜いて〖聖紋〗を発動。
鏃が体内に残ってしまったので、秒間回復によって筋肉が押し抜くのを待つしかない。
〖聖紋〗が素早さに比例して攻撃力を増加させる。
ゴブリンが側面から片手剣で突き刺して来たので、一歩後ろにさがり回避する。通り抜けざまに〖夕暮〗の直剣で鎖帷子ごと首を斬る。
咥えていた短剣で舌を切った。
もうすぐマリカのデバフが切れる。
一体が息絶えた盾持ちを飛び越えて、そのまま斬りかかって来たので、左の前腕で受け止める。
小鬼たちがこちらに向けて弓を構えていた。口内と左腕から闇が漏れでる。
〖夕暮〗の切先を飛びかかってきたゴブリンに当ててから、〖旧式・一点突破〗を発動させた。
盾持ちの亡骸が弾け飛び、先ほどまで居た場所を毒矢が通り抜けた。
ラウロと前進した個体は地面に叩きつけられたが、身体を起こし〖威光〗を探す。
立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。
自分の心臓部から多量の血が吹き出ていた。ゴブリンはその場で倒れるが、発見した〖威光〗に手を伸ばしながら灰へと帰る。
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マリカの横に転移。
「ごめんラウロさ~ん、なんどか撃たれちゃった」
弓持ちを率先して狙ってくれていた。
「デバフ付なんだ、あんま気にすんな」
うす暗い場所では、〖風読〗だけだと厳しい。
「でもたぶん訓練すれば行けるかな~」
レベリオ達も合流する。
「凄いですね。さすが元はこちらが本職」
引き付け役。
「ゴブリンなら良いがよ、オークじゃ攻撃力不足だ」
左右に剣をもっていては、聖十紋時も使えない。
「あんた火力だすのに時間かかるものね」
〖破魔の拳〗も友鋼による〖儂の剣〗も、序盤からは難しい。
〖聖法衣〗からの〖聖紋〗であれば攻撃力も出せるが、彼は回復を優先して熟練を上げていた。
「せめて斬打突に弱がつかんと厳しいな」
神技に攻撃強化の性能がなければ、将鋼を使っても威力は上乗せできない。
「私は才能ないみたいだけど、あんたは上級解放までに何とかしなさいよね」
〖剣の紋章〗は平均でも五年以上かかる。しかしラウロの場合だと、これまで聖属性の神技を使ってきた経験があった。
「もしお前が習得したら、上級一人で突破できるっつうの」
少し笑って。
「あんがと」
アリーダは近づいてきた小鬼を〖一点突破〗で貫き、そのまま数体を〖波〗で転倒させた。
「嘘は言ってないぞ」
言いたいが言えない。
マリカは〖雨〗の準備を始めながら。
「アリーダは強いもん」
今日まで共に生き残ってきたのが、なによりもの証拠。
オッサンも一息つき。
「久しぶりだから、ちっと疲れたな。もう消すぞ」
威光を停止させる。
「では引き継ぎますね」
ラウロが革鎧に交換するのを待ってから、〖貴様らが盾〗を二人に発動させ、〖呼び声〗で自分に意識を向けさせる。
剣士は手際よく小鬼どもを切り伏せると。
「せっかくだから、あれもやっておきましょうよ」
「そうだな」
直剣に神力を沈ませてから、その時を待つ。
「あっ 終わったよ~」
夜が明けた。
左右の目に古き紋章を浮かばせる。
将鋼が青白く光った。
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〖夜明・刃〗で空間を裂くと、強い抵抗を受けるので、先代と違い連続で斬るのは難しい。
左右の剣が〖夜明〗であれば、なんとか真似事も可能。
将鋼のお陰もあってか抵抗が気持ち弱まり、爺ほどではなくとも片手で動かせる。
それでも斬打突が無のままでは、相手によって攻撃力が足りず。
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もうすぐ戦いは終わりを迎えようとしていた。
今回は外れではなく、普通のボス戦だった。
残る小鬼は一体。それでも設定上、逃げたり自害という行為は許されていないようだ。
その怯えは置かれている状況によるものなのか。
「〖儂の剣〗」
斬打突(弱) 友鋼を使うのなら、左手は空にしなくてはいけない。盾も不可。
ラウロのまとう空気が変化していた。
その背中をアリーダは無言で見つめる。
最後の一体を灰に帰す。
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素材の回収も終わると、皆でレベリオの持つコンパスを眺めていた。
「どうしましょうか」
「私これだと思いま~す」
「なに言ってんのよ、それでここに来たんでしょ」
今回は一発で第二ボスを命中させていた。
時空紋か、それとも大ボスの遺跡か。
「俺はこれに賭ける」
金額を指でしめす。
「まだ懲りてないのあんた。リヴィアさんに言いつけるわよ」
だってぇと可愛い声でごねるオッサン。
「まあ良いわ、私はこれね」
「じゃあ私こっち~」
レベリオは呆れ顔で。
「とりあえず、ラウロさん側から行きますか」
ここでは時計も意味をなさず。
「しばらく歩いて時空紋に到着しなかったら、こっちに向けて進みましょう。針の示す方角に変化があるかも知れませんし」
本物の時空紋は複数あるので、移動をすれば別のやつへ針先が変化することもあった。
目標が近づくとコンパスの針が回転するので、一応の距離感もわかる。
「じゃあ僕はこっちにしますよ、二対二にしときましょう」
けっきょくレベリオも賭けには参加するようだ。
勝ったのはアリーダとマリカなので、脱出には相応の時間を要した。
ここで中級編の戦闘描写は終了となり、次からは日常となります。初級と続き、大ボスは描かないという、素敵な決断をいたしました。
残り二話は修正はまだですが、一応もう書き終わっていますので、明日と明後日で投稿したいと思います。




