2話 神技 孤独の闇
天上界に住む者たちは自分の身体に神力を宿す。
たとえ力を消費しようと、祈らなくても時間の経過で徐々に回復していく。
自らの神力であれば、土の引力と関係なく、物を引き寄せることができる。それが自分の所有物であれば、より大きな力で引き寄せられる。
無明の空間を作ったのも、巨大な門を作ったのも、始源の理を破った側の神々だった。
創造主の神技により、鎧と盾は強化されていた。
鎧の主神は〖鎖〗を無数に放ち。
『させんっ!』
今まさに閉まろうとしていた巨大な門を、〖巻き取り〗で止める。
「もう終わりだ」
鎧神の背後で闇が蠢き、その中から剣神が出現した。
片手剣が鎧の背部を切り裂くが、即座に〖鎧の紋章〗を発動させる。
相手は鎧の主神だ。いかに剣神といえど、〖私の鎧〗は強力だった。
「無益なり」
〖我が盾の突進〗を背後に下がり回避する。
鎧の神は得物の剣を握りしめると、門に放った〖鎖〗をそのままにして、振り向きざまに剣神へ斬りかかる。
剣神は友鋼の片手剣で、その刃を受け止めた。彼の剣は両刃となっており、左手は刃にそえられている。
〖盾よ、今だっ!〗
盾の神はこれまで剣神の攻撃を何度も盾で受け止めてきた。
〖我が盾の苦痛〗から〖我が盾の復讐〗を発動させれば、盾神の得物である剣が銀色に光る。
剣神の身体に〖鎧の鎖〗を発動させ、〖巻き取り〗により一瞬でも動きを止める。
盾神は〖復讐〗により輝く剣で、剣神の側面から斬りかかった。
剣神の左手からは血が滴る。その傷口から闇が漏れ出し、剣神の身体を包み隠した。
〖復讐〗の刃が斬ったのは消えゆく闇だけ。
「なぜ打撃を使わなんだ」
〖突進〗では急に止まれないので、避けられた後に距離がひらいてしまう。
剣神は鎧神の隣に出現していた。
「迷いがあるなら、儂には勝てんよ」
鎧神は暗闇(弱)のデバフにより、剣神の姿をしっかりと目視できない。この場にいる神々の力でも、この状態異常を治すことは不可能。
それでも(弱)なので、相手を睨みつけていた。
無明側にいるのも神であることに違いはない。
大きな音を立てて門が閉まったのを確認し、創造主は小さく息をつく。
『これで満足ですか?』
剣神は返答することもなく、鎧神から離れ門前に向かうと、友鋼の剣で一閃。
「裁くべき者がここにいる」
門を破壊した。
鎧と盾はそれぞれの剣を鞘に帰し、装備の鎖へしまう。役目は果たせなかったと、後ろにさがっていく。
剣神は落としていた鞘を拾うが、剣を戻すことなく地面に両膝をつけた。
『もう終わったのかい?』
光の主神は意識を戦いに向けていた所為で、聖神を止めるのに一歩遅れてしまう。
『おじさん凄い怪我なのに、良くあんなに動けるね』
肩から脇腹にかけて。
子供は『治癒の光』を剣神の大きな傷に当てる。
「ありがとよ。でも無駄だ」
瘴気の魔物。
「こいつは終焉の獣から受けた傷だ、神技じゃ治らねえ」
『大丈夫さ』
聖神は『聖域』を発動してから、『聖紋』を出現させた。
完全にではないが、ゆっくりと回復していく。
「大したもんだ」
褒められて、聖神は自慢げな顔をする。
「見ねえ顔だな」
創造主の方を向く。
『勇者の言霊に宿る力を解析し、それをもとに光の属性と合わせ、〖神誕創造〗をしました』
そうかと言葉を切り、聖神の肩に手をおく。
「希望の子だな。儂らは焦りすぎたのか?」
『いえ。どちらにせよ、間に合わなかったでしょう』
瘴気。恐らく元になっているのは水の神技だが、すでに別物だ。
「〖雨〗や〖噴射〗はまだ効果がある、でも回復神技は一度、作り直した方が良いかも知れねえ」
情報を一つずつ伝えていく。
このために彼は残った。
・・・
・・・
最後に牢獄側の方針をいくつか。
無明の空間には時空の眷属神もいるから、主だった都市には結界を張っていく予定。
資源が不足するだろうから、別空間に通じる門をひらき、そこに土地を用意する。
それでも向こう側には光の属性はおらず。瘴気により闇に覆われた世界での光源は火に頼るしかない。
いつまで持つかもわからないが、地上界はこちらで何とかする。
『ありがとうございます。その情報はこちらでも糧になるでしょう』
光の主神は聖神のもとまで行き。
『貴方はこれからどうするのだ』
「罰なら受けるさ。もう少し話をさせてくれ」
聖神の顔。
光の主神の顔。
皆の顔。
創造主の顔を忘れぬよう、何度も見渡しながら。
「始源の意思ってのは、あながち間違っちゃいねえ」
光の主神は剣神を見下ろして。
『どうやったのかもう調べられんがな。あの厄災を齎したのは、他ならぬ地上界の者たちだ』
であれば滅ぶのも、理の中では地上界の責任。
「本当に危険なのは終焉の獣じゃねえ、あれはもともと神獣の類だ」
召喚したのか。それとも造りだしたのか。
勇者の言霊が通用したのだから、恐らくあれは【魔】の系統に属する。
「あん中で死ねば、天使より上の存在は魂を縛られる。そんで終焉の魔物と同じだ」
瘴気を発するようになる。
この場にいる皆の表情が強張った。
一早く立て直したのは創造主。
『時空神と槍神の亡骸は回収できたのですか?』
主神級が二柱となれば。
「槍は無明側で消滅したのを確認した」
剣神は頭をさげる。
『時空神が堕ちたとなれば新たな世界を作ろうと、この天上界に連なる空間には、【門】を開けてしまいますね』
光の主神は手で顔を隠し。
『どうすればいいのだ』
強張る皆を見渡して、聖神は首を傾げながら。
『私の力だけじゃだめなの?』
創造主は優しく微笑み。
『備えましょう。彼ならば持ちこたえてくれるはずです』
すぐには支配されないと信じるしかない。
剣神は地面に額をつけながら。
「眷属神と天使の亡骸も回収できなかった」
『わかっています』
歯茎から血を滲ませ。
「【悪魔】と【魔神】」
名前というものには強い力が宿る。
「すべては儂の責任だ。彼らにこの名称をつけることで」
魔系統に属させる。
『心苦しいが、やむを得んな』
聖神も何となく状況がわかっていたのだろう。剣神の背中をさすり。
『でも終焉の獣ってのは倒せたんだよね?』
「無理だった」
主神級。それも三柱で倒せないのだから、もう皆は沈黙するしかない。
『封印ですか?』
すでに地上界からその気配は消えている。
「友と合作した、〖時空封じの剣〗を使いました」
急造だったのだろう。その名前では力を発揮できない。
『時空と剣を合わせた神技ということだな』
剣神は頭を上げる。
「少し離れてもらえるか」
〖わかった〗
光の主神も創造主も、彼の意図がわかっていたのだろう。
聖神を連れて光はさがるが、創造主はその場から動こうとはしなかった。
「儂らは罪を重ね過ぎた。罰が無明の牢獄だけでは、下手をすると連中がくる」
『わかっています。ですから貴方にも、相応の罰を与えることになるでしょう』
剣神は光の主神を見て。
「悪いようにはしないじゃな、執行者は納得せんよ」
今回の主導者は二柱。そして残っているのは剣神だけ。
消滅を前提にした、さらに過酷な。
「自分への罰は、自分で決めさせてもらう」
それは輪廻から外れる証。
天上の刻印より、これまで溜めてきた神力の一部を身体に流し込む。
創造主が一歩前に出るのを睨みつけ
「地上界にされたよう、儂らにも非常の決断はせんと、いつか天上界も滅ぶ」
剣神は友鋼の切先を自分へと。
『ちょっと何してるのさっ!』
脇腹に突き刺し、真横に斬る。聖神は慌てて近づこうとするが、今度は光の神に止められた。
「この神技の呪縛は空間でなく、その中に始めから存在する闇に込められている」
腹の傷口から黒い何かが滲みでて、それは剣神の四肢へと。
「あえて解放条件を付けることで、呪縛をより強固なものとした」
聖神は〖聖紋〗を発動させた。それでも傷は癒えない。
終焉の魔獣より重症を負わされ、まだその傷は残っている。そして切腹。
『わかった。弱らせなくては駄目なのだな』
剣神は血を吐きながらうなずく。
「解放条件は力の弱体。儂の場合は天上の刻印を放棄すれば、恐らく当てはまる」
加護持ちはこの刻印から自動的に神力をもらう仕組み。
『時空の力を持たぬ者でも、力が弱まれば脱出はできるということか』
創造主は目を閉ざし当てにならず。光の主神が神殺しの獣を封印した、その技を聞き出す。
血を流しすぎ、朦朧とする意識の中で。
「〖空間封じの剣〗。この名は神技との相性が悪い。儂の封印後は命名権を天上界に託す」
神技は理を決めることで捻じ曲げ、息を止めるなど制限を持たせればより強化される。そして名前をつける行為で固定され完成する。
すでに友は死んだ。
剣神は時空神との合作神技をこれまで使い続けたので、彼の神力には剣だけでなく、時空の属性も宿っていた。
眷属神とまでは行かないが、時空の天使と同等。
『なにか言い残すことはないか』
「儂は理を破りすぎた」
最後にまた罪を重ねた。
「資格のない者を一人、この天上界に連れてきた」
見捨てられなかった。
『確認している、今は隔離しているがな』
友鋼を抜き、その刃を鞘に帰す。闇に覆われながらも、〖聖域〗が傷を癒していた。
「どうか」
『善処しよう』
剣神は深く頭をさげ。
「儂と奴の属性は旧世界のものだ、仕組みが少し違う」
もしかすればこちらの剣と時空では、〖空間封じの剣〗を再現させるのは難しいかも知れず。
なにより自分は覚醒者だったから、同じ神力でも受け取り主が違う。
剣の子らは加護として力を授けた者たちだから、共通している部分もあるはず。
「いずれ頃合いを見て脱出し、野垂れ死ぬ前に良き者がいれば、この剣を継承したい」
天上界の光景を目に焼き付けながら。
「解決するどころか、問題を大きくしてしまった。逃げるように去ることを恥ずかしく思う」
もう合わせる顔がない。
「皆さまと新たな世界に幸がありますよう」
創造主を見ることはできなかった。
自分の剣に愚者の言霊が宿らぬことを。
それが剣の子らに移らぬことを。
この愚かな剣を託す相手に、業を背負わせないことを。
切に願う。




