8話 油の宿命
本部にて柱教長や上位神官より、十五班とリヴィアに作戦の説明が行われた。
倉庫街からダンジョン広場へ移った場合、ただでさえ困難となっていた連係が一層にできなくなる。
ただし宿場町からの攻勢は弱まっており、山賊の道からくる増援も目途がたっていた。
なによりも鉄塊団の中堅たちに、〖さらば友よ〗が消える瞬間を見せなくて済む。
今回は魔物の殲滅ではなく避難を目的としているので、攻撃役はおらず引き付け役と救出役で遂行する予定。
救出はシスター組+イージリオとレベリオ組が受け持ち、支援として海側の外壁にカイザー組と第二班・第三班が待機する。
作戦の流れ。
支援組が夜明け前に雑魚払いとして、倉庫街から町壁を通って演習場へと続く道を目指す。
すこし時間をおいてから、救出組と引付組が出発。
〖救済の光〗は近くに味方がいると使えないので、〖輝く太陽〗の発動を待ってから、救出組は行動を開始する。また倉庫街の避難もこれに合わせる予定。
〖太陽〗は引き付けた時間でも威力に変化があるため、十五班は演習場に到着後もしばらく留まって戦う。
ボスコはラウロに語り掛ける。
新しく神技を得て、精神保護という機能が加わったとしても。
「前に言ったよな。戦っている最中は大丈夫だろうけど、問題は全部終わった後だって」
次も改善するとは限らない。〖さらば友よ〗の影響下でも、精神を保てていない者が確認されているのだから。
殲滅が目的でないのなら、ラウロは外して隊長を十五班に戻すべきだと発言。
ルカは開戦当初から寝ずに戦い続けており、この場にいないシスターの予想では、今寝たら三日は起きないらしい。
また前日の早朝にあった一斉攻撃で、彼は宿場町方面の群れを単独で喰い止めていた。本人に自覚はないが、かなり消耗しているはずだとモンテが意見する。
柱教長はラウロとリヴィアに向け、もし断っても先ほどのボスコ案を採用すると伝えた。しかしラファスの現状からして、可能であれば力を貸して欲しいとも。
あまり時間の猶予はないが、二人で考えてもらいたいと頭をさげる。
こうして作戦説明はいったんの終わりとなったが、モンテから話があるとラウロたちは別室に移動することになった。
ボスコは少し寝ると用意された部屋に向かうが、お前にも後で来て欲しいとリーダーからお願いされる。
・・
・・
少しの時間が流れた。
呼ばれて一室に入ると、ボスコは不満顔で。
「話ってなんだよ」
「まあ座ってくれ」
机を挟んだ正面の席に腰を下ろす。
「まずは何から話すべきか」
少し悩んだのち、モンテから伝えられた内容は、彼からすれば突拍子もないものだった。
まず自分が光の戦神だということ。冗談だと受け流そうとしたが。
「今のうちにこれを渡しとく」
〖収納空間〗から三種の天上具を取りだした。
〖回転十字の盾〗〖眩い盾〗〖聖音の錫杖〗
込められた力の説明を聞くうちに、ボスコの表情は段々と険しくなっていく。
「なんだよ。天上界ってのは、ずいぶん太っ腹じゃねえか」
「あくまでも貸すだけだ。今回の作戦だがな、そんだけやばいって理解して欲しい」
先ほど作戦本部で受けた内容は表面上であり、本当の目的は別にあった。
【雪】から始まった異常は、明らかに何者かの意図が加わっている。
排出路での戦いは三段階で構成されたもので、事前に備えていたはずなのに突破され、水堀は機能を停止した。
その直後に始まったのは、宿場町方面に戦力を集中させた一斉攻撃。
夕方。堀の水が抜け切るのを待ったかのように攻撃は苛烈となり、町壁を狙った【同族殺し】の【雄叫び】が周囲の肉鬼を奮起させた。
モンテは悪魔や魔神という存在と、彼らがそうなった原因をボスコへと伝える。
時空神の加護者と建築神の加護者が協力して、異界より【神殺しの獣】を召喚した。
「この【雪】が時空だとすりゃ、相手は上位魔神で間違いない」
敵が本腰を入れて動いているのなら。
「もうラファス、無理じゃね?」
「見方を変えてみろ。あの人が本気だったら、とっくに陥落してる」
大前提として。
「魔界の侵攻が十年前後に一度ってのは、人類や天上界にとって都合良くないか」
「……」
それだけの時間があれば、傷ついた町や都市は復興もできる。
「この世界での侵略が始まるまで、俺らが一番警戒してた魔物は肉鬼だった」
「大鬼じゃなくてか」
戦神は当時の旧地上界を思い出しながら。
「個体としちゃオーガなのは間違いねえが、集団となった連中は化け物だ。いくつもの堅牢な都市が落とされてたよ」
「もしかして……細菌か」
現在の肉鬼は集団とはならず、他種の鬼と混ざって攻めている。
「たぶんだけどな、ありゃ土属性の魔神がやったもんだ」
しばらく考えたのち。
「そいつらは敵だけど、まだ味方でもある」
モンテはうなずく。
「今回のラファス侵攻だけどよ、なんらかの目的があるはずなんだ。天上界でいくつか予想を立ててみたが、一番可能性が高いのはラウロの〖剣〗ってことになってる」
「加護か」
先代剣の主神から、その力を継承された話をした。
そして爺と時空の魔神が友だったことも。
〖孤独の闇〗
誰にも加護を与えなかったから、ラウロの持つ〖時空〗を天上界が求めていると。
「さっさとあいつの前に現れて、用事すませりゃ良いじゃん」
「魔に堕ちるってのは、そうも簡単にはいかねえんだろ」
ここまで話を聞いてボスコも理解した。
「〖救済の光〗で俺らだけになったら、姿を現すってことか」
「もしかすると【遮断結界】で、天上界の〖転移〗を邪魔されるかも知れん」
まじかと、ボスコは天井を見あげた。
「お前やフィエロはともかく、俺やラウロは大丈夫なのか?」
目的がなにか分からない以上。
「戦いになったとしても、うちにだって時空の主神がいる。一人ぶんの隙間くらいなら抉じ〖開けて〗くれるさ」
天上界でもっとも罪深い神がいるとすれば、それは地母神ではない。永遠と言える時を休みなく働いているのは彼だろう。
ここまでの話を終えると、モンテは〖収納空間〗より〖天上の刻印〗を取りだした。
「魔神ってのは瘴気を垂れ流してる。その近場で死ぬのはちっと危険なんだ」
魂を囚われる可能性。
〖刻印〗の説明を受け。
「お前ってもとは傭兵だったんだよな。それが光の加護を授かって、喜んで導かれたわけだ」
この二人も付き合いは長い。
「その光景を想像できねえ」
黙り込み、少しのあいだ悩んだのち。
「もともと誘いを受けたのは俺じゃないんだよ」
モンテが取りだしたのは両手持ちのメイスだった。
「こいつの代わりだ」
鍛冶神により手を加えられているが、友鋼と同じく普通の鋼で、かなり使い古されている。
「教会を破門された聖職者でな、成り行きで俺の傭兵団に加わってた。正式な団員でもないんだが、うちの馬鹿どもに説教しようと試みた真正のアホだ」
最初は誰も相手にしてなかったが、馬鹿だったせいか信者を少しずつ増やしていく。
「もう最後の方は異質な集団になってたわ」
「破門された神官が天上界に誘われたのか?」
どうやらボスコはこの国が異常だとは気づいてないようだ。
「権力もった組織が年数重ねても、ずっと真面なのは珍しいんだぞ。柱教だって昔はそうだったろ」
なんとなく納得はした様子。
「お前も色んな事情で残るって決めたわけだ」
ボスコはどこか遠くを見て。
「俺にゃあそんなのねえわけよ。てかそんな誰でも導けるもんなのか、少なくとも僕ちん英雄的結果なん残してないよ」
ため息を一つ。
「輪廻を何度も繰り返して、最低でも宿命の兆しが出てるのが条件だ。本来だと、俺はまだ早いって言われてた」
「ほうほう、じゃあ僕もそれは満たしてると」
軽い口調を受けても、モンテの表情は真っ直ぐと相手を見通す。
「俺もかなりの年数を生きてきたからよ、色んな種類の定めを観察してきた」
そういう行動をとってしまう。
そういう考え方に至ってしまう。
そういう目的を持ってしまう。
そういう結果に終わってしまう。
死際に後悔したことが、来世に反映されやすい。
亡国の危機にのみ使うことを許された国宝の剣。
王族は達人級の剣技を得なければならず。兄は兄であることを否定され、弟を兄と呼ぶよう父に強要された。
やがて弟が造りあげた土台をぶち壊し、最後に兄が求めたのは、英雄の剣でこの国を終わらせること。
人生をかけて求めた剣では、城一つ守れなかった。
「お前のは骸の騎士と同列だ。自覚があるはずだ、悪いこた言わねえ、ここで旅を終わらせた方が良い」
「怖いこと言わないでよ。っていうか、骸の騎士ってそうなの?」
茶化した口調のまま椅子から立ち上がり、装備の鎖に三種の天上具を登録する。
「俺の旅はまだ終わらないぜ」
決め台詞を残して、この場を後にする。
・・
・・
休む部屋を用意されていたが、外の空気を吸いたいと本部を後にした。
「頭がパンクしそうなんすけど」
ラウロが〖救済の光〗に参加しなければ、恐らく時空の魔神は姿をさらさない。
「あの馬鹿に断れるはずねえだろうが」
せめてルカを含めた五人でと考えたが、ラウロが天上界から受け取った法衣鎧を思いだし。
「グレースの鎧か」
あれは天上具だとモンテから聞かされていた。
〖古の聖者〗は五人目の班員。
クールタイムの短縮。発動時間の延長。または消費する神力量なのか、いずれにせよ何らかの強化がされている。
そもそも今の隊長が人間の身体だとすれば、〖筋肉〗との相性が悪いのが想像できた。
人で溢れた狭い通路を見つめながら考え事に集中する。
もう外の空気を吸うどころではない。
だというのにボスコは足を止め、急に周囲を見渡す。
「……臭うな」
特別に鼻が良いわけじゃない。ただ彼は昔から、それを嗅ぎ分けることができた。
建物の壁に背中をつけ、立てた両膝に顔をうずめている少女が目に映る。
見覚えがあった。ラウロが所属している徒党と良くつるんでる四人組の一人。
「今はあの馬鹿だけで精一杯だっつうの」
再び思考を再開させようと、石畳へと集中した。
・・
・・
誰も自分を責めず。
本当は待機してなくてはいけないのに、その場に居づらくて逃げてきた。
今ごろ仲間は自分を探しているだろうか。まだ探すだけの価値を認めてくれているのだろうか。
装備の鎖に触れ、短剣を意識する。
モニカのもとへ行きたいが、物言わぬ姿を見るのが怖い。
「お父さん、お母さん」
膝下に置かれた折れた槍を握るも、誰からの返事もなく。
「どうしたの、私の可愛い娘」
返事があった。でもその声はしゃがれた男のものだった。せめて父親の真似をしろ。
「……誰?」
「俺だよ、おれおれ。ちょっとお茶しない?」
ゴブリンみたいなオッサンが横に座り、なんかナンパしてきた。
「……」
場所を移動する気力もなく、少女は無視することに決めたようだ。
「ちぇっ 僕ちんだってお前みたいなガキに興味ないっつうの」
「じゃあ話かけないでよ」
いつもビクビクしているくせに、やけに強気な少女。精神的にそれどころではないのだろう。
「ラウロと昔組んでたオジサンです。今は満了組に所属してます」
その言葉に興味をもったようで、視線を横へと向ける。
ラウロとモンテの会話でも小耳に挟んでいたようで。
「まあ何となく話は聞いたよ。やらかしたなお前」
自分のやらかしを知っているのだと理解し、少女はもう一度頭を膝にうずめる。
「俺も班のお金をちょろまかして、しょっちゅう賭け事で全部使っちまってな。よくリーダーに怒られるから、気持ちは分かるぞ」
「一緒にしないでよ」
心外だと驚いた口調で。
「はあ? じゃあ何が違うんだよ、言ってみろやクソガキ」
「助けようと思った、汚染はやばいって聞いたから。私は勇気をだしたの、役に立ちたかったの、おじさんのは自分のためじゃん」
けっ と唾を吐き。
「すぐ口に出せる理由ってのは、大体が自分に都合が良い嘘だ」
「……」
図星だったのか、少女は黙る。
「俺の話聞いてたろ、僕ちんけっこう屑だから。同じ最低どうし、笑わんから言ってみ」
言いたくはないのだろう。
なんの返答もなかったが、ボスコは後頭部に手を組んだまま壁に寄りかかり、口笛を吹きながら待ち続ける。
「…れ…った」
「聞こえねえっつうの」
顔を膝に隠しながらも、やけになったのか。
「褒められたかったのっ!」
本当の理由を受けて、ボスコはしばし唖然としたあと、思わず吹き出す。
「なんだそれ、お前可愛いなっ」
堪えられず、その後も腹に手を当てて笑い転げる。
「……うそつき」
謝ることもせず、息を整えると。
「俺はどんなに金遣いが悪くて、仲間に迷惑をかけようと、悪いなんてこれっポッチも思ったことがねえ」
「本当に最低ですね」
だろぉ と自慢気に返してから。
「加害者がどんなに罰を受けようが、本人が反省してなけりゃそれは罪にはならねえ」
あんなことするんじゃなかったと思うが、それはただ罰がきついだけ。
さっきから口調が二転も三転も変化するから、どれが彼の性格か少女には良く解らない。
「誰からも罰せられなくても、お前がそれを罪だと認めれば、その罪はお前だけのもんだ」
さっきから臭くてたまらない。
すでに到達しているのなら良いが、まだ未成熟なそれは特に臭い。
ここまできついのはラウロ以来だ。
激臭に表情を歪めながらも、ゴブリンはなんとか立ち上がり、少女の頭を雑に数度叩く。
「誰にも渡すな。許されてもずっとだ、赦しなんて請うな」
償い。
「自分を許すな、一生背負い続けろ」
去っていく相手を見もせず、じっと顔を伏せたまま。
やがてふと空を見上げれば、そこには〖勇気と友情の紋章〗が輝いていた。
・・
・・
疲れた様子で息を吐き。
「赦されない罪なんざ、あっちゃいけねえんだけどな」
彼は支えずにはいられない。
「覚醒すっかも。一応、僕っ娘に伝えとくか」
その生涯を捧げようと。
未練があった。
後悔もあった。
その後どうなるかの心配もあった。
だけど導かれるわけにはいかない。
まだ見ぬ英雄が待っているのだから。




