4話 運命に抗う者
ラウロは初級での登山や中ボス戦を終え、町での生活にもどる。
グイドは資金も手に入ったので、休みを利用して山岳信仰の集落へ、様子見にでかけるとのこと。馬に荷を背負わせて向かうらしい。
今回は登山が目的ではないが、集落は山奥にあるので、一日や二日で帰ってくるのは難しい。あと出かける時は嘘ではなく、ちゃんと正直に役所へ届け出をだせと言われたとのこと。
冬も近いので急がなくては。
ルチオ組の面々は報酬を受け取ってすぐ、エルダやサラと初級の攻略に向かう。二人はもう少し休むべきと思うが、教育係ではないので口出しもせず見送った。
・・・
・・・
役所。それは死亡や生存の届をだしたり、ダンジョン以外で町から出る時に許可をもらうなど、まあ色んな用事で行くところだ。
ラウロはそこから出てくると、ため息を一つ。
「町から出発した記録もないか」
年老いた浮浪者の亡骸が、貧困街で見つかったという報告も上がってない。
本人が望まないから強制保護はしなかったが、あの老人には気を配っていたようで、常々様子は観察していたらしい。
「止めれるもんでもないか」
最後の目撃者は貧教会のシスターだが、ラウロがなぜそのまま行かせたのかと言っても、あたしには関係ない話だと突っ放された。
鞄から金袋を取り出し。
「報酬もらいにいかんとな」
今日まで貧困街を中心に町中を探し回っていたから、受け取りは後回しになっていた。
「働かんと」
騎士団時代の金。贅沢をしないで普通に生きれば、十年や二十年は余裕に暮らせる。でもこれはもしもの備えで、死ねば寄付する予定。
だからなんの憂いもなく、軽い気持ちで探検者を続けられていた。
自分の年齢からしても、あと十五年ほどで引退して、その先は協会で簡単な仕事をもらいながら生きていく。これが彼の人生設計。
頭の中で意味のない考え事が巡っていく。
・・・
・・・
探検者協会の支部に到着し、列に並ぶ。やがて自分の順番がきた。
「この前の報酬をもらいに来た」
レベリオ達には事情を伝え、少し予定を伸ばしてもらっていた。もし今日探していなければ、明日からはダンジョン活動に向けて三人と準備を始めなくては。
「こんにちはラウロさん……どうかしたんですか?」
デレデレしていない事のほうが珍しい。
「世話になった人がな、姿をくらませちまってよ」
「……そうですか」
別段隠すことでもない。レベリオ組にしてもリヴィアにしても、老人との繋がりはないので、彼に関する話はしてこなかっただけだ。
「まあんなこと、あるっちゃあるしな」
特に魔界の門がひらいた時期では混乱も起こるので、死んでいたと思っていたら隣町で生きていたなんて、良くある話だ。
リヴィアは作業を進めながら。
「世話になったんですか?」
「ん、そりゃな。剣の師匠なんだよ」
手を止めて、資料からラウロに視線を移す。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないから心配してんだ。あの人もう歳だし、体調も良くないしでよ」
探せる期限は今日しかない。
「じゃあちょっとしたら、受け取り口に並んどくからよ。頼むな」
「……はい」
レベリオたちは探すの手伝いましょうかと言ってくれたが、彼らにも支度などはあるだろうから断っていた。
「あっ ラウロさん」
呼び止められ振り向く。
「今なんか天上界の方で問題が起きてるらしくて、当分は試練と練習ダンジョンが封鎖になるそうです」
「そうなのか?」
珍しいこともあったようだ。なにか関係しているのだろうか。
「少し前に中央教会にお告げがあったようで。なんでもここだけじゃなくて、教国全体がそんな感じだそうですよ」
もしかすると大陸全土だったりするのだろうか。
初級・中級・上級。
「他のダンジョンにも響かないと良いな」
「はい。だから活動を見送って様子見してる人たちもいますよ」
ルチオたちはお告げが出る前に出発していたので、今は初級にいる。群れの中ボスに挑戦するために、幾つかの組と協力できないか、大地の裂け目付近の拠点で検討をしているようだ。
他の組が雑魚を引き付けている間に、ルチオたちは中ボス戦に挑む。その逆もしかり。
「わかった。情報ありがとよ、明日あたりうちの連中とも話しとくよ」
もうレベリオ達も情報を仕入れているだろう。
モンテたちの姿は見えないので、受け取り口近くの席に座る。
明らかに大丈夫でないのは、オッサンの方だった。
その後、協会支部を後にする。このまま町中を探すのも良いが、貧教会に一度もどり話を聞く。
急ぎ足で排水路の橋を目指す。
・・・
・・・
貧困街に到着し、教会の庭に足を踏み入れた所で、ある人物の姿が目に映った。
「ラウロか。そういえば、あんたここで世話になってたんだったか」
恐怖の女上官だった。
「なっ なぜこちらにいらっしゃるので?」
「あんたが私に頭が上がらんように、私も頭が上がんないんだよ。ここの方にはね」
すでに引退しているが、もとは教国の役職についていた。それはラウロも知っていたが、まさかデボラと関係があったとは。
「せっかくこの町に回されたからね、たまに様子を見に来てるんだよ」
「そ、そうですか」
けっこういつも偉そうな態度をとっていたが、やばかったのだろうか。
デボラはラウロの肩に手を置くと。
「あんたもう知ってるかい? 試練と練習でなんか問題があったそうでね、私らは今回の活動を見送ったわけさ」
それで時間があいたから、挨拶がてらここに来た。
「はい。先ほど協会支部でその話は聞きました」
ラウロの様子に苦笑いを浮かべ。
「私しゃそんな厳しかったかね、いくらなんでも、ちょっと怖がり過ぎじゃないかい?」
「いえ。自分にとっては騎士団を引退したとしても、上官であることに変わりはありませんので」
たしかに新人のころは扱かれまくったが、普段はこの人けっこう穏やかだったりする。
「そうかい、まあいいや。あんたは知らないだろうけどね、私の頃はもっとやばかったんだ」
上司が部下に対して、自分が若いころはと自慢げに話すことがある。
「失礼な態度とるんじゃないよ」
なんどか肩を叩かれ、デボラは去っていった。彼女は今だけでなく、騎士団の時代から、こういった発言をしたことがなかった。
「あの婆さん何者だよ」
しばらく顔が引きつってしまい、教会に入ることができなかった。
扉が開く。
「話し声がすっから来てみたが、小娘と話してたのはあんたかい?」
「あっ ああ、そうだ」
とりあえず今さらなので、いつも通りにすると決める。
「爺の事かい。なら、あたしにはもう分かんねえよ。まあ丁度いいや、また出すの面倒だったんだ、そこで待ってな」
そう言われて教会内に戻っていくシスター。
・・・
・・・
椅子に座らされ、布をかけられると、手動のバリカンで髪を切り落とされる。
「婆さんもうちょっと丁寧にやってくれ、痛てえよ」
「うるさいねえ。あの偏屈はなんも言わんかったよ、あんたと違って大人しいもんさ」
像を寄付して身辺整理をしているようだった。珍しく頭を丸めたいと自分に頼んできた。
「……そうか」
「私らを当たった所でもう情報なんてでないならよ、自分の中にでもあんじゃないかい?」
これまでの爺との会話。
「どうせ半分くらいしか、まともに聞いちゃいなかったろ」
「確かにな」
動き回る前に考えろ。
「あの爺は偏屈だがな、冗談や嘘がつけるような性格じゃあないね」
「長年生きた婆の見立てか?」
うるせえと頭を叩かれる。
「今は集中して、会話の内容を思いだせっつってんだよ」
「いや、でもな婆さん」
古傷がある前頭部でもお構いなしに、バリカンを容赦なく動かされる。
「痛くて集中できないんだけど」
「堪え性のない餓鬼だね、何度あんたの頭刈ってると思ってんだ、あたしの腕が悪いっていうのかい」
この人は精神を病んでいる相手にもお構いなく、腫れもの扱いするどころか、最初からこんな感じだった。
それが嬉しかったのを、今になって思いだす。
・・・
・・・
まだ大して伸びてなかった髪を刈られ、痛みに頭をさすりながら、爺と出会ったあの橋に行く。
いつしか定位置となった爺の隣。
彼とのこれまでの会話を振り返る。
___人に施されるわけにはいかん、儂これでも神さまだったし___
教会に殺されるぞ。
___誰も相手にせんさ___
オーガ
___厄介なのは天使でも厳しいぞ、儂ならなんとかできたがね___
___瘴気から産まれた最初の鬼だった___
これらがもし本当だとすれば。
「まじかよ」
あの娘だけでなく、あの老人も天界の関係者。
でもそれなら辻褄があう。
今起きている練習と試練での異常。
ラウロは立ち上がろうとするが。
「でも封鎖してるんだよな」
無理やり行くとしても、時空の加護者がいなくては。唯一協力してくれそうな者は、今ごろ山奥だったりする。
もっと最近のことも振り返らなくては。
___すべては身からでた錆びだ。この程度は覚悟の上で生きとる___
なにかを仕出かして、天界にいられなくなったのか。
___解決できてねえ事なんざ沢山ありすぎて、今さらだ____
爺の剣。どこにでもある、今では価値の低くなった、地上の鋼。
だがあの鈍い銀色は、どう考えても普通ではない。
「友鋼」
繋がっていく。
___もう長くはねえこの身だ、好きなように生きて死ぬだけさ___
___帰り道、もう忘れちまったな____
託そうと思ったが、やっぱやめだ。
試練のダンジョン。
行かなくてはと、ラウロは立ち上がる。
橋の端で姿を隠している、大きな爺と目があった。
「らーうろちゃん、みーつけた」
ニコニコ笑っている。
「師匠」
「だからダメ。そんなんじゃダメ、駄目よ~駄目ダメっ!」
マスター・ルカと呼ばれたいらしい。
「あの、ちょっと行かなきゃいけない場所がありまして。師匠と遊んでる余裕が、今はありませんので」
「試練ダンジョンのことかしら? でもラウロちゃんには無理よ、だってあの人がいるのって、たぶんもう廃棄された所だからね」
魔界の介入がはいり、〖神像修復〗だけでは難しくなってくれば、あのダンジョンは廃棄される。
以前から得体の知れない人だったが。
「あんた何者だ」
「人間よ。本体は天上界で眠っているけどね」
光の拳術神。
「神さまってのはねラウロちゃん、そう簡単に降臨できないのよ。だから私はその対策で、今は人の器にいてね、普段は全てを忘れて生活してるのよ」
今は緊急事態だから、その意識が呼び覚まされている。
ラウロは天上界を信仰しているが、崇めているのかと言われれば違う。恩を返したいと行動しているだけだ。
平伏もせずに、一歩さがり。
「それで、自分になにか用事があってのことでしょうか?」
「他人行儀はイヤよ、イヤイヤっ。私の役目はここまでなの、事情も良く分かってないから、今から呼ぶわね」
ルカは装備の鎖から、ピンク色のステッキを取りだす。派手に装飾されており、なんか子供が好きそうな感じがする。
咳払いというか、痰を吐きだして喉の調子を整えたのち。
「ガチムチマジムチ ムッキムキ 天使さんこ~い」
恐らくこの道具は、特にこれといった力はないのだろう。ステッキを向けたのとは別の場所に、空間の歪みが発生していた。
「ちょっと止めてください。私そんな登場の仕方したくないです」
天使とはいうが、どこにでもいるような、普通の娘が現れた。服装も白い衣などではなく、この町にいても遜色のないような。
「始めてじゃ、ないよな?」
見覚えがあった。
「あっ はい、そうだと思います」
どこかこちらを探るような視線。でもそれ以上は答えない。
「〖古の聖者〗か?」
二十代後半。たぶんいつも同じで、性別は女。
「そうですね。はい、それ私です」
なぜか気落ちしているようだが、ラウロは心に余裕がない。
マスター・ルカは優しい目で二人を交互に見てから。
「じゃあ、私は行くわよ。ラウロちゃん、次に会う時は今日のこと忘れてると思うから、触れちゃだめよ。わかった?」
「えっ あ、はい」
そう残し去っていく。
ふと周りを見渡せば、自分たち以外誰もいなくなっていた。
「空間を少しずらさせてもらっています」
人避けの効果がある結界でも張っているのだろうか。去っていく師匠の背中を見て。
「あの方はラウロさんだけじゃなくて、私や聖神さまの師でもあるんですよ」
あとは光の主神。
「良いのか、そんな大物がこっちにいて」
天使は先ほどまで座っていた位置を指さし。
「いくつかお話をしないといけませんので」
「わかった」
自分はいつもの位置に。彼女はジジイの売り場とは別の場所に腰を下ろす。
「まずはあの方について説明する前に、【悪魔】と【魔神】についてからですね。記憶の操作はしませんが、他言はダメですよ」
うなずくのを待ってから、一つずつ教えてくれる。
魔界と呼ばれる場所のこと。
そこを救おうとした神さまがいたこと。
余計に問題を大きくしてしまったこと。
自分で自分を罰した神がいたこと。
話が大きくなりすぎて、ラウロは質問もできずにいる。
「魔界の門は一定の数を吐きだせば、自然に閉じることもありますが、そうでない時はどうしているか分かりますか?」
「……あんたらか」
正解と褒めてくれる。どこか懐かしい。
魔物は人間に任せるが、門を閉じるのは天上界の役目。これは各国の重鎮であれば知っている事実。
「でも天使だけでは厳しい相手が出てくれば対処できません。神さまは簡単には降臨できませんし」
「だから師匠みたいに、普段は人間として生きているのがいる」
しばしの沈黙後。
「あの方は主神級なので、教国方面の筆頭です。これにも問題はあるんですが」
帝国 教国 都市同盟。これらには天使では対処が難しい敵に備え、普段は人間として生きている眷属神だけでなく、主神級が一柱加わっている。
誰がそうなのかは問題も起こるので、地上界に知らされていない。
「彼らは普段だと人なので、使命も忘れています。だから稀に他国へ移っちゃうんですよ」
「もしやばいのが出てきたら、師匠がその【悪魔】や【魔神】ってのと戦ってるんだな」
ここで本題に移る。
「【悪魔】は倒せますが、一部の【魔神】は倒せません。そのクラスがこちらに出てきた例はないのですが」
「今の所は……か」
もしかすると何時かは出現する。
聖神は魔系統特化を持っており、もし今後成長すれば、なんとかできるかも知れない。
「はい。ですが過去に一例だけ、【上位魔獣】を封印できたことがあります」
なんとなく、話の展開がラウロにも読めて来た。
「もうあの人、戦えないだろ」
「継承すればなんとかなりますが、本人が自分の業を背負わせたくないと、今はそのまま死ぬつもりでいます」
加護とは意味が異なる。
継承。それとも承継と読むべきか。
「俺か」
「はい」
試練のダンジョンにいるが、すでに破棄された場所。
「まだ彼の居場所はこちらでも特定できていません。それにラウロさん、もし継承をしたとなれば、私たちは貴方をこちらに導くことになります」
「想像できないな」
隣に座る女性を見て。
「あんたらはその継承ってのが目的で、今必死んなって居場所をさがしてんのか?」
「当然ですがそれもあります」
真っ直ぐにラウロの目を見つめ返す。
「あの人は私にとっても恩人ですから」
「じゃあ俺じゃなくて、あんたら天界の連中が迎えに行ってやれよ」
間違いなく、帰りたがっているはず。
「私よりも長い時間をあの人と過ごしましたよね。ならわかりませんか?」
偏屈。
「天界の方たちは大半が、ラウロさんよりもあの人を知ってます」
自分たちが迎えに行こうものなら、その場で爺は終わらせるだろう。
犯した過ちを、誰よりも許していないのは。
ラウロは視線を地面に移す。
「爺さんは俺にとっても恩人だ」
天使はオッサンになった男を見つめたまま。
「あの人にとって、貴方と過ごせた時間が恩返しになってたかも知れませんよ」
楽しかったと伝えてくれ。シスターからそう言われた。
「俺は会いたい」
ただもう一度。
「そのためなら、天界だってどこだって行ってやる」
「わかりました」
ルチオ。
アドネ。
レベリオ。
アリーダ。
マリカ。
サラ。
エルダ。
その父と母。
デボラ。
中央教会の神職たち。
シスター。
モンテ。
フィエロ。
ゴブリン。
イザ。
ティト。
「人間だった頃の記憶ってのは、消せるのか?」
心残りが多すぎる。
「本当にそれでいいんですか」
それでも会いたい。
だけど、別れたくない人たちが、人が居る。
「俺はまだ、感謝すら言ってないんだ」
「ちゃんと周りを見てください」
天上界はなぜ、彼女をこの場に向かわせたのか。
「明日。この時間にいつもの広場に来てください。恐らくあの人は、そこから試練ダンジョンに入ったはずです」
それまでには居場所を特定する。
天使が立ち上がれば、まだ残っていた空間の歪みに向けて歩きだす。
「他言しないでと言いましたが、ラウロさんが信用できる一名にだけは、伝えても良いですよ」
この場には誰もいなくなり、少しすると町の人々が橋を通り始めた。
何時かの夕暮れ時と同じ風景。
・・・
・・・
色んな事が起こりすぎ、もう頭が破裂しそうだった。
天上界になど行きたくはない。
それでも、会いたい。
ふらつく足で借り部屋に帰宅すれば。
「なんでいるんだ」
「職権乱用しちゃいました」
リヴィアが扉の前に座り込んでいた。
こんな状況なのに、嬉しくなってしまうオッサン。
「心配かけちまったか」
「ラウロさん顔に出やすいですから」
手に持っていた包みを見せて。
「なにも食べてませんよね、一緒にどうですか」
こういった貸家には調理場などはついていないので、すでに出来ている物を買ってきてくれたようだ。
「すまん」
鍵は普段から持ち歩かないので、いつもの隠し場所から。
「信じられない」
「いや、こんなもんだろ。貴重品なん持ち歩くし」
こんな状態だからこそ、嬉しくなるオッサン。
・・・
・・・
彼の部屋は汚いというよりも。
「なんもないですね」
「こんなもんだろ」
埃などはちゃんとあるが、ゴミは決められた場所に持っていくなどはしていた。大家がうるさいので。
ご飯を食べながら、爺との関係をリヴィアに教える。
解決できなくても良いから、少しでも楽になる方法を考えろ。
症状が進むと本当に動けなくなる者もいる。そうなる前に耐え忍ぶだけではなくて、もっと工夫しろ。
そして行方不明になった爺さんが、元は神だったことも。
「もうほんと、選ばれし者すぎて」
リヴィアはこの話を聞くと、しばらく無言で飯を食べる。
食事が終わって、煮沸した水分で一息ついてから。
「以前から思ってたこと、言っても良いですか?」
なにかお叱りを受けるのではと顔を引きつらせるが。
「職場の労働環境が悪いことってあるけど、大きく別けて二種類あります」
どうも違うようだ。
ブラックな職場。
「一つはもう最初から職員を食い潰す予定の最低最悪なものですね」
まともな上司もいるかも知れないが、上層部が最初からそのつもりなので、どうしようもない。
「あとはもともと普通だったんですが、業績の悪化とか人手不足で、どうしても環境が悪くなる場合です。協会とかまさにこれですよ」
残業代などは出してくれる。業績不振で全額は無理でも、せめてできるだけお金は用意しようとする。
もっとも人間関係などは何処にでもある。糞みたいな上司もいれば、同僚や部下もいる。
「探検者は個人での仕事なんであれですが」
国への税金などは報酬の中から引かれているし、危険ではあるが皆が認める国の仕事。
「騎士団はどうでしたか?」
「どっちかつうと後者か」
給料は良かったし、怪我で戦えなくなった時など、それだけでなく色んな保証もしっかりしている。
「正直、私は他の国を知らないので何とも言えませんが、教国ってかなり真面な方なんじゃないですか?」
「そうだな」
だからこそラウロはこの国が好きだ。
「今まで騎士団や教国と、ちゃんと交渉とかしてきましたか」
ラウロが聖の加護持ちだという理由は確かにある。
「えっ?」
無理はさせるなと、もと同僚たちを探検者にして見守らせる。
精神を崩してからは全面的に面倒を見ていた。
「私って協会で働いてるので、なんとなくわかるんですけど、天上界もかなり地上に協力してくれてますよ」
ダンジョンという資源。断魔装具という武具や道具。
「今まで自分の意思を通せるよう、交渉とかしてきましたか?」
感情的にならず、冷静にお互いが妥協できる位置を模索する。
譲歩。
「してはこなかったな」
リヴィアは相手の目から視線をそらさずに。
「どうみても英雄の器じゃないのに、なんで血塗れの聖者なんてやってるんですか?」
「いつの間にかそうなってたんだよ」
呪縛のように運命が行く先を。
「ラウロさんはお爺さんにお礼を言いに行きましょう」
天界。
「それが終わったら、交渉です」
___連中は理に縛られているが、ちゃんと人の意思は尊重するはずだ____
・・・
・・・
すでに夜だ。流石に貧困街なので送っていく。
貧困街の堺。目印の橋。
「ここまででもう平気です」
「いや、家の近くまで送ってくよ」
世話になったし。
「言っときますけど、私だって誰にでも職権乱用なんてしませんからね」
「わかってるよ」
察しの悪いラウロにも。
「あの、あれだ……今度、お礼に飯でも行かないか?」
睨まれる。
「嫌です。もうこの際なんで、はっきり言ってください」
怖い。
「交際してください」
「天界とか導かれたりしたら、ぶっ殺しますからね」
まじで怖い。
長かった。やっとここまで来ました。
お付き合いくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
次は時間がかかると思いますが、ここを書きたいとモチベーションにしていた場面ですので、頑張りたいと思います。
最終章も終盤で、あと数話になりますが、どうぞよろしくお願いします。




