6話 天上の刻印
放棄されたダンジョンから出ると、そこは空き地ではなく、あの橋だった。
周囲には誰もいないことから、時空の神技で空間をずらしていると思われるが、ラウロはそんなことすら気づけない。
いつもの場所に座り込む。
あの時もこんな感じだった。
シスターは容赦なかったが、適度に放置してくれているのが有難かった。
協会に向かおうとしたけど、途中で歩けなくなり、この橋で動けなくなった。
___そこは俺の売り場だ、退いてくれねえか___
声のした方向に顔を上げるが、そこには誰もいない。
「そうだ」
工夫とか、そういうのだけじゃなかった。
自分よりもずっと辛い状態なのに、そうやって踏ん張っている姿が。
「いかんと」
友鋼の剣を抱きしめる。
「感謝まだ言えてない」
空き地に向かおうとするが、身体が動かない。
泣きたいのに涙がでない。
叫びたいのに声が上手くだせない。
会いたいのに。
『君は感謝よりも、行動を優先してきたじゃないか』
隣を見れば、ちょこんと膝を抱えた少女が座っていた。
「もっと、でっかかった記憶なんだけど。けっこう小せえな」
『うるさいよ。これでも君よりずっと歳上なんだからね』
〖聖紋〗が発動していた。
金髪のようにも見えるが、光っているだけなのかも知れず。柔らかそうなクセっ毛。
「そりゃ人間を基準にした歳の数え方だろ。あんたたちからすりゃ、まだ子供なんじゃないか?」
『あんなに可愛かったのにさ。最後の日なんて泣きながら、お嫁さんになってよって』
言った覚えがあった。
『私あれだよ。あの日が切欠で性別決まったんだからね、子供相手に喜んじゃってさ。どうせ私も子供だよ、裏切者』
「すまん」
ラウロの肩を叩き。
『気にする必要もないさ、どうせ私ら子供なんて残せないし。それでも愛情神さまのお陰で、私たちは愛を深めることもできるんだ、それは嬉しいものなんだよ』
創造した存在が中性になるのは、どちらに転げるか分からないから。
『ここで創造主の面白話を一つ』
最初に〖神誕創造〗をしたとき。
『中性の意味がわからなくて、あんな変な性格になっちゃったんだよ』
拳術神。
『たまに変な性格の神さまができるんだけどさ、機神とかね。あれは創造主さまが、ちょっとアホだからなんだよ』
「そんな爆弾発言を面白話でしないでくれ」
聖神はいつのまにか、ラウロの背中をさすっていた。何時かの夢と同じく。
『思い出や記憶、知識を司る神がいてね』
記憶の操作などはその者がしていると思われる。恐らく感情神。
「なんかあやふやだな」
『自分は情報とか集めてるだけで、頭が良いわけではないって言ってね、知識神を名乗りたがらないんだよ』
ラウロをさするのをやめ、空間の腕輪から数枚の用紙を取りだす。
「なんだこれ」
『彼の見立てでね、君の精神病を予測したものさ。朝がつらいとか、動けないとか昔あったでしょ』
正確には心だけでなく、ホルモンバランスの乱れなど、肉体的な要素もあるらしい。
『あくまでも見立てだから、間違っている可能性もあるらしいけどね』
〖聖紋〗を使い続ける訳にもいかないから、リヴィアやイザにお願いして薬を買い、きつい時はそれを飲めなど書かれている。
生活習慣の見直しとか、ストレスがどのように影響をもたらしているのか。
ラウロにとってなにがストレスの発散に繋がっているのか、予想された行為がいくつか書かれていた。
「剣と拳の鍛錬か」
『天界にくれば、もっと良い環境で治療もできるけど、嫌なんだよね?』
小さくうなずく。
『交渉役は私に任されたわけだよ、皆今はそれどころじゃないから』
「帰れたのか?」
聖神は膝に手を戻し。
『うん。私はあんま関わりなかったけど、先代が自分を封印する場面をみて、色々考えさせられたよ』
まだそこまで時間は経過してなかったようで、排水路の橋は夕暮れ色に染まっていた。
『私たちってね、もう輪廻から外れてるんだ。だから君たち人間が創造した宗教ってのに、みんな凄い関心があるんだよ』
自分の背筋を指さし。
『私はここに神の証ってのがあってさ、土の眷属神と刻印の契約を交わしてるんだよね。君の地聖撃とかは、その柱が力を貸してくれてる』
「そうなのか」
合作の神技。
『交渉するにあたってね、その相手から君に伝言を受け取ってるんだ。有難うってさ』
山岳信仰。
『僕はもし死んだら、彼らが信仰してるあの山になりたい。ラウロあの人にお金渡してたでしょ』
「土神の信仰村だけどな、俺が寄付した目的は」
そこまで言って気づく。その神は土属性だと。
先代の剣神。
「地獄道を歩くって、あの爺さん消滅後もそのつもりなのか?」
『たしか彼の師匠が信仰してた、ずっと遠くにある世界の宗教だったかなそれ』
旧世界の鍛冶神。
どこかの世界の人間が造ったものなのか、それとも本当に存在するものなのかは不明。
『私たちはそうじゃないって、信じるしかないよ』
「罰の道か」
膝を抱えながら、足もとの一点を見つめ。
『普段は天界にいないんだけどね。今さ、剣の主神が帰って来てるんだ』
「拳術神と同じ感じなのか?」
主神級ではなく、主神。
『最近、彼女の加護者減ってるの知らないかな。もしかしたら出て来てるかも知れないから、師匠を連れ戻すってさ、記憶もなくしてるのにね』
「俺、主神さまに憎まれたりしないか」
こちらを見て、しっかりとした口調で。
『彼女は剣士だから、そこら辺は大丈夫さ。たぶんだけどね、先代は嬉しかったと思うよ、君が剣士として対峙してくれたこと』
言葉ではなく、行動で。
「……そうか」
友鋼の剣を抱きしめる。
・・・
・・・
聖神は両手を合わせると。
『私もずっとはいられないから、そろそろ交渉を始めよう』
「わかった」
まず初めに言わなくてはいけない事。
ラウロに手の平を向けると、そこに輝く球体に入った印が出現する。
『これは創造主が制作した、〖天上の刻印〗。これを授けられると、もう輪廻には戻れない』
「神の証か」
聖神は刻印をしまう。
『刻印がなければ神技の制作もできないし、他神との契約もできないから合作も無理だね』
そこから説明に移る。
『ラウロは私からの神血混合を何度もしてきた』
「まあな」
肉体に変化が起こらないわけがない。
『神技を使うたび、君に合わせたものへ変化してるでしょ』
「熟練だろ」
一番初め。加護と共に与えられる神の技は、とても弱い無垢な状態。
『なんとなく自覚があるかもだけど、もう私に祈らなくても、君は数日休むと回復してるよね』
「確かに、思ったことはある」
すでに聖神の手から離れ、自分の技へと変化している。
『今までの君だとそうだな。〖聖十字〗使いまくってたから、ラウロ自身の神力は聖だけじゃなくて、ほんの少しだけ時空も混ざってるよ多分』
聖神の神力には聖光・時空・土の属性が宿っている。加護者へと送られるのは聖光が主となるが、〖地聖撃〗や〖光十字〗であれば問題なく使える。
彼女は時空と土の眷属神と刻印の契約をしており、ラウロが〖土紋・地聖撃〗や〖聖十紋時〗を使う時は、その二柱より力をもらっていた。
〖それで今回、君は先代剣神の力を継承したわけだから〗
ラウロ自身の神力は聖光・剣・時空。
〖この刻印は創造主が君専用に作った物でね。私や土神とは契約しているけど、時空神とはしてないんだ。これからは君の神力だけで、〖聖十字〗系統を使ってかなきゃ駄目ってことになるかな〗
〖聖十紋時〗
〖しばらくは紋章も現れない。でも神技と溶け込んでいくうちに、いつかまた出現すると思う〗
古き時空の紋章。
ラウロは頭を掻きむしり。
「交渉の絶対条件は、俺がそいつを授けられるって所か」
『ここだけは譲れないんだ。あの封印術を手に入れなくちゃいけないからさ』
聖神が〖聖紋〗を発動させる。
「でもそれってあれだろ、神の証だったよな」
『私たちには大きく別けて三種類いるんだ』
聖神・創造主に〖神誕創造〗された者。
盾主神・存命中に〖天上の刻印〗を授かり、天使として天上界に導かれた者。
『鎧の主神はね、存命中に〖刻印〗を捺されたけど、人として寿命を迎えてから天上界に来たんだ』
魂だけの存在となるが、〖刻印〗によりすでに輪廻からは外れている。創造主が天使の肉体を用意し、その中へ。
「なるほどな。それなら交渉の余地がある」
おそらく現在、地上界で活動している神々は、この術を応用しているのだろう。
『でも魂に適合する身体を作るのってさ、〖神誕創造〗と同じくらい難しいことなんだよ。この神技が連発できないのは解るよね?』
交渉内容。
『本当は今すぐにでも天上界に導きたい。でも君の意思を尊重して、私たちが妥協できるのはここまでだ』
「その封印術ってのは再現できないのか?」
古き時空と今の時空。
『練習ダンジョン入ったことあるでしょ、あそこの闇が今の時空に存在してるものなんだ』
目が慣れてくれば、何となく明かりがなくても歩ける。
「闇が薄いってことか?」
孤独の闇。その呪縛は空間ではなかった。
『昔さ、ラウロに聞かせた話は覚えてるかい?』
友鋼の誕生秘話。
『あの世界は今の天上界とは別の場所でね、そこには創造主の師がいる訳さ』
「そういうことか」
古き時空の闇は濃い。
『そのぶん今の薄闇は扱いが楽って利点があるんだけど』
「元いた世界からこっちに来たのが、爺さんと創造主で、最後に時空神か」
ふとこれまでの内容を整理して。
「加護とか授けてないのかよ」
『まず今の状況が異常ってのを知って欲しいんだ。加護持ちなんてさ、本来であれば選ばれし者だけなんだよ。授けない神さまの方が多いくらいだったらしいね』
そろそろ決めなくてはいけない。
『今いる聖属性ってのは私を含めても、三名しかいないんだ。私の使命は上位魔神を倒すことなんだけど、その何て言うかさ』
聖神はラウロの拳を見て。
『とりあえず攻撃力を求めた結果、〖破魔の拳〗を作ったんだけど』
厳しい制限を持たせるほど、その神技は強化される。
『私ももう一名の天使も素早さなんだよね。君なんでそっち選んだのさ、頭大丈夫かい?』
〖聖法衣〗 装備によって発動不可。法衣が光る。秒間回復強化。回避または受け流すたびに素早さ上昇。動体視力強化。痛み緩和。秒数経過で終了。
「使えもしない神技つくった奴に言われたかないよ」
耐え忍ぶ。
「なんつうか……そっちの方が性分に合ってる気がしただけだ」
『君が使えちゃったせいで、もう継承関係なく勧誘は決まってたんだよね。精神病んだから見送られたんだけど』
〖救済の光〗
『人間のうちは、あの神技を使っちゃダメだ』
「わかっている。たぶんあれが原因だよな」
引き寄せの神技は数あるが、あれは四人全員を引き付け役にするもの。
「それが使えるって、あいつやっぱ眷属神なのか?」
『……』
ルカは加護が拳術神の時点で、お偉いさんに気づかれているだろう。
『ごめん。君が病んだのは私たちの所為なんだ』
主神以外で戦旗の神技を扱える柱など、ラウロでも知っている有名どころだ。
編成に彼を組み込んだのは、天上界の意向があった。
「爺さんいなかったら、やばかったぞ」
『今以上に大騒ぎだったんだよ、ここにあの人が現れた時』
でも剣の主神には知らせなかった。
『たぶんね、このままダンジョンの更新期間に入ると思うんだ。もう今はみんなそれどころじゃないから』
知らせられなかったのだろう。
ラウロはしばらく考えたあと。
「人間として死んだ後でも良いんだな?」
『良いのかい。輪廻から外れるよ』
破魔の拳を使える以上は。
「業とかは関係ない。恩を返すだけだ」
ラウロは頭に手をそえると。
「なんか創造主アホな所があるらしいから、この古傷だけは再現しないよう言っといてくれ」
聖神はその部分を覗きこみ。
『格好いいのにさ』
「ちょっとコンプレックスなんだよ」
今は切ったばかりで良いが、伸びてくると本当にハゲているように見える。
・・・
・・・
ラウロは聖神に背中を向けていた。
〖天上の刻印〗を授ける位置は、背筋がぞくっとする所。
『今後君は私の加護から抜けることになる。だけど注意して欲しい点が幾つかあるんだ』
これまで一日に授けられる神力の量は決まっていた。刻印にそれを越える自分の力を貯めてしまうと、肉体が天使に変化してしまう。
そうなれば地上界に常時存在が許される身ではなくなり、天上界は強制的にラウロを導くことになる。
『私たちにはああいった最後を向かえる可能性もある』
生きながら、罰の道を歩く。
『もし支えになるのなら、人間が造りだした宗教を信仰するのも自由だけど、誰かに無理強いするのは許されない』
「死んだ先のことなんて、正直いえば想像もできないんだよ」
後悔はしたくない。
そこから先は記憶を失う。
・・・
・・・
いつの間にか橋で寝ていた。
ここは貧困街。
なんとなく、友鋼が自分を護ってくれていた気がする。
「夢か」
そう思ったが、紙切れと装備の鎖を持たされていた。
内容。
[まずは鎖を使ってみて。中には鎧が入っている]
「なんだよ」
それに従い、今の鎖を外し、持たされていたものを装備した。
黒い軽鎧の上に、白い法衣をまとっていた。
[それは法衣鎧。後光や威光は法衣か騎士鎧でしか使えないからね]
[でもまだ神技は完成してないんだ。それにしばらくは先代の剣を優先して欲しい]
[次に魔界の門がひらくまでには、なんとか間に合わせたい]
天上の刻印。契約の相手は土の眷属神と聖神だったが、その神技を自分に与えるためだったようだ。
[古の聖者です。私と聖神さまも、実はこっそりダンジョンで訓練してたりします、あそこは地上界ではないので。神技が完成した時は、そこで一緒に試しましょう]
「まじかよ」
今日は本当に疲れた。
ラウロは法衣鎧を自分の鎖に登録する。
今日、あの娘は残業らしいから、説明するのは後日になるだろう。
納得をしてくれるか不安だが、人間として生きられるのだから、自分としては満足な結果だった。
夜空を見上げる。
「修羅の道……か」
争い続ける。
時空の戦闘神技。まだ予定ですが。
土紋の結界を張り、土の神技に有利な場所を作る。
剣紋の結界を張り、剣の神技に有利な場所を作る。
時間の力を使い、剣を振る速度を速める。素早さを強化する。
空刃斬などはできるけど、連続した近場への転移が可能かどうかは、まだ決まっていません。
基本的に時空神が剣と契約をしたらこんな感じになるのかなって思います。
闇が主になるのが、剣神が時空と契約した場合。
次で一応の最終話にしようと思います。
自分なりに伏線的なものの回収はしたつもりでいますが、もともと甘い部分もありますので、綻びはけっこう多いかな。
もし回収できていないものがありましたら、教えてくだされば。
始源の意思や運命、執行者については、私も良くわかりません。彼らは時に味方になり、時に敵になるというのだけは決めています。
試練を与えているのか、物語を紡ぎたいのか。こんな感覚をもとに、執筆しています。




