5話 帰り道をなくして
神聖な空気はすでになく、うす暗くも視界だけはまだひらけている。
建築神の加護持ちに作ってもらった、木製の固定具に小さな木材を挟み、ナイフで削っていく。
ふと傍らの時空神像に目を向ける。
「手前だけは俺と同罪だ」
見上げれば亀裂の入った創造主の大きな像。他の物はすでに崩壊しており、残骸が地面に横たわっていた。
破棄されたダンジョンは少しずつ崩れていき、やがて闇に帰る。そして誰もいなくなってからしばらくすれば、空間ごと消滅する。
自分はそれまで身体が持たないと思っていたが。
周囲を見渡し、気配を探れば。
「崩壊が止まってんな。気づかれたか」
天上界が介入したのなら、もしかすると奴が来るかも知れない。
「準備はしねえとな」
彼には最後の望みがあった。ここで自害もせずにいたのは、それを捨てきれなかったから。
まだ神像造りにはもう少しかかりそうだが、今回の対象にしている神は時間つぶしだし、手を抜いても構わなかった。
傍らに置いていた剣を手に持ち、杖がわりして立ち上がる。
制作途中の物と時空神像を袋に包み、それを創造主像の近くにおく。
爺は再び剣を握り、素振りを始めた。
・・・
・・・
ラウロにとって運命の日が来た。
明日この時間に広場へと言われ、ダンジョンの方に行こうと思ってたが、そこは違うんじゃないかと指摘される。
いつも爺と訓練をしていた、貧困街の空き地。
日中は落ち着かず、レベリオたちの宿まで行き、行方不明の相手が見つかったことを話す。ただその関係で今日を使いたいから、支度はできないと謝った。
実際には夕方まで時間があったけど、もう心の中はそれどころではなかったから。
・・・
・・・
約束の時間。
爺のもとに案内してもらうにあたり、できれば継承をして欲しいとお願いされた。
その上で交渉を約束してもらう。もっとも爺が拒絶すれば、無理だとは言わずもがな。
廃棄された試練ダンジョン。
転移した場所は階段を上った先の時空紋だった。しかし裂け目の向こう岸は無くなっており、闇だけが広がる。
風の音もなければ、なにもない。
無。そして闇。
だけど視界はひらけていた。振り返れば、試練の間へと続く扉。
あの時と同じように、深呼吸を一つ。
両手で扉を押す。
目に映ったのは粉々に崩れ落ちた大きな像たち。創造主のそれだけが、ボロボロになりながらも姿を残す。
両膝をつけて、残った像を見あげている老人が一柱。
「例のオーガとも、ここで戦ったんだったか?」
「同じ場所かは俺にもわかんないけどよ、爺さんが封印したんだよな」
孤独の闇。
「連中から話を聞いたか」
「外じゃけっこう騒ぎになってるぞ。天上界も含めてな」
一応想定はしていたようで。
「ここを死に場所に選んだのはその意味もある」
試練の間。
「儂の業など背負わなくても、継承の先にあるのは修羅道だ」
聞きなれない言葉だが、なぜかラウロには意味が理解できた。
「自分の意思を通せるよう交渉はするさ。妥協もするけど、あんたの業まで背負うつもりはない」
時空剣がそうであるように、誰かと合作するという道もあるのだから。
「ならば心配はいらんな。この道を歩むのは儂だけで十分だ」
六道。
継承。全てを失い、全てを託す。
先代の剣神は立ち上がると左腰にさした鞘へ、失った左前腕の先を当てながら剣を抜く。
ラウロも同じく。民鋼より作られた、その剣を空気にさらした。
「こいつは時空剣が嫌いでな、あまり力を貸してくれん。最近は修練を怠っていた所為で、布も切れねえ有様だ」
それでも友鋼の剣は歪んだ銀色の光を放つ。
技名も唱えてないのに、それが頭に浸透していく。
〖夕暮・剣〗 斬強化(無~中) 打強化(無~中) 突強化(無~中)。剣身が歪んだ銀色に光る。油による切れ味の低下、刃こぼれなどを防ぐ。
剣神はぎこちない足取りで、ゆっくりとラウロに迫る。
こちらが動けずにいると、まだ距離はあるのに、爺が剣を振った。
〖空刃斬〗 空間を斬って斬撃を飛ばす。
エフェクトが発生し、銀色の斬撃がこちらに迫るが、ラウロが片手剣で払えば手ごたえもなく消滅した。
この爺さんは嘘が苦手。
「見誤るな」
ぎこちない足取りが一変し、義足をもろともせずに走り出す。
焦りながらも丸盾で友鋼を受け止めた。
「剣士が駆け引きせんでどうする」
〖残刃〗 斬撃を刃や盾などで受け止められると、〖空刃斬(弱体)〗が発生し、その先にある胴体を斬る。
痛くもかゆくもないが、確かにラウロはダメージの判定を受けていた。
〖夜入・目〗 夕暮からの発生。素肌や防具に関係なく、どんなに浅くとも斬撃判定を与えれば、相手に暗闇(弱)を発生させる。このデバフは治癒不可。一定秒数で効果消滅。
視界不良と言っても、夜に入る直前程度の暗さだった。問題なく戦闘も続行できるが、危険を感じラウロは爺を盾で押し返し、自分も後退して距離をあける。
「未知の攻撃ってのは怖え」
爺は友鋼をその場に突き刺し、ナイフを革鞘から抜いて咥えると、再び愛剣の柄を握った。
「なにしてんだよ」
自分で舌を切ったのか、相手の口からは出血が。
ラウロは思わず後ずさる。爺の顔面が闇に覆われ、瞬く間に全身へと広がっていく。
〖無月・迫〗 夜入からの発生。自分の肌をナイフなどで切り、その傷口から発生した闇に包まれることで、視界不良者の前後左右に瞬間移動できる。
後ずさりが仇となり、自分の右側に出現した爺への対応が遅れる。なんとか剣で受けようとするが、友鋼で弾かれ隙をさらす。
これは合わせですらなく、たんに斬り負けただけ。返す刃でそのまま脇腹を斬られる。
「ぐっ」
布切れ一つ切れなくても、打撃なのだから痛いものは痛い。
だが痛みには慣れている。堪えながらも姿勢を整え、爺に左の拳打を。
爺の口元に闇が蠢く。
ラウロは空ぶった腕をそのままに一歩さがり、自分の左右後方を警戒する。
爺が出現したのは、元居た場所だった。それはラウロの前方。
斬りかかってきた爺の剣に自分の刃を合わせるが、今度は片手剣を腕ごと巻き上げられ、身体を起こされる。
爺は刃を返すことなく、義足を一歩前に踏み込みながら、友鋼の剣でラウロの頭部を叩き落した。
地面に沈んだオッサンに追い打ちを仕掛けることもなく、ゆっくりとした足取りで距離をあけた。
友鋼を地面に突き刺し、ナイフを革の鞘にもどす。
「話にならんな」
頭から血を流しながらも、声一つ上げることなく、ラウロは左手に治癒の光を灯す。
「剣では無理だろ」
拳は使わないのか。
「俺は剣士としてここにいるんだよ」
濁った瞳が鈍く光る。
「待ってやる。それまでにどうするか決めろ」
爺は再び柄を握り、剣を抜く。
ラウロは身体を起こし、片手剣を構えた。
視界は霞むが、頭の打撃はすでに癒えていた。暗闇(弱)
十数秒が経過すると、爺は剣を右上段に持っていく。
「堪えろ」
左目には古き剣の紋章。
右目には古き時空の紋章。
〖夜明・刃〗 夜入終了後に発生。剣が青白く光り、空間を切って任意の場所に自剣の刃を出現させる。一定秒数で剣は光を失う。
「なっ!」
脳裏に浮かんだその説明で、やばさに気づくが時すでに遅し。
振られた爺の剣は空間の歪みに消え、次の瞬間には背中に衝撃が走る。
〖聖域〗と〖聖紋〗を同時に発生させ、ラウロは痛みを無視して飛び上がった。
爺が剣を左下より払えば、自分のいた場所を刃が通り抜けた。
〖聖壁〗の足場に着地し、即座に傾斜をつけていく。爺が再び剣を振る前に、自分の身体を発射させ相手に迫る。
剣神は剣を振った。ラウロはその動作を事前に察知し、行く先に〖聖壁〗を出現させると、手の平で勢いを停止させる。クッション効果発動。
そのまま地面に着地。
爺はただ剣を振っただけで、〖夜明・刃〗は発動させていなかった。そのままラウロの目前に迫る。
読めない。
間合いに入れば即座に斬ってくる。後ろにさがって避けようとしたが、逃げた先の左側面から刃が出現。
なんとか盾で防ぐが、次の瞬間には友鋼は消えていた。
爺は一歩前に。
ラウロはこのまま受けては駄目だと、片手剣を右後方に持っていき備えるが、今度はそのまま前方から斬り上げられた。
右の太ももに打撃をくらったが、〖聖域〗もありすぐに回復。
だが足へのダメージでよろめいた所で、義足の棒先を脛に当てられた。
片膝をついてしまい、頭の側面を剣で叩きつけられる。
爺は倒れたラウロをそのままに、背中を向けて距離をあける。
ラウロは側頭部を左手で押さえながら、身体を起こし爺を睨みつけた。治癒の光を発動。
その剣は全てを切り開く。
両目の古き紋章が消えていた。
「〖儂の剣〗」
友鋼が鈍い銀色の光を灯す。
斬撃(極) 打撃(極) 突撃(極) 以下同。友鋼が認めていないのか、現状は弱体化している。
ふらつく足で確りと立ち上がり、弱き剣士は片手剣を構えた。
爺は左半身の構えをとる。友鋼は顔の左側に持っていき、切先をラウロに向ける。
右の義足では上手く踏ん張れないのだろう。残っている左足に全体重を乗せ。
〖旧式・一点突破〗 両足が鈍い銀色に光り、敵へ一気に迫る。
受けては駄目だと横に回避した。アリーダのそれとは違い、銀色の防護膜は発生せず。
通り抜けざま、爺は右腕の肘でラウロを吹き飛ばす。
爺も着地に失敗し、一緒になって転倒した。
「〖波〗もあるが、対象は突き刺さったのだけだ」
剣の子らが改良したからこそ、今の形となっている。
二人は立ち上がり、互いに剣を構えた。
地上界での生活もそれなりに長く、情報は得ていたのだろう。
剣神は咳き込む。口もとを左前腕で拭き、その部分を見つめ。
「血刃・抜だったか。あれは儂も欲しかった」
瞬きをするまでのあいだ、斬った対象の瘴気を抜く。傷の大きさによって、出ていく量が異なる。
見るからに弱っている。ラウロは相手を睨みつけ。
「このままじゃ終われない」
継承により、剣神の力が流れ込んでくる。
ラウロの片手剣に歪んだ銀色の光が宿った。〖夕暮・剣〗
「おもしれえ」
爺に向けて〖空刃斬〗を放つ。避けることもせず、そのまま受ける。
「馬鹿かあんた」
飛んできた斬撃を左腕にもらい、血が流れ落ちていた。
思わずラウロは〖聖域〗の味方判定を。
暗闇(弱)を受けた、剣士の瞳孔がひらく。
「水さすんじゃねえ!」
爺はさせまいと、自分の左前腕を斬る。
〖旧式・血刃〗 瞬きをするまでのあいだ、出血量の増加。または回復の妨害。対象により効果が変化する。
「あんたはっ!」
ラウロは軽鋼の短剣を左腕に持つ。握るのは柄ではなく刃。
血と共に傷口から闇が発生し、徐々に全身へと広がる。
転移先は爺の背後。
「目の動きに気をつけろ」
ラウロが消えると同時、足を前に進めていた。〖夕暮〗の剣は誰もいなくなったその場所を通るだけ。
振り向きざまに真横へと一閃。丸盾で受け止めるが。
〖旧式・無断〗 斬を殺し打を活かす。
〖幻〗には続けられないようだが、盾を破壊するには十分な威力だった。
〖聖十字〗がなければ、こんなにも脆いのか。
ラウロは左手を握り締め、傷口から発生した闇が身体へと広がっていく。
「ぐがぁっ」
消える前に爺の義足が腹へ減り込み、転移は中断された。
嘔吐。
跪いたラウロを見下ろしながら。
「もう神技は無理だ、俺にはなんも残っちゃいねえ」
〖儂の剣〗はその輝きを失っていた。
〖聖域〗による回復を待ち、口もとを拭いながらラウロは立ち上がる。
あえて〖夜明〗は発動させず、〖夕暮〗もそれと同時に消えた。
「儂はもう直に死ぬぞ」
圧倒的な差。
「このままでいいのか」
「んなわけあるか」
ラウロは剣を構える。
「そうだな」
互いに準備はもうできていた。
「今日こそ引導を渡してやる」
先に立って導くこと。案内すること。教え導くこと。
迷っている人々や霊を教えて仏道にはいらせること。また、極楽浄土へ導くこと。
「どこで覚えたんだ」
自分に待ち受けているものなど、もうこの先には何もない。
両者は構えたまま、永遠ともいえる時を過ごす。
創造主の像が限界を迎え、崩れ落ちる。それが合図となった。
《儂の剣》 最後の望みというのなら。だが友よ、酷なことをさせてくれる。
剣は弾け飛び、爺の後方へと落下して突き刺さった。
「斬れ」
「……」
最後の望み。
「剣士として終わりたい」
もう前が見えない。
「最後に、言い残すことはあるか」
託したいことは。
「……ねえな」
どこまでも、愚かなほどに。
「あんたの剣は俺が引き継ぐ」
腰から鞘を外し、背後に投げ捨てる。
「地獄道を歩むのは俺だけでいい。背負うな、儂の剣を頼む」
実直な生涯だった。
あの傷と同じように、肩から脇腹にかけて。
ラウロは一礼をし、友鋼の剣を鞘にしまう。
試練は、継承は終えた。
振り返ることもできず、試練の間を後にする。
・・・
・・・
〖儂の剣〗 斬(弱~極) 打(弱~極) 突(弱~極) 戦闘開始から徐々に友鋼が先代の剣技を再現する。血油による切れ味の低下を防ぎ、刃こぼれ防止のため耐久強化。合わせを手伝ってくれる。
〖夕暮・剣〗と重ねることは不可。友鋼はかつての経験から、こちらの神技があまり好きではなく、他の剣を使った方が喜ぶ。戦闘が始まっていれば使われていなくても、〖儂の剣〗は徐々に強化されている。
先代の剣神が複数あった武器の神技をまとめたのが、〖一点突破〗〖無断〗〖血刃〗であり、この系統は〖儂の剣〗でなければ使用できない。
・・・
・・・
誰もいなくなった試練の間。
空間が歪む。
足音が一つ。
『本当は私だってもう消えたいですよ』
あの筋肉の変人を最初に創造してしまうような。
『創造主だからって押しつけたくせにさ、けっきょく貴方たちどっか行っちゃって。残されるこっちの身にもなってください』
物言わぬ相手の前で膝をつき、触れようとしたが少し崩れてしまい、震えながら指先を止める。
『愚痴いえるのもいないし、まあいるけど』
光の主神。
亡骸に手を当てて崩壊しないよう固定する。
『法律に触れなきゃなんでも良いって感じだけど、今はなんとか成ってます』
大きな白い布を広げ、そこに横たえて包み込む。
『だから、もう良いじゃないですか』
名前には強い力が宿る。
『エバン。みんな待ってるよ』
小さくなったその身体をそっと抱きしめる。
『帰ろ』
時空神像の隣には、歪な剣の神像が置かれていた。
もっと時間かかると思っていたのですが、早く終わりました。もう燃え尽きてしまった感じですが、あと二話ほどの予定だから頑張ろうと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




