最終話 ダンジョンの町 ラファス
次の日。朝の鍛錬を終えてから身体を拭き、家をでる。
まずは貧教会に寄り、シスターへ爺の件を伝える。
繊細は事情もあるので省く。
「あの爺ついにくたばったか、次は誰のばんかね?」
「婆さんじゃないか」
へんっと息巻いてから。
「お前が禿げるまでは死ねないよ」
ギャハハと笑うだけだった。
基本的に神からのお告げは教会にくるので、ついでにダンジョンの状態を聞く。
試練と練習はもともと秋から冬の終わりまでだけ。現在はすべて封鎖されているが、更新は上級から始める予定とのことだった。
お告げは天から声が聞こえるとかではなく、専用の紙に文字が浮かび上がるらしい。
昨日存在を知った知識や想い出を司る神は、情報を集めているだけとのことで、もしかすると本や文字なども管理しているのかも知れず。
加護持ちもそれに関する神技を習得しているという事だろう。
天上界で葬儀などしているのなら、ラウロとしても嬉しく思う。いつか向こうに行ったら、墓参りに酒でも供えたい。
・・・
・・・
そこでの用事を済ませれば、ラウロは行きつけの武具屋を訪れていた。
店主は民鋼の剣を見ながら。
「これまた派手にやったずらね」
爺の剣は布一つ切れないとのことで、ある意味だと偽無断のような感じになっていたのかも知れず。
「軽いのは使いたくないから、将鋼まではこいつで頑張りたいんだよな」
片手剣を鞘に戻し、今度は鎧と兜を確認する。
「またヘルム壊したずら。なんでお前いつも頭ばっか狙われるずらか、いつか本当に禿るずらよ」
ちなみにズラズラいってるが、店主は禿てない。ちゃんとカツラをかぶっている。
「すまん、盾も駄目にしちまった」
「まあダンジョンは更新期間に入るそうずらから、それまでには用意しとくずら」
剣は研ぎが必要なので、金を払って使わせてもらう。
研ぐ専用の場所があり、今回も店主が付いてきていた。
ペダルを踏めば回転するが、踏みっぱなしだと止まるので、一定の間隔で靴底を押し込んでいく。
「もっと水をかけるずら あぁー! 見てられないずらよ」
ラウロの後ろに回り込み、背後から手を重ねる二人。
言っておくが、ロマンスは始まらない。
荒い研ぎ材から細かい物へと変えていく。
「ちゃんと武器系統の神技もらってから戦うずらよ、今の仲間にいるずらよね」
「それがよ、俺どうも剣の加護をもらえてな」
かなり珍しいが、こういった実例もあったりする。加護だと思われているが、実際には覚醒者の方だ。
「すごいずらね! おめでとうずら、祝いに植物油やるずら!」
ラウロにはもう心に決めた人がいるので、優しくされても心が揺れたりしない。
・・・
・・・
欲望という例外もあるが、二加護もちは基本的に感情神。
魔界という世界が誕生する直前の時代だった。勇気を振り絞った青年が覚醒した。
死の間際に刻印を授けることに成功し、その者は人間として天界に導かれる。
天上の刻印。
ルチオの火槌などにも耐久や打撃の強化が入っているあたり、戦槌神と火神のあいだで契約をしているのかも知れず。
打撃専用の無断系統もある。
〖振〗 大型の敵に限り、足を殴りつけると、振動にて動きを鈍らせる。
〖巨〗 銀色の光が戦槌の形となり、物理判定を得て巨大化する。〖幻〗と合わせることはできない。
現状だと近接の武器系統で主神がいるのは〖剣〗〖槍〗〖斧〗。
天使や眷属神の位であれば、色んな武器の柱がいる。これは間違いなく、全ての近接武器に神技を対応させた、爺の功績だろう。
恐らく変わり種の武器を好んで使っていた人間にも、才能のあった者には加護を与えていた。そして自分の神技はお前たちの武器でも使えると神託を残す。
・・・
・・・
装備を一通り預け、前金を払ったのち、ラウロはレベリオたちのもとに向かう。
マリカとレベリオは宿屋裏の広場で訓練をしていた。本当にいつみてもレベリオはこういう事をしており、ラウロは凄いと思う。
「とういわけで、ダンジョンは更新期間に入るらしい」
「でも丁度よかったかも知れません、珍しくアリーダが体調を崩してしまいまして」
今は部屋で休んでいるとのこと。あと現在は物件を探しているらしく、この宿屋を後にするつもりらしい。長期滞在の場合は値引きもしてくれていたそうだが、流石にもう借りた方が安くあがるだろう。
「そうか」
「ラウロさんも一緒に訓練しませんか~」
彼女は弓ではなく、ダガーを左右に持っている。専用の神技はなくても、こういった訓練はしているようだ。
「いや。今日は例の爺さんのことで、もうちっと回ろうと思ってな」
もう長くはないことをラウロも気づいていたので、レベリオ達にはそこらへんも伝えていた。
「でも見つかって良かったですね」
「最後は一人なんて、寂しいもん」
「そうだよな。本当に、会えてよかった」
伝えておかないといけない事。
ラウロは片手剣を抜き。
「どうやら頑張りを認めてもらえたようなんだ」
継承と加護は違う。それでも受け継いだ神技は、爺のそれと比べれば熟練は低い。
だが、もともとラウロは神技を使い慣れていたのもある。
民鋼に〖儂の剣〗を発動させた。
「あなたって人は……流石です!」
「ラウロさんすご~いっ」
技名を口に出さなくても良い程度には、こなれた状態で継承されていた。
「なんかかなり偏屈な眷属神みたいでな、特殊な神技を持っているけど、君の剣みたいなのはないんだ」
実際に〖手前の剣〗などは使えない。おそらくこの神技を開発したのは、今の主神たちなんだろう。
「これは色々と考え直さないといけませんね。ラウロさん、明日から忙しくなりますよ」
レベリオは目を輝かせていた。そこにはルチオと同じものが感じられる。
その後、簡単な説明を終えてから、許可をもらいアリーダのもとに向かう。
一応。これまでの関りで信頼も得れたのか、彼らはそのまま訓練を続けるようだ。
ラウロは二人部屋の前に立つ。
地上界で生活している者たち。普段は全てを忘れているから、たまに他国へ渡ってしまう。
主神は師を連れ戻すため、地上界で活動している。
なによりも合わせをしたとき、彼女は泣いていた。
深呼吸をしてから、扉を叩く。
「あいてるわよ」
「入るぞ」
ベッドへ横になっていると思っていたが、彼女は椅子に腰を下ろし、お茶を飲んでいた。
足を進めると、ラウロは装備の鎖より友鋼の剣を出現させる。
「……」
友は嫌がる気配もなかったので、無言でこちらを見つめる彼女に、その剣を渡す。
「ありがとう」
鞘を抜き、剣身を窓から差し込む光にあてる。
五分ほど無言の時が流れた。
アリーダは鞘に帰すと、それをラウロに渡し。
「もう刻印は受けたの?」
「聖神からもらった」
友鋼はしばらく机の横に立てかけさせてもらう。
「神力を貯めすぎちゃだめよ。天使の肉体になったら、あんたもう私らと探検できなくなるから」
「〖君〗じゃないんだな」
少し笑った。
「そんなの相手に寄るでしょ。レベリオやマリカにも使わないわよ」
「爺さんの神技ってどうも旧式でよ、改良とかできるのか?」
技名に旧式が入っているあたり、爺さんは外にでてから改名させたらしい。
「私の刻印は本体にあるから、今は契約して授けることもできないわね。それに上書きするなんて絶対に嫌よ、悪いけど自分で改良して」
それは師匠の技だから。
「身体一つあれば神技の開発も改良もできるけど、莫大な神力が必要になるから、私たちは専用の場所を建築神につくってもらってるわね」
友鋼を見つめ。
「改良するにはかなりの熟練が必要よ。まずは今の旧式を極めないと駄目ね」
「そもそも莫大な神力っつうんじゃ、人間のうちは無理だな」
ラウロは背中を向ける。
「今日はそいつここに置いてく」
「……」
扉に手をかける。
「爺さん言ってたぞ。血刃・抜は自分も欲しかったって」
返事も待たずに外へでる。
悲しみが耳に入る前に、その場を離れた。
・・・
・・・
その後。レベリオたちと軽く会話をしてから、宿屋を後にした。
次に向かうのはサラの実家。いるか分からないが、町での集まりはそこになっているようだったので。
「あっ ラウロさん、いらっしゃぁーい」
「よくきたね、お昼かい」
普段は食べないが、せっかくなので。
「おっさん、こっち空いてるぜ!」
やはりルチオ組の三人はここに居た。
「じゃぁ 注文きまったら呼んでくださいねぇ」
サラにおしぼりと水を持ってきてもらう。
「ラウロさんお父さんと同じことして」
「どうせオッサンだよ。なにはともあれ、お前ら災難だったな」
アドネは食事を飲み込むと。
「本当だよ。僕ら手伝いだけして、けっきょく石の玉もらえなかったし」
中ボスを倒して入手できるアイテム。
「やっぱ三つ全部集めてから、大ボスか?」
「そのつもりだ。一つじゃ俺らには無理だ」
〖大地の巨人〗。これは本来だと、〖大地の腕〗を極めた者にしか扱えず、人間で召喚できたのは歴史上でも数名だった。
「お前らなら二つあれば行ける気もするがな」
「安全策とるに決まってんだろ」
石の玉が一つでは、下手をすれば上級のボスより強い。苔と草花に覆われた化け物。
二つであればかなり弱体化する。薄い苔だけの巨人。
三つ全てでやっと初級ボスの適正と言われていた。岩肌がむき出しの巨人。
「私とサラさんを、ルチオたちと一緒にしないでよ」
「ちょっとエルダ、僕も入れて欲しいんだけど」
なんだかんだで上手くやっているようだ。エルダも少し筋肉がついたようで、顔つきが変化している気がする。
デボラのようにはなって欲しくない。女性には活動できない周期もあるから、ルチオたちは今回それに合わせて、登山攻略後も無理を承知で挑んだのかも知れず。
軽めの食事を頼んでから、ラウロは店を後にした。
・・・
・・・
次に向かうのが協会の支部。
今日はダンジョンも更新されてしまったためか、人は少なかった。
こちらを見あげる受付嬢が一人。
「……」
無言の圧力がやばい。
「あ えっと、その。まあ、あれだ。とりあえず死ぬまでは人間で暮らせる」
安堵したのか、リヴィアは息をつき。
「あとで話し聞かせてくださいね。今日は更新の関係で人少ないけど、それ以外の業務が増えてますので」
少し遅くなるかも知れない。
「ぜんぜん大丈夫だ」
「ごめんね」
実際に用事があって来ていた。
「それよりもあのなんだ、剣神の加護をもらってな。その登録に来たんだ」
小声で。
「爺さんのを継承した」
「……そうですか」
リヴィアはこちらをしばらく見つめた後、立ち上がって用紙を取りに向かう。
記入するのは。
〖剣の眷属神の加護〗
そのまま〖名もなき爺の継承〗〖先代剣神の継承〗などとは書けないので、こうすることに決まっていた。
おそらく天上界からも、教国の上層部へとそれとなくは伝わっている。
一通りの手続きを終えると。
「じゃあ酒場のほうで時間潰してるな」
「賭け事はほどほどにしてくださいよ」
禁止とかされるものと思っていたが、そういったことはしないようだ。
「ありがとな」
ニコッとスマイルをもらい。
「はい」
会話もほとんどせずに協会を後にした。
・・・
・・・
酒場に入ると、隅っこでゴブリンがうずくまっていた。
「お前その格好あれなの、町でのお気に入りなの?」
パンツいっちょに布のマント。
ぐすっと目を潤ませながら、ラウロを見あげ。
「モンテに怒られた。僕ちんここで遊んでただけなのに。あっ ちんことか言ってないよ」
誰も聞いてない。
見るとモンテとフィエロが、満了組の知り合いと賭け事をしていた。
一名は無言のまま手を上げて来たので、ラウロも挨拶がわりに動作をする。
リーダーは卓上の面々に声をかけてから、こちらへと歩いてきた。
「こいつまたやらかしてな、俺らがいないうちに全額かけやがった」
「僕ちんのお金だもん、好きに使って良いじゃないか」
モンテが管理してなければ、このゴブリンはとっくに死んでいただろう。
「ラウロ、ちっと話があるんだ。今良いか?」
「まあ俺もそのつもりで来た訳だ」
アリーダがまだ神としての意識があったのだから。
愚かな魔物を残して、二人は空いている席に座る。
「話は聖神の方から聞いてるな」
「ああ」
戦旗の神技を作り出した神で、刻印を通して主神へと送られた。そのため熟練は主神よりも、こちらの方が圧倒的に高い。
「すまなかった」
もし魔神級が出現した場合は、人間であるこちらの肉体に無理やり神力を下ろす。
人間の器には刻印もないため、徐々に体が崩壊していくが、一時的に強大な力を発揮するとのこと。
周囲を見渡す。
「大丈夫だ、この席にだけ〖認知結界〗を張ってある」
どうやら彼は時空神とも契約しており、その力を借りなくても、時空の神技を使えるレベルのようだ。
「瘴気に縛られたりしないのか?」
「この身体は人間だからな」
そして肉体が滅びた後は、加護と刻印の繋がりを通り、魂が本体へと帰還する。
魔神級が出現した例は過去に一度。悪魔ですら滅多にないと聞いている。
神々での感覚で滅多にないということは、魔界の門が開いてから数度しかないのだろう。
「フィエロやゴブリンはどうなんだ?」
隅っこでうなだれている男を見て。
「あいつは違う」
「……そうか」
だとすれば。
「フィエロは眷属神だな。ただこの世界で産まれた人間だから、先代剣神との繋がりはないんだ」
「悪いんだけど、師匠のことも聞かせて欲しい」
そうだなとモンテはうなずき。
「魔界を救おうとした光の神だ。でも当時の剣神に弟子たちが動かないよう、見張りを頼まれたそうだ」
降臨はしなかったが、剣神に味方した罰として、自ら主神の座を引いた。
「お前は?」
「もとは傭兵だったんでね。戦があるところなら、どこにでも出向くさ」
〖光の戦神(杖・短剣・メイス・騎士鎧・ローブ・戦旗)〗
「戦旗は加護として下ろしてなかったんだがな」
普段はただの人間として生きている。
血塗れの聖者。
「お前だけに引き付け役やらせるくらいなら、いっそ俺ら全員でって思ったらよ、なんかいつの間にか戦旗の神技が頭に浮かんでた」
「そうか」
彼も人間として、色々と悩んでいたようだ。
「どれ、もう結界外して良いぞ。俺もいっちょやるわ」
鞄からカードを取りだす。
「あいつみたいになんなよ」
「一緒にすんな。あの破天荒と」
稀にとんでもない英雄が現れる。
戦の申し子。雷の女帝。かつての帝国に存在した皇帝。
すでに引退した元第一騎士団団長。
これらもまさしくその部類だろう。
幾多の世界を巡って来た者たち。
・・・
・・・
金袋が寂しくなった頃合いをみて、ラウロは酒場を後にした。
夜入り時。町は〖灯火〗の街灯に照らされる。
協会に向かう途中。
「勝ちましたか?」
「負けちまった」
苦笑いを浮かべ。
「やっぱり」
「ちゃんと飯分は取ってあるよ」
ラウロの借り部屋には調理場はないが、共有の物は設置されていた。
今日は御馳走してくれるとのことで、今から食材の買い出しに向かう。
「はやく行かないと、お店しまっちゃいますね」
並んで歩く二人。神技のお陰もあって町規模であれば、夜でも店は開けてくれている場合が増えた。
彼女のように遅くまで働く女性も、昔に比べ多くなっているから。
「これ天界から渡されたんだ」
数枚の折りたたまれた用紙をリヴィアに渡す。
「なんですか?」
「心の病について、調べてくれたんだと」
受け取って、内容を確認しながら歩く。
「なるほど。すごいですね、天上界の方たちって」
「人間として死んだら、俺は向こうに導かれるそうだ」
用紙から視線を外し、ラウロを見あげる。
「……そうですか」
「俺もう予備軍には入らないことにした」
心残りはある。国のために従事したい。それでも。
「人間としてまっとうしたい。もし今後誘われても、ちゃんと交渉する」
リヴィアは用紙を自分の鞄にしまうと、こちらに手を差し出して。
「はい」
ラウロは首を傾げる。
「手を繋ぎましょう」
「てっ 照れるな」
そう言いながらも、リヴィアの手を握り返す。
「ラウロさん。愛してます、ずっと一緒にいましょうね」
「ああ」
睨まれる。
「俺も愛してる」
微笑まれる。
手を繋ぎながら、夜空を見上げる。
悪いが恩を返すのは、もっと先になりそうだ。
・・・
・・・
運命がささやく。
・・・
・・・
人々よ
夜明けに空を見あげろ
戦旗が風に靡く時
〖救済の光〗が天に昇るだろう
血塗れの聖者は血染めの法衣をまとい、友と去りゆく
それは死出の旅立ちではない
〖聖者の行進〗だ。
ここまで読んでもらいありがとうございました。
魔界になったのは、地上界の責任ですが、新たな世界に魔界の門が開いたのは、一部の神々の責任です。
彼らが罰の道を歩み続けたからこそ、現状で天上界が無理をしまくっていても、始源の意思たちは執行者を送ってこないのかも知れません。
一応、続きも考えてはいるのですが、気力の方が無理なのでここで最終回とさせてもらいます。しばらく気ままに執筆してこうと思います。目途が立てば投稿したいですが、いつになるやら。
ながらく小説を書いてなかったのですが、ふとこのサイトの作品を久しぶりに読み、ものすごく刺激されて現状にいたります。
とても参考にさせてもらった作品もいくつかあり、本当に楽しませてもらっています。
それでは読んでいただきありがとうございました。




