17話 いつか終わる世界に⑦
ボスコが【隔離世】に飲み込まれた。
しかしこれから【魔神】との戦闘になった場合は、彼だと戦力不足になってしまう可能性もあったので、見方を変えれば良かったのかも知れず。
モンテはユダに意識を向けたまま、ラウロには〔気〕の練り込み、フィエロには神降しをいつでもできるよう準備しろと指示をだす。
「教えてくれ、あんたの目的はなんだ」
先ほどよりも、魔神の皮膚からは多くの【瘴気】が漏れ出していた。
【目的か。少なくとも……賢者の書を読み込んでいるのなら、気づいているはずだ】
現在の所有者は記憶と忘却を司る神。
「なるほどな、俺らには伝えられてないっつうことか」
【悩んだ結果なのだろう。悪くは……思わないでやれ】
天上界の分裂。これを過去に起こした張本人の言葉だからか、モンテも不満を抑える。
「俺は歯車の一部になろうとした人間だ。組織の決定には従うさ」
荒くれ者。はみ出し者の自分たちでも、欠かすことのできない歯車の一つになりたい。
だが結果として人間時代のモンテは、その歯車に亀裂を生じさせた。
ユダは〔気〕の練り込みをしているラウロを見つめ。
【世界を……救うため、属性を創る。そのため人並のっ 人生は……諦めてもらう】
朽ちた肉体から【瘴気】が噴きだす。
「……」
【だが、私にはっ 場面ごとの光景しか、見えん】
顔が黒くぼやけ、ユダの表情が確認できなくなった。
【再現するためにも、その者を……】
私から守り切れ。
その意思を伝えると、ユダの感情は【瘴気】へと飲み込まれた。
「戦うぞ!」
フィエロは〖空間〗より茶色の〖瓶〗を取りだすと、中の〖液体〗を地面に吸わせ、そこに〖柱〗を発動させる。
本体より送られた大量の神力を使い、〖光の柱〗は訓練場を枝葉で覆うほどの〖輝く大樹〗へと成長した。
モンテは壁上から灰だらけの地上へと着地し、〖聖人の戦棍〗を取りだす。
「俺たちは神の如き力を持っただけの種族なんだ」
人の身体に本来の自分を降ろす。
「だから失敗もするし、悩んだり悔いたりもする」
召喚された一体の〖戦士〗が〖メイス〗を受け取れば、その姿を〖聖職者〗へと変化させた。
訴えるだけでは何も成せず追放された。悩みながらも暴力に手を染めてまで、自分の信仰を貫こうと選択する。
もともと彼は信じ崇める側であり、崇められる立場になるつもりはなかった。
そして何よりも、元となった人物が祈っていたのは、天上界とは別の神々だった。
まったく知らない神々の誘いを受け、寄る辺を失った〖聖職者〗は、革命の〖風〗をまとう。
これは心象風景を主体に、風神の力を借りて再現した覚醒技。
モンテがこの世界に残った理由。
「……行くぞ」
異教徒を勧誘する時は注意が必要。
後の時代でモンテが勧誘した者は今、〖光の守護神〗と呼ばれているが、未だ当人が信仰しているのは別の宗教だった。
自分たちは神じゃない。
ユダが【装備空間】から取り出したのは【片手剣】だった。
戦いの中でそうなったのか、それとも意図的にしたのかは不明だが、その天上具は折れていた。
瘴気が【片手剣】にまとわりつき、その形状を復元させる。
フィエロが〖大樹〗に〖神木折りの斧〗を打ちつければ、一帯に輝きが広がって、〖聖職者〗も含めて仲間を強化する。
ラウロが脳裏に浮かんだ内容の説明をする。
「【三時・正法の終】」
これは事前に聞かされていないため、【魔神】になってから造られた魔技だ。
「声に出して神技を使えなくなる。発生があるみたいだけど、まだわからん!」
もともと熟練を上げれば神技を口に出さなくなるため、そこまで問題のある効果とは思えない。
三つの時間。または時代という名称から、モンテが推測する。
「たぶん発生はあと二つだ、全て使わせるとまずいかも知れん!」
風法衣の覚醒技。
〖変化への拒絶〗 狙いを〖聖職者〗に向けさせる。肉体を強力なものへと変化させる。
壁上の【魔神】は〖聖職者〗に向けて【一点突破】で急降下してくる。
だが相手は上位の【魔神】であり、意識の操作は難しかったのだろう。ユダは空間の歪みに消えると、ラウロの近場へと出現した。
〖変化への拒絶〗には首や心臓といった急所への攻撃に対して、狙いを外させる効果があった。そのためか【片手剣】の切先がぶれる。
そもそも出現した位置が、ラウロにとって死角とは呼べない場所へと変更されていた。
「ダメか」
〔解放〕は不発だった。
〖拒絶〗で鈍らされた【突き】を〖肘〗で弾き、続けざまに腰を捻って蹴りを放つ。
【ユダ】はもう片方の腕で蹴りを握り止め、そのままラウロを地面へと叩きつけるが、投げられた瞬間にうつ伏せとなって両手で着地。
〖地聖撃〗が発動するも、無理な姿勢からだったため、そこまでの効果はない。
〖聖痕〗が【ユダ】を蝕むが、痛みに苦しむ様子も見られず、ラウロの片足を掴んだまま【剣】を叩き下ろす。
〖化身〗が〖聖十紋時〗と〖聖強壁〗で背中を守るが、【魔神】の攻撃を防ぎ切れるとは思えなかった。
〖閃光〗が敵を照らす。
「させねえよ」
モンテがユダの側面から接近していたが、【無断】の【幻影】が邪魔をするなと【剣】を振るう。
「知ってんだよ、あんたの神技は」
【幻影】はユダが選ばなかった別の一手を再現したもの。〖閃光〗の眩しさにより、いくつもある行動の選択を鈍らすことに成功。
近づいただけでモンテは攻撃をせず、〖短剣〗で受け止めていた。
〖十字架の短剣〗 左右の短剣を交差させることにより、〖光十紋時〗を発生させる。
「剣神に比べりゃ威力も低い」
【時空の剣】には斬打突の強化はない。
それでもやはり相手は【ユダ】だった。【幻影】の【無断】に押されてしまう。
「こなくそっ!」
交差させた短剣を無理やり振って弾くも、【幻影】の【剣】は僅かに弾かれただけで、そのまま両腕の開かれたモンテへと叩き下ろされる。
あえて急所は狙わず、〖拒絶〗による妨害を発生させない。そして急所でなくとも、直撃すれば致命傷は免れず。
〖十字空刃斬〗
〖光十紋時〗の十字架が輝く斬撃となって放たれた。【幻影】を消滅させ、その先にいる本体を狙ったが、【障壁】によって防がれた。
フィエロが〖斧〗で〖大樹〗を傷つけるたびに、皆の身体能力が強化されていく。
ユダの【無断】は〖聖職者〗の〖戦棍〗に防がれていた。
〖変化の風打〗 戦棍に風がまとわりつき打撃(中)。振り切った時に発生する風が、相手のバフを弱めるのだけど、【剣】を押し返すことができず。
「これでどうだ」
ラウロが掴まれていない側の足で払うも、相手は姿勢を崩さず。
攻撃神技は〖腕〗だけで、足は身体能力の強化だけだった。
〖古の聖者〗が出現して〖拳打〗を放つも、【ユダ】は足首を握りしめて、〖グレース〗と〖聖職者〗ごとラウロを吹き飛ばす。
〖聖職者〗は立ち上がるも、〖聖者〗は消えた。
残る二人が態勢を整えていると。
【三時・像法の終】
ラウロが歯を喰いしばって〖大樹〗の確認をする。
「神技が使えなくなるぞっ!」
すでに発動しているものは継続して使えるが、以降しばらくの間は不利となる。
【外套】の魔技により、【ユダ】のクールタイムは半減されていた。
ただでさえ短い【一点突破】が再び発動し、モンテに向けて突進。
〖大樹〗からの輝きは未だに続いており、味方の肉体を強化している。
「させるな」
空間の歪みに消えるより先に、〖聖職者〗が割り込もうとするが、その横やりを【障壁】が妨害する。
敵の狙いは分かっていた。
「ラウロっ 身構えろ!」
【ユダ】が空間の歪みに消えた。
【一点突破】は突きだけでなく、打撃や斬撃に切り替えることも可能。
天上具だったころの【剣】は、【無断】または【幻影】のクールタイムを蓄積型にするといった機能だった。
「……嘘だろ」
ラウロの周囲に【空間の歪み】が発生する。
大量に。
【歪み】から現れたのは沢山の【幻影】であり、その位置や距離も様々だった。
同時一斉ではないため、【幻影】同士がぶつかることもなく、こちらは〖壁〗や〖十字〗といった神技も使えず。
〖化身〗はいても物理判定がない。
最初の一撃に失敗すれば終わりだった。
頭上から降下してくる【幻影】の【打撃】を、〖両手〗の平で受け止める。
〔闘気〕の〔解放〕に成功。
受け止めた【剣】を横に捻じり、【幻影】を地面へと叩きつける。
左からの特攻を後ろに避ければ、前から振り下ろされた【剣】の側面に〖拳〗を叩きつけ、背後からの【無断】を肘で受け流す。
「捌ききれんっつうの」
徐々に〖法衣鎧〗は破損していき、流し切れなかった攻撃が肉体の動きを鈍らせる。
〔解放〕にも時間の制限があった。
正面上空の【歪み】から【ユダ】が迫る。
【幻影】ならともかく、本体となれば回避しなくてはいけないが、【幻影】たちがそれを許さず。
だがラウロの表情が僅かに緩まっていた。
「間に合ってたか」
先ほど出現させたのは小出し召喚でなく、通常の召喚だった。
迫ってきた【ユダ】は着地と同時に【剣】を振り下ろすも、足の爪先が手首を蹴り上げる。
浮いた片足を地面に叩きつければ、【ユダ】の腹部に両手の平を減り込ませ、その身体を後方へと吹き飛ばす。
『威力を流されたね、手応えがなかったよ』
〖マグ〗はラウロを背中で退けると、【幻影】たちの攻撃を彼に変わって受け流す。
〖グレースの鎧〗 通常召喚時、〖聖者〗の消滅と引き換えに〖聖神〗を召喚するが、発動時間は半減する。
『本当は直接来たかったけど、今回は駄目だってさ』
吹き飛ばされた【ユダ】は何事もなく姿勢を持ち直したが、〖マグ〗が隙を与えずに接近。
発動済みなのは〖聖拳〗と〖聖法衣〗だけで、今は【像法の終】により他の神技は使えず。
また〖化身〗に意識を移している状態なので、それがなくても〖無我の動〗は使用不可。
〖マグ〗の拳打を【片手】で握り止め、続けて【片手剣】で斬りかかるも、掴まれた状態のまま【ユダ】の股下を滑るように潜り抜ける。
このままでは掴んでいた片手ごと姿勢を崩されると判断し、【ユダ】は彼女の前腕を離すが、後ろに回り込んだ〖マグ〗が〖肘〗を軸に回転して相手の足を蹴る。
【障壁】に阻まれたが、それを足場とすることで〖マグ〗は立ち上がりに成功。
モンテが側面より〖短剣〗で斬りかかるも、【斬撃】で受け止められ、さらには【残刃・血刃】により手傷を負う。
〖短剣〗だけでなく、〖騎士鎧〗まで【残刃】は通り抜けるようだ。
逆方面から〖聖職者〗が接近するが、【ユダ】は〖短剣〗ごとモンテを押しのけ、振り向きざまに【空刃斬】を放つ。
その威力は凄まじく、〖戦棍〗で受け止めるが〖聖職者〗は動きを止められた。
左の〖聖拳〗が【障壁】を破壊すれば、もう一歩を踏み込んで、〖マグ〗が右の〖拳〗を打ち込む。
脇腹に〖拳〗が命中するも、振り抜いた【剣】を手首ごと返し、【柄尻】を〖前腕〗に叩きつけて威力を弱める。
押しのけられたモンテが姿勢を立て直し、再び〖短剣〗で【ユダ】を狙うも、【幻影】によりその斬撃は防がれる。
もう一方の〖短剣〗を踏み込みながら突きだすが、モンテの手首を空いた腕で掴み止めた。
戦神はユダと同じく、皮膚に亀裂が発生していた。
「頼むぞ、発動してくれ」
フィエロが〖大樹〗を〖斧〗で打ち続ければ、これまで通り輝きは広がる。
【像法の終】で神技は使えない。
〖大樹〗の倒壊までが一繋ぎであり、発生神技とは認定されないはず。
物理判定のある巨大な木。その枝葉が大地に触れた瞬間だった。
あたり一面が輝きに包まれ、皆の視界を奪う。
【魔神】の朽ちた肉体が燃え上がる。
【三時・末法の終】
唖然とラウロが呟く。
「なんだよ……それ」
〖刻印〗無き者は生きられず。
輝きがおさまり、視界が徐々にもどる。
フィエロの片腕は斧と共に崩れ落ちていた。
残った腕で親指を立てれば、彼は最後まで喋ることなく天へと帰る。
『ごめんよ、あと少しだけ耐えておくれ。彼が……』
どうやら〖化身〗や〖聖職者〗も対象に含まれるようだ。
モンテは咄嗟に〖刻印〗を取り出していたが、彼に【末法】の繊細は解っていない。
それは自分の身を守るためではなく、渡すための行動だったのだろう。
肉体を失いながらも、〖刻印〗は投げられ、ラウロの足もとに転がって消滅する。
「これからどんな選択を迫られても、俺はお前の判断を尊重する」
訓練場に残ったのはラウロと、焼け焦げた【ユダ】のみ。
「……」
それは最早、人のなせる音ではない。
〖叫び〗が〖咆哮〗となって、未だ動こうとする【魔神】を仰け反らせる。
片腕が輝きを強め、天に掲げれば〖浄化の光〗が広がった。
【魔神】は【障壁】を展開させ、その〖光〗を遮る。
魔属性以外にはただの〖光〗だが、【魔】にとっては救いとなる。
〖掌〗を【ユダ】へとゆっくり動かしながら、ラウロは前に進む。
一点に凝縮された輝きは〖極光〗となって、【障壁】を突き破った。
〖光線〗を放ちながら前進を続け、相手の目前で立ち止まると、もう一方の〖破魔拳〗を脇に構える。
減り込んだ〖拳〗は確かな手ごたえをラウロに残す。
【ユダ】は意識を取りもどしたのだろう。
『この世は……無常だ』
雪が降る。
「クソがっ!」
ラウロは装備の鎖より〖短剣〗を取りだすと、〖血刃〗を喰らわせてから後ろへと飛び退き、〖法衣鎧〗から〖法衣〗へと切り替える。
迷うことなく、彼は自分の腹部へと〖先端〗を突き刺せば、真横へと斬り裂いた。
深い傷口より〖闇の手〗が【魔神】へと伸びていく。
〖封印空間〗の存在を脳裏に思い浮かべれば、自分の前方に〖空間の歪み〗が発生し、そこへと相手を引きずり込む。
時空の【回復】は時をもどす。
それは受けた苦痛をもう一度、精神で体験するという非常に辛いものだった。
【その神技は熟知している。今も神殺しの獣を管理しているのは私だ】
ユダは〖孤独の闇〗を恐れることなく、ラウロに向けて歩きだした。
〖歪み〗を通り過ぎれば、片膝をつけた相手に視線を合わせてから、救いを乞うように抱きしめる。
【そこにいたか……シロ】
〖光の指輪〗に気づいたのだろう。
片手は背筋へと触れていた。
【これもまた、私に見せられた場面の一つ】
ユダの全身から【瘴気】が噴きだす。
【あの時、私はお前に加護を与えた】
古き時空の神力がラウロへと注がれろば、ユダは口と鼻や耳、そして目から黒い血を流す。
【生きて死ぬまで三から四十年】
主神級は自力で〖刻印〗の破棄が可能。
【あの馬鹿が新たな肉体を創造するとなれば、さらに百年ほどか】
表面上だけとなるが、〖刻印〗を操作できるという意味でもあった。
自ら重症を負った所為で、〖聖紋〗を発動させるがすぐには動けず。
「……やめろ」
一定以上に神力を貯めれないように施された、〖天上の刻印〗を操作する。
【それだけの期間があれば、なにができるのか】
急ごしらえだとしても、十年あれば神技の開発は可能。
百年という時間があれば、改良が出来るほどに、いくつかの神技は熟練を高められるかも知れない。
拘束を解こうと藻掻くが、その執念は凄まじく。
『いつか……終わる世界に』
すでにラウロの肉体は自分だけでなく、〖時空の神力〗で満たされており、これに自身の自然回復が加わる。
「やめてくれっ!」
ユダの背後。〖空間〗が歪み、そこから〖炎〗が斬撃となって放たれる。
間に合ったかどうか、その判別は現状誰にもわからず。




