18話 初級攻略 罠の時空紋まで
爺の服は暴行により一層ひどい状態になってしまったので、予備として持っていた法衣を渡す。受け取らなかったが、世話になっている礼だと、返事も聞かずに勝手に置いて別れた。
それから活動を終えたルチオたちに、協会でのやり取りを伝える。訓練所での合わせも無事に済ませた。
エルダは少し不満そうだったが、その期間は体力と筋力をつけると意気込む。
これまで支給品を使ってきた彼らであったが、練習を終え初級での活動をしているうちに、少しずつ自前装備も充実していく。民装備からの脱却が目標。
リヴィアから上の許可をもらえたと聞き、喜んで飛び跳ねるオッサン。ただ六名となったことで、輸送以外の任務も押し付けられてしまったと嘆いていた。
あとはルチオ組を引き連れ、普段関りのない探検者たちから、登山に関してや中ボスの情報を集めた。慣れていないのか、どちらかと言えばラウロの方が緊張しており、三人が手助けするものだから相手に笑われてしまう。
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そんなこんなで当日。
初級ダンジョンの出入り口にも拠点はあるが、中級と違いそこには資源もないため、開拓地と呼べるものではなかった。
ラウロはとても張り切っていたようで、坊主頭の傷跡周辺に黒い粉を振りかけ、なにか特殊な液体で固めていた。あきれ顔でルチオが聞けば、薄くなっていた部分を隠せるらしい。
まあ兜をかぶるので無意味な努力だったが。
「そうやって気にする方が悪目立ちすると思いますよ。みんなラウロさんが思うほど、その頭に興味ないですからね」
当の本人にそう言われてしまい落ち込むオッサン。ただハゲというより傷跡なので、実際は悪目立ちもしているのだが。
輸送任務とのことではあるが、ここは地上界ではないので、荷馬車などは用意されていない。空間の腕輪(大容量)をリヴィアが幾つか持てば、あとは皆で登山口の拠点へ向かうだけ。商人たちが嘆くのも何となくわかる。
軽く今後の予定を確認し合ってから、六名は出発する。
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〖〖荒れ地・岩山〗】 戦闘不能時の神像帰還率は九割から八割。登山中の事故では七割となっているので、件数は少ないが死亡例もある。
丘となっていたり、上り坂が急に崩れて小さな崖となっていたりするが、荒れ地の景色はあまり変わらない。
ルチオたちはこれまで、岩山とは逆の方向にある大地の裂け目で活動していた。そちらの方が雑魚も多く、素材が沢山入手できるからだ。
「もう谷底には行ったのか?」
「まだ裂け目付近の拠点だ。下るとでっかいのも出てくるから、もう少し様子見かね。一度あれに乗りたいんだけど、けっこう料金馬鹿にならねえんだよな」
本来の下り道とは別に、技術集団が制作した人力の降下装置を利用できる。
「あれ作るの大変だったんですよ、職人さんと揉めちゃって」
谷底をずっと進めば岩肌に掘られた神殿があり、そこに大ボスへと続く時空紋がある。専用のアイテムがないと起動しないが。
神殿とは逆側に進むと谷底が複数に分れるが、たどり着くのは別個体だが同種の中ボス。こちらは時空紋で専用空間に飛ばないので、探検者たちが少しでも重ならないよう配慮され、こうなったのだと思われる。
アドネは弓を出現させ、神眼を発動して。
「もっと装備が整ってからかな」
なんだかんだでもう活動してるので、レベリオたちには申し訳ないが、練習ダンジョンのボス攻略祝いに装備の鎖を渡してしまった。
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しばらく進めば、欲望の神眼越しに。
「あれかな」
リヴィアは鞄から地図を取りだし。
「まだ私たちには見えないかな」
「敵はいねえか?」
目視で警戒しているが、ここの敵対生物は荒れ地の風景に紛れている。
「近くにはいないよ」
先頭をアドネとルチオ。真中がリヴィアと少女。最後尾はラウロとティト。
「拠点周辺は他の探検者も多いからよ、しばらく大丈夫だと思うぞ」
遠目で戦っている者たちもいる。救難信号をあげる道具があり、そういった合図がなければ参戦しない決まり。
彼らの戦いを眺めながら、少女は不安そうに。
「でもこの前、急に紋章が発生して、心臓とまりそうになりました」
探検者の増加に伴う敵対者の不足を補うために、戦闘を一定時間していない組には仕掛けが用意されていた。
「あの時かあ。私も索敵してたんだけど、そんなの関係なしで出てくるから嫌になるよね」
土は光と同等の古い属性。
装備不要神技〖大地の気配〗 地面に手をそえることで、一定の領域を探る。飛行対象の察知は苦手で、そこまで有能ではない。
ため息をつきながら、両手を後頭部に持っていき。
「ここの敵って風景にも紛れてるし、初級のわりに面倒だよ」
「仕事中でしょ、そういう態度はやめなさい」
ラウロは少し羨ましそうに。
「なんつうか。もう魔物の再現というか、そのまま土の神技だしな」
怒られて拗ねたのか、本来の口調で。
「神さまも手抜きっすよね」
人型もいれば、色んな動物を模している。これら全てを含めて、ゴーレムと呼ぶ。
あまりダンジョン活動にかける意気込みはないようで。
「このあと罠戦も控えてるし、戦いたくないな」
「俺らには欲望持ちがいるからよ、あんま心配すんなイザ姉え」
「運やゲームだけどね」
短剣の神技。
〖明日はどっちだ〗 罠周辺に短剣を投げて突き刺すか、地面が固ければ置くだけでも発動する。ルーレットなどの運や、じゃんけんなどで勝敗を決め、解除の成功失敗を判別する。熟練により二回挑戦可能になるなど、こちらが有利になっていく。
突然出現する敵も罠の扱いなので、土の紋章があるうちにこの神技を使えば、戦闘を避けられるかも知れない。
「ならちょっと安心。二人とも頼りにしてるからね」
「おう、任せとけ」
アドネも少し嬉しそうに照れている。
横のイザを見てから、後ろに振り向く。
「ラウロさん好きそうですね、そういうの」
「簡単なお遊びみたいなもんだし、あんま頭も使わないからな。金が欲しいのもあるけど、駆け引きが楽しいからやってんだ」
言ってから、しまったと。
「賭け事やっぱ楽しいんですね。うそつき」
「そうやって顔にでやすいから、おっさん向いてねえんだよ」
欲望の加護を得られたとしても、罠解除や開錠の技術が身につくわけではないので、このような仕組みになったのだろう。ダンジョン外では使えない神技で、ある意味だと犯罪の防止。
当初の発見物。アドネは地面に突き刺さった棒を指さし。
「まだ見えないかな?」
ティトは横にそれ、前方をよく見て。
「姉ちゃんあれじゃない?」
「仕事中はその呼び方やめて」
リヴィアは一度皆の足を止め、〖大地の気配〗を発動させ。
「普段あまりこの人数では行動しないので、私も含め少し気が緩んでますね」
最後尾のオッサンは先頭の二人に向け。
「お前ら普段からも気をつけろよ」
話しに夢中となり、危機察知に遅れる。
「今日は最初から緩みっぱなしの人に言われたかねえ」
示しがつかない教育係。良い所を見せたかったのに。
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ダンジョン内の地図。
各地に数字と記号の書き込まれた目印を設置し、それから現在地を大まかで特定する。
敵対生物の出現する場所なので、それからは会話も最低限で目的地へ向かう一行。
今回の活動ではリヴィアがまとめ役。昼飯は食べないが休憩と軽食を挟みながら、時に戦闘も交えて進む。
数時間が経過したころ、毎度のこと発見するのはアドネ。
「罠の時空紋ってあれかな?」
ルチオは後ろを向き。
「神眼で確認してるし、明日はどっちだはもうしなくていいか?」
解除のできない罠の場合だと、どのような内容なのか、簡単な説明が脳裏に浮かぶことがあった。
「偽物だってわかってるけど、一応しといた方が良いかな」
調査はこれまでも何度か行われている。出現する敵や報酬の内容などに違いはないか、もしかすれば十回のうち三度は帰還させてくれるとか、そんな仕組みの可能性もないとは断言できない。
ラウロは周囲を見渡し。
「報酬の宝箱は俺らでいただくが、敵の素材は協会員の預かりだぞ」
「わかってるよ」
物資はリヴィア。ルチオ組の腕輪はリーダーが管理。
「イザは間違えないように気をつけて」
「はいっ」
毎回リヴィアと組んでいるのは新人の彼女だけで、普段ティトは別の者と活動している。
「この前は素材の方と間違えたんだったか」
「……はい」
同じ返事だが元気がなくなる。
水の加護を持つ彼女は、空間の腕輪を両手首に装備し、左は薬で右は獲得した素材を保管していた。
ラウロはこれからの戦いに思いをはせ。
「ここって水使いにはちっと不利だよな、毒の雨とかゴーレムには利かんし」
「それなら俺も血刃とかは使えませんね」
〖血刃〗斬技 傷を負わせてから瞬きをするまでの期間。出血量の増加または、出血に伴う神力の流出。敵の種類によって、どちらかの効果が発動する。また人間も対象としているのか、回復神技の妨害能力もあった。
「たぶん威圧もあんま役に立たないと思う」
聖拳士に盾の呼び声は通用しなかった。
〖威圧〗や〖求光〗は引きつけ技の中だと効果が低く、本来メインとなるのは防具神技の〖威光〗または〖後光〗。
もっとも強力なのは戦旗の神技〖救済の光〗。モンテ組の〖後光〗または〖威光〗を合わせ、天高く昇らせる。
「大丈夫ですよ。私、普段から引き付け役なんで」
すでに時空紋は目前まで迫っていた。リヴィアは装備の鎖から戦闘用の物を。
土の眷属神(設置型大盾・盾・重鎧・短槍)
以前からルチオは重装備に憧れている節があった。
「すげえな。重くないのか?」
フルフェイス兜になり、こもった声で。
「〖土の鎧〗があるからけっこう平気だよ。それに装備一式を中級で揃えられるから、なかなかお得なんだ」
重力操作により装備の重量を調節。防御力上昇。
「姉ちゃん相変わらずゴツイよな」
兜の一部を上げ、弟を睨みつけ。
「うるさい黙れ」
オッサンはニヤニヤしていて気持ち悪い。
皆もそれぞれが準備をする。
やがて時空紋に到着し、〖明日はどっちだ〗と〖私の神眼が疼く〗の両方で確認する。予想どおり罠の反応を示す。なんど挑戦しても帰還はできず、攻略成功後もここに戻される。
全員がギリギリ内側に入れる大きさ。
「私とルチオ君、イザが引き寄せを担当」
ティトが細剣を払う。
「俺とラウロさん、アドネ君が岩柱の破壊を担当」
〖闘争の岩柱〗 装備不要の神技だが、魔物との戦争限定。柱に近づくほど強い影響を受ける。近場に二重での発動は不可。神技の消費を抑え、味方の戦意高揚、敵の精神圧迫。
今回は敵側での出現となるので、こちらの神力が消耗しやすく設定されていると思われる。
闘志神は魔界の門が最初に出現した時代。創造主が〖神誕創造〗したばかりで、まだ加護を持つ者はいない。
ラウロは真顔で考える。ティト君はお兄ちゃんが守る、あとついでにアドネも。
軽口を叩こうか悩んだが、恐らく激怒されるから、言葉には出さないと決心。大人だ。
「お前も回復はできるが、イザさんに任せろよ」
「まあ燃費悪いしな、俺」
火神の加護だけを混血させれば問題は解決されるが、なんせ今回の敵は精神の圧迫を使ってくるので、友情神の活用は必須。
リヴィアは盾と短槍を握り締め。
「準備は良いですか?」
時空神たちはダンジョンの制作に掛かりきりで、その加護も補助的な神技が中心となっている。
内部にある時空神像の修復や魔界からの防衛。地上界にある時空紋や神像の管理などなど。これら事情のため、協会員だけに任される加護となっていた。
全員がうなずいたのを確認し、リヴィアが時空紋に神力を沈ませた。




