6話 ラファスは燃えているか
ラファスはダンジョンによって発展したので、魔界の侵攻が始まってから大きくなった町といえる。そのため市街戦も想定されており、中規模の道はやがて大通りと合流し、内壁に近づくほど単純化されていく構造になっている。
それでも教都方面だけで内壁に通じる道は数か所あり、封鎖されている細いのも含めればさらに多い。
激戦が想定される中央通りには救援組をいくつか置いておきたい。また避難を助けるため町壁へと向かっている上級組もあった。
以上の理由から、【同族殺し】に向けられる戦力は限られており、だからこそボスギョという札を切る。
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内壁の周囲は広く、普段は露店や大道芸人、吟遊詩人などで賑わっていた。しかし今は最終防衛線として、十組ほどの探検者たちが集められていた。
ヤコポは足もとの〖聖域〗を眺めながら。
「やるしかねえな」
覚者が戦闘不能となっても木人は戦い続けていたが、〖繋がる心〗により二体が消滅したのを少し前に確認した。
立木の本体を召喚できなければ、覚者を含めた三体も当分は呼び出せない。
「とりあえず、俺が使うことは出来そうだ」
石畳の隙間から蔓が伸び、それがヤコポの全身に絡みつけば、鎖帷子の代わりとなった。続けて巻きついた根が装甲に変化し、〖立木の鎧〗が完成する。
重さはそこまでなく、耐久も将杖に比例して強化されている。
「サラさんいないから、回復役は俺になるのか」
壁を上り下りさせる要員が足りておらず、そちらに回されていた。これだけなら臨時加入の土使いでも良かったが、負傷者の手当もとなれば彼女にお願いするしかない。
ヤコポは装備の鎖から量産品の将槍をだし。
「あんま期待しないでくれ」
〖花鎧〗系統の神技が使えるも、ヤコポ自身は習得したばかりなので、熟練がないに等しい。また〖お前の鎧〗はもらえないし、断魔装具としての神技強化もできない。
〖根〗による直接の攻撃と防御があったはずだけど、現在の〖立木〗にそういった機能は消えていた。そのぶん木人が強化されているのだと思われる。
トゥルカは柄の握りを確かめながら。
「わかってる。ただ今まで見たいに回復薬も使えない」
倉庫街と分断されたことで持ち運びが難しくなっていた。
土使いは軍服の合図で〖狼〗を前に出さなくてはいけないので、〖ローブ〗の光をまといながら召喚作業を続けていた。
「俺ら三番手でいいんだよな」
敵は【同族殺し】だけなので、十組で一斉に襲い掛かる訳にもいかず。相手の突破力を考えると不安が残る。
「〖前後の風〗と〖炎矢〗を使ってから、〖岩亀〗を突っ込ませる」
どのように攻めるかは、予め決めておく場合が多い。
「俺の〖槍〗と〖地炎撃〗で動きを止めながら、〖緑光〗と〖法陣〗を待って、最後にトゥルカの〖炎剣〗で良いか?」
「私は〖緑光〗が中心だったから、〖向かい風や追い風〗だと熟練が怪しいかな」
そうかと残し、ヤコポは黙り込む。
足音が背後から聞こえてきた。
「〖緑光〗と〖地炎法陣〗で封じたら、〖岩亀〗に突進させる」
顔色の悪いゾーエが立っていた。
「次に相手の視界を〖炎放射〗で奪う。こっちで敵味方の判別をしとくから、ヤコポは〖立木の盾〗を巻き付けて、その隙に回り込んだトゥルカの〖赤鉄〗でとどめ」
「〖地炎法陣撃〗と〖炎人〗が厳しいだろ」
杖を握りしめ。
「これじゃなきゃ多分倒せない。どっちかが失敗した時点で、私たちは次の組に任せる」
「俺は槍か弓しか手札がない。盾と剣が使えるのはコロンボだけだ」
〖槍〗の投擲は先端が敵に向かって伸びるため追尾(弱)がつく。だけど柄を握ってなければ〖土槍〗による重さの調節ができない。
〖弓〗は放った〖矢〗を敵の関節などに巻き付けて動作を阻害する。追尾(中)。
「もっと詳しく教えて」
覚者は〖木鎧〗と〖槍水〗だが、魔界の侵攻以外は〖眠者〗となり、〖香る木花〗や〖眠者の寝息〗を使う。
守護者は〖花木鎧〗と〖土木槍・木弓〗の中・後衛。
男型は〖土木鎧〗と〖土木盾・土木重剣〗の前衛。〖重の剣〗が使えるのは〖立木〗の熟練と、将杖による神技強化の影響かと思われる。
女型は〖木杖〗のみだが、愛の属性が宿るのは彼女だけ。
「逃げ道は用意しといた方が良いから、ヤコポは槍の投擲で拘束して。トゥルカも炎人が失敗したら、攻撃しちゃだめ」
ゾーエは覚束ない足取りのまま、別の探検組へと向かい、彼らとの話し合いを始めた。
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壁上より、鎧をまとった軍服が激を飛ばす。
「もうこの先に後はない。我々で家族を、知人を、友人を守るぞっ!」
大通りの先を睨みつけながら、各分隊に指示をだしていく。
〖土矢〗での足止め。
〖鎧矢〗での防御力と装甲の弱体化。
〖近接矢〗での攻撃。
「もし我々が仕留められなかった場合、探検者の諸君に託す!」
敵が群れであれば引き続き矢を放ち続けるが、こちらに特攻してくるのは一体。
強化個体の中には戦闘態勢に入るまで、その存在を周囲に紛れされるのもいるが、今回は当てはまらず。
〖風読〗を使える兵士が叫ぶ。
「来ますっ!」
逃げられたあとも、武具屋の嫁は〖血刃・抜〗を続けていたようで、その肉体には軽くない傷を負っていた。
軍服は剣を掲げ、頃合いを見計らう。
彼の合図と共に〖弓矢〗が放たれ、〖召喚〗が走り出すはず。
空気を吸い込み、剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
姿を現した【同族殺し】は、なぜか急に立ち止まる。
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もしかすれば壁には届かなかったかも知れない。だがこの十組が被害を受けるだけでも、かなりの痛手となっていた。
古き英雄。
土の主神から加護を授かり、青い火を灯す白銀の騎士が、戦神の加護者を灰に帰した。
「大通りの連中に群れを喰い止める力は残っとらんよ、さっさと配置につかせな!」
静寂の中、良く通る声が響けば、軍服は意識を取り戻し。
「協会員の指示に従い、各自交代を進めてくれ!」
実体のないオークたちの攻撃に精神汚染のデバフがあるとすれば、〖さらば友よ〗で相殺されたとしても兵士の消耗は考えられる。
【神官】はある程度引き付けると【装備】の物質化を解き、【同族殺し】の後を追っていた。そのためこちらの対応をしていた探検組に被害は少ない。
直撃すれば即死とされる攻撃に対し、多くの防御神技は無力とされている。だがこれらのお陰で致命傷にまで状態を改善できたなら、治癒で一命をとりとめられる可能性があった。
ましてや今は〖さらば友よ〗により、回復の弱体化がなくなっている。
モニカ組は死傷者の運搬を頼まれ、その作業が終われば休憩に入ってくれとの指示がでたので、いくつかの担架を持って走り出す。
ミウッチャたちは内壁まで戻ってきた。
持ち場の交代作業が始まっていたこともあり、無事に打ち取れたのだと安堵の表情を浮かべ。
「大丈夫……みたいだね」
軍服も壁から下り、彼女のもとへと駆け寄っていた。
「戦乙女殿が駆けつけてくれてな」
視線をそちらに向けると、風に散りはじめた灰山の傍らで、紙煙草に火をつけている。
「……え?」
「早速で申し訳ないが、ここは私が引き受けるので、中央通りの指揮を頼む」
これからの指示を受けても、ミウッチャはそちらが気になって頭に入らない。
軍服はけっこう偉い立場にいるためか、彼女の見た目について知っていたのだろう。
「あの姿は〖忠心の焔〗によるものだ」
「え”ぇっ まじで」
返事をしたのはミウッチャではなく、同行していたカークだった。
その声に気づいたのか、戦乙女と呼ばれた騎士がこちらを見る。
「おうお前さん、無事だったようだね。あたしゃ長いこと教会にこもってたから、戦況も良く解らなんくてよ」
〖気配〗でただ事ではないと感じ、〖岩亀〗を走らせたのだろう。全ての装備が神素材なので、大量の神力を沈めれば、かなりの神技強化が可能。
騎士がこちらに向かってきたので、ミウッチャは思わず一歩さがってしまう。
「あ、ありがとうございます。ボクたち取り逃しちゃって、焦ってここまで来たんだ」
戦いが終わっても〖火〗は灯り続けていた。
「たぶん一日以上は持つと思うからよ、それまでは戦力として数えてもらって構わんさ。指揮とかは御免だがね」
どうやら下準備に時間が必要なぶん、〖蒼炎〗はかなり長く持つ神技かも知れない。
ミウッチャはカークを見て。
「ちょっと、あんた知り合いなの?」
「知り合いも知り合い、あたしの愛人だよ」
ギャハハと笑いだす。
「まってくれ、笑い話にならんから」
戦乙女と呼ばれるだけの姿をしているが、話す内容と品のない笑い方は、たしかにシスターさんだ。
ミウッチャも記憶に残る老婆の面影を思いだしながら。
「なんていうか、ちょっと羨ましい神技ですね」
「準備が死ぬほど辛いから、あんまお勧めはせんよ」
ムエレは屋根上の足場から〖戦士〗を召喚していたため、バッテオはそちらに付き添っているが、他の面々はここにいた。
「残念だったねカーク、熟女じゃなくなっちゃって」
「うるさい!」
顔を真っ赤にしたリーダーをその場に残し、ガスパロは〖薬〗の補充に向かう。
ボスギョは青年の肩に手をおき。
「ぎょぎょギョ―ぎょ」
ウインクをして内壁へと去っていく。
「え?」
なにを言ってるのかは不明。〖潤い薬〗を頭から振りかけているので、水でも浴びに向かうのだろうか。
武具屋の嫁は装備の鎖から大剣をとりだし。
「私はこれを修理に出したいところですが、一度もどっても良いでしょうか?」
応急措置しかできないが、内壁にも一応の設備はある。
「もう引退してるのに、酷使しちゃってごめんね先生。中央通りに来てくれると助かるよ」
「問題ないですよ。それにうちの馬鹿旦那は倉庫街ですし、様子も見にいけませんので、すぐ戻ってきます」
白銀の騎士は空を見あげ。
「この紋章はグレゴリオかい?」
「……うん」
〖お前の鎧〗 衝撃吸収は打撃に有効な機能だが、強力な斬撃を受けたコルネッタは意識不明のままだった。
軍服は姿勢を正し。
「できれば宿場町方面の援護をお願いしたく」
「私もそうしてもらえると有難いです。こっちで何名かつけるからさ」
騎士が本格的に育てている召喚は、〖大地の腕〗と〖土狼〗だった。しかしターリストほどの群れは扱えない。
「指揮に関しちゃ鉄塊団に任せるが、了解した」
軍服は一礼をしてから、兵士を引き連れて進んでいく。
未だこの場に残っていたダニエレが、大通りの先を眺めながら。
「んで、どうすりゃ良いんだ。俺はまだ戦えるぞ」
その視線はどこか恋焦がれるように、戦場へと向けられている。
「あんたらもちょっと休んだら、中央通りに来て」
「わかった」
騎士は去っていく彼の背中を見つめたまま、カークに向けて。
「お前さんも水のガキも、探検者で問題なくやってけるだろうさ。でも奴は騎士団の方が性に合ってそうだね」
それが幸せとは限らないと加えてから。
「あたしの教え子によく似たのがいてね、そりゃもう役立ったよ」
理不尽を押し付けてくる、糞みたいな上官。
「お前さんがもう一度受けりゃ、あの二人もついてくるだろ。もしその気があるなら、考えてみたらどうだい」
今のカークたちなら、きっと一次審査も通るはず。
「言ったからには責任もって、俺らのこと鍛えてくれるんすよね?」
ただ本人からすれば少し悔しい気持ちもあった。進めた理由が自分ではなく、ダニエレという部分に。
「なんだい、あたしで良いってのか。嬉しいじゃないか」
たぶん後悔することになるだろう。理不尽の化身と恐れられた人物を育てたのは誰か、彼はまだ気づいていない。
その時だった。
石畳の地面に巨大な肉体が着地し、地響きを発生させる。
「もう大丈夫よ、私が来た 来ちゃったわっ!!」
しばしの沈黙。
「あれ、おかしいわね。まだ反応があるんだけど」
探検者となるにあたり、自ら編みだした隊長センサーだが、いまだ筋肉はヤバイと訴えていた。
「さっきまでは悪魔級だったのに、今は魔神を通り越して、上位にも喰い込みそうなレベルなのに」
素顔を隠した巨体が辺りを見渡せば、両者の目と目が合った。
その瞬間、脳裏に強烈な電気が走り。
「なっ なん…で」
今の自分は拳術神としての意識が覚醒している。人間など恐れるはずもなし。
だというのに全身の筋肉が震え出した。
言う事を聞かなければ、筋肉がとけるツボをおすと脅迫された日々。
そんなものはないはずだと、教都の書庫を数年かけて調べ確信を得たのに、彼女の指を前にすれば筋肉が震えだす。
どうなる日光仮面。
「……い、いっ いやぁぁぁっ!!」
ラファスの町中に拳術神の悲鳴が木霊した。
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宿場町方面。
戦争において士気というのはとても重要な要素。
どんなに有利だったとしても、これが低くなるだけで戦況は覆るのだから。
倉庫街の指揮をヴァレオに任せ、鉄塊団の上層部は外壁を鼓舞して回る。
「最後に残してくれた希望を無駄にするな! 武器を持てっ! 託された意志を胸に、俺たちでラファスを守るぞ!」
ルドルフォの激励はいくらかの効果をあげていたが。
「今こそ心を一つにするんだ、逆境を跳ね返せっ! ファイヤー!!」
イルミロは自分の無力を痛感していた。
むしろフラヴァロたちの鼓舞の方が、自分よりも皆を励ませていると感じる。
引退してもなお、グレゴリオは団員たちの支えとして、大きな役割を担っていた。
内壁より聞こえてきた【雄叫び】が、肉鬼たちを奮起させたようで、なんとか保っていた均衡が崩れたのも原因と言えるか。
水使いはオークの大剣を〖盾〗で受け止め、角度をつけて横へと流しながら〖剣〗で足を斬る。
盾使いが側面からの〖突進〗で姿勢を崩し、剣使いが〖無断・幻〗で終わらせた。
周囲の雑魚は鎧使いが〖鎖〗で引き寄せ、火杖が〖炎放射〗で敵味方の判別をしながら一気に焼き払う。
「……くそ」
水使いはもともと前衛を希望していたが、得た加護が後衛だった。
そんな彼に剣盾鎧の仲間を紹介してくれたのが、当時は団長を務めていたグレゴリオ。
いったん地面に〖剣〗を突き刺して〖消毒の雨〗を降らすも、ここは〖さらば友よ〗の範囲外なため、状態異常は完全に治癒ができず。
「なっ」
小さな影が横から迫り、地面に刺していた〖剣〗を奪われる。
気配にまったく気づかなかった。咄嗟に距離をとって〖盾〗を構えるも。
「やっと見つけたわい」
老人が嬉しそうに〖剣〗を振り回していた。
服装はそこらにいる村人のそれだが、どこかで拾ったのか、すこしサイズの大きい兜をかぶる。
なぜここに老人が。
「とっ とりあえず返してくれ、それ俺の武器だから」
頑張って買った将王製の剣。
「馬鹿いうな、わしはこいつと共に駆け抜けて三十年じゃぞ」
もと第一騎士だとするなら、恐らく二十前半には得ていたはずなので、この爺さんは現在五十代ということになる。
「あれ、わしの神鋼だったんじゃが。まあ良いや、これわしのっ!」
気に入ったらしい。
困り果てた水使いは、仲間に守りをお願いして。
「誰かこの爺さんを避難させてくれ!」
その声が届いたのだろう。
「ロモロさん、なんでこんなとこにいるんですか!」
イルミロが外壁から身を乗りだした。
前回ラファスが大外れを引いたとき、まだ彼らは試練を受ける前後で、本格的な参戦はしていなかった。それでも鉄塊団としての繋がりで、初老共とも面識はあったようだ。
「なんじゃその萎んだ火は、お前の炎が泣いとるぞ!」
爺の〖兜〗が赤く光れば、次の瞬間には頭部だけが燃え上がった。
「その眼に焼き付けろ、わしのキング・オブ・ファイヤーハートを!!」
正確には〖炎鎧〗なので、炎心ではない。
頭の赤い炎を後に引きながら、爺が水使いを振り切って進みだす。
「燃えろファイヤ、戦うんじゃ!」
目前の肉鬼を睨みつけ。
「歯を喰いしばれ!」
熱気が渦を巻き、剣が火花を散らす。
発生した炎が剣を包む。
「必殺っ! ファイヤーブレードじゃ!」
肉鬼は盾で防ごうとするも、唸りをあげた〖炎〗が老人ごとその巨体を焼き尽くす。
骨鬼が側面より槍で突いてきたが、身を屈めて回避すると、炸裂キックが当たって敵を吹き飛ばした。
その光景を見ていた周囲の探検者が。
「あっ あの爺さん何者だ、いったい誰なんだ」
注目が集まる。
あれは誰だ、誰なんだ。
「わしじゃぁ!! わしが噂のバーニング爺じゃ!!」
突然暴れだした老人を魔物たちが囲み、しまったと探検者たちは助けに向かおうとしたが。
「……イグニッション」
爺の炎が頭から全身へと広がった。
唸りをあげた炎が魔物たちを次々に焼き殺す。
「応えろイルなんとか!」
「はい師匠!」
いつの間にか団長は地面へと降りていた。
「あんたら師弟関係じゃないだろ」
近くにいた団員が思わずつっこむ。
だが熱血状態の二人に声は届かず。
「見よ、宿場町方面はっ!」
二人の炎がこの場を熱した。
「「赤く、燃えている!!」」
自分たちが確りしなくてはと、団員たちは士気を向上させた。




