2話 あの頃へ
一部の団員と協会の戦闘員を護衛につけ、男爵たちを見送ってすぐ。
この場に残ったのはグレゴリオと、盾・風弓・剣・水の四名。
索敵をしていた者は頭上を。いや、建物の屋根上を睨みつけていた。
「警戒っ!」
風使いは即座に〖弓矢〗を構えるが、相手の方が一足先に動く。
空を見上げたグレゴリオが咄嗟に一歩さがれば、石畳の地面が爪状に抉られ、周囲に破片が飛び散った。
「なっ!」
頭上より、小さき影が【風】と共に着地する。
見たことも聞いたこともない神技。いや、魔技と呼ぶべきか。
【軽鎧】を薄暗い緑の【風】が渦巻く。左腕はなにもまとってないが、右腕には緑の闇が蠢いていた。
【手甲】から伸びるのは二本の【鉄爪】であり、瘴気がその形状を隠す。
「来るぞっ!」
近場にいた水使いに攻撃を仕掛けるが、その飛び込みに合わせて身体を引いて回避に成功。しかし小鬼が振り抜いた【爪】からは、【風の刃】が伸びていく。
〖君の盾〗を貰っていたことが幸いして、なんとかその斬撃を防ぐが。
「こりゃ何度も受けれねえぞ!」
将製の盾は表面が爪状に削られていた。それでも吹き飛ばしはないようだ。
【軽鎧】の緑が薄まり、右腕に【風】が発生する。
グレゴリオは痛み止めの〖薬〗を服用してから、両手持ちの〖戦斧〗を片手で握りしめ、盾使いに向けて叫ぶ。
「近づけ、振り抜く前に止めることを意識しろ!」
「わかった」
ゴブリンの側面から〖突進〗で接近するが、【軽鎧】を覆っていた【風】が弾け、その小さな身体を強引に動かした。
「弓いけるか!」
「……」
風使いの矢が放たれるも、そこにはもうゴブリンの姿はない。
盾使いは回避されたのちも走り続けたが、振り返った時には小鬼が目前に迫っていた。
【風】による緊急回避と急接近。
「こなくそっ」
〖盾の打撃〗を【爪】に合わせる。
「残刃に警戒しろ!」
時空剣の神技ではあるが、攻撃を盾や武器で防がれると、弱体化した空刃斬が発生する。
「大丈夫だ、なんもねえ」
残刃系統の技は発動されず、小鬼は〖打撃〗により吹き飛んだ。そして風使いの矢は当たらなかったが、〖友〗は小鬼に向けて宙を駆け、転倒したゴブリンへと迫っていく。
【軽鎧】の【風】が突風を発生させ、小鬼を無理やり空中へと舞い上がらせる。
「なんなのよ」
〖風矢〗は地面に刺さり、その力を失った。
片手に〖投げ斧〗を出現させると、相手の姿を観察しながら。
「鎧の風が薄まってる、連発は出来ないはずだ!」
空中でも避ける術がこの【鬼】にはある。
だがこちらの手札も残っていた。
「波を使え!」
「おう!」
剣使いは〖一点突破〗で短く前進し、上空に向けて〖熱波〗を放つ。
熱せられた空気が眼球に当たれば、視界不良を数秒間付与。
しかし小鬼は瞼を閉ざし、前腕で目もとを隠すことで、そのデバフを凌いでいた。
加えて〖波〗という神技により、小鬼は一層に高く吹き飛ばされる。
地面との激突を免れるため、軽鎧の【風】を弾けさせて落下ダメージを軽減。
小さき者は咳き込みながら、喉に手を持っていく。
熱せられた空気を吸い込めば、呼吸困難を数秒間付属。
投げられた〖斧〗をもう片方の【爪】で弾くが、この隙を見逃さず盾と剣が接近。
すでに軽鎧は風を失っていた。
最後に残った【片腕】から【風刃】を放つも、〖盾〗により受け止められ、〖水魚〗の防護膜をまとった剣使いが〖無断〗を振り下ろす。
夜が終わることで、夜明けが発生する。
【鎧】の風を使い切ったことで、その魔技は発動したのだろう。
小鬼の背中から【翼】が噴きでて、身体を捻じることで【風】が剣使いを吹き飛ばす。その衝撃は凄まじく、建物の壁を破壊して室内の家具を粉砕する。
先ほどの【風刃】により、盾は予備の物に交換したが、まだ神力を断魔装具へと沈められておらず。
【翼】に片腕を当てることで補充を完了し、再びゴブリンから【刃】が放たれろば、〖盾〗ごと〖鎧〗を抉って石畳に血が飛び散る。
「〖友よ、今こそ共に活路を切り開け!〗」
良く忘れられるが、共にという単語を入れないと、自分への効果が薄まってしまう。
「〖無断・爆〗」
熱感のデバフにより、握った柄が高温だと感じてしまうが、その苦痛を耐えれば〖無断〗に爆発属性が追加される。
「選択を誤ったか」
声に出さなければいけないほど、まだ熟練が低かった。
小鬼に傷は与えられたが、爆風は【翼】によって相殺される。
他の神技であればと悔やむも、そんな余裕はない。
この相手は距離を取らせるほどに危険を増す。
【翼】をはためかせ、ゴブリンは空へと舞い上がった。
水使いは倒れた盾使いに〖噴射〗を放ち、〖盾〗を手に彼を守る位置に立っていた。
「凄い勢いで吹き飛ばされてたけど、大丈夫なの?」
空に向けて矢を放つが、建物から出て来ない剣使いの様子が気になってしまう。
「あいつは水魚の防護膜で強化されてるから、たぶん大丈夫だ」
小鬼は屋根に着地すると、呼吸を整えてから大通りの上空を行き来する。
「奴から意識を反らすな、盾の背後に位置どっておけ」
この状況。激励は身体能力ではなく、防御に向けるべきだったか。
友情の紋章を水使いに背負わせ、グレゴリオと身体能力を共有させるべきか。いや、あの神技は加齢による衰えも反映される。
頭上を旋回しながら、やがて小鬼は盾使いに向けて【刃】を放ったが、グレゴリオの〖投げ斧〗がそれを防ぐ。
斧は砕けるも【風の刃】は消えた。〖我が盾〗系統ですら数発で破損したのだから、〖貴様が盾〗だと防ぎ切れるのか怪しい。
「くっ!」
小鬼は続けざまにグレゴリオへと【刃】を放ったが、もともと軽装だったこともあり回避には成功。
威力がやばいぶん、速度は抑えられている。
問題はこの相手が、無難に遠距離だけを選ばない点だった。
回避の直後で姿勢が崩れているグレゴリオへと急降下で接近し、そのまま【爪】を振りかぶる。
両手持ちの〖戦斧〗で受け止めるが、勢いに負けて弾かれ、【翼】によって吹き飛ばされた。
大通りの石畳に激突して、何度も転がり地面に身体を打ちつけながら停止した。
片膝をつけ、肩に手を添えて〖泣くな友よ〗を発動させる。
身体は回復したが、熱感のデバフも消えた。
小鬼は飛び上がり、追撃を仕掛けようと空中で姿勢を安定させた。
〖風矢〗で狙うが、【翼】の風圧で鏃が届かず。
「こちらですぞ!」
その声に反応し、身を翻して〖鎖〗を回避したが、逃げた先で本命の〖鎖〗が命中する。
〖鎧の鎖〗には物理判定がないので、【風】で遮ることができないようだ。
「紋章よこせっ!」
身体の衰え。この場合だとグレゴリオは悪化するが、ベッロは気持ち改善。
〖巻き取り〗に耐えるか、それとも引き寄せられるか。
引力の渦だけでなく、強者を無理やり動かす神技は、それを逆手に取られる危険があった。
〖巻き取り〗の引き寄せに【翼】の風力を上乗せし、小鬼は高速で降下する。
「かかりましたな」
男爵は自分の前方だけでなく、数か所に予め〖滑車〗を出現させていた。〖鎖の呪縛〗は大型専用の神技だとしても、別方面から〖巻き取り〗を受ければ拘束も強まる。
ベッロが〖メイス〗を石畳に叩きつける。
〖無断・重〗 地面に押えつける。範囲が狭いぶん、その圧力は凄まじい。
口に出さなくても使えるあたり、彼はこっそり熟練をあげていたのだろう。
小鬼は片方の【翼】を動かし、ベッロごと風圧で吹き飛ばすも、地面への押さえ付け効果は発生したようで片膝をつける。
援軍として駆けつけたのは二人だけではなく、すでに建物内部へ吹き飛ばされた剣使いのもとにも、数名が向かっていた。
そしてこの場にはもう一名。協会員が〖槍〗を手にゴブリンへと側面から接近。
しかし【翼】は重力に縛られず、男爵と槍使いを払いのけた。
「グゥ” がァ…ああ”ぁっ!!」
小鬼は重力に逆らい、叫びと共に空へと翼をはためかす。
風が吹く。
黒く染まった緑の【翼】が、強引に小さな肉体を持ち上げる。
〖炎心〗による防御のお陰か、槍使いは老人共より立て直すのが速かった。
「沈めっ!」
投擲された〖炎槍〗がゴブリンを狙うが、その威力は【翼】で弱められ、小鬼の手へと握られてしまう。
空中で回転すれば遠心力が発生し、勢いよく水使いへと放たれた。
すでに炎槍の効果は消えていたが、〖盾〗を弾くだけの力は残っており、続けざまに【風の刃】が宙を駆ける。
避ければ意識を失っている盾使いに命中してしまう。
身構える余裕もなく、槍と【刃】が水使いへと迫るも、まだ男爵の〖鎧〗は残っていた。
「任せて!」
〖風圧の矢〗が槍を弾き返す。だが後に続く【刃】が〖盾〗を抉った。
この相手が厄介なのは、遠距離だけに偏らない点。
【翼】の【風】を片腕にまとわせ、水使いに向けて空を滑る。
小鬼の【爪】が鎧を貫いた。
その小さな前腕を確りと掴み、片手持ちの〖投げ斧〗を掲げたのち、力を振り絞って叩きつけた。
〖血刃・打〗
首を狙った一撃は、ボロボロの鎖帷子に減り込むが、見た目とは違い多くの魔力を使っていたようだ。
黒い血を流すも致命傷へは至らず。
離すまいと握り締めたが、少しずつ握力が弱まっていく。
小鬼が腕を引き抜けば、大量の血が石畳を赤く染めた。
「……」
男はその場に両膝をつけ、じっと下を向いていた。
風前の灯火をかき消すべく、血塗れの【爪】が一層の瘴気をまとう。
何処より【空間の歪み】が発生し、そこから鋭い【刃】が放たれ、振り下ろされた【爪】を弾く。
邪魔をされたと視線を動かし、相手を探して周囲を見渡すが、老人二名は動けず。
槍使いは得物を失い、予備を取りだす余裕もなかった。
小さき者の傍らで、大きな影が差す。
グレゴリオが立ち上がっていた。
両手持ちの〖戦斧〗が、力なく持ち上げられる。
咄嗟に【片翼】を操作するが、両者を遮った【障壁】により防がれた。
斧身一体。
〖決別〗の紋章を背負う。
他者ではなく自分。
それが何を意味するか。
残ったもう片方の【翼】で〖無断・幻〗を防ごうとしたが、グレゴリオの背後に建つ屋根の上を見て、そいつは動きを止めた。
肩から入った二重の打撃は、脇腹へと抜ける。
石畳の地面に倒れたまま、それでもゴブリンは眺め続けた。
雪雲に覆われた空。
翼で羽ばたこうとするが、もうそんなものは必要ない。
人間たちと協力して作った偽の翼。
飛ぶことよりも、あの時間こそが。
〖さらば友よ〗と、誰かの声が聞こえる。
勇気ある者を称えるように、ラファスの上空が巨大な〖紋章〗に覆われた。




