14話 中級開拓地
列に並んでいたアドネとエルダに、ルチオとサラが合流したのを見届けてから、ラウロは中級の最後尾を探す。
少しして看板を持った協会員を見つけた。
「こちら中級ダンジョン〖森】となります。お一人様でしょうか?」
〖〖森・遺跡】】 出入口付近は比較的に安全だが、奥地に進むほどに魔界からの介入を受けている。
戦闘不能時の神像帰還率。開拓地付近は八割。奥地で五割。手足の再生はもう少し緩やかな割合。
別段ソロは止められないが、忠告は受けるだろう。
「もう中で待ってる。訓練の予定だ」
地上よりもダンジョン内部の方が、多少の無理ができる。
「了解いたしました。こちらが最後尾となります」
時刻は午前なので、それなりに人もいる。何より中級で活動している者が一番多い。
神殿の大きさは試練の倍近くあるが、構造は同じ。
・・・
・・・
目を開ければ、足もとには大空洞よりも一回り大きな時空紋。
辺りを見渡せば簡素な小屋や、空気が通りやすいように詰まれた木材。すでに加工されているのもあれば、まだ丸太のままな物もある。
「お一人さまでしょうか?」
木札を見せ。
「ここで訓練予定です」
覚えのあるやり取りをすると、次の邪魔にならないよう、紋章から出てくれとお願いされる。
ダンジョン森
敵からのドロップは武具として使われるが、この地で伐採できる木は建築に使われていた。材質も良く、丈夫なので外壁はここの物が利用されていると聞く。
開拓地の中央には時空神像と時空紋がある。木製の柵で囲まれており、外側には畑がいくらか広がっている。
本業ではないのでラウロは詳しくないが、ここの土は肥えているらしい。依頼で田畑を敵対生物から守ったりも可能。
近くには小川が流れ、最低限の設備だが修理のできる工房や鍛冶場。
宿泊施設はないが、貸しだされたテントなどで寝ることも可能。空間の腕輪(大容量)を借り、長期間こもる連中がいるのは確かだ。
「さて、訓練所どこだったかな」
初級でのソロが主だったので、ここには数度しか来たことがない。
「らぁーうろちゃん、だぁーれだ」
気配の察知に遅れ、背後を取られるどころか、視界を塞がれる。
「師匠ですか?」
「やあよぉ、そんな呼び方いや。マスター・ルカって呼んで」
両目を隠すどころか、もうラウロの顔面が覆われている。親指で坊主頭を撫でられながら。
「いやあの、握り潰されそうな気がするんで、辞めてください」
とても古いとされる光の属性。眷属の中には、すでに主神級となっている柱もいる。
「師匠には色んな意味で痛い記憶しかないので、本気で怖いんです」
「あらやだこの子ったら、私の愛情が届いてないのかしら」
殴り続けることで厚みを増した拳。まだラウロもこの域には達していない。
その手で全身をまさぐられ。
「ちょっと鈍ってるようだけど、最近また鍛錬始めたようね」
「スキンシップじゃないですからね、もうそれ犯罪ですよ」
オッサンは嫌がるも、身体をべたべた触られる。抵抗虚しく、偉い偉いと満足気に撫でまわしていたが、ピクっと手が止まった。
「まあこの子ったら! 剣もちゃんとしたマスターが居るのね」
ラウロから離れると、ハンカチをとりだし。
「嫉妬しちゃうっ」
それに噛みつくと、両手で下に引き伸ばし、そのまま引き千切る。
「あ……これお気に入りだったのに」
破れたハンカチを見つめ、肩を落とす。
離れた場所で関わらないよう、こちらを見守るモンテの方を向き。
「珍しいな。今日は【町】じゃないのか」
「おう。前回はボスコが引き付け役をしたんでな、奴はしばらく休養だ」
基本的に口が悪いのはアイツ。試練の日にぶっ飛ばされたとき、小馬鹿にしてきたのもアイツ。
「今ごろ酒浸りかね。ダンジョン活動してる方が、たぶん健康的だよなアイツ」
探検者として登録することを、真っ先に反対したのもアイツ。
「じゃあ今日は三人で息抜きって感じか?」
「中級だって半端な気持ちじゃできねえよ。奥地まではいかんさ」
上級の【町】は殺伐とした空気があるので皆が気を引き締めるが、ここは逆に穏やかな雰囲気で惑わせてくる。
師匠は未だハンカチで落ち込んでいるのか、手の平を見つめたまま。
もう一人の元同僚を見て。
「あぁそうだ。フィエロ、弓のこととかありがとな。アドネけっこう上達したぞ」
「……」
彼は無口ではあるが、手を上げたりうなずいたり、動作は活発だったりする。
「今日だったか。ガキどもの練習ダンジョンは」
「ありゃガキではないよ。もう教える事もあんま残ってない」
そうかとしばらく考えた後。
「まあ情報提供した身としては、気になるもんだ」
「ありがとよ、俺の知らんとこで動いてたとは思わなかった。それで、攻略法は教えたのか」
手を左右に振り。
「上中下の三択で金額を提示してな。嬢ちゃんの装備を整えたいからってよ、連中が選択したのは中だったわけだ」
ラウロは腕を組み。
「ただあのボス、身体能力は雑魚より少し増す程度なんだが」
技量がやばい。
「同じ得物なこともあって、すごく参考になるんだよな。あのボスと戦いたくて、俺もたまに一人で行ってるくらいだし」
モンテの武器は短剣と杖。あとは両手持ちのメイス。何度も経験があるからこそ、判断できることもあるのだろう。
「まあ問題ないだろ、なんとか成るんじゃねえか」
1 一人が階段を上り、他は時空紋で待機。
2 五十段目を踏む。出現したうち四体を灰にして、一体を拘束。
3 階段から下りてくるのを待ち、合流してから時空神像に向かい、頃合いを見て拘束していたのを殺す。
4 盾のゴブリンたちを神像付近で殲滅。
5 安全地帯を活用しながら、ボスとの戦闘をする。
そうだなと納得し。
「正攻法で戦ってこそ、自信につながるか。もし失敗だったら、安値で俺から伝えるわ」
基本的にボスは逃げたりしない。
「諦めたら自害するってのは教えといたぞ」
「初見だとまず無理だからな」
〖お宝ちょうだい〗ラストアタックを無理して狙うのも危険なため、一般的にはとりあえず攻撃を加えれば良い。
「お前でなく俺に交渉を持ちかけたのも、恐らく独り立ちに向けての考えじゃねえか?」
もう卒業も近い。
専門ではないが、リベリオ組についても調べているのだろう。
「今後どうするか知らねえけど、連中なら問題もなさそうだ」
国から無理をさせるなとの命令があるので、そのためにモンテたちもラウロを何度か誘ってきた。無理をさせるような者たちであったなら、もしかすると何か言われていたのかも知れない。
師匠は敗れたハンカチに意識を向けながら。
「訓練の様子ちょっと見させてもらったけど、あの子たち中々よ」
「それだと俺の方に問題が出てくるんですがね」
血塗れのラウロには仲間がいた。
回復の錫杖を主体に、必要とあれば仲間の盾となるボスコ。
遠距離の弓を持ち、近中距離も受け持てる戦斧のフィエロ。
「俺らの旗に泥を塗るような真似はよしてくれな」
光の主神から加護を受け、魔物の侵攻時は普段の得物だけでなく、限定神技の大きな戦旗を担ぐ。
「旗持ちモンテの二つ名を、俺が汚すわけにはいかないか。頑張ってみるわ」
「だいじょぶよ、ラウロちゃんならきっとできる」
ちなみにこの人は騎士団時代の仲間ではない。なんかいつの間にかモンテ組に加わっていた。
光の拳術神(素手・筋肉) 自称、主神さまの一番弟子。
もう装備ですらなく、肉体美に神技を宿しているとのこと。滅多に加護を授けない眷属神で、ラウロもこの人物以外では他に知らない。
素手が人気ないのはこいつらの所為ではないのかと、証拠もなく思ってしまう今日この頃。
聖神の加護となってからの訓練期間。教国が用意した素手の講師であり、年齢はデボラよりも上で、どちらかと言えばシスターに近い。
・・・
・・・
マスター・ルカから訓練場の位置を聞き、レベリオ組のもとへ向かう。
「あっ! ラウロさ~ん」
二人の模擬戦を見学していたマリカが、一早く現れたオッサンに気づく。
「遅かったわね」
「すまんすまん、連中の出発を見送ってた」
アリーダは木剣ではなく、片刃の片手剣を使っていた。レベリオとの訓練を中断し、布で汗を拭く。
「ここに変な人こなかったか」
「すごい筋肉のお爺さんでしょうか?」
「ツルツル頭の人かな~」
なにもしでかしていないことを祈り、これ以上は聞かないと心に誓う。
剣士は訓練場の小屋を指さして。
「そこの陰でこっち見てたわよ、デカすぎて隠れてなかったけど」
「にこにこ~ってしてましたよ」
覗きをしていただけらしい。
「知合いですか?」
「ちょっと可哀そうな人でな、繊細で傷つきやすいから、優しく見守ってくれると助かる。話しかけると構ってちゃんになるから、絶対にこっちからは関わらないでやって欲しい」
皆が傷つくだけだから。
「軽い挨拶だけでも、すごく喜ぶから、それ以上は本当にもうあれだからな」
三人はなにかを察したようで、わかったと何も聞かずに納得してくれた。
一応。訓練時代にあまり思いつめるなとか、支えになってくれた人でもある。
「あっ そうだ」
アリーダは何かを思い出したのか、自分の鞄に手を入れ。
「ルチオ君だっけ、彼らには色々教えてもらったから」
渡されたのは三人分。
「良いのか?」
「はい、教育係が終わった時にでも、祝いとして」
装備の鎖。レベリオ組で用意した品とのことだが。
「すまんね。安くはないだろ」
「節約でご飯を我慢しました~」
彼女の我慢がどれほどの足しになっているかは不明。
「恩を売る意味も込めてよ」
「僕らは当分こちらで活動しますのでね。次はたぶん教国になると思います」
魔界の門。
「サラさんもエルダちゃんもあれなんですよね~ だから二人とはその時に備えて、たまに活動したいかなって」
戦うと契約しているルチオとアドネ。
「欲望の加護持ちがいた僕らだから言えますが、ラウロさんの評価を踏まえると、恐らくかなり早いと思いますよ」
お宝ちょうだい。五年という期間で上級ダンジョンに挑戦してきたレベリオ組。
「そうか。いや、そうだな」
単体とはいえ、回復神技を持つルチオ。
欲望の加護はダンジョン外だと、弱体化する神技がいくつかあるが、〖いつかみた夢〗があれば十分に戦える。
「その時はできれば俺も、あんたらとご一緒したいんだがな」
モンテたちとはもう長いこと組んでいない。
「僕らもそれを願っています」
「色々と先の想像はするのよ、どうなるかなんて分からないけどね」
レベリオ達は少し休憩に入るとのことで、ラウロはその間に〖君の剣〗を試させてもらう。




