22話 登山開始
山岳信仰の集落は最後の手段として、村への積荷を狙うこともあるが、失敗しても食い口は減るという寸法。普段から自給自足ができるよう、冬には確りと備えている。
教国は彼らから税を徴収したりしない。
教訓の一番初めに記されている文章があった。
私たちは決して、弱者の気持ちを忘れてはならない。
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ダンジョンには広場とは違い、特殊なものがある。教国の騎士団専用と呼ばれるのが、この大陸では有名所と言えるだろう。
峠の砦は山賊などから通行者を守るための施設であり、その先は大平原に続くが、ここにも教国の領土は残っていた。帝国から身を護るための城郭都市。
それは教国の歴史。
山脈の向こう側では、かつて小国連合と帝国が激突したと伝わっており、その場所にあるのが【死平原】。
ゴーワズと海峡を挟む港町。ここの広場も騎士団の専用となっており、新人などは初級と中級で活動する。
旧都にあった王城はすでに焼け落ちているので、今は跡形も残っていないが、その跡地には【落城】というダンジョンが残されている。
第二から第四の騎士団は、これら三カ所を一定期間で、それぞれが担当していた。
徴兵されたのではなく、自ら志願して入団した者は、本来であれば第一の所属となる。
以上のことからも解るように、教国は敗北の歴史を持つ。
時空の柱教は帝国に取り入り、なんとか血筋を残そうと、最後の足掻きをもくろむ。
逃れた者たちは都市同盟の協力を得て、同じ属性神を信仰していた古都アンヘイに身を寄せた。
その時代に魔界の門が開く。
徹底的に排除された者たち。今は亡き王家の墓を守るように、教国の都は作られていた。
死後は幾多の世界へと続く輪廻に旅立つ。
英雄と呼ばれる者は人柄により判別されるが、死後または存命中に輪廻から外れ、天上界に導かれると云う。だがそれとは違う宿命を、自ら背負う場合もあった。
最難関と呼ばれる【墓地】。そこの大ボスは物言わぬ骸の騎士であり、かつて祖国を守れなかった者の忠義を、第一騎士団は受け継ぐ。
光の加護はあまりいない。それでも中核である教都の防衛を任されているのは彼らだった。
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山に難度があるように、広場にもランクと呼ばれる順位が存在した。
ン・マーグの広場。その上級には【迷宮】と呼ばれるダンジョンがある。ここの初級と中級は他よりも良い素材が入手できるが、そのぶん難しくなっている。
他の広場で上級に挑戦できる者たちからすれば、この広場は上級以外だとあまり旨味はない。レベリオたちが拠点を移したのは、そういった理由からだと思われる。
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荒れ地と岩山。
翌日、午前中を講習と訓練に使い、午後は石切り場の見学をさせてもらう。
角ばった岩肌をみれば、それが人工で切断されたものだとわかる。
作業をしているのは村からの出稼ぎ探検者が主となっていたが、それとは違う連中が目につく。
三人の若者が杭と金槌で岩を叩いており、その様子を監視するのは数名の屈強な兵士。彼らが何なのか聞けば、町での軽犯罪者だと教えてもらう。
職場で怒られた腹いせに、貧困街で騒動を起こしたとのこと。まあ察しの悪いラウロは気づかなかったが、例の三名だったりする。
この石切り場には宿泊施設と思われる建物があり、出稼ぎ探検者などはそこで生活しているが、彼らのような犯罪者はもっと劣悪な環境とのこと。
半年から一年はこの地で働くそうだ。願わくば真っ当な人生を送ってもらいたい。
一般的な山賊や盗賊という連中は、圧倒的な武力の前にやがて屈することになり、生存率はあまり高くない。
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登山当日。
探検者は身体能力にも優れており、経験者でもあるラウロとティトも同行する理由から、ガイド役は中級ルートを進めてきた。
前回ラウロが挑戦したのは初級で、その時もグイドが案内をしてくれた。
アタックというのに該当するのは上級ルートだけなので、今回はただの登山だろうと思っていた。
開始してから数時間。
段々と二足だけで歩くのも厳しくなってきた。
先頭を進むのはグイド。中間がルチオとアドネにイザ。最後尾がティトとラウロ。
靴を含めた服装は、登山口拠点で用意された物。
防具も武器も装備の鎖にしまってあるし、荷物は全て空間の腕輪。
斜面を登るときは四肢のうち、離すのは一カ所だけ。というのを意識しながら、六人は岩場を進む。
どこに手をおくか、足をかけるか。先を進む者の動きを見ながらだと、集中力が必要で会話も少ない。
まだ余裕はあるが、中々に辛い。
「さすがっすね、グイドさん」
「だな。っていうかよ、中級きつくないか?」
アタックというのは、困難なルートに挑戦する場合のみに使われる。
彼が神力混血で重点をおいているのは、筋力や持久力なども大切だが、一番は肺活量。
「この岩山は心配ないですが、地上界では空気の取り込みが重要でして。頭痛などもありますのでね」
ある意味だと持久力にも繋がる。
アドネは前を進む背中を見て。
「ルチオは鍛えなきゃね、肺活量も」
友情の神技。
「確かにな。恥ずかしいけどよ、大声だしてかねえと」
皆の上る速度に合わせながらも、一手一歩を確実に進めていくグイド。
岩場にかけていた手に力を込め、足を持ち上げながら。
「あえて神力混血なしで、登山するのもお勧めですよ」
「えっ」
その動きを真似しながら進んでいたが、ルチオは一瞬動きを止める。
「急に止まんないで、危ないっ!」
イザは歩幅が前の三人と違い、苦戦しており余裕がない。
「焦んないで大丈夫っすよ、自分のペースが大切なんす」
「後ろには俺らもいるしな」
神力混血を解くかどうか、ルチオは悩んでいるようなので、ラウロは苦笑いを浮かべ。
「今回は止めとけ、ボス戦も控えてんだからな」
「わかってるよ」
制限をかけての挑戦というのは、一度はクリアしてからやるべきこと。
ちなみに神技を制限しているラウロの現状は、縛りではなくただの工夫だ。
山というものには難所が幾つかあったりする。
斜面は急なものとなり、もう四足でも進めなくなった。ここから進むには、よじ登らなくていけない。
「では私が先に行きますので」
ロープや鎖などはなく、岩肌に金具が打ち込まれていたり、亀裂に嵌められている。
グイドは登りながら、そこに命綱の金具を引っかけ、慣れた動作で身体を持ち上げていく。
昨日に教わってはいたが、これまで斜面を歩いてきただけあり、落ちればそのまま転げて行くだろう。
「中級ってなんだよ」
ルチオの発言が聞こえていたのか、上部に命綱を引っかけ、下部の命綱を外しながら。
「上級は私の練習ルートですよ」
この場にいた全員が思っただろう。騙されたと。
「ラウロさん、私無理ですよ」
「まあ大丈夫だ、聖壁もあるからな」
この神技があるからこそ、グイドも中級を選んだのだろう。たぶん。
その後。ルチオとアドネはなんとか成功した。
「ラウロさ~んっ!」
「もう展開させてっから、心配ないっすよ」
イザは岩肌に張り付いたまま動けなくなっていた。
「下を見てみろ、足もとにあるから」
「怖くて見れません!」
グイドはその場から飛び降りると、聖壁に着地した。
「凄いですね、クッション作用でもあるのでしょうか?」
「確認してから飛べよ」
この高さであれば大丈夫だと判断してのことだが、予想よりも衝撃が少なかったのだろう。
「イザさん、私がここに立っているのが証拠ですよ。申し訳ありません、無理をさせてしまいました」
「グイドさんロープ下ろすぞ」
ルチオが落下させたロープを、イザの全身に巻かれたベルトに固定し安定させる。
彼女は一度〖聖壁〗に着地し、手足を休ませてから、青年らの補助を受けながら登った。
無事に上部まで到達したのを確認すると。
「俺ら〖聖壁〗でそのまま上がっちゃいませんか?」
「お前なら良いが、俺は間違いなく二人から非難されんな」
町壁や外壁を登るときも、この〖聖壁〗を使って上まで行くことができる。
同時に発動できるのは二つまでだが、下部のを消せば新たに作れるので、それを繰り返せば良い。
「ていうかこういう岩山とかって、本来はそういった練習で用意されてんだろうけどな」
山狂いの所為でこうなったとも考えられる。少なくともイザはもう二度と、登山はしないのではないか。
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よじ登った先は平地になどなっておらず、少し休憩をとってから、そのまま手と足を使った移動が再開された。
その後も似たような場所は何度かあったが、回数を重ねるほどに慣れてはいった。
「ラウロさん早くっ! ごめんなさい~ お願いします!」
ルチオは楽しんでいるが、アドネもティトも大分疲れが見えていた。
ラウロは聖壁もあることから、少し余裕があった。
そして次の難所。
急斜面を横に進むのだが、足をかける場所が靴底の半分ほどしかなく、しかも途切れている。これが百十mほど続くとのこと。
所々、足場は木材が組まれているので、安心な場所も確認できる。
ルチオは元気な口調で。
「まあでも、このロープに命綱引っかけながら進むんだよな」
真横に紐が伸びており、自分が横に進めば、それと金具で繋がる命綱も動くようになっている。
「馬鹿じゃないのっ! 下見てみなさいよって 見れない~っ!」
一瞬下方を覗きこんでしまい、もうやだー と叫び出すイザ。
「じゃあ俺とイザは〖聖域〗で行こう」
「おじさん僕も」
「俺もそうしたいっす」
ラウロもマジで怖いので。
「グイドさん悪いな、俺らはズルさせてもらうぞ」
彼は中級と嘘ついて、本来であれば上級のルートを進めるような人間だが。
「いえいえ、山にズルもなにもありませんよ。では私とルチオ君はこのまま行きますね」
「おう!」
〖聖壁〗で進むとしても、ロープに命綱はかけておく。
そんなこんなで山肌を真横に進んでいると。
「俺も光壁は何度か乗ったことあるけど、なんかラウロさんのこれ、凄い歩きやすいっすね」
「そういう成長の仕方をさせたってことだよね」
防御の要は聖十字だった。
「ルチオも同じこと言ってた」
サラの〖光壁〗に乗ったことがあるのだろう。
「なんで三人とも、そんな平然としてるのっ!」
へっぴり腰でロープにしがみ付くイザ。
「あれ、なんで? 進めない」
「ほらイザ姉ちゃん、ここかけ替えないと」
横に伸びるロープは途中で結んであったり、途切れていたりするので、命綱をかけ直す必要がある。
「しかしあいつすげえな」
ルチオは今もグイドの助けを受けながら、真剣な表情で足場と手の位置を模索していた。
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山肌の横渡が終わった位置。ここで休めと言わんばかりの、少し広い安定した足場が用意されていた。岩山がダンジョンだと思いださせる。
「こんなん無粋です」
「楽しかった!」
もう嫌この二人。
「ねえ、あれ大地の裂け目じゃないかな?」
「えっ こんな場所から見えるの」
もう岩山にうんざりしていたイザも、少しは感動していた。
「人は良く分かんねえな……てことは、あれが拠点か?」
それらしき建築物が見えた。
ここに休憩所が設置されているのは、こういった意味もあったのだろう。
「次はあそこっすね」
「ああ」
初級でも中級でも、ここから先は最大の難所。
「岩山の峰刃渡り、楽しいですよ」
グイドの発言に喜んだのは、ルチオだけだった。
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剣の刃を歩く。
つまりは左右がそういう状態だったりする。
「もうやだ~っ!」
幅はあるにはあるが、岩や石がゴロゴロしており、とても歩き難い。しかもこのまま頂上へ向かうため、ちょっとした斜面になっている。
そしていくらか進むと、先ほどの山肌横渡りと同じ感じで移動しなければいけない。なにより今回は命綱を設置する場所がなかった。
「〖聖壁〗ここは俺らもこれ使うから、大丈夫だ。なっ?」
「ティトさん背負ってください、お願いします」
「よしよし、任せるっす」
もう半分泣いていた。
アドネは一方を指さし。
「イザ姉ちゃん。ほら、あそこ」
頂上と思われる場所が見えていた。
「うん」
この二人に弱い所は見せれない。そんな気概があるのかも知れず。
「やっぱ自分で行きます」
〖聖壁〗に自ら足を踏みだす。
その後ろ姿に思うものがあったようで。
「姉ってのは、本当に強いっすね」
「だな」
ちょうど十五の歳に両親を失い、それから女手一つで弟を育てたらしい。
「そういや、俺にも居たな。村のよ、鍛冶屋さんとこの娘だったか」
農具の修理とかなので、本格的なことはしていなかった。
「もし重ねてるんなら、俺はちょっと嫌っすよ」
歳の離れた、良く面倒を見てくれたお姉さん。
「両親の顔すら覚えてないんだよ。重ねてるかどうかも、なんとも言えない」
「……すんません」
受けた恩は返すのが大切なんじゃない。返そうとする姿勢が大切なんだよ。
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その後、頂上の属性紋に到着する。
登山口への帰還か、それともボス戦かを選べる。
だけどグイドは帰りも自分の足で行くという。
登るのより、下りる方が難しい。
〖時空神像修復〗により、岩山での転落時に帰還できる数字が、本当に少しだけ上がる。
この作業は繰り返してこそ意味があり、どうしても少しずつ下がっていく。
岩山での帰還率が他と比べて低いのは、グイドが牢屋に入っていた所為だろう。
山登りの難所はモデルがあります。
穂高の馬の背 峰刃渡り
登山道中国 華山 山肌横渡り




