1話 賭け狂いと試練の少年たち
基本、神々は地上界の争いには口出ししない。実際にずっと昔は世界各地で争っていた。
荒廃し、瘴気に満ちた魔境とでも言うべきか。魔界よりの侵攻を切欠に、天上界よりの介入があり、人々は争いをやめた。
そこは地上界にある大陸の一つ。小さな国もいくつかあるが、三強は教国・帝国・都市同盟。
かつて柱教という組織が幅を利かせていた王国があった。しかし歴史の中で強大な帝国に飲み込まれ、一度は滅びの道を歩む。
未曽有の危機に神々の介入があったからこそ、名を変えて新たに興ったのが教国だった。領土こそ他の二強には及ばないが、その名の通り教会が中枢なこともあり、発言力はとても大きい。
なによりも、柱教の分派は今も帝国に根付いている。
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戦争の目的。地政学・宗教観・差別・独立など、上げれば沢山あるだろう。資源の枯渇といった理由を少しでも和らげるために、神々が用意したのがダンジョンと呼ばれるものだった。
教国探検者協会。都から一週間もかからない町の支部には、受付などもあるが情報交換の場所として、いくつかの机が設置されている。
「クソっ!」
同じ席についていた者の手札を見て、自分のカードを卓上に叩きつける。これは賭け事であり、メンコ遊びではない。
「お前、あい変わらず向いてねえな」
もうやってられないと、頭をかきむしる。毛量が少ないこともあり、地肌に直接ツメが刺さったのか、余計に痛かったのでイライラも増していく。
「足りない分は、来週までに用意しとくわ」
「期待しないで待っとくよ」
男は乱暴に椅子から立ち上がり、今渡しても大丈夫なぶんだけを机に置く。
「これに懲りたらもうやめとけよ」
「うるせえ」
まだ頭が痛むのか、ツメが突き刺さった位置を優しくなでる。
邪魔したなと受付嬢さんに手をあげて、出入口に向けて足を進めたその時。木製の大きな扉が開くと、そこから青年が入ってきた。
二人の若い女を引き連れて。
「ガキの遊び場じゃねえっつうんだ、ちくしょう」
思ったことが口にでてしまったようで、別に絡む気もなかったのか。
「……けっ」
三人組から視線をそらし、そのまま出て行こうとした。
「別に成人は過ぎてるし、入る権利はあると思うけど。なんか文句あんの?」
「あ゛ぁぁん」
気の強そうな女が喧嘩を買ったようだ。先頭の青年は困り顔でやめなよと仲裁に入る。男はメンチを切るように下から上に女を見あげる。
年齢にしては、整った装備だった。自分と同じような革製の軽鎧には、急所を守るため鋼の板が打ちつけられている。使い込まれているが、しっかりと手入れもされている。
先ほどまで賭け事をしていた相手も、やっちまったなと目もとに手を当てていた。
「なによ」
男はまじまじと相手の顔を見つめていた。どうしよう、なにか冗談でもいって、この場を乗り切ろう。
「姉ちゃんベッピンさんだな。そんなの放っておいて、俺と一発やら」
頬に拳が減り込んできた。どうやら喧嘩に備えて、前もって準備をしていたらしく、女とは思えない威力だった。
新人だと思っていたが、けっこうな経験を積んでいるパーティのようだ。意識を手放す寸前に、そういえば今日約束をしていたと思いだす。
・・・
・・・
肩を揺さぶられている。
「おっさん!」
目を開けると、二人の少年。
「……おう」
「びっくりしちゃったよ、来たら倒れてんだもん」
活発なのと、大人しそうなガキ。辺りを見渡せば、どうやら端に移動させられたようだ。少年たちは男の顔を覗きこんでしゃがんでいた。
「痛てて」
頬に手を添えながら体を起こす。それに気づいたようで、賭け事の相手がこちらに近づいてくる。例の三人はすでに別室に移ったか、出て行ったようだ。
「受付での話を盗み聞きしたが、ありゃ都市同盟からきた連中だ」
「国を跨いで来たってことか。腕の立つ連中だな」
本来そう簡単に許可は下りない。活発な少年は目を輝かせていた。
「都市同盟って、勇者の?」
勇者。勇気神の加護を持つもの。味方全体の身体能力・精神面を強化する神技を得意とする。理由は良くわからないのだが、この勇者という単語には破魔の言霊が込められている。魔系統の敵に対する強みがあった。
感情系の加護では最重要視されており、五大都市の中で実践投入できる者が最低でも五人はいる。
頬をさすりながら、賭け事の相手を見上げ。
「さっきの中にいるのか」
「それはないな。もしそうなら、もっと大ごとになってる」
この大陸で勇気の加護を得られるのは都市同盟だけ。
大人しそうな少年が、男に小袋を渡す。
「お兄さんから。手を出したのはこちらだから、少ないけどこれで水に流してって」
硬貨が擦れる音がしていた。
「まあ、最初に絡んだのは俺だしよ。律儀なもんだ」
「大人気ないおっさんだな」
「うるせえ。大人なんてこんなもんだよ、夢みてんじゃありません」
うわー こいつなに言ってんだ。という表情を少年たちに向けられる。
袋を受け取ると、中身も確認せずに賭け事相手に放り投げた。
「いいのか?」
「負け分だ」
男の代わりに中身を確認する。
「余分に貰っちまう事になるぞ」
殴られた所が痛むようで、喋り辛そうに。
「恥ずかしくて受け取れねえよ」
そうかと一言残せば、自分の鞄に袋をしまう。
「あんがとよ、今から試練だってな。行けそうか?」
この日を待っていたのか、少年たちは不安そうな表情になる。
「問題ない」
頬は赤く腫れあがり、口と鼻からは出血していた。殴られた側の目も霞む。
「聞くまでもないか」
加護は神の御力。
神力を体内の血液に混ぜ合わせる。身体能力の上昇と、一種のMP回復のようなもの。無防備になるため戦闘中は大きな隙となる。
体内に沈められる器には成長幅があり、一日に授けられる量は最初から決められている。無限の補充はできない。
対象とする神に祈りを捧げ、その力を感じとり我が身に沈める。神力混血。
〖治癒の光〗男の手が暖かい光に包まれ、腫れた頬にそえられる。
「おじさん光神さまの加護だったんだ」
「まあ……そんなもんだ」
目を輝かせた少年とは対照的に。
「似合わねえ」
もう一人は顔を引きつらせていた。週に数回だが、もう三カ月ほど一緒に訓練していた。
「おっさん教えてくれなかったけど、理由わかったよ」
「言われなくても、自分が一番そう思ってるわ」
頬の腫れが引き、口調も元にもどっていた。
立ち上がると、賭け事の相手は気をつけてなと言葉を残し、すでに集っていた仲間たちと外に出ていく。
古くからの付き合いなのか、見知った者たちのようで、軽口を叩かれ小馬鹿にされる。
さっさと行けと、手の甲でシッシッする。
「んじゃ、行くか」
不安と期待。
物作り系は別として、戦闘職の加護は選べない。教育係として成人までの期間、この少年らに稽古をつけてきた。
「俺まで緊張するから、あんま力みすぎんな」
「わかってるよ」
二人を引き連れていくつかある受付の一つに向かう。真昼で並んでいる人も少なく、数分も待たずに自分たちの番になった。
「こいつらの試練だからよ、支給品を頼むわ」
受付嬢は返事をすることもなく、ジト目のまま。
「いや、その……悪かった」
「私は殴られるのも仕方ないと思いますがね、ラウロさん」
「だから悪かったって、反省してますよ」
おっさんまだかよと、活発な少年が後ろから受付を覗く。
「ああ、試練でしたね。ごめんねルチオ君」
自分で受け取りたいのか、おっさんの横に立ち、カウンターに両手を置く。ちょっと待っててねと受付嬢は奥の保管庫に下がる。
ラウロは後ろを向き、場所を譲るように位置をかえた。
「ほれアドネ、お前も前にでろや」
「うん」
緊張しているようだ。しばらくして、受付嬢がもどって来た。
「装備の鎖はどうしますか?」
「重さに慣れた方が良いから、ここでしてこうと思う」
「では鎖の貸し出し料金は引いておきます」
このダンジョンというのは、時空神を筆頭にして、様々な神たちが協力していた。
「はい、それじゃ頭をさげてね、ルチオ君から」
受付嬢はカウンターに並ぶ二人の少年たちの首に鎖をかける。
お姉さん相手に顔が赤くなっていた。装備の鎖を使うには神力が必要なため、まだ加護のない少年らには、そもそも起動ができない。
「すげえ」
頭から順々に空間が歪むと、次の瞬間には一式の軽装備をまとっていた。事前にサイズを測って伝えていたので、調整は済んでいる。
鎧下は厚手の布服で、膝と肘は吸収素材が縫い込まれている。革の胸当てに兜。ブーツは脛の部分に鉄板。外からは見えないが、股間を守るための当て物。
腰にはショートソードがさげられていた。剣を握る側のグローブは厚手で、もう片方は道具を出しやすくするためか薄手。
盾や鎧の加護を主にして、これらの神や眷属神たちが好むのは、重装備の場合が多い。今回は試練のため行く場所はもう決まっているが、ダンジョン探検は移動も仕事だった。さらに言えば砂漠もあれば雪原もある。
「空間の腕輪を一つ借りたい。容量は低めで良い」
「了解しました」
もしこれが地上界で使えるのなら、もの凄い大革命だったと思う。しかし残念ながら出し入れができるのはダンジョン内か、許しを得た限られた空間だけ。そこら辺は天上界も理解しているようで、使用を厳格に制限していた。
「料金は指導報酬から差し引いてもいいですか、負けてましたもんね?」
「いや、賭け事に全部つぎ込むような生き方してないから」
この場で支払うのと、指導報酬から引かれるのとでは、何かしらの違いがあるのだろう。
とりあえず苦笑いでごまかす。
「負けてましたよね。っていうかなんで情報交換の場で賭け事してるんですか?」
微笑む受付嬢。机を見渡せば、皆だってしているのに。
「指導報酬でお願いします」
受け取った腕輪は装備せずに、後ろ腰にある小さな収納にしまう。
少年たちは腰に括り付けていた小さな鞄から袋をだし、数枚の硬貨を丁寧に置く。
「これ、俺のぶん」
「お願いします」
探索者以外にも生業はある。孤児院を出てから今日まで、彼らは訓練だけでなく、ちゃんと割り振られた仕事もしていた。技術もなければ、選べる職場も多くないため、彼らからすれば安くはない。
「はい。確かに受け取りました」
慈善事業。この国は教国なだけあり、他よりも保証はしっかりしていると、ラウロはなんとなく思っている。他国の事情など知らないが、少なくとも自分はそれに助けられて今がある。
自分には戦略とか兵法とかなにもわからない。それでも再び侵攻が始まった時は、指示された場所で指示された目的のため、この国に命を捧げたい。
坊主頭。頭頂部から鼻の上にかけての大きな傷跡。その部分周辺は髪が生えなくなっていて、とても痛々しい。少なくても、致命傷になりうるものに思える。
始めまして。拙い点多々ありますが、ここまで触れてくださりありがとうございます。
十二時にもう一話。あとはできている所まで一日一話投稿予定です。




