19話 土狼の群れ 闘争の岩柱
転送された先は崖に囲まれた広場で、すでに時空紋も消えており、どこにも逃げ道はない。
リヴィアは装備の鎖から設置型の大盾を出現させ、そのまま地面に減り込ませる。重さはキロではなく、もうトンの位だろう。
表面の無数にある棘が恐怖をさそう。スパイクシールドではなく、スパイクウォールとでも呼ぶべきか。
「三十体ってところかな。途中で増えるらしいから、気をつけなきゃね」
土の神技(杖) 土狼 固められた土の肉体を持ち、大型犬と同等のサイズ。複数体を召喚できるが、意識の共有は難しい。索敵などは土犬を使う。
「では各々位置についてください」
弱点である石の核は頭部と心臓部の二つ。どちらかを破壊すれば土に帰ると言われている。
リヴィアは設置盾の左側。
ルチオは設置盾の右側。
イザはいつでも設置大盾に隠れられる位置だが、二人の様子を確認できるよう動き回る。
これから柱に向けて前進する三名は、リヴィアたちの斜め前方。
ティトの装備は軽鎧(兵鋼・将革)で、盾などは持っていない。
唯一の武器である細剣を握り締め。
「岩柱はけっこう離れてるな」
それが茶色の光を帯びると輝きを増して広がっていく。
「来るぞっ!」
土狼も同時に動きだした。
距離はあるものの、皆の心に不安と恐怖が灯る。
神力混血は身体能力を上げる。
「〖友よ! 今こそ共に活路を開けえっ!〗」
駆け寄ってくる狼たちに、まず対応するのは引き付け役。
「行きます」
〖飲み込む巨大盾〗 設置された大盾の表面から射線上の範囲。引力・重力により、敵を無理やり引き寄せる。筋力や体格で踏ん張ることも可能。クールタイムあり。
六体ほどの身体が少し持ち上がれば、かなりの速度で巨大な設置盾に衝突した。その肉体は砕けるが、まだ核は壊せていない。
「炎槌は必要ねえ」
ルチオが戦槌を地面に叩きつけ、一つずつ破壊していく。
だがゴーレムたちには感情がないので、その光景を見ても怯まず。〖飲み込む巨大盾〗の射線から外れた個体はそのまま接近する。
「頼むぞ」
「うん」
アドネの前方に〖聖十字〗、そして左右後方に〖聖壁〗を展開させる。逆三角形。
弓で石核を破壊することは難しいが、動きを鈍らせるだけなら十分可能だと、これまでのダンジョン活動で把握していた。
細剣を構え。
「〖貴方の剣〗 お先にどうぞ」
突刺(強)。斬撃(中)。打撃(弱)。以下略。
「わかった」
ラウロは矢の支援を受けながら、土狼に向けて走り出す。
跳びかかってくるのか、それとも自分の足を狙ってくるのか。相手の動きを観察しながら、見極める。
「ふんっ!」
頭部に片手剣を振り下ろし、一体を確実に土へ帰す。
突きは確かに強化されているが、敵の核がどこにあるか正確な位置が不明なので、斬ることで命中の確率を上げる。
ティトは呼吸を止め、神技を発動。
〖一点突破〗突技 両足が銀色に光り、敵へ一気に迫る。突きであった場合のみ、切先より上半身にかけて薄い銀色の防御膜が発生。
アリーダは剣を肩に担ぎ、盾で身を守りながら迫り、斬撃を加えていた。
土狼は身体が土ではあるが、固めた土と言うのは意外と硬い。
急接近したその一刺しは頭部を貫き、胴体まで貫通した。
〖一点突破・波〗 突きによる〖一点突破〗の成功時に発動可能。刺さった対象だけでなく、前方の敵もまとめて吹き飛ばす。巻き込まれた対象は耐えることも可能だが、失敗すると仰け反る。
飛ばされて倒れた個体に駆けよれば、ティトは追い打ちで止めを刺す。まだ周囲には敵もいるので、ラウロが死角となり得る場所に〖聖十字〗を二つ展開。
不慣れな支援。
「こんなもんか」
〖聖域〗は範囲が広い。アドネが入るよう位置どってから発動させた。
「ラウロさん、一体抜けたっ!」
土狼は噛みつかないが体当たりをしてくる。土袋などを持ち上げた経験があればわかるが、それはかなりの重さがあった。
もう近くまで来ており、アドネの腕だとラウロに当たる危険もあるので、援護は期待できず。
「やば」
聖域の位置に気を取られて、対応に少し遅れる。
〖聖拳〗と丸盾で受け止めてから、横に反らしながら地面へと流す。
盾にぶつかった衝撃で、土狼の鼻先が一部壊れ、石核が露出していた。焦らず狙いを定め、片手剣で突き刺す。
「落ちつかないな」
まだ距離は離れているが、精神への圧迫があるようだ。それでもルチオのお陰か、十分に戦える。
敵の群れは前に出ているラウロとティトに集中しているが、設置盾を狙う土狼も二体ほど存在していた。アドネは弓の弦を縛り、そちらを足止め。
リヴィアは前にでて、矢に怯んだ個体に短槍を突き刺す。別の個体が体当たりをしてきたが、〖土の盾〗で軽くしてから、受け止める瞬間に重量を増やす。
鎧も重くしていたので堪えることに成功。土狼は自分の体当たりによる衝撃で、頭部の核が破壊された。
「引き付け行きます!」
それは盾の神技。
〖地繋がりの盾〗 〖飲み込む大盾〗を離れた位置からでも操作する。回転させ向きの調整も可能。
岩柱への突撃組を囲っていた七体が、設置型の大盾に飲み込まれた。
ティトは細剣を脇に構え。
「俺はこのまま行きます」
〖一点突破〗で前進し、確実に一体を串刺しにすると、〖波〗で数体を吹き飛ばす。
ラウロはその場に残り、アドネが到着するのを待ってから、〖聖十字〗と〖聖壁〗で囲う。
「俺ら二人でもなんとかなっているから、引き付けの連中に近づくのを足止めしてくれ」
「わかった」
こちらも見ながら、どっちを優先するか決めて欲しいと加える。
設置型の大盾に激突したうち、二体はそのまま石核も破壊されたようだ。
イザは空間の腕輪から瓶を取りだし、栓を抜くとそれを天にかかげた。
「〖酸の雨〗」
水を〖浄化〗させ、その中に強い酸性の液体を混入。次に〖水分解〗で薬を制作。
瓶内の全てを蒸発させ、自分が敵だと認識している対象にのみ、雨の雫は酸として付着する。
「砂なら溶けるかなと思ったんだけど」
「良く解んねえけど、ありがとイザ姉え!」
砂ではなく土なので、よく効果はわからないが、ルチオは石核に戦槌を落としていく。
「ごめん。もしかしたら燃やすと危険かもだから、雨が止むまで火は使わないで」
「そうなのか? まあいいや、なんか水の神技って怖いらしいな!」
これはレベリオから聞いた話し。無限の可能性があるだけ、そこには色んな危険が隠れている。
「私がもう少し知識あれば、火力も上げれると思うんだけど」
度数の高い〖酒の雨〗などでも良いのだろうか。
ルチオは石核を壊していたが、一体が復活してしまう。
「任せて」
リヴィアがもどってきていた。軽くした短槍で姿勢を整え、重くしてから頭部に突き刺す。彼女は槍の神技を〖土の槍〗しか鍛えてないが、けっこうな威力だった。
「これ動かすから、ちょっと退いててね」
短槍と盾を装備の鎖にしまってから、設置大盾の裏側に回り、溶接された二カ所の持ち手を握る。
〖土の盾〗で重力の操作は可能と言っても、これを綿のように軽くするなど、流石に理から外れてしまう。
「まじか」
神力混血による筋力の強化。もしこれにも熟練と言うのがあるのなら、神技と同じく何を優先するのかで、育ち方も変化するのだろう。
岩柱の突撃組は進んでいく。
「たぶん次あたりで射程が届かなくなるから」
〖地繋がりの盾〗では移動ができない。装備の鎖だが、この設置型大盾は範疇から少しずれるせいか、連続での出し入れが困難とのこと。
空間の腕輪を使うにしても、重装備の彼女では前腕につけれない。
「次からイザにお願いしようかな」
「はいっ!」
訓練も必要になるか。
ルチオとイザは無防備のリヴィアを守りながら、移動を開始する。
・・・
・・・
すでに半数以上は倒したが、事前の情報では岩柱を壊さないと、定期的に土狼が召喚されるらしい。
加護持ちが使う〖闘争の岩柱〗に、そういった機能はないが。
目標の柱まで、もう少しという位置まできた。
アドネは全体を見渡していたので、皆よりも気づくのが早かった。
「後ろから来たよっ!」
出現したのは十二体の土狼。味方の中で一番近いのはアドネだが、半数が設置型の大盾へと向かう。
残りの敵はこのまま自分を狙ってきた。
岩柱による精神の圧迫か、アドネの呼吸が乱れる。
聖壁まで駆け寄れば、跳びかかりながら激突した。一体であれば耐えられたかも知れないが、二体となれば難しい。
アドネはその時点で〖聖十字〗から出ていた。〖聖壁〗破壊の衝撃で岩核が露出していたので、短剣で突き刺す。
「〖お宝ちょうだい〗」
これにも〖貴方の剣〗が付着しているが、一体を沈めた所で効果が切れてしまったようだ。
だが友情の紋章により、身体能力はルチオと同等。もう一体の核を二撃で壊す。
「手間どりすぎた」
いつの間にか後ろにも回り込まれ、四体に囲まれてしまう。
「〖探さないでください〗」
ゴーレムは目視とは違う方法で位置を把握しているが、この神技は気配も隠す。
ダンジョンの外だと姿が消せなくなり、弱体化してしまうものの、ここだと強力な神技であることに違いはない。
足音を立てないよう、呼吸を止めて包囲から脱出する。
柱に迫っていた二人は判断に迷っていた。神力にも余裕がないので、ここで下がると補充をしなくてはいけなくなる。
狼の体当たりを躱し、振り向きざまに後頭部へ細剣を突き刺す。
「ラウロさん、聖紋欲しいっす」
もし支援が必要な時は、遠慮なく教えてくれと頼んでいる。
〖闘争の岩柱〗に近づけば近づくほど、精神の圧迫は増していく。
「すまん、もう少し無理だ」
〖聖域〗を二カ所に展開。それらの両方に足を踏み入れられる位置にラウロはいたが、アドネの支援をするために〖聖紋〗を発動させていた。
〖探さないでください〗は精神安定があれば、それだけ落ち着いて呼吸を止められる。
神力混血は身体能力を上げるが、それは肉体だけではない。
遠くから声が聞こえる。
「〖友よっ! 今こそ活路を開けっ!〗」
共にが抜けていたが、それは現状を打開する激励だった。
そして自分たちの周りにいた敵が、設置大盾へと吸い込まれていく。
リヴィアも叫ぶ。
「ラウロさんはアドネの援護! ティトはそのまま行けっ!」
弟は苦笑い。
〖貴方の剣〗〖僕の剣〗を発動。
すでに活路は開けていた。
〖一点突破〗で柱に接近するが、〖波〗には攻撃力がない。このまま突き刺せば抜けなくなるかも知れないため、細剣は肩に担ぐ。
「をりゃっ!」
〖無断〗で柱に亀裂が走るが、流石に細剣では効果も弱い。そして熟練も足りていない。
声に出して神技を放つ
「〖無断・幻〗」
もう一度、剣を叩き込む残像が発生し、装甲内部に二連の衝撃を発生させる。
・・・
・・・
柱の破壊は成功した。
設置型の大盾には六体の土狼。少し距離もあったため、こちらに引き寄せられる最中で姿勢を安定させたのか、二体がスパイクに突き刺さることなく着地した。
壊れた個体も、まだ石核を残している。
「イザ」
「はいっ! 〖肥料の雨〗」
肥料を〖水分解〗した〖雨〗により、植物の生長を促進させる。
〖花の鎧〗 鎧の隙間から細い蔓が生え、花を咲かす。特殊な香りを嗅いだ味方の精神安定。秒間回復(瘴気により弱体)。一定時間で花は枯れ地面に落ちる。
「私はあんたより重い」
体当たりを盾で受けようと、彼女からすれば物ともしない。衝撃で崩れた顔面から露わになった核を、短槍で突き刺す。
もう一体が側面から攻撃してきたが、重鎧は微動だにせず。こちらも肘からの体当たりで土狼を後退させてから、重槍で一突き。
「回収お願いね」
「わかりました」
枯れる前に摘み取った花は、〖水分解〗で〖精神安定薬〗に変化する。精神圧迫により混乱したようで、先ほどは上手く活用できなかったが、柱破壊を目指した三人にはこれを持たせていた。
イザが鎧から幾つか摘むのを待ってから、急がず焦らず、復活する前に石の核を壊していく。
・・・
・・・
ルチオは最後に出現した群れのうち、こちらに迫って来た六体と対峙していた。〖地炎撃〗別名だと遅延撃で数秒の足止めをしてから。
「〖炎槌っ!〗」
一体に命中すれば、しばらく燃え上がってから沈下する。石の核は変色し、もう復活する気配はない。
残る個体が体当たりをしようと、姿勢を整える。
もう戦いの終盤。神技の出し惜しみはしない。
「〖火の鎧〗」
赤い光をまとう。熱を発し、近くの敵をわずかに怯ませる。火耐性(弱)。
ゴーレムに感情はないので、怖がることもなく体当たり。
「〖炎の鎧〗」
鎧が燃え、近くの敵を熱する。炎耐性(中)。
体当たりを戦槌で受け止めれば、靴底を削りながら停止。土狼の顔面を片手で鷲づかみ、それが内側へと浸透し石の核が熱せられる。
もう一段階上の〖炎の身体〗を使う前に、その個体は停止した。
だが敵はまだ残っていた。
側面からの体当たり。これには対応できず、勢いよく吹き飛ばされた。
「〖薬草の雨〗」
熟練により秒間回復(弱)だが、回復薬の効果を上げてくれる力もあった。
瓶を投げ捨てると、もう一つ腕輪から出現させる。
「〖噴射〗」
中身が飛び出てルチオの身体にかかる。飲むのと同等の効果を離れた対象に与える。
「助かる」
狼からの攻撃だけでなく、実を言えば自分の身体も焼けてしまう厄介な神技だった。
熟練を上げたい所だけど、あまり連発はできない。
リヴィアが駆けつけて。
「もう私たちもいるから、消して大丈夫よ」
味方も熱くて近寄れないのだから、使いどころが難しい。
・・・
・・・
アドネを囲っていたのも、ラウロが駆けつけた時には四体と減っていた。片手剣で土狼を斬り、露わになった石核を聖拳で砕く。
〖お宝ちょうだい〗はクールタイム中だが、アドネは姿を現すと、そのまま短剣で頭部を突き刺す。
流石に苦しかったのか、大きく呼吸をして。
「気づいたんだけど、ゴブリンとかよりも反応が遅いね」
熟練が上がったのか、それともゴーレムが鈍いのか。
「おじさん、聖紋ありがとう」
アドネも岩柱の影響は受けていた。
「終わったな」
ティトが最後の一体を土に帰す。
罠だけあり、やっぱりキツイ。
水の神技ですが、イザの知識不足というか、作者の知識不足で上手く活用できません。
あと前話を読み返したら少し変だったので修正しました。
〖明日はどっちだ〗一定時間戦闘をしていない探検者には土の紋章が出現し、敵が現れる。
これは罠の扱いになっており、土の紋章が消える前に使うと、戦闘を避けれる。
〖明日はどっちだ〗罠の時空紋は解除不可能の罠であり、そういった場合はどんな罠なのか簡単に教えてくれる。




