10話 作戦開始地点まで
〖聖者の行進〗と〖騎士道〗は五人以下でないと使えないが、召喚はお供に連れいけるので、ラウロは前もって〖聖拳士〗の準備を進めていた。
しかし避難民で溢れている倉庫街ではスペースが足りず、用意できた数はそこまで多くない。
〖拳士〗には引き寄せ時の戦力となってもらうが、〖戦士〗とは違い補充もできないので、開始地点までは移動に専念してもらう。
道中の護衛はシスターの〖狼〗に任せることになっていた。
町壁の上を走りながら、モンテは〖認知結界〗を展開させ。
「やりやがった」
「やったわね」
「あの子ったら、我慢できなかったのよきっと」
ルカとモンテはともかく、彼らの会話にアリーダが混ざっているのは珍しいが、本体の神としては面識があったのだろう。
友情神が会長に加護を授けてしまった。
日光仮面は少し悩んだ後。
「やっぱボスコ隊員より、私が加わった方が良いと思うのよ」
シスターは〖岩亀〗に乗り、空中から〖犬〗に指示をだしていた。モンテはその様子を眺め。
「俺じゃルカさんの制御は荷が重い」
物事には向き不向きがある。〖救済の光〗で引き寄せをしている最中に暴走されるのは、モンテとしても避けたいのだろう。
ルカが先代剣神の一番弟子というのなら。
「先生あれでしょ、シスターさんが嫌なだけなんじゃない?」
「そんななことないわよっ! ちょっと筋肉が怯えてるだけ」
アリーダにとっては高弟といった立場にあるのかも知れない。もっとも彼女は導かれた時点で達人だったので、教わるというよりも競い高め合う間柄だったのか。
「今は筋肉に名前つけてないのね」
「本当はつけてあげたいんだけど、お別れしちゃうのが寂しいじゃない、名前つけちゃうと」
同じ理由で〖光の戦士〗を使いたがらないというのも、モンテとしては困りどころだ。
「でも最近はちょくせつ鍛えられてないから、衰えてないか心配なのよ。大丈夫かしら、あの子たち」
人間の肉体を鍛えれば、眠っている本体にもある程度反映されているらしいが、現状維持ほどの効果しかないのだろう。
「まあ、そのなんだ。神降しの判断は二人に任せるが、なるべく魔神級以外で使うのは避けてくれな」
神の意識が目覚めているとはいえ、現在は各神技の熟練も含め、天使ほどの実力しかない。
他の魔神・悪魔が来ないとは言い切れず。
「ラウロちゃんの要望を叶えてあげれると良いんだけど」
「目的が解らないんじゃ、なんとも言えないわね」
近くを走るボスコに意識を向け。
「宿命から考えてよ、あの人が求める対象に、奴が入ってる可能性もある」
どのそうな原因でその道を背負ったのかは予想しかできず。
・・
・・
〖犬〗を使って〖狼〗を操る場合は、どうしても目を閉じなくてはいけない。
走りながらそれをするのはかなり難しいので、移動を〖岩亀〗に任せられるのは非常に助かる。
「うんお金。えいお金。はいお金。もっと もっと もっとぉっ!」
変な掛け声が耳に入り、そちらに目を向ける。
即席組でも対応ができ、こちらに合わせて戦うことが可能。また緊急事態でも冷静に判断ができる人物。
性格に難はあるが、相応の報酬を用意すれば役割は果たす。そのようにデボラから勧められたのが、このイージリオという男だった。
「いろんな奴がいるもんだねえ」
多くの騎士を育ててきたが、このタイプはいなかった。そもそも第一騎士は強制ではなく、自ら望んだ連中だけ。
騎士とは名ばかりで、性根から軍人として鍛えるという考えでこれまでやってきた。
さまざまな理不尽を強要し、戦争という理不尽への耐性を持たせる。
未だこの考えに変化はないが、彼女自身もう自分のやり方は時代遅れだとも感じていた。
騎士団で士官を目指すにも、まずは他と同じく訓練生として泥水をすすったのち、座学に励み試験に合格しなくてはいけない。
もしくは兵士の士官から、騎士団への参謀として移動するか。
前線に留まることを選んだ者は、どんなに頑張っても受け持てるのは小隊規模。
理不尽の化身は最初からその気はなく。デボラは勉強をしていたが、自分の甘い性格では現状が限界だと判断したようで、彼女は士官の道は選ばず。
「探検者か」
第二から第四騎士団の上層部は別として、他は本来この職業を希望していたので、土台となる性質が第一騎士とは異なっていた。
徴兵して無理やり軍人に仕立て上げているのが現状。兵士は弓兵としての育成しかしていない。
「やはり簡単に体制は変えられんよ」
無理な命令も実行してもらわなくては、この国だけでなく周辺の小国も守れず。
帝国や都市同盟の視察をさせてもらった経験もある。
軍事国家とするにも、この国は光属性以外に甘い。
探検者は戦争で外れを引いたあと、一時的に国家戦力という自覚を持つも、しばらくの時間が流れるとそういったものは薄れてしまう。
都市同盟にはレベリオたちのような上を目指す連中が多い。
国家戦力としての自覚などは不明だが、とにかく屈強の一言につきる。教国の探検者が軟弱というわけではないが、これはお国柄というべきか。
各都市の行き来が容易なのも関係しているのかも知れない。
下方より声が聞こえる。
「お嬢っ! すまねえ、もう一度作戦内容を教えてくれ。駄目だな、すっかり耄碌しちまった」
意識は当時に戻っていても、脳は認知症に蝕まれたままなことに違いはなく。
「開始地点に到着したらまた教えるから、今は遅れずについてくりゃ良いさ」
「面目ねえ、了解した。ところでお嬢の他は誰でしたっけね?」
この老人も家族に理不尽を押し付けて、今回の作戦に参加させている。
「どうもイージリオです。よろしくお願いします」
「見ねえ顔だな。でも一端の戦士なようだ、よろしく頼むぜ」
第二班の班長は首を傾げ。
「あれ……デジャブ?」
先ほども同じやり取りをしていたが、報酬のことで頭が一杯だったようだ。
「その兄ちゃんと、あとは筋肉お化けだよ」
「おぉ ルカ坊かい、久しぶりじゃねえか」
〖認知結界〗は姿を隠すものではないので、振り返ればその巨体が視界に映る。
「私も親っさんと久しぶりに戦えて嬉しい。もう頑張っちゃうわよ!」
ルカは素で忘れている。彼の場合はただアホなだけで、認知症ではないと信じたい。
「あんたが張り切ると碌なこたないんだよ」
「はっ はぃ」
震えだす日光仮面。
親っさんと呼ばれた老人は豪快に笑い。
「相変わらずだな、おめえらは」
現場の叩き上げを体現したかのような人物だった。
他の者にも反対されたが、まだ騎士として死んでないと判断して、シスターは強引に事を進めた。
正しいか間違いかは二の次だった。
無理を通さなければ動けない。
これまで幾多の資料を漁ってきたから解る。
失敗すれば非難を浴び、その愚行が歴史に刻まれるのだと。
だが関係ない。汚点を残そうが構わなかった。
歴史家に馬鹿にされようが、後世の人々に嘲笑われようが。
若い時は理想に準じ、清廉潔白な誇り高き騎士であろうと足掻いた。
今はもうそんなものはない。名誉もなにもかもを捨ててきた。
この国を守れるのなら、味方と敵の血に塗れよう。
時代遅れなのは自覚している。
自覚しているが、このやり方以外の術を持たず。
老兵はただ去り行くのみと考えていたが、干からびたこの手をまた汚す機会を得たのなら。
・・
・・
本当は隊列を組まなくてはいけないが、どうしてもそんな気分にはなれず。
先頭をボスコとフィエロが受け持ち、その後ろをレベリオたちと隣り合ってラウロは走る。
「来るところまで、来てしまいましたね」
「だな」
オッサンは頭をさすりながら。
「いやぁ しかしビビったわ」
「忠心の焔でしたか。まさか若返りの効果があるとは思いませんでした」
出発の少し前だった。急に見覚えのない銀髪の美女が、晴れ舞台だから髪の毛剃ってやると、ナイフを手に近づいてきた。道具は教会に忘れたけれど、自分はこれでも剃った経験があるから問題ないと言ってきた。
傍らには、血塗れになった丸坊主の老人。
当時はまだラウロも彼を育友会の長老と勘違いしていたので、この美女を老人虐待の悪魔だと勘違いし、一騒動があったのは仕方のない話だ。
その後。オッサンもある意味だと血塗れの聖者らしい頭になって、治癒をしたのちに今ここにいる。
「これが知り渡れば、第一騎士団を目指す女性が増えるかも知れませんね」
意見を聞きたくて二人はマリカの方を見る。
「ふえ?」
パンを食べていた。よく噛んでから飲み込むと。
「後悔のない時間を過ごせれば、私は歳とっても平気だよ。素敵なおばさんになって、おばあちゃんになるもん」
「そういうもんか」
もう一度パンにかぶりつこうとしたが、それを寸前でとめ。
「人それぞれだけどね」
「綺麗であり続けたいって努力は、ちゃんと人生の経験になるわよ」
いつの間にかアリーダも加わっていた。
リヴィアのことを考えていると。
「今からでも遅くねえぞ。隊長と交代しても俺は文句いわんよ」
「俺とお前、条件は変わんないだろ」
そんなラウロの返答を鼻で笑うと。
「こちとら待ってる相手なんざいねえよ」
寂しい独り身。
「良いんだよ。ぶっ壊れても、面倒みてもらうから」
「あの娘にそんな負担を負わす気か」
中央教会の神官たちが思い浮かぶ。
横からそっと肩を叩かれる。
「うちの徒党でも、一人くらい面倒をみる余裕ならありますよ」
「ありがたい」
お食事を終えたマリカはパッパと手を払い終えると。
「そしたらラウロさんには、私の畑仕事手伝ってもらっちゃおっかな~」
「動けたらな」
アリーダは苦笑いを浮かべ。
「前提で話すのは止めてよね」
とりあえず同組の仲間から許可はもらえたか。
「……好きにしろ」
「いつも悪いな」
返事もなく、ボスコは移動に集中する。
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・・
そのやり取りを背後から戦神は眺めていた。
「前世か。それよりずっと前の人生で、英雄を死に追いやったって感じか」
彼の宿命は英雄を覚醒させるという側面が強い。
「英雄とは限らないんじゃない。ラウロちゃんへの執着をみるに、聖人を死なせたって場合もあるわ」
「だとすりゃ、他人ごととは思えねえな」
追放したはずの聖職者が名を高め、それを心良く思わなかった教会が、異端として捕縛の兵を向けさせた。
「ボスコ隊員。お金を持ちたがらない所からして、英雄か聖人さんを売っちゃったのかしら」
はした金で。
真の賭け狂いと皆から馬鹿にされているが、儲けたいという欲は感じられず。
やがて魂をも消滅させかねない悲惨な道。
「たぶん始原の意思ってのは、あいつや骸の騎士みたいな宿命が好きなんだろうよ。だから構いすぎて、いつの間にか殺しちまう」
比べるのも失礼な話だが、両者に違いがあるとすれば。
「本当に、底意地が悪い」
赦しを求めたかどうか。




