5話 日常 相棒
レベリオ組の装備は神・王・将が主となっており、装備神の神技がなくとも簡単には破損しない。
一通りそろっているのなら、不足している者に集中して金も使える。ラウロが継承をしたことで、中級での目的は攻略よりも、上級に向けた下準備の意味合いが強くなっていた。
コンパスを入手したのち、すぐに第二ボスへの挑戦はせず、なんどか迷いの森で雑魚狩りを行う。
金には大分余裕もあるが、全てを活動費には回せない。
法衣鎧の神技が完成するのは、恐らくまだかなり先だ。上級挑戦までには装備一式を揃えたい。
その第一歩として、ラウロは馴染の武具屋を訪れていた。
「とりあえず幾つか用意したずらよ」
「すまんね」
これまでコツコツ貯めてきた分を含め、必要な額が用意できた。
並べられているのは将鋼の片手剣。
・刀身に気持ち角度が付いているが、両刃となっている。柄は将木製で将革が巻かれた造り。鞘は兵木を主として、兵革に将布で飾られている。
・両刃の直剣ではあるが、これまで使っていたものより重く、剣身にも分厚さが感じられる。柄にも将鋼が使われており、民布が巻かれている。鞘は兵鋼が主となっており、模様が彫られていた。
聖神から力をもらっていた頃と違い、今は常に神力混血といった感じになっているので、十分に扱うことも可能だろう。
これら二つの感触を確かめてみた。要望に十分応えられた品であることに違いはない。
残る一振りを鞘から抜く。
「まあお前の好みは、おいちゃんも分かっとるずらがね」
なんの特徴もなく、なんの面白味もない。
柄は将木製で民布が巻かれており、その上から握りやすいよう細い紐で調節されていた。鞘も将木ではあるが、ただの布で包帯のように全体が覆われている。
「良いな」
浅黒い鈍銀色。
刀身はまっすぐに伸びていた。古く感じるが、大切に手入れされてきたのは何となくわかる。
「制作者は不明ずら。使い手がいなくなった中古品だから、他のより少し安いずらよ」
「最近なのか?」
店主はじっとその剣を見つめながら。
「もう数年になるずらかね」
「そうか」
少し離れ、許可をもらい何度か振らせてもらう。
「うん。いいな、気に入った」
「……」
状態はかなり良いので、売れないような品とは思えず。少し安いのなら尚更。
「知り合いのか」
「うちの客ずらよ。良い奴だったずら」
ラウロもこの店主とは気が合い、時々だが飲みに行く仲ではあった。
言っておくが、それ以上でも以下でもない。本当に。
「長い付き合いだったみてえだな」
「まあこの店を始めてから、ずいぶん経つずらからね。死んだのもそいつだけじゃないし、慣れてはいるずらよ」
魔界の進行かダンジョンでの敗北か。死因など聞いてみたい気もするが、あまり触れるべきではないかと考えて。
「上級とかになりゃ余裕もなくなる。大切に使いたいとは思うけどよ、俺の腕じゃ剣を気づかうこともできんぞ」
「おいちゃん戦えないから知らんずらが、そんなもんじゃないずらか?」
ラウロはもともと素手専門だった。モンテらの戦闘風景を振り返れば、確かにと納得する。
「職人たちだって、そんなヤワな仕事はしないずら。それに良い剣ずらから、いつまでも倉庫で腐らせるのも失礼ずらよね」
「だよな。精一杯、使わせてもらうとするか」
ラウロは金袋を取りだし、そのまま店主に渡す。中身をすべて卓上にだし、おつりをこちらに弾いた。
「民鋼の剣はどうするずらか」
「どうすっかなぁ けっこう悩んでる」
予備として使うのも良いが、将鋼となれば簡単には壊れない。
いざとなれば友鋼だって協力をしてくれる。そもそも最大火力をだせるのはこいつなので、〖儂の剣〗での戦いに切り替えれば良い。
ちなみにオーク拠点戦の終盤で使ってみたが、まだ斬打突は弱のままだった。この速度を上げるには、ラウロの技量が足りないのだろう。
あとは鍛錬の量が全てを決める。
そしてもう一つ、アリーダとの検証で判明したこと。《合わせ》を使えば早まるが、この剣技は一対一を専門としていた。
なんとなく解るのは、今は無理して使わなくて良いから、鍛錬と実戦を重ねろという友鋼の意思。
一人で素振りをするときは、友鋼を使うと決めていた。というか実戦よりも、この使い方が一番喜ぶ。
「さっきあんたが言った通り、腐らせる方が良くないか」
「じゃあ売るってことで良いずらね」
装備の鎖から民鋼の剣を出現させた。
人生の中では僅かな年数だが、それでも思い入れのある品。あのどん底から救い上げてくれたのは、これとの日々。
剣を抜く。
「売れそうか?」
灰色の鋼。
「癖のない型ずらから、間違いなく売れるずらよ。秋までは取っておくずらがね」
試練ダンジョンが解放されるからか。
「そうか。ちっと裏かりて良いか?」
店裏には試し斬り用の小さな空間があった。
「最後にこいつで素振りしたい」
「変わった客も居るもんずらね。好きにすれば良いずらよ」
卓上に残された金をしまい、将鋼の剣を鎖に登録する。
・・
・・
前回の活動報酬を受け取りに協会支部へ行く。
残念ながら今日はあの娘はいないようだ。
「どうしたんすか、元気ないっすね」
ニヤニヤしながら受付ボーイがカウンター越しに語り掛けてくる。
「ああ、今日はダンジョンのほうか」
「そうみたいっすよ。俺も明日からまたそっちなんで」
以前までは混まない時間帯だったが、初級・中級と解放され張り切っている探検組も多いらしい。まあ自分たちもその中の一つだが。
後ろにも並んでいるので用紙を受付に置き、手続きをお願いする。
「はい確かに。少々お待ちを」
やはりリヴィアの方が手際は良いなと思いながら。
「まあ、あれだ。もし会ったら無理せず仕事頑張れとでも伝えてくれ」
「もうちょっとすりゃ、うちの業務も落ち着くと思うっすよ」
ダンジョンが解放されてから、本当に協会員は忙しそうにしていたから、それならこちらとしても安心だ。
「じゃあ十分ほどお待ちください、そしたら受け取り窓口に並ぶよう頼んます」
「おうよ」
受付から離れ、情報交換スペースに知り合いはいないか探す。
デボラが居るときはもう支部入った瞬間に空気でわかるので、一安心というか。
これまでなんどか賭け事をした相手がいたので、そこに向かう。
「よう、調子どうだ。今日は広場か?」
「おうラウロさんか。俺は今からだぞ」
他の面々を待っているようだ。彼らは更新前から中級で活動しており、迷いの森となれば数日は戻らない。
「あんたは休みか?」
「まあな」
ルチオたちの時はお手本にならなくてはと緊張していたが、もともとソロだったのでこういった事はしていた。
机に小銭を置き。
「更新前との違いとか、なんか新しいのでたか?」
初級の岩山方面で【亀】が出現したなど。
「あんたら中級だったよな、初級で良ければ幾つかあるぞ。まあ大したもんはないがな」
彼らの活動も中級だが、どこかしらで得たのだろう。
「かまわんよ、もうすぐ試練解放されるしな」
「孤児院の関係か。だがもう教育係はできんだろお前さん」
レベリオ組に所属しているので、これからは探検活動の方に本腰を入れる。
「知らん中でもないからな、安めで売ってやんだよ」
「そうかい。んじゃま、聞いてくれや」
・罠の時空紋は攻略後にもと居た場所に戻るか、広場に帰還するか選択できるようになった。
・岩山の中級ルート。ラウロたちが途中休憩したあの場所に宝箱が出現する。これはすでにティトから聞いており、発見したのはまあ当然だがグイドだった。どうせ無粋だとか文句を言ったことだろう。
・大地の裂け目。大ボスの神殿付近は人が混雑してしまうので、敵が出現しなくなっている。
・新たな中ボスが発見された。そこは山にある石切り場とは違う。
「採石場ねえ、話には聞いてたが」
「おう。なんでも地面に人工で掘ったような段々の大穴っていうかよ、陥没してんだってな」
発見されたのは二カ月前。初級での活動と言えば、岩山か裂け目の拠点なため、これまでルートを外れることがなかったのだろう。
地図づくりの過程で発見されたとのこと。すでに初級が解放されてそれなりに過ぎているが、未だに忙しそうにしているのはこれが大きな原因だった。
ラウロは谷底の様子を思いだし。
「岩山あんま人気ないからな」
「ああ、裂け目に集中し過ぎだ」
人を分散させる思惑か。
新たに発見された採石場の中ボス。
「やっぱ亀か?」
相手はそうだとうなずく。
「岩の戦士ほど面倒じゃないし、けっこう手ごろかもな。難易度としては大地の腕くらいか」
余計に人気がなくなるので、そのための宝箱だろう。
「たぶん混むぞ」
そうなれば気になることが一つ。
「拠点とかやっぱ設置すんのかね?」
協会員の仕事が増える。
「今のところ、その予定はないみたいだな。ただまだ様子見だろうよ、俺の予想だと必要になるぞ」
ラウロは机の上にもう一枚置く。
「ありがとよ」
すると相手側も机に小銭を出してきた。
「中級についてなんかあるか」
「んー 目ぼしいのはないと思うけど」
知っている情報をいくつかあげ、最後に。
「今な、俺が面倒見てた連中がオークの拠点に挑戦中でよ。ルチオって奴らだ、協力組はなんつったかな」
「大したもんだな、あそこは全員だったろ」
経験者が数名の新人を率いることもある。
「まあ順序は踏んでっから、たぶん大丈夫だとは思うがね」
これまで本人たちから聞いてきた、ボス戦の話しを思い浮かべ。
「あいつら良く外れ引くから、一度内容聞いてみろよ」
欲望神の加護が関係している可能性。
「そうか。しかし俺らもう長いこと活動してるが、あれだなぁ」
彼らは中堅。活動しているのは迷いの森だった。
「あんま気にすんな。凄い奴らってのは出てくるもんだ、俺だって一年目はまだ初級だったぞ」
港町にあるダンジョン広場。
「騎士団時代のか?」
「【雪原】でな、寒い思いしながら鍛えられたよ」
ここで活動している半数は、実戦投入前の訓練期間。
中堅だろうが多くの経験を積んできたのだろう、ラウロの顔をじっと見て。
「居残組だった野郎の言うことは違うな」
「なんだよ」
嫌な経験など一度や二度ではない。それでも騎士団としてあり続けた。
悪い悪いと言いながら。
「嫉妬するより仲良くした方が身のためだな。今度見かけたら、いっちょ聞いてみるか」
本来は二枚だが、相手は三枚目の小銭を出してきた。
「それはルチオたちにでもやってくれ」
「決めるのは俺だ。そんだけの価値があったんだよ」
感謝をしてから受け取っておく。
本人たちは気づいてないが、この期間で中級という時点で、かなり注目されている新鋭だった。
そして今回の第一ボス攻略に成功したのなら、もう見守るのをやめ勧誘に周囲も動くだろう。満了組は騎士団の出身で固定されているが、それ以外の【町】で活動している徒党も存在している。
・・
・・
報酬を受け取り、自宅へと戻る。
庭は完全に鍛錬所として使っているので草花などはないが、マリカが裏の方で家庭菜園に挑戦している。
そこまで広くないが、土をならす作業を手伝ったりはした。鳥やら猫やらに狙われて、今のところ上手くは行ってない。
ここの孤児院も畑を持っていたりするから、なんどか連れて行ったのが切欠と思われる。
食費の足しにでもするのだろうか。
「この時間に訓練してないなんて、珍しいな」
誰もいない表の庭。打ち込み用の柱など、一通りは揃っていた。
ただいまと借家に入れば、リビングに二人がいた。
「マリカさんは土いじりか?」
ソファーに座り、本を読みながら。
「葉野菜が虫にやられたとかで、対策を聞きに師匠のとこいったわよ」
この本という物も、けっこうな値段がする。
町から出て外壁をしばらく進めば畑が広がっていた。そこで作業をしていた初老の人がマリカの師であり、孤児院が所有しているのも管理していたりする。
リベリオは床で腕立て伏せをしていたが、いったん中断すると近場に置いていた水分を飲み。
「僕も堀の様子を見にいけばよかったと思ったんですがね」
筋トレ。この姿を奴に見せると、地獄のレッスンが始まるから、ラウロはリーダーを奴から守らねばと誓う。
アリーダはその場から立ちあがり、台所からティーセットを持ち出せば、卓上の湯入れから茶葉に注いでいく。自分のぶんだけ。
余所のダンジョンから採掘できる品で、水分に触れると熱を発する物がある。これがあるお陰で、お湯くらいであれば室内でも簡単に沸かせる。
椅子に座り香りを楽しんでから、一口だけ味わい、机にそっと置く。
「剣どうだったのよ、良いの買えた?」
「ああそうだ、ちっと余ったんだった」
自分のも使ったが、探検組用の金からも出してもらったので、半分ほどをレベリオに渡す。
「指定額丁度でしたよね?」
装備の鎖から将鋼の片手剣を出現させた。アリーダはお茶をそのままに立ち上がり、こちらに寄こせと手をさしだす。
「中古なんで安くしてもらった」
「新品買えば良かったじゃない。まさか遠慮したとか言わないでしょうね」
鞘から抜き、空気に触れた浅黒い鋼を観察する。
目的のために金を一部用意したのだから、もしそうならよろしくない。
「店主の知り合いが使ってた奴でな。まあ俺の好みだったんだよ」
「そうですか」
レベリオは椅子に座ると、アリーダの持つ剣を眺める。
「よく使い込まれてますので、手には馴染みやすそうですね。なんていうか、王道って感じかな」
「状態も中々よ。あの店主ふざけた喋り方だけど、仕事は真面なのよね」
鞘に帰す。
「ちょっと貸して」
どうやらお眼鏡にかなったようだ。
入れたばかりのお茶をそのままに外へ向かう。素振りでもするのだろう。
「あの様子だと、しばらく返って来ませんよ」
だがレベリオの予想を裏切り、アリーダはリビングの扉をもう一度開き。
「そういえば前のはどうしたの?」
「すげえ悩んだけどな、売ることにした」
孤児院から出る奴にやるでも良かったが、一人だけに渡すこともできない。
「そう。私けっこう好きだったんだけど、あの剣」
「鎖の中で腐らせるよりは、新しい相棒を見つけた方が良いと思ってよ」
剣とラウロを交互に見て。
「確かにそうよね」
アリーダは今度こそ、庭へと向かった。
もったいないなとお茶を眺めながら。
「ラウロさんは神鋼を求めないんですか?」
彼女の半曲刀で素振りをさせてもらったことはある。
「そのつもりだ。あれって神力沈めないとよ、重さの調節ができないだろ。そこが何となくな」
素の神鋼は軽い。
「なるほど」
友鋼を見た時の彼女は、なんか気持ちがザワザワすると反応していた。
・・
・・
十数分後。
アリーダはリビングの扉を開くと。
「ちょっと手合わせしてくんない?」
素振りだけでは納まらなくなった様子。
なぜか自分は友鋼での鍛錬となった。
この娘にはコンプレックスがある。毎日のように剣の稽古をしているが、未だに〖剣の紋章〗が使えない。
本人には言えないが、原因など一つしかないだろう。
剣身一体と剣神一体。
今は解かれているが、モンテの戦旗と同じく、恐らく制限されている。
人の身では危険な神技。




