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いつか終わる世界に  作者: 作者です
いつか終わる世界に
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4話 それは彼女が最期にみた幻想



 【汚染】の肉体は町壁を突破した時点で限界を超えていた。


 その後もいくつかの死闘を経て、もう無理やり動かされている状態でしかない。



 攻撃を仕掛けてきた【同族殺し】にも抗うが、【汚染】は最後まで細菌を拒み続けた。


 灰の山に大きな本が落ちれば、その衝撃でページが開かれる。


 汚い文字は所どころが線で消されており、小さい字で修正が加えられていた。


 少なくともこの世界に存在する文字ではないが、滲んだインクと血や埃で汚れ、とても読めたものではない。


 風が吹けば、本もまた灰となって散っていく。




 一回り大きくなった〖木の幹〗。そこに背中を預けていた〖女〗が、閉じていた瞼をゆっくりと開けた。


 今は〖覚者〗とでも呼ぶべきか。彼女が離れると、立木は枯れて土に帰る。



 ずっと眠り続けていた白い肌。


 木漏れ日のような薄い緑の髪は長い。


 身体には〖木製の鎧〗をまとう。



 元となった肉体が眠者だからか、その姿にかつての面影はない。だけど立ち姿には確かな覚えがあった。


 拾った短剣で長い髪を切れば、風がそれを散らす。そっと地面に置き、続けてモニカの槍を持ち上げた。


 新たな〖魂〗が宿ったことで、この神技は別物に変質したと考えて良いだろう。



 探検者のような造形となった二体の木人。


 〖木の根〗が石畳を突き破って伸びれば、それが男型の両腕にまとわりつき、〖立木の盾と剣〗になる。


 女型にも〖根〗が巻きつき、そちらは〖立木の杖〗となった。


 


 いまだ灰の山を見つめる【同族殺し】に意識を向けながら。


「立て直すぞ」


 返事はない。


「ゾーエ!!」


 司令塔である彼女は両膝を地面につけ、杖も落下して転がっていた。


 ヤコポは地面に手を添え、〖気配〗を発動させる。まだ魔物は町壁から動いていない。



 【汚染】が現れた。モニカが内壁へと走らせた内容はこれのみ。


 誰かを向かわせるべきか。


「サラさん、この現状を伝えてくれ」


 横たわるモニカを見つめたまま、しばらく黙っていたが。


「……わかった」


 本当にこれで良いのか、この判断は正しいのか。


「トゥルカ、立てるかっ!」


「大丈夫っ まだ行けるよ」


 普段の彼に戻っており、すでに炎身も鎮火している。


 もし〖鎧〗の衝撃吸収がなければ、もっと重症だったかも知れず。



 その名を呼ぶか悩んだが、そんな猶予はない。


「フローラ、そいつの傷を治してくれ」


 本物は水使いだった。


 女型はうなずくと、トゥルカへと〖杖先〗を向ける。すると彼の前方に〖若木〗が生え、それが〖花〗を咲かせて薄く光る。


 負傷と状態異常の単体回復。


 今は呼び名を剥奪されているが、地母神はもともと愛との深い繋がりがあった。


 ゆえに彼女の神力には愛情の属性も宿っている。


 鎧の損傷はみられるも、トゥルカはなんとか立ち上がった。


「こいつらの守りに入ってくれ」


「わかった」


 【同族殺し】はメイスを握りしめると、確かな意思のこもった眼差しで〖覚者〗を睨みつける。



 女型が〖杖〗を石畳に叩きつけると、まだ戦意を失っていない三人の前に〖若木〗が生え、それが小さな〖実〗をつける。


 状態異常耐性。非物理属性耐性。


「〖種〗も飲み込め!」


 身体能力強化。


 効果時間は長いが、消化するまで再度の使用は不可。



 【同族殺し】は灰の山を避けて前に進みだした。


 雄叫びもなく、足取りには激しさも勢いも感じられず。


 瘴気に穢されたメイスだけを握りしめる。




 氷気をまとった〖一点突破〗が宙を駆けるが、その速度に合わせて【戦棍】を振り下ろす。


 破壊されることはなかったが、〖槍〗は地面へと叩きつけられた。



 駆けだした守護者の手に、地面から伸びた〖根〗が絡みつく。


 握られた〖立木の槍〗が投擲されると、先端が枝分かれして、【肉鬼】の首を拘束する。


 【メイス】に押えつけられていた〖槍〗が解放されると、〖覚者〗は前方の握りを持ち変えて、一歩さがりながら【脛当】を斬り裂く。傷は浅かったが、〖血刃・抜〗により出血のデバフが発生した。


 肉鬼は空いた腕で拘束していた〖槍〗を引き千切り、〖覚者〗に向けて【得物】を振るう。


 後退しながらの足払いだったので回避には成功したが、その風圧が眼球に直撃し、血刃は機能を停止する。


 一撃の威力は大鬼並だと判断。メイスは鉄塊よりも一回り小さいが、人間であれば両手持ちの武器になるだろう。


 側面より男型が〖盾〗で打ちつけると、こちらもヤコポの槍と同じく、枝分かれして【同族殺し】の片腕を封じてくる。


 拘束されたまま腕を動かし、男型の位置を無理やり操作すれば、〖覚者〗の追撃を防ぐための盾とする。


 男型は揺さぶられながらも、枝分かれした盾の隙間に〖剣〗を通す。


 だが〖立木の剣〗には刃もなく、装甲に弾かれてしまう。



 本来だと地母神は主神級であり、彼女が扱っていたのは杖だけではなかった。


 〖重の剣〗が装甲の重量を増加させ、相手の左半身に巻きついた〖土の盾〗がその巨体を沈ませる。



 回り込んできたヤコポも〖槍〗を取り出し、先ほど〖覚者〗がつけた【脛当】の傷に切先を通す。


「行けっ!!」


 いったん下がっていた〖覚者〗が飛び上り、肉鬼の【兜】に目掛けて〖無断〗を叩き下ろした。


 【メイス】での受け止めに成功するが、〖幻〗の追撃で押し込まれるも、軌道を肩へと反らす。この一撃により負傷はしたが、同時に〖盾〗の拘束も一部が崩れ、〖覚者〗は男型ごと吹き飛ばされる。


 【同族殺し】は一歩を踏み出しながら、【靴底】でヤコポの〖槍〗を踏み折れば、そのまま【メイス】を振りかざす。



 町中に昇った〖狼煙〗は探検者も避けて通る。


 だがそういう決まりを守らない不良もいた。


「悪く思うなよ」


 〖風伸突・重〗でヤコポは吹き飛ばされ、なんとか回避には成功するも。


「ぐぉっ」


 消費した蓄積数が二回分とはいえ、普通に攻撃力があったりする。



 さすが嫌われ者と嫌味を口にしてから、ガスパロは両手に〖瓶〗を握って。


「回復はそっちでしておくれよ」


 〖錆〗の〖雨〗だけでなく、直接に〖噴射〗も放たれていた。



 続けて背後から〖一点突破〗が迫るも、【同族殺し】は咄嗟に【メイス】を操作し、ギリギリで受け止めに成功。


「〖引波っ!〗」


 土属性だが、性能としては追い風と向かい風に近い。


 ただラウロの指示により、通常の〖波〗を優先させていたので熟練は低い。こちらを使ったのは、直接当てた対象には、(弱)だが押えつけが発生するため。


 しかしこの相手は魔力により、身体能力が強化されており、頭の位置はそこまで下がっていなかった。


「十分」


 飛び上った武具屋の嫁が、空中で〖大剣〗を出現させ、そのまま【兜】へと振り下ろす。


 〖平伏・大剣落し〗が発動するも、装備の鎖より出現させた武具は、まだ神力が沈められていない。


 肉鬼が空いた手で掴んだのは剣の根元であり、その部分では威力も半減する。


 〖無礼・断罪落とし〗で筋力と重量が増すも、やはり威力が足りず横に反らされた。


「無罪が証明されましたね」


 この一手は〖冤罪〗と判断され、〖大剣〗に亀裂が入った。


「グレゴリオに感謝しませんと」


 手の平をかざすと、その先に落ちていた〖両手剣〗が引き寄せられた。この武具には十分な神力が込められている。


「貴方たちもラウロにはちゃんと伝えなさい。もう相手がいない場合だってあるんですから」


 武具屋の嫁は【メイス】での追撃を〖無断〗で弾く。


「……」


 歯を喰いしばった剣使いが、装甲の薄い部位を狙って〖血刃・抜〗を発動させるが、未だ握られていた大剣で防がれる。


「いったん下がって、態勢を立て直しなさい」


 彼女の両手剣は根本に刃がなく、そこを握って肉鬼の【メイス】を受けて流す。


 石畳に減り込んだそれを靴底で踏みながら、〖柄尻〗を脇腹に打ちつけるが、肉鬼は身体を捻じって衝撃を反らす。


 続けて彼女の足を払うように【メイス】を振るが、〖剣先〗を地面に固定して側転で回避する。


 【同族殺し】はその隙に奪った得物を宙に浮かせ、しっかりと柄で握り締めていた。


 瘴気をまとった【大剣】が彼女へと叩き落されるも、固定していた〖剣先〗で地面を押し返し、着地位置を遠のけることで逃れる。



 その動きには大鬼のような武術の気配はない。


「上手いですね」


 幾多の戦場を生き抜いた経験が【肉鬼】を反応させる。


 奪われた【大剣】を引き寄せ、相手の姿勢を崩してから、素肌がむき出しの部位を狙う。だが〖血刃〗という神技を警戒しているようで、身体を捻じって【装甲】で弾く。


 出血はしたが、傷が浅すぎて〖抜ける〗魔力も少ない。



 アリーダと違い、剣の主神から紅は受け取れてないが、それがあったとしても現状では厳しいか。


 彼女も若くはない。まだ神力に余裕はあるが、今日までの連戦で疲労はかなり蓄積されていた。



 相手もここに来るまで、相応の戦いを潜り抜けたと装備から判断できるが、見たところ新しい傷以外は確認できず。


「……まさか」


 だとすれば、現状はかなりやばい。


 いったん間合いをあけ、武具屋の嫁は【同族殺し】を睨みつけながら。


「この個体は治癒を使う可能性が高いです!」


 〖花〗により傷を癒したヤコポが、〖鎮痛薬〗の瓶をその場に落す。


「嘘だろ」


 急いで地面に手を添え、周囲の〖気配〗を探る。


「もう時間がない」


 こちらの〖召喚〗を突破し、この大通りにも数分後には。



 焦る青年の肩に手が置かれた。


 〖覚者〗は無言のまま、じっと【同族殺し】を見つめる。


「……」


 ゾーエに意識を向けるが、彼女は視線を泳がしたまま言葉を発しない。



 青年は先ほど習得したばかりの内容を、再度脳裏に思い浮かべてから、自分の神技である三体を見渡す。


 〖覚者〗が死ねば、当分〖立木〗の召喚が出来なくなる。



 この場で決断すべきこと。


「こいつらを残して、俺らは逃げるぞ」


 血塗れの少女は両腕に力を込め。


「モニカさん……死んで、ない」


 ヤコポは【同族殺し】から視線を反らさず、慎重に移動してから短剣を拾った。


「だとすりゃ、さっきからお前が抱かえてんのは誰だ」


 言われてそちらに視線を向ければ、無常な現実に泣き崩れることしかできず。


 〖覚者〗が将鋼の槍を使うので、そちらは無理だから。


「お前が使え」


 短剣をセレナに放り投げる。



 ゾーエは手首で目もとを何度もこすりながら。


「だとしても、置き去りになんてできない。だって、私は見覚えがある!!」


 使い手なのだから、関係しているとはヤコポも気づいていた。



 ダニエレは〖剣〗を構えながら。


「残るにせよ逃げるにしろ、さっさと決めてくれ!」


 今回ばかりは、ガスパロも彼に賛同するようで。


「あと十秒で決めれないなら、カークの指示に従いなよ」


 この場に残りたいと、そこから立たないゾーエの名を叫び。


「走馬灯なんだよ!」


 二体の木人を動かしているのは感情の紋章なのか、それともあの時に散った魂なのか。


「溺れちゃいけねえ」


 ただ一人残されたからこそ、認める訳にはいかない。


「フローラもコロンボも、俺の記憶より背丈が高い」


 もしあの時に殺されず、そのまま探検者を続けていたら。


「これはモニカが死際にみた幻想なんだ」


 そう言い聞かせなくては、自分を保てそうにない。



 まるでこちらの判断が決まるのを待っているかのように、そいつは攻撃を仕掛けることもなかった。


・・・

・・・


 戦神。


 かつて害獣として蔑まれていたからこそ、この地位へと種族を上らせてくれた彼に、できる限りの崇拝を捧げてきた。


 教えはとても単純なものだった。



 戦争にルールはない。


 だからこそ自分で、自分たちで決めるべき。



 我々はいわば傭兵種族だから、時に同族で殺し合うこともあるだろう。だが決して手を抜くな、その行為は侮辱と知れ。


 村や町で狼藉を働くのは、堅牢な城壁に引きこもる連中を刺激する時だけ。


 共に死線を潜る者は、種族に問わず見下すな。それぞれの役割を熟知し、果たさぬ者を愚弄しろ。



 これらは戦神の教えではなく、部族ごとにそれぞれの神官が、自分たちで決めたものだった。だから違いもあったりする。


 故に戦神の書は白紙。


 書き込むのは神官であり、幾たびの戦場を重ねるたびに削除と追加を繰り返し、最後まで終わらない修正を続ける。



 今やかつての面影はなく。


 野生の動物は別として、知性ある生物を食らうなど、害獣だったころすらなかったはず。


 我々が最も恐れてた先祖返りという現象が、それよりも酷くなっている。






 誰か教えてくれ。


 この仕打ちはなんなのか。


・・・

・・・


 肉体を失ったからこそ、声にならない魂の叫びが届いてしまった。



 恨むなと言われても、あの光景は脳裏から消えず。


 憎むなと言われても、失った過去は取り戻せず。


 赦すなど。



 ただ理解はしてしまった。


 あの言葉の意味を。



 オークではなく魔物の、肉鬼のいない世を願う。


 だがもうその術はなく。


 この思いが宿命へと変化すれば、もう未練など関係なく輪廻へと導かれる。


 だけど彼女が望むのは此処。



 これが宿命だというのなら、どうかもう一度この世界へ。


・・・

・・・


 誰に命令されたわけでもなく。


 町壁を越えてきた魔物を防ぐため、そちらには二人の仲間を向かわせた。


 〖覚者〗は【同族殺し】との一騎打ちに挑む。



 無謀だとはわかっていたが、なぜかその選択をする。


 もう槍は折れてしまった。


 石畳に片膝をつけ、動かなくなった片腕にもう一方の手を添える。



 なぜか【メイス】も地面へと向けられていた。


 見届け人を引き受けてもらいたいらしい。



 土に帰り始めた〖覚者〗を残し、【同族殺し】は横切っていく。


 振り返り、去り行く背中を眺める。


 せめて大通りの先に消えるまでは、この身を保ち続けよう。



 魔力が霧となって、やがてそれは肉体を形づくる。


 二体の【神官】を先頭に、実体のないオークの軍団が現れた。



 上空に浮かぶ〖勇気と友情の紋章〗が、瘴気から彼らを守るはずだ。


 屍と成り果てたその身に、もし未練があるとすれば。


 望みは一つ。


 我ら戦場の露と消えよう。



 それは戦神に捧げる讃美歌。


 いや、挽歌と呼ぶべきか。



 天に掲げるは一振りの戦棍。


 ラファスの町に【ウォークライ】が鳴り響く。









以前からタイトルの内容が大分ズレてるなと感じておりまして、悩んだ結果変更をさせてもらうことにしました。


ご迷惑をお掛けします。

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