20話 気狂いか 挑戦者か 冒険者か
時空紋の罠を攻略すれば、崖に囲まれた広場の中央に宝箱が出現した。
「やっぱ兵の武器か」
高難度の罠といえど、初級はあくまでも初級でしかない。
「俺ら槍は使わねえな」
「売ればそれなりの値はするだろ、新品だしよ」
恐らくだが短槍という点からしても、戦った仲間のうち、誰かの得物といった感じになっているのだと思う。
「どのくらいで売れるかな?」
買取できるのは協会だけなので、交渉もなかなか難しいが、足もとを見られることもない。
「ここで入手できた素材を全部渡しても、この槍の方が良い金になると思うぞ。まあそれでも、兵鋼の戦槌とかは買えんな」
「俺は民鋼で十分だよ。当分はだけど」
そもそも軽鋼で鈍器はまず作られない。
「中級行っても直ぐには素材も無理だし、隙があればボスのラストアタック狙いたいね」
運が良ければ将鋼の戦槌がでる。
素材ではなく武器が手に入った場合も、協会に提出する決まりとなっていた。
そのまま使いたければ、武器を売った金でその武器を買う。面倒でもこのやり取りをしてから、始めて自分の所有物となるが、売るときは協会だけという契約が交わされる。
ダンジョン装備を買えるのも、協会の息がかかった店だけ。
裏ルート。治安の良い町でさえ、貧困街あたりのどこかを探せば、看板のない怪しい店で販売されていた。でもそこで買ったとしても罪には問われなかったりする、むしろ報告すれば使っても良い。
出来るかぎり国で管理して欲しい。これが天上界の意向で、彼らも完全に管理できるとは思っていなかった。
いつの日か問題が解決すれば、断魔装具は消さなくてはいけないから。
神の加護。天上界はこれに、なんらかのリスクを背負っているのだろうか。
空間の腕輪に売る予定の槍をしまう。
「次はエルダの盾だね」
「順調に兵装備が揃ってんな。でもよ、さっきリヴィアさんの戦い見てさ、盾も重い方が良いんじゃねえか?」
アリーダは軽い盾。
リベリオとリヴィアは重い盾。
「確かに引き付け役だと、そっちの方が良いかも」
オッサンはふと。
「ダンジョンの素材って変だよな」
「なんだよ急に。まあ神さまが用意してくれたもんだし、違うのは当たり前だろ」
鉄の場合は兵と王が軽くなっているが、他の素材では重さに大きな違いはない。
木材。弓はしなりを求められるし、槍も種類によってはその方が良い。ただ素材として入手した時点だと、そういった特徴は見られない。
変な話ではあるが、民でも兵でも弓として制作すれば、それに合わせて材質が変化する。
「エルダとおばさんに感謝しなきゃ。本当にすごいよ、このコート」
思えばゴーレムに気づかれず、攻撃をできたのはこのためではないのか。
「レベリオさんたちも、ほとんど王と将だし。上級のボスはそれくらい揃えなきゃ、難しいってことなのかな?」
「あれで【迷宮】は無理ってよ。俺ら自信なくなるよな」
挑戦していたのは二年ほど前で、仲間たちの神素材を揃えたのはゴーワズだから、その当時よりは実力も上がっているだろう。
ン・マーグ。そこは探検者たちの憧れ。今も【迷宮】の攻略を目指す化け物たちがいた。
「少し職種は違うが、たぶん同じ人種と今から会うぞ」
ラウロはこれまでソロで活動していた。大地の裂け目は雑魚が多いので、基本は岩山周辺での活動だった。
「俺らに難所の動きかたや、ロープの縛り方とか、器具の使い方なんかを教えてくれる」
この点に関しては毛が生えた程度で、専門の知識をもった人に習うべき。
二人とも興味を持った様子。
「どんな人なの?」
「この初級が切欠でな、山に狂ったっぽい」
首を傾げる。
「繊細は協会員に聞いた方が良いぞ」
そう言って素材回収を手伝いに行くラウロ。
早く話を聞くために、自分たちもと後へ続く。
ラウロは小さな声で。
「友鋼か」
試練のダンジョン。教育係として踏み入れるまで忘れていた。
幼少期の何十年も前の出来事。今になって思い返せば、察しの悪いラウロでも気づく。
現実ではない世界。夢の中での会話だったのではないか。それにしては覚えていることも多い。
あの娘は、天上界の住人だったのではないか。
頭の中で一つずつ繋がっていく。
最初の最初。創造主よりもずっと昔。
それが決めたルールでは、白い衣とあと一つ。
もしかすれば、神よりも上位の存在がいたとして。
自分が加護を授かった日。
大騒ぎになったことは、今でも良く覚えている。
運命を司る神はいない。もし創造ができないのなら、天上界は未来を予測できない。
・・・
・・・
時空紋の罠に関する記録。
敵の種類と入手できる素材、宝箱の報酬に変化はなし。
違う点があるとすれば、これまで狼の出現は〖闘争の岩柱〗の近辺だけだったが、後方からの出現があった。
だが今までは二手に別れる戦法を取らなかったので、このような結果になった可能性も高い。
設置型大盾の引付役を使う場合は、今後もこういった注意が必要。
・・・
・・・
岩柱のあった場所に時空紋が出現していた。
そこから出れば、もといた場所に戻る。罠の紋章もその場に残ったままなので、もう一度進入すれば再戦できる。
「私の大きな仕事はこれで終わり♪」
「俺はまだ登山と中ボス戦が残ってるっㇲ」
無理やりスを止めた。なにかと口煩い姉なのかも知れず。
「すみません、私に付き合ってもらって」
「気にしなくて良いよ。俺の時も先輩に手伝ってもらったからね」
すでにリヴィアは重鎧を解除して、移動用の軽装(兵革・兵布)になっている。
「じゃあ休憩を挟んで、このまま登山口拠点を目指しましょう」
ここから先、しばらく地図は不要だろう。
岩山。初級の出入口拠点でもうそれは見えていた。
「ただ中ボスって、細剣と相性悪いんだよな。俺も打撃系の武器用意してもらっとくか」
ラウロとルチオはにやりと笑う。
「情報不足だぜ、ティトさん」
「打撃は不要だな、用意するなら斬撃だ」
協会員の装備は本人持ちではないが、それぞれの希望で用意されていた。年数や実力によって位も上がっていくが、基本的には将で止まる。
登山口拠点でも、兵鋼の武器であれば用意は可能。
「繊細知りたいんだけど」
「私も」
自慢げにアドネとルチオが中ボスの情報を話しだす。
近場に見渡せそうな場所があったので、そこで一同は腰を下ろした。空間の腕輪があるので、シートや椅子なども持ち運べる。
水分や軽食をとっていると、ルチオが最速してきたので。
「そういえば、あの人はもう出所できたんだよな?」
「これから山上りですもんね。大丈夫ですよ、もう登山口で働いてます」
出所。罪を犯し牢屋に入れられる。
「なにしたんだ、その人」
知り合ったのは探検者の新人時代。ボス挑戦はしないが、協会に進められて一度だけラウロは岩山を体験した。
「地上界の山に登ったんだ」
「えっ まあ、怒られはするよね?」
教国は理由なく町を出るてはいけない。魔物などは居ないが、盗賊などはちゃんといるし、やはり出入りが自由過ぎれば犯罪も増える。
それでも故郷の村にもどるとか、ちょっとした用事でも届け出をだせば、許可は普通にもらえる。
「登った山がやばい。信仰対象だったんだよ」
独立峰だったり、標高が高かったり。逸話などに登場したり。
適当な理由で外にでて、数日で戻ると嘘をつき、ずっと戻ってこなかった。
そして知らせが届く。
「入山禁止なのに、無許可で勝手に入ったってな。地元の奴らに見つかったのがやばかったんだ」
「バレなければ良いって考え方もどうかと思いますけど」
また口を滑らせたと、ラウロは表情を隠せない。
「あの人が山狂いになったお陰で、協会員は上級で活動しなくなったから、有り難いっちゃまあそうなんすけど」
弟の言葉に納得しながらも。
「【町】の死亡率が上がったのも事実だよね」
二人は良く分からない。
「強かったのか?」
「時空神の加護だったんだよ」
アドネとイザは理解した様子で。
「他にいないんだね、【町】で活動してくれる人」
「普通はそうですよ」
中級までは命令として強制力を持つが、上級となれば一気に危険があがるので、本人の希望が尊重される。
戦いの神技はあっても、それが加護として人へ授けられるとは限らない。
「実際には少しだが戦闘で使える神技もあるんだけど、〖君の剣〗だけで上級に挑戦するようなもんだ」
物造りの神技。戦闘の神技。ダンジョン管理補佐の神技。これらは別口で管轄しているのかも知れず。
「おっさんよりも酷いじゃねえか」
「俺の加護は光と一緒で、装備不要の神技も多いしな」
試練を終えてから今日までの期間で、ルチオもアドネも誰かから情報を得て、血塗れの聖者という人物について知ったようだ。
モンテ組なのかレベリオ組なのか。またはシスターの可能性もあると言えばある。面識のない相手から知識を得る術だって、彼らもすでに習得していた。
試練での戦いが普通ではなかったことは、恐らく二人だって気づいていた。
見かけ倒し。ラウロ一人でも倒せると判断しなければ、協会は許可を出さないはず。
あの登場演出が異常だという事実も。
イザは話を聞きながら、疑問に思ったことを。
「なんで山に登るようになってから、上級での活動を断ったんですか?」
「冬の時期とかも登ってたから、それ専用の装備開発でお金が必要だったらしいの」
呆れた口調でそのまま続ける。
「そのために高い給料をもらえるからって、上級での活動を選ぶとか信じられない」
雪や氷に引っ掛かる靴底のスパイク。
雪や氷に刺さる小さなツルハシのような器具。
「俺らが行く岩山も、ほぼ垂直な斜面を登ったりするけど、もうその人が鎖やロープ張ってくれてんだ」
一番最初。
「できそうか。先人なんていないぞ、ルートも手探りだ」
命綱を固定する金具。上ってはロープを外し、それを固定する場所を打ち込み、また命綱を引っかける。このような形でよじ登るのだろうか。
「それを好んで地上界の山でやってるんすよね、あの人」
ルチオは想像したのか、顔を引きつらせ。
「狂ってんな」
【迷宮】に挑む者たちは、これと似た人種。
「僕には無理だよ」
エルダにサラ。それに自分の命が惜しい。
「なんでそんなことしてるんだ? 迷宮ならまだわかるけど、山に登ったところで、誰も称えてくれねえだろ」
強力な装備が手に入るわけでもない。
「だから私たちにはわからないんだよ、狂ってるとしか言えない」
ラウロにもわからない。
「景色が綺麗だからとか、誰も立ったことがない場所だからとかかね?」
挑戦。
ティトは遠くの壮大な独立峰を見て。
「登ってる最中は自分の馬鹿さに呆れるけど、こうやって過ごしてると忘れられない。また行きたくて仕方がなくなる」
理由などは人それぞれ。
【迷宮】
そこは愚か者の楽園なのか、それとも挑戦者たちの生き様なのか。
ルチオは自分にはない感覚だからこそ。
「なんか、すげえ格好いい」
「賛同はできないかな。でも男とは限らないんだよね」
【迷宮】に挑み続ける女も確かにいる。
魅了されてしまった者たち。
ラウロは探検者の別名をここで。
「だからこそ、冒険者なんだろうな」
でもこの場にいる皆は知らない。
試練のボスを経験し、その恐怖で自分には無理だと判断した者たち。
町で普通に営む人々からすれば、ダンジョンで活動する探検者も、仕事をしている協会員も同じ括りだということを。
ティトとアドネは周囲の警戒をする。
ルチオはじっと山を見つめている。
リヴィアは何気ない言葉の中で、真剣な質問をする。
「ラウロさんはこれからも冒険者ですか?」
「今の生活に不満はないぞ。むしろ満足だけだ」
それは心からの発言だった。
岩山。
二千m級。地上界からすれば、そこまで大きくはない。
登山経路もいくつかあり、初心者むけから上級者むけまで用意されている。
なによりもダンジョン内では空間の腕輪が使えるので、資材の持ち込みも楽だ。
「でかいな」
これからの活動に思いを馳せる。
何度もすみません、前話の修正。
〖酸の雨〗でレベリオの話を書きましたが、こちらで書く内容を入れていました。
ルチオ
「水の神技は怖いらしいからな」
それはレベリオから聞いた話し。可能性が無限だからこそ、危険が隠れている。




