12話 練習ダンジョン
練習ダンジョン〖大空洞〗
試練との違いは幾つかあるが、その大たるものは入ってすぐに気づく。
サラは手にもった黒灰色の杖(兵木)を握りしめ。
「始めて入ったけど、試練に比べて暗いねぇ」
服装も同じく黒灰のローブ(兵布)で、内側に鎖帷子(兵鋼)をしている。
「真っ暗なわけじゃなんだよ。慣れてくるとね、ぼんやり見えてくるの」
エルダはコートをアドネに貸していた。理由は軽装の神技が、初期装備では発動困難なため。
鎧の主神(鎧・重鎧)
鎖帷子も鎧の基準に当てはまるようで、その上に新品の胸当と腰当(民鋼+民革)をしている。兜はしていないが、布巻の上から鎖帷子をかぶる。腰には棍棒(民鋼+民木)。
「頼むね」
「うん、わかった」
背中を叩かれたアドネは弓を持ち、専用の神技を発動。
「〖私の神眼が疼く〗」
欲望の神眼 夜目。視力強化。罠・宝・敵など、各種の色分け判別。熟練によって壁なども透視できるようになると聞く。
「笑わないでよ」
「ごめんごめん」
欲望の神眼というのは、探検者がつけたもの。アドネからすれば、もっと真面な神技名にしてほしい。
「どうだ、なんかいるか?」
「近場には……いない、かな」
ルチオは軽鎧でも神技は使えるため、武器以外は試練の時と変化がない。
「じゃあ、一度あそこまで行こう」
四人は時空神像を目指す。
「あの像は光ってるんだねぇ」
少し神々しさを感じたようだ。
「良く見ると、時空紋も光って見えるんだぜ」
振り返ってみるが、まだ目が暗さに慣れていないので、サラには良く分からない。
・・・
・・・
時空神像まで到着した四人は、それぞれに祈りを捧げる。
「先頭はアドネ。次が俺とサラさん、後ろがエルダの順で良いか?」
戦槌は両手持ちで、灰色の木と民鋼で作られた物。ネズミが持つ石槌よりも、殴りつける部分は小さい。
ルチオは呼吸を整え。
「〖火槌〗」
赤く光る。金属部分に熱を帯びる。耐久上昇。
サラを見て。
「おっさんから聞いた話しだと、これの方がゴブリンとかには見えにくいらしいんだ」
ランタンやタイマツ。または光の神技だと目立ちすぎるらしい。
「うんうん、真っ暗よりずっと助かる」
「ちょっと心持たないかもだけど、僕が索敵するから」
エルダは赤い光をみて。
「あんた燃費悪いのに、大丈夫?」
「今日はボス討伐が目的だからな、極力戦闘は避けたいけど」
弓を持つ手に力を込め。
「横道に反れないなら、試練と同じで一本道だもんね」
この練習ダンジョンには寄り道がいくつか確認されている。その先には少し広い空間があり、敵が待ち受けていた。アドネがいるため宝箱が発見できた時は、これまでも横穴に進入してきた。
行く先の闇を眺めながら。
「もし戦闘が始まったら、私とルチオが前衛で、アドネとサラさんが後ろで良いの?」
「アドネは弓での攻撃よりも、短剣でサラさん守る方を優先してくれ」
エルダが敵を引き寄せ、ルチオが各個撃破。
「うん」
「了解しましたぁ、後方支援は任せてください」
事前の話し合いでは、攻撃神技(杖)はルチオからの指示があった時のみ。まだ熟練も低い。
二人に続き、深呼吸をしてから。
「わかった」
引き付け役。性別など関係なく、怖いものは怖い。
「じゃあ、無理せず行くぞ。一日でも長く、探検を続けるために」
仲間たちはルチオの発言に強くうなずいた。
・・・
・・・
ネズミは光源を持っているので、夜目は利かないのだと思われる。ゴブリンはある程度の視界がわかるようだが、欲望の神眼には劣るというのが、これまでの見解だった。
途中なんどか敵の集団に遭遇するが、アドネが先に気づき対処をする。
ルチオは火槌を消し、すこしのあいだ待機。
敵の数が少なければ弓で先制し、前衛の二人で一気に殺す。
多ければ暗闇に目を慣れさせてから、ゆっくりと迂回するように通り過ぎる。
だが思い通りには行かないもの。
アドネは小声で。
「一体、僕らに気づいた。他のはまだ見つけられてない」
「狙えるか?」
うなずくと、腰にぶら下げた矢筒から一本取りだし、弦につがえる。
弓は借り物のショートボウ(民木)。呼吸を止め、こちらに気づいている対象に狙いを定め、放つ。
「ごめんっ 外した」
欲望の神眼は視力を強化するだけで、命中率などは上がらない。
「気にすんな。エルダ」
「アドネ、下がって」
二人が前にでる。
敵の数は五体。
ルチオが後方のサラに。
「位置を知らせる必要はないから、合図するまで天の光は待ってて」
「了解」
敵に見えないよう戦槌を構え。
「〖火槌〗 アドネは周囲に他の敵は居ないか見渡してくれ」
「もうやってる」
矢が放たれたことで、方角の予想でもついたのだろう。
「やっぱネズミは立場が低いんだね、一体だけこっちに来たよ」
ゴブリンに命令されたようで、恐る恐るな足取り。
「アドネ頼めるか。もう少し近づいてからでいい」
「うん」
欲望の神眼は弓を手放してから、今のアドネだと十秒ほどで効果が切れてしまう。
「これお願いします」
まだ装備の鎖は買えていない。サラに弓と矢筒の管理を任せ、短剣(民鋼)を抜く。
使うのは軽装の神技。大きく空気を吸い込む。
「〖探さないでください〗」
姿と気配を一定時間隠す。呼吸をする、または攻撃の瞬間に効果が切れる。
回り込むようにネズミへ接近。
なんどか実践して気づいたことだが、攻撃する瞬間に通常よりも気配が大きくなるのか、いつもネズミやゴブリンはこちらに振り向く。これも熟練によって変化するのだろうか。
切先を向ければアドネは姿をさらす。
ネズミは気づいたが、石槌で守りに入ることすらできなかった。
「〖お宝ちょうだい〗」
短剣の神技。必ずドロップする。気づかれ度に比例して、レアがでる確率が上がる。
罠のないダンジョンでも、欲望の加護を皆が組に入れたがる、最大の理由がこれだった。ネズミは崩れ灰となり、その中からは戦利品を確認。
喜んでいる暇はない。
四体のゴブリンはネズミの後を追っていた。アドネの姿を確認すれば、我先にと走りだす。
「〖鎧の鎖!〗」
〖私の鎧〗の発生 鎧の前方、銀色に光る滑車のエフェクトが発生。そこから鎖が放たれ、敵と自分を繋ぐ。鎖に物理判定はないが離れられなくなる。熟練によって滑車の数が変化。対象の防御力低下。
エルダより放たれた鎖は四本だったが、一体は横に跳んで回避した。
「〖巻き取りっ〗」
〖鎧の鎖〗の発生 滑車が回転し強引に引き寄せる。自分への攻撃力を低下させる。大きな敵には引き寄せ効果がなくなり、動きを鈍らせ攻撃力を低下させる。
怖さを払うかのように、歯を喰いしばる。三体のゴブリンがエルダのもとに引きずられる。突然の出来事に驚きはしたが、相手の怯えを感じ取ったのか、イヤらしい笑みを浮かべた。
「〖えん槌ぃっ!〗」
〖炎槌〗 火槌の発生 打撃上昇。叩きつけた所が燃え上がる。火力と延焼時間は熟練で変化。
ルチオの攻撃は直ぐに鎮火したが、命中したのは頭部だったこともあり、一体が灰となって崩れる。
「アドネ! 大丈夫か!」
〖鎧の鎖〗を避けた個体は地面に転がっていた。アドネが短剣で止めを刺そうとしたが、手首を掴まれ今は馬乗りの状態。
ゴブリンの片手には錆びた剣。こちらもそれを使われないよう、手首をつかみ固定する。
「先に そっち、片付けてぇっ」
エルダを囲むゴブリンは鈍器を手に殴りつける。
「んあぁ、もうやだぁ」
〖私の鎧〗 防御力向上。衝撃吸収。対象装備が銀色に光る。これらの効果もあり、本人も腕と棍棒で頭などを防御してるので、そこまでのダメージはない。
そしてなにより、光の神技が二人を守っていた。
〖光十字〗 聖十字との違いは、離れた仲間に対しても設置できるが、もつれているアドネとゴブリンの間に展開する技術はない様子。
〖天の光〗 頭上より光が差す。聖域よりも範囲は狭いが、サラを中心に光も動く。秒間回復(瘴気の魔物から受けた傷は治癒が弱まる)。範囲内の味方は防御力が上昇、敵は低下。
支援の見極めは任されている。
「精神安定のために使います」
〖天の輝光〗 頭上に聖紋が出現し、光の質が変化。味方を一定回復。精神安定。味方の筋力増加。筋力に比例して攻撃力と防御力が一定秒間強化。
大空洞の闇を照らす光。
「うおりゃ」
筋力が強化され、ルチオの戦槌がゴブリンの背骨を砕く。
「いったいなぁ゛」
笑っていたゴブリンの頬に、エルダの棍棒(民木+民鋼)が減り込む。
サラは弓と矢筒を手に、〖天の光〗にアドネが入るよう、自分の位置を調節する。
緑肌の首に短剣が刺さり、今まさに止めをさす所だった。
肩で息をし、顔面を青い血で汚す。
「きつい」
「俺の判断ミスだ。おっさんがいたら、多分とめてた」
一匹近づいてきたネズミ。姿を隠して不意打ち。
「こういう失敗を繰り返して、学んでこ」
エルダはアドネに駆け寄ると、背中をさする。
「平気だよ。でも回復はルチオに頼もうかな」
青い血は消えたが、ゴブリンに爪で引っ掛かれたのか、頬からは出血していた。
「えっ……俺が?」
ニヤけるアドネから視線を外し、サラを見る。
「熟練上げないとねぇ」
ため息を一つ。
「さっきの戦いだけど、ゴブリンに炎槌まで使う必要もなかったよな。神力も節約しねえと」
アドネの傍に行き、肩に手をそえる。
「〖泣くな、友よ〗」
自分を回復する場合も、肩に手をそえなくてはいけない。触れた対象を一定回復・状態異常回復。ただし瘴気の魔物からの傷は効果半減。
「私、サラさん居て良かった」
「ありがとぉ。私なんて後衛なのにまだ怖いし、エルダは凄いよ」
ルチオの治療を終えると、サラから弓と矢筒を受け取って、欲望の神眼で周囲を探る。
「見張っとくから、みんな一度祈っといた方が良い」
「そうだな」
二人は対象の神に力の補充をと祈るが、エルダはまだ心が落ち着かない様子。怖がりながらも文句も言わず、〖鎧の鎖〗を放ってくれる。本当に凄いと思う。
「おじさん言ってたけど、鎧の紋章が使えるようになると、だいぶ違うって」
〖鎧の紋章〗胸部に鎧の紋章が浮かびあがる。痛み緩和。精神安定。秒間回復(瘴気の魔物以下略)
「うん、まずはそれを目指さないと。あっ ルチオ、私もお願い」
祈りを終えた瞬間を狙っていたのだろう。眉毛をぴくっとさせながらも、エルダの肩に手をそえ。
「〖泣くな、友よ〗」
もう、俺が泣きたいわとため息。
サラは三人を交互に眺めていた。
次に魔界の門が開くまで、残り五年もないと思われる。魔物との戦いに慣れるため、上級ダンジョンに挑戦する場合だと、この組では恐らく間に合わない。
ではレベリオ組がどうかと言えば、想定の範囲ないだと気づかわれると思うが、間違いなく足を引っ張るだろう。
「焦らず行こうぜ。無理してボスを攻略する必要もねえしな」
ルチオはネズミの灰から戦利品を。
「すげえ、民鋼の鉄塊だ」
「これ売れば、エルダの兜も作れるかもね」
鉄鉱石は大きな製鉄所がある町に送られるが、鉄塊は加工も一手間はぶけるので、ずっと高く売れる。
「うれしい、頭ちょっと怖いし」
今の最優先はエルダの装備であり、民鋼と民革で一式を整えるのが目標。
「まだ始まったばかりだよ。階段手前の神像あたりで、どうするか決めるでも良いんじゃないかなぁ?」
サラの提案に全員がうなずいた。
ルチオは空間の腕輪を取りだし、それを地面につけてから神力を沈ませる。
少し手間取ったが、小さな歪みを発生させた。
「こんなかに入れてくれ」
角材や鉄鉱石。あとネズミからは鉄塊だけでなく民布も。
「アドネ君。私、基本的に装備の切り替えは必要ないから、これ貸してあげるねぇ」
登録していた服のなかで、いらない物を空間の歪みに入れ、装備の鎖を渡す。
「良いんですか?」
「終わったら返してくれろば良いよぉ」
ルチオとエルダもお礼を言う。
一通りの後始末は終えた。
「じゃあ行くか」
アドネを先頭にして、ルチオの赤い光を頼りに、サラとエルダが続く。




