最終話 変わらぬ日々
天上界。
確かに信用のできない者もいるが、戦神を筆頭に背中を任せられる奴も多い。
こうなるように仕向けられた気もするので、癪にさわるが仕方ない。
いつかくるその日のために励むしかない。
たとえ救いが訪れても、人間はやがて戦いを始めるだろう。
平和と戦争。
滅びを齎す者が望んだ変わらぬ日々。
・・
・・
一つの戦争が終わり、天上界から用事があると言われ、英雄はとある花畑に足を運んでいた。
導かれるか、輪廻へと帰るか。
空間が歪み、神が去る。
緊張が解かれ、彼女は息をつく。
救世主が降臨したと伝わる此処は、骸の騎士が死んだ場所と同じく、教国が誇る観光名所の一つとなっていた。
ただ、そこにあるのは慰霊碑ではない。
周りは整備された歩道となっており、進入禁止の柵に囲われた花畑の中央には、救世主と聖騎士たちの像が設置されていた。
第一騎士団を動員して封鎖中なため、今この場にいるのは彼女だけ。
もう天上界の用事は終わったが、彼女は聖騎士の像を見あげていた。
かなり昔の記憶だから、けっこう曖昧なのだけれども。
「あの人、もっと小柄だった気がするんだけど」
花畑には像へと続く石畳の通路があり、こちらへと近づく気配がして振り返えれば、そこには第一騎士団長となったリヴィアがいた。
「あのオッサンこんな渋くないから。こりゃ美化され過ぎ」
今は兜もしていないので、自分の顔に直接ふれ。
「それどころか天使になって、今じゃ二十代後半な見た目だっつの」
深くなった皺をなぞり、刻まれた傷跡に触れる。
「本当に腹が立つ」
「お互い、歳をとっちゃいましたね」
救世主の想い人だからという陰口。
「偉くなって、責任ばっか増えて嫌になる」
これも事実であり、この地位に立つための手助けとなったのは間違いない。でもそれを黙らせるだけの実績は、ギリギリで残せていると自負もあった。
セレナは苦笑いを浮かべ。
「勇者だって崇められてるけど、実のとこ私って組のリーダーでもないんですけどね」
教国全土に広がった天人菊。
「親分もゾーエさんだし」
戦争で外れを引いた支部は、その人材を余所に移すことで、探検者の質を保つことに成功している。
「ちゃんと役目は果たせてるよ。皆に勇気をくれてるんだから」
「……象徴かぁ」
在りし日の彼を思い浮かべ。
「英雄かどうかを決めるのは後世の人々だからね。でもセレナが立派なことは私が保障しても良い」
「それは心強いや」
先頭で聖騎士を率いるラウロ。
続くのは旗を掲げる軽装のモンテ。
法衣をまとい、杖を天に掲げるボスコ。
一人だけこちらを向き、弓を構えているフィエロ。
創作された四人の英雄像。
「やっぱ、断ったの?」
「……はい」
セレナは一体の像を見あげながら。
「なんか、やらなきゃいけない事がある気がするんです」
「そっか」
片手持ちとして加工された槍を装備の鎖から取り出し、それを英雄たちの像に掲げれば、神木の鞘から短剣を抜いて重ねる。
「だけど、まだまだこの世界ですべきことは残ってます」
リヴィアは意地の悪い笑みを浮かべ。
「次は城郭都市に行くんだっけ? じゃあ彼に立派な姿をみせつけなきゃね」
「え”っ」
振り向いて顔を引きつらせる。
今回の戦争で外れを引いたのは旧王都。ただ帝国の領土だとしても、門が開いたのは大平原なので、城郭都市にも多くの魔物が流れていた。
戦争も一段落したので、慰問という形で行かなくてはならず。
「ヤコポ君ねぇ」
ゾーエに杖で叩かれている印象が強い。しかし勇者の中で、あの男は苦手の象徴となっていた。
「逢いたい人がいますので」
神技の繊細は天上界へと伝わっていた。
お墓に花を添えるのは嫌だから、眠っていたとしても、行かないという選択はできず。
ヤコポの死後は。というか今もそうなのだけど、彼女の魂はその日が来るまで、慈母神が管理することになる。
「じゃっ そろそろ良いかな?」
第一騎士団長は花畑を見渡してから、像には目もくれずこの場を去っていく。
「嬉しそうですね」
「甥と姪に会うの久しぶりなの」
セレナも後に続くが、一度だけ後ろを眺め。
「ミウッチャさんにも挨拶しないと」
前を向いて歩きだす。
・・・
・・・
イスカリオテのユダという人物には、食事中に悪魔が憑依したとの逸話が残る。
・・・
・・・
どこかの世界。
限られた寿命の中で焦りながらも、幼少の頃より勇者を支え続けた男がいた。
誰よりも考え、誰よりも悩み、誰よりも戦った。
しかし病は着々と身体を蝕み、やがて前線を離れて床に臥せる日々が始まる。
かつては頼りなかった仲間が、時々様子を見に来てくれる。
勇者がくる時だけは普段通りに振舞う。
療養の地で死を待つだけだと諦めていたのだが、召喚を扱う魔族の襲撃を受け、彼は焦がれた戦場にもどる。
その最中。黒い炎を使った所為で、宿命が彼を灰にした。
勇者と共に旅をした三人の者たち。
リーダーは戦争の中で、召喚の魔族に敗れて命を落としていた。
もう一人は病の中で戦い、なんとか仇を討つが、そこで燃え尽きて散る。
最後の友は勇者が失意に暮れる中、歯を喰いしばって軍の指揮を続けた。
迫害される病。弟の処刑を見ることしかできなかった者。
同じ病だった彼と義兄弟の契りを交わし、死後は火の意思を託される。
その支えを受けた勇者は、愛した死者が望んだ勇者になるべく、泣きながらも立ち上がった。
数年の月日が流れ、一体の魔族が目覚める。
それを切欠として、劣勢だった者たちは勢いを吹き返す。
魔族に人だった頃の感情を取り戻させる雪。
心を戻してもそのまま戦いを続けるか、または耐えきれず自害をするかの二択。人類に寝返る者は誰もいなかった。
本人の願いとは関係なく、その力は多くの魔族を死に追いやった。
あの頃に戻りたい。彼女は氷の牢獄に心を閉ざし、戦いの地は吹雪に覆われる。
水が戦線離脱をし、人類は窮地に立たされていた。
しかし転機がくる。火を継ぐ者が犠牲となったが、ある敵を打ち取ったことで、その情勢が覆る。
戦死したのは人間でありながら、人類を裏切って魔族の側についたボルガという男だった。
人間たちが勢いを取り戻した訳ではない。敵の動きが見違えるほどに鈍くなる。
恋人を失っても勇者は挫けず。日々増していくその威光に人類が奮い立つ。
最後の一体となった魔族。そいつは本拠地で勇者を迎え撃つ。
一騎打ちの果て。
勇者の剣とは名ばかりで、お手製と思われる不格好な木剣が、魔族の心臓を貫く。
黒い血を吐きながら両肩を掴み、彼は死際に勇者へ強要する。
初代勇者一行の水使いがまだ生きている。
そいつが命を代価とすれば、雪により永遠の命を得られる。
絶対的なその力をもって君臨し、世界を管理しろ。
それがこの戦争を終わらせた、お前の責任だ。
相手は返事をせず。
こと切れた身体を抱いたまま、勇者は崩れゆく魔王城と共に消息を絶つ。
平和が訪れても、人間は戦いを続けるだろう。
・・・
・・・
月のない世界を歩き続ける者が一人。
何をしたのか。
何をしたかったのかも忘れてしまった。
自分の名も思い出せず。
自分の姿も記憶にない。
此処がどこかも、なぜ居るのかも。
倒れても眠気はなく、強迫観念に突き動かされ、身体を無理やり起こして足を進める。
終わらせ方が分からない。
だれか
誰を呼べばいい。
自分が誰かも知らないのに。
苦しい。
気づけば、また道の真中でうずくまっていた。
泣きたい。
そうだ泣こう。
こんな時は泣けば良い。
誰か、誰かと。
土の地面にポタポタと水滴が落ちる。
大声で叫びたいのに、どうしても声を殺してしまって、上手く発散ができない。
続く言葉が口から出ない。
というか、なにを言えば良いのだろうか。
そうしているうちに落ち着いたのか、彼は再び立ち上がり歩きだす。
同じ事を繰り返しながら今も歩く。
昨日も明日もない。
ここにあるのは今日だけだ。
気が狂えないかと気狂いの振りをしてみても、気づくと何時の間にか無言で歩いていた。
途方に暮れながら今日も歩く。
今日も、今日も、今日も、今日も。
「よう」
何も映っていない目が瞬きと共に光を宿す。
驚いた表情で振り返れば、そこには見覚えのあるようでないオッサンが立っていた。
「お前こんなとこで何してんだ」
一仕事を終えたような、どこか疲れ切った顔。
「物好きなやつだな。まあ良いや」
それでもどこか、晴れ晴れとした顔だった。
オッサンは光る人型を出現させる。
「こいつには姉がいてな、空間を越えてやり取りができるんだわ」
舌打ちを一つ。
「ダメか」
空間の歪みを発生させると、そこから人型と似た像を取りだす。
「これでどうだ?」
像があった方が届きやすいらしい。
しばらくの時間が流れ。
『行ける』
「まじか。んじゃ、寝床でボスコらしき奴に会ったって伝えてくれ」
自分の事だろうか。
「まあなんだ。やり取りつっても、この程度が限界だ」
それも滅多に繋がらないし、返信も数百年こない場合が多い。
「だが人との関りってのは大切でな。これがなけりゃ、俺はとっくに執行者かも知れねえ」
執行者がなんなのか分からないが、あまり良くないものだろう。
オッサンはその場に座り込むと、隣の地面を叩き。
「眠くなるまでちっと時間がある。それまで暇だからよ、話相手になってくれや」
口を開き、喉から音を絞り出す。
「……ああ」
久しぶりに声をだした。
上手く喋れるか不安だ。
彼は自分と知り合いなのだろうか。
だとすれば、忘れてしまった連中にも、いつか会えるかも知れない。
ついて行って良いか、聞いてみても問題はないだろうか。
なんか、こいつになら言えそうな気がする。
助けてくれと。
推しさしぶりです。
神技一覧と一緒に投稿しようと考えていたんですが、どうも気力が。
なのでここで幾つか。
もし天上界の住人が死んだら無になるというのが、始源の意志の嘘だとするのなら、たぶんモニカは先代槍の主神の生まれ変わりです。
あとこの作品の地の文ですが、最初は作者の語りで良いかというつもりで執筆していたのですが、トゥルカが精神コマンドを使い始めた辺りから、自分はあのゲーム知ってるけど、地の文は知らないということに気づきまして。
もしかするとあの下手くそな地の文は、始源の意志なんじゃと思い、そういうつもりで描くようになりました。
救世主となったラウロですが、属性は救世となります。
神技とは別物で、救世技ですかね。
〖分析〗で滅びを調べて、技をそれに合わせたものに変化させます。
属性が変化した時点で、ユダからの魔技は救世技として使えるようになっています。
あとラウロの剣は俺や儂ではなく、〖エバンの剣〗という名称に変化してます。ラウロの親がつけたのは、信仰していた剣神の名前なので。
【三時】も、それを対処する〖救世技〗になってます。
あと〖変化への拒絶〗は範囲内の味方への急所攻撃を鈍らせます。
変化を拒絶しているのは上層部で、実際に動かされる連中は思い悩むといった感じですね。
〖変化の風打〗は敵のバフを弱めるだけでなく、デバフを強める効果もあるってした方が使いやすいか。
〖紅蓮の炎〗 寒すぎて皮膚が裂けて、血が出て真っ赤に染まる場所を紅蓮地獄というそうです。なのでボスコの最後や病気の症状はもの凄い悪寒です。
油の炎でもあるから、死にかけなのに救世主に関する知識を得てしまい、自分の死に向き合う余裕がなくなって、ああいった最後を迎えることになりました。
途中にあったボスコの来世ですが、あれは骸の騎士以上の黒歴史です。もう恥ずかしくて恥ずかしくて。ただエターナルなままなのはあれなんで、ここで入れちゃいました。
それでは、これにて完結です。お付き合いありがとうございました。




