1話 いつかの花畑にて
どこか遠く。
今はなき遠いどこか。
山奥の田舎なので、外国どころか国内の情報すら入ってこない村。
たまに若者が戦争に連れてかれることもあるが、戦死じゃなくても田舎が嫌で、そのまま帰ってこない人もいる。
そこは山の中腹にある花畑で、見下ろせば麓に故郷の村があった。
少年は拾った枝を剣がわりに。
「えいっ やあっ!」
覚醒者のごっこ遊び。
以前お父さんに聞かせてもらった話。
神に愛されし者が力をもらうこともあるが、覚醒者はそれとは違う。
天上界や加護とは関係なしに、生きる中で力に目覚めし者。
加護者のごっこ遊びをする日もあるが、今日は覚醒者だ。
「我が名はエバン、いざ勝負っ!」
剣の道に人生を捧げれば、その者にはいつしか剣の力が。
誰かを守りたいと誓えば、盾や鎧の力が。
この身を焦がそうと、何かを成し遂げたいと願えば火の力が。
先代より続く国の方針に従い、統一した先の理想像もなく、ただ戦火を求め続ければ。やがて自らを戒める罰の力を。
誰から授けられるのかは不明。
神託すらなく、いつの間にか宿っていたのを覚醒者と呼ぶ。
少年が棒切れを振り回していると、一緒に遊びに来ていたお姉さんが。
「エバンちょっと来て」
「なにー?」
枝を投げ捨てれば、大好きなお姉さんのもとまで駆けていく。
「はい、これ」
「うわぁ すげえな、これ姉ちゃんが作ったのか?」
花の首飾りをかけてもらう。
「俺もつくるっ」
覚醒者遊びはもう良いらしい。
「じゃあお花を集めよっか」
「わかった!」
お姉さんにあげて喜ばれたい。
・・・
・・・
少年は予想以上に不器用だった。
途中でお姉さんが手伝おうとしても、俺が自分で作るんだと聞かない。だけど作り方の説明だけでは中々に難しい。
「……」
泣きべそをかいているが、諦めない少年。
「また今度、一緒につくろっか」
「やだっ!」
まだ五歳前後の幼児。納得いかず不貞腐れる。
「姉ちゃんにあげるんだもん」
「そっかぁ」
少年の頭をなでる。
「お礼をしてくれることよりもね、お礼をしたいって頑張ってくれたことの方が、私すっごく嬉しいな」
作りかけの花飾りを見つめたまま、少年は返事をしない。
「今日は帰ろ。おねえちゃん、そろそろお家の手伝いしなきゃ」
「でも、ちゃんと形にしたい」
強く握り締めたせいで、制作途中の首飾りがグシャっとつぶれる。
「どんなに頑張っても、相手に伝わらないことだってあるけどね」
小さな両手に自分の手をそえて。
「エバンが頑張ったことは、ちゃんと伝わってるよ」
「……うん」
そのまま手を引かれて立ち上がる。
「帰ろっか」
「うん」
やっとこさ少年をなだめ、麓の村を見れば。
「あれなに?」
向こうの山々が黒い霧のようなものに覆われていた。少年はただの疑問としての口調だったが。
「なに……あれ」
得体の知れない物への恐怖が含まれる。
「どうしよ」
ここから見ればゆっくりだが、かなりの速度で麓の村に迫っている。
村を見下ろせば、何人かがすでに気づいているようだ。そのまま逃げだす者もいれば、家族を探している者も。
「行かなきゃ」
姉の慌てた様子は少年にも伝わったようで。
「かけっこするの?」
見下ろせば、まだ五歳前後の子供。
一緒に行くのは危険なのではないか。
でも
「行こっ」
彼女もまだ成人前の子供だった。
これから数時間後。
天上界から神々と天使たちが降臨し、この山奥は長い激戦の地へと変化する。
12時に続けて投稿予定です




