13話 練習ダンジョン ボス戦
試練と同じ一本道だとしても、環境が変化すれば進行速度も違ってくる。
先頭を進むアドネは背後の皆に振り向き。
「やっと着いた」
両側の岩肌も狭まり、ずいぶん前から神像らしき物がうっすら光っていたので、三人も直に到着するだろうと予想はしていた。
「あぁ あれかぁ、たしかに見えるねぇ」
進行方向には時空紋が設置されており、その先から階段が始まる。
安全地帯でもある時空神像は、くり抜かれた岩肌の中にある。
「はやく休みましょ。疲れちゃった」
額に汗。神力混血の恩恵があるとはいえ、エルダの装備はこの中だと一番重い。
「ボス戦どうするか決めねえとな」
これまで敵との接触はなるべく避けてきたが、上手いことやり過ごせない場面もあった。皆それなりに消耗はしているだろう。
・・・
・・・
四人は神像に祈りを捧げると、装備の一部を外して休憩をとる。ついでに神力の回復も済ませておく。
トイレなどは地面に穴を掘り、同性が付き添う。
正確な時刻は不明だが、予定通りここで昼食をとる。もとから野宿の予定もなかったので、保存食ではない。長細いパンを真ん中で切り、中に葉野菜と腸詰め肉を挟んだもの。
「たぶん俺はあと二回ぶんってとこだな」
神力混血の残量はなんとなく感覚でわかる。無駄に技を使いすぎたのもあるが、明かりにもしていた。
何より、ルチオは燃費が悪い。
「二柱の加護ってのも、やっぱ難点もあるね。私はまだけっこう余裕あるかな」
体力的には。
口に出さないあたり、もともと忍耐強い娘なのだろう。
「友情神の方はまだ数回できんな」
今回は七/三の割合で混血させていた。
ルチオは食事にかぶりつく。野菜もパンもすでにしなしなで、冷めたウインナーというのもいただけない。
「なんか、充実感がすげえ」
暗闇の中を気張りながら、自分たちだけでここまで来た。
「あまり食欲無かったんだけど、なんかもっと食べたい」
彼女の場合は気疲れが大きい。アドネはもとより小食なこともあり、自分のぶんを千切って渡す。
「ありがと、でもちゃんと食べないと大きくなれないよ」
そう言いながらも受け取って頬張る。
「男にとってはけっこう重大な悩みなんだぞ」
「良いよ別に、気にしてないし」
小柄だからこそエルダのコートを着れたのだから、利点もあったはず。
「ごめんごめん」
反省している様子は見られない。
サラは時空紋の先に意識を向け。
「これから、どうしよっかぁ?」
「僕は挑戦してもいいと思う。だけどボス戦はエルダの負担が大きいよね」
暗闇の中での活動は体力よりも、精神への負担が大きい。
「できれば練習も今回で終わらせたいから、私としては休めば大丈夫だよ」
初級の敵はここより強いが、何よりも視界が開けている。
「ここも半日あれば終わっちまうから、あんま活動できねえんだよな」
アドネは覚悟を決めるように咳ばらいをして。
「余力は残ってるし、今回で終わらせよう」
「よしよし、お姉さんも頑張っちゃうかなぁ」
今後の予定が決まった。
全員が食事を終え、思い思いに休憩をする。
「たしかサラさん、帝国への派遣軍だったんだよな?」
「そだよぉ」
都市同盟の勇者
教国の光騎士団
ルチオはこれら二つよりも目を輝かせ。
「装機兵とか、実際どうだったんだ?」
もとは鎧の眷属神だったと聞く。だが変わり者らしく、鎧とはまったく違う神技を構想した。
「機神さまの加護かぁ」
強く反応したのは物造りの筆頭である創造主。なんか鎧の主神が苦労人または、苦労神に思えてくる。
「私が本腰入れて参加したのって、もう終盤だったしねぇ。戦ってるのは見てないんだ」
眷属神。各主神や感情神ほどの力はないので、加護持ちの数も多くはない。だが創造主との合作神技なだけあり、勇者や光騎士団と対をなす、帝国の強みだった。
「動いてるのは見たことあるよ、たぶん三mはなかったかなぁ」
装備する機械。
・・・
・・・
休憩を終え、各自準備を整える。
「行くぞ」
四人は時空紋に乗っているが、転送されることはない。
「五十段か」
「ここから出現するんだよねぇ。なんか罠とか仕掛けられないかなぁ」
そういった物は持ってきていない。
エルダは深呼吸をして。
「数かぞえないと」
階段を一歩あがれば、鎖帷子と腰当が音をならす。
「うぅ」
今からの苦労が想像できるようだ。
練習ダンジョンではこの階段こそが、ボス戦の舞台だった。
もう存在を隠す必要もないので、サラが〖天の光〗を使い足もとを照らす。
皆が段数を声に出しながら上がっていく。
やがて五十の手前。
「アドネ、準備は良いか?」
「うん」
弓を構える。
「一応サラさんも光十字の準備をしといて」
「はいよぉ」
エルダは呼吸を整え。
「近づいてきたら、引き寄せちゃって良いんだよね」
「ちょっと休んだ方が良いか?」
大丈夫との返事をもらったので。
「じゃあ始めるぞ」
ルチオは五十段目を踏む。その瞬間だった、下方の時空紋が輝き、そこから五体のゴブリンが出現。
「最初は腰布だけだね」
アドネは弓を構える。高所からなので十分届くし、一応神眼の効果で視界も開けている。
矢をつがえ、弦を引き絞り、放つ。
モンテの仲間から得た情報では、敵の頭から三つほど上の位置を狙え。力の入れ具合はこんなもんだと、おおよそで教わっていた。
一発目は外れる。
まだ召喚されたばかりのためか、ゴブリンたちは動き出さず。もう一度挑戦。
「やった!」
緑肌の肩に矢が刺さり片膝をつける。他のゴブリンはその様子を見てから、ルチオたちを睨みつけ、武器を掲げて階段を上りだす。
「まだ死んでねえな、アドネはそのまま同じのを頼む」
ルチオとエルダが数段さがり、獲物を構えた。
ゴブリンたちは出現した時点で石を数個持っていたようで、それを四人に目掛けて投げる。
「とりあえず〖光十字〗しとくよぉ」
高低差もあって石は届かない。
光十字はこちらの攻撃はそのまま通す。気持ち狙い難くはなるが、透けており十分前方が見えるので、アドネは矢を何発か放ち。
「一体終了、このまま別のを狙う」
「頼む」
時空紋は光っているので、この暗闇でも十分に狙える。もう一つ弓と矢を用意しておけば良かったと、今さらになって思う。
「エルダ、射程に入ったら使ってくれ」
アドネは駆けあがってくるゴブリンをもう一体仕留めた。それは致命傷とは言えないが、階段より転がり落ちて灰となる。
「〖鎧の鎖!〗」
ダンジョン活動の終盤となれば、彼女も引き寄せには少し慣れる。数日おくとまた戻るが。
足場が悪いこともあり、三体に〖鎖〗は命中した。
「アドネ行くぞ!」
〖巻き取り〗により、ゴブリンたちが強引に階段を引きずられる。
敵が近づくと、エルダは鎧の鎖を解除させた。
「どりゃっ!」
「えい」
アドネとルチオが靴底で二体を蹴飛ばせば、それらは灰になりながら落ちていく。
残った一体も動揺しているので、エルダの棍棒により強打された。
高い位置にいたサラが、時空紋を睨みつけ。
「新手きた」
五体のゴブリン。
「アドネ、盾持ち以外を狙ってくれ」
そのうち二体。半身を隠せるサイズの丸盾(民木)を構えている。まだ出現したばかりで動いていない。
「隊列組んでくるらしいから、その前になんとか一体でも殺さなきゃ」
焦るほどに標準がぶれる。しかし先ほど命中させたことで、何となく感覚はつかんだ様子。
「すごいじゃんアドネっ!」
ヘッドショット成功。
「ちょっと、まだ狙いたいから」
背中を叩かれたせいで集中力が途切れてしまった。
「うっ ごめん」
「気にすんな。よくやったぞアドネ」
四体は盾持ちを先頭に階段をゆっくり上がってくる。
何度か矢を放ってみたが。
「やっぱ邪魔そうだねぇ」
「うん、防がれちゃうや」
木製の盾にはアドネの矢が数本ささっていた。
「ちょっと難しいかもだけど、足もと狙ってみたらどう?」
「そうだな。連中顔も盾に隠しながらだし、こっちの様子も見えてねえだろ」
「わかった、やってみる」
狙いを絞り矢を放つが、やはりアドネの腕では難しい。
数分が経過。四体は大分近くまで来ていた。
「エルダ」
「わかった。〖鎧の鎖!〗」
放たれた鎖は盾に突き刺さり、〖巻き取り〗によって奪われる。
アドネはその瞬間を狙い矢を放てば、ゴブリンの胸部に突き刺さったが、急所は外れた。後ろにいた別の個体が倒れてきた仲間を払いのけると、錆びた剣を掲げて階段を駆け上がってきた。
「今だっ!」
ルチオは火槌で階段や岩肌を殴り、その破片を回収していた。
神力混血で身体能力は底上げされている。サラとルチオの二人で岩の破片を、近づいてきたゴブリンに投げつける。
サラが投げたのが上手いこと命中した。
「光十字に隠れろ!」
残る三体は石を持っていたので、それを投げてくる。
「アドネとサラさんは私の後ろ」
「ごめん」
彼としては情けない。
「これが役割でしょ!」
エルダが防御の姿勢をとりながら、石を受ける。
ルチオは石から身を守り、秒数を数えていた。
「いけるか」
「もう、すこし……まかせてっ!」
青年二人がゴブリンに向けて階段を駆け下りる。
サラが〖天の輝光〗を発動し、攻撃力が強化。
盾持ちは丸腰となっており、残る一体は棍棒(民木)。
「〖鎧の鎖!〗」
三体に鎖が突き刺さるが、〖巻き取り〗を発動させたのは負傷した丸腰だけ。
ルチオは火槌を上から振りかぶる。防がれたが筋力に任せ、棍棒ごと叩き潰す。
アドネの短剣は腕に防がれていた。しかし予想はしていたのだろう。すぐさま短剣を引き、顔をしかめるゴブリンの腹部を蹴り落とした。
エルダが叫ぶ。
「来たよ!」
時空紋から五体のゴブリンが出現。
「あれがボスか。らしいじゃねえか」
所々に傷や錆びが見られるが、全身に軽鎧をまとっている。短剣を左右に持つ。
「ボロい装甲なら、多分いける。動き出す前に」
アドネは弓に矢をかけ、弦を絞った。
放たれた矢は、吸い込まれるようにボスゴブリンへと迫る。
「……斬りやがった」
真っ二つになった矢が輝きを失った時空紋に落ちた。
その後。何度が矢で狙うが、別の個体を狙ったものを含め、全て無駄に終わる。
「一度上ろう」
雑魚たちは挑発するよう、小馬鹿にした様子でボスの後ろを付いていく。
「ムカつくけど、ちゃんとした足場で戦った方が良いな」
鎧をまとったゴブリンは、特にそういった動作もせず、ゆっくりと階段を上る。
・・・
・・・
階段を上りきっても、試練の間へと通じる扉はない。裂け目はあるが、ブロックも存在していない。
「ここは視界がひらけてんだな」
だが試練ダンジョンとは違い神聖な雰囲気はなく、裂け目の底から響く音だけが耳に届く。
「サラさん、頼むぞ」
「任せて。そのための杖持ちだもんねぇ」
アドネはエルダの背中をさすり。
「お疲れさま」
「混血だけに頼ってちゃダメだ、まず根本から鍛えなきゃ」
肩で息をしている。
「僕も軽装だからって、サボっちゃいけないね」
一緒に体力づくりをしよう。
皆は祈りを捧げ力を補充する。
エルダは頭を搔きむしり。
「ごめん、焦っちゃって」
「任せて〖天の輝光〗」
精神安定の使い道は本当に多い。
・・・
・・・
ルチオは息一つ切らさずに。
「来たぞ」
階段からボスの兜が、全身が姿を現す。
「俺らの知ってるゴブリンだとは、思わねえ方が良いな」
三人は強くうなずいた。
彼らの良く知る四体のゴブリンも、勝ち誇った様子で広場に到着した。
「〖友よ、今こそ共に活路を開けっ!〗」
声の聞こえた味方全員。身体能力強化。戦意高揚。痛み緩和。
そのうちアドネの背中にだけ、友情の紋章が浮かび上がっていた。意識した対象一名、互いの身体能力を同調させる。
「〖探さないでください〗」
ルチオは階段を上り終えてすぐの五体に迫る。
「サラさん!」
「〖光壁〗」
足場としての活用。ルチオは飛び跳ねると、発生した光の壁に足をかけ、もう一段高く。
四体はたじろぐが、ボスは左の短剣を投げようとした。アドネが出現して攻撃を仕掛けるが、即座に気づき後ろに飛びのく。
「〖チえん撃だぁ!〗」
地炎撃(槌) 地面に叩きつけると、一定範囲を延焼させる。歩行阻害弱。
「〖鎧の鎖っ!〗」
本当は全てに使いたいが、今の彼女では四体が限界。
歩行障害の影響もあり、回避されることもなく雑魚どもに鎖が命中。
「〖巻き取り〗」
無理やり引き寄せられる。ボスのもとに戻らなければと焦るが、鎖が邪魔をして動けず。何体かがエルダを睨みつけ武器を構えた。
「〖光のローブ〗 ちょっとかかる、耐えて」
輝きの量に応じて、全ての神技が強化される。断魔装具と通じるものがあった。
サラは攻撃に関する神技の熟練が低い。
「大丈夫」
襲い掛かってきた木の棒を、自分の棍棒で受け止める。だが別の個体が錆びた剣で刺してくる。
「こんなん」
〖私の鎧〗があるため、大したダメージにはならず。
エルダの表情が歪み、ゴブリンの表情が醜く歪む。
「どく……か」
口から何かが込み上げる。嘔吐か、それとも吐血か。
気持ちが悪く、冷汗が悪寒をさそう。力が入らない。
「〖天の輝光〗」
スッと不快感が抜ける。エルダは短剣を持ったゴブリンの顔面を鷲づかみ、上昇した筋力に物を言わせる。
地面にゴブリンが剣を落したと同時だった。サラのローブが輝き、掲げた杖の先が丸く光る。
「〖日の光〗」
肉の焼け焦げる臭い。
四体の雑魚が苦痛に呻く。
「〖陽の光〗」
杖先の球体に火の紋章が浮かび、次の瞬間にはゴブリンたちの全身が燃えだした。
「あつっ」
思わず忌まわしい敵の顔面を離してしまったが、すでに崩れて灰になっていた。
「ごめんねぇ」
「大丈夫。そのままあっちに」
アドネとルチオがボスと戦っていた。
劣勢。
炎槌を後ろにさがり避け、その瞬間を狙ったアドネの攻撃を短剣で受け止めれば、残った片腕で彼の腹部を突き刺す。
血を吐きながら。
「〖探さないで、ください〗」
姿を消すとルチオのもとに撤退。
ボスを睨みながら、現れたアドネの肩へ手をそえるが。
「だめだ」
広場で祈りを捧げていたが、八/二で補充していたのが仇となる。解毒薬をアドネに渡すと、その瞬間をボスが狙って接近。
サラが駆け寄り、〖陽の光〗をボスにかざす。片腕で顔面を隠すが、ボスの全身から煙があがった。
「〖治癒の輝き〗」
発生した光が広がると、三人の仲間を癒す。
まだ輝光はクールタイム中だが、回復手段は複数ある。そもそも天の光は重複できないので、騎士団などの回復役以外は、この神技がメインとなる。
彼女を守る位置にエルダがつく。
アドネは解毒薬を口に含み、戦闘に復帰する。
ルチオは祈りを終えた。
ボスが燃え始めると同時に、陽の光は消える。だが延焼は続く。
「ギェアッ グァハハハっ!」
大声で笑いながら、ボスは自分の首を左短剣で切り裂く。
「させるかっ!」
ルチオが接近、戦槌の打撃を右短剣でいなされる。
「〖お宝ちょうだい〗」
アドネがお返しとばかりに、ゴブリンの腹を突き刺した。
・・・
・・・
勝利。
口数少なくも、彼らは戦利品を回収しながら階段を下りる。
ボス 兵鋼の短剣 兵の鉄鉱石 民の鉄塊
自信はついた。




