1話 撤退開始
かなりの遠回りになるが、旧王都から教都を経由せずにラファスへ向かうこともできる。
三強の一つに数えられる教国。
隣接する小国にも【門】が開いていた。もちろん面子もあるが、相手国とのを関係を悪化させるわけにもいかない。
【雪】という異常事態からして、まだ旧王都から戦力は動いてない。だが上層部とすれば、外交を考えるに援軍は小国へ向かわせたい。
だとしても教国の各都市や町が、十分に魔物を防げているのかと彼らに聞けば、決してうなずけはしないだろう。
門が〖閉〗じたとしても、宿場町は魔物の大群に包囲されており、すでに町壁は突破されていた。それでも城郭都市と製鉄町からの援軍が間に合ったとのこと。
問題はラファスだった。依然として、教都方面から魔物に攻められている。
黒い狼煙。町壁そのものを破壊されたところは少ないが、壁上を占拠された位置が多数。
一斉に攻められてから夕方までは守り抜いたが、これは堀の水がまだ残っており、なおかつ強い流れが発生していたからという面が強い。
またラウロが召喚する〖拳士〗も、今後は町中に配置されると決まっていたので、いずれは戦力が不足していく。そのため兵士や探検者たちには、一部を除き無理はしなくて良いという指示がだされていた。
【同族殺し】の【雄叫び】が、そこを守っていた者たちを混乱状態に陥れる。
ある者は〖岩柱〗があるにも関わらず、精神圧迫のデバフでも受けたのか、恐怖で腕が震え狙いが定まらず。
ある者は命を賭けてまで守らなくても良かったのに、オークを止めようと水の抜けかけた堀に下りる。悪い意味での戦意高揚、または恐慌とでも呼ぶべきか。
倉庫街は宿場町側の大門付近にあるので、その方面にある町壁と外壁の拠点は継続して守り続ける。
海・山・教都側の拠点は放棄されることになっていたが、預り所が山側にあったので、そこに面する壁は引き続き守らなくてはいけない。
市街戦への移行は朝の段階で決まっていたので、手筈はすでに周知されていた。
上級組は〖黒い狼煙〗や町壁付近に留まり、しばらく魔物を抑えつける。
壁を守っていた連中の撤退を助けるため、町中で配置についていた幾つかの探検組が、山方面以外の〖黒狼煙〗に向けて移動を開始。
〖拳士〗や〖狼〗も前に出し、町壁へと向かわせた。
・・
・・
教都方面の外壁を担当していたグレゴリオは、拠点を後にして外壁へと出ていた。
「時間がありません、私らも撤退しましょう」
「……そうだな」
先代のいぶし銀。ヴァレオや武器屋の嫁はまだ現役でも問題はないが、グレゴリオは男爵たちほどではないにしろ、もうかつてのようには戦えない。
彼の周囲には探検者と協会員が複数。
元団長は大きく空気を取り込むと。
「召喚はこの場に残し、速やかに撤退してくれ!!」
使い捨てと呼ぶのは聞こえも悪いが、消費しても問題ない戦力があるのは助かる。
「まだラファスは終わっていないっ! 援軍到着まで一人でも多く生き残れば、俺たちの勝ちだ!!」
〖岩柱〗から離れ、壁を放棄した事実に戦意を挫かせるのが一番怖い。
「声を上げろ! 俺たちは負けてない!」
グレゴリオは叫び続ける。
神技などなくても、鼓舞にはちゃんと効果があるのだから。
自分と皆に言い聞かせる。ラファスはまだ陥ちてないと。
通路を走り抜け町壁に到着したが、ここを守っていたラウロの召喚は、すでに大半が消滅していた。
兵士は接近戦が不慣れなため、壁から下りると一気に弱体化してしまう。小隊長といくつかの言葉を交わしたのち。
「〖拳士〗と〖狼〗が到着するまで時間を稼ぐ。事前の指示に従って各自行動してくれ!」
兵士の護衛に新人と一部の中級者をつけ、残りはしばらく町壁に留まる。
夜明けと同時に起きた一斉攻勢をひとまず凌いだのち、天上菊は予定通り休憩に入ったが、十四時過ぎには新たな受け持ちに配置された。
彼らの場合で言えば、レベリオ組とルチオ組が町壁に残り、モニカ組と臨時加入の三人が兵士と一足先に撤退する。
グレゴリオは周囲を見渡し。
「どれを使うべきか」
〖激励〗 素早さ強化・身体能力強化・防御力強化。
考える時間も惜しい。
「〖友よ、今こそ耐え忍ぶ時!!〗」
声の聞こえた味方全員。防御力の強化だけでなく、対象外の神技もあるが、守り系統のクールタイムを短くさせる。
・・
・・
十数分が過ぎ、町壁の背後から〖拳士〗と〖狼〗の混合隊が到着した。
現状でグレゴリオの指示が届くのは大門周辺だけなので、他の位置は別の統率者に任せるしかない。
「全員いったん壁上に退避! 上級組はすまんがこの場に残り、各自の判断で内壁に撤退してくれ!!」
この場にいる〖天空都市〗の挑戦者は、レベリオ達を含めて二組。
〖大地の腕〗だと町壁には届かない。壁上の可動橋をさげ、通路から町壁に移ってもらう。
町中への階段はすでに破壊が完了していた。
「〖岩亀〗は内側に使うぞ!」
甲羅は人が乗りやすいよう、何カ所かが掴みやすい形状になっており、足を引っかける窪みもあったりする。
「すみません通してください!」
エルダとアドネが町壁に上っていた。彼女は壁際まで進むと、前方へ〖滑車〗を出現させ、水堀にいたジョスエとマリカに〖鎖〗を放つ。
二人は引き上げられると同時に凹凸へ手をかけ、アドネの手を借りてよじ登った。その隙をゴブリンの投石に狙われたが、エルダが身を乗りだして〖盾〗で防ぐ。
息つく暇もなく、〖弓〗で援護に入る。
「ルチオ!」
「俺よりアガタさんを先にしてくれ! 壁に上がっちまうと、攻撃手段がなくなる!」
アドネのように遠距離は無理だけど、〖雲〗から〖雷〗を落とす中距離なら可能。
レベリオ組の五人には壁を上り下りする手段がないので、残るとしても町中で戦うことになる。そちらには〖拳士〗や〖狼〗がいるので、撤退もしやすいはず。
彼らの近くで戦っていた探検組が。
「俺ら〖岩亀〗あるから一緒に乗っけてやる。もうちょっと留まっててくれ!」
レベリオはオークの攻撃を盾で受け止めながら。
「助かります!」
壁上の三人は仲間がこちらに来るまで、〖弓〗と〖鎖〗での援護を続ける。
・・
・・
一通りの探検組が町壁に上ったのを確認すると、グレゴリオは自分も〖岩亀〗で町中に下りる。
大門の橋は上がったままになっていた。
「骨鬼は奪った昇降装置を使ってたな。奴らなら、自分たちでこれを下ろせるかも知れん」
「簡単には動かせないよう固定はしてますが、時間をかければ解除もしてくるかと」
橋を操作されても頑強な扉があり、その裏には初級ダンジョンから運んできた大石を積んでいる。しかし大型の魔物であれば退かすことも可能か。
「どのくらい持つかは解らんが、このまま行くしかないか」
教都方面の【門】はまだ残っているので、こちらの大門を破られるのは痛い。
防衛線は幾重かに張られているも、中央通りを真っ直ぐ進んだ先に内壁があった。
「グレゴリオさん!」
別の持ち場を担当していた協会の戦闘員が、町壁にそってこちらへ向かって来くる。
「男爵とベッロさんが!」
引退した二人が魔物と戦っているとの知らせが届く。
避難するように声をかけても、俺らのことは気にするなと言う事を聞かない。
「……あいつら」
何をしているのか。
グレゴリオは自分の受け持ちを見渡す。
後は各自撤退するだけ。
団員に話を聞きながら、グレゴリオは移動を開始する。
・・
・・
内壁へと続く大通りに彼らはいた。
鎧神の加護だとしても、まとっているのは王製の鎖帷子のみで、足は普通にズボンとブーツ。
「いやはや、これまた」
剣を杖がわりにして、〖鎖〗で引き寄せた骨鬼へ〖王盾〗を叩きつける。
「ずいぶんと余裕ありそうだな、おい」
片手持ちの〖戦棍〗で数体の小鬼を殺したのち、顔を引きつらせながら〖瓶〗に口をつけた。
「先ほどから、頭がボーっとしておりますぞ」
「ついにボケたか」
ギャハハと遠慮なく笑う。
「いいからさっさと下がってくれよ!」
面識のある団員たちが二人を守るように位置どって、迫ってくる魔物を防いでいた。
肉鬼の大槌を〖盾〗で受け止め、〖打撃〗ではじき返す。別の団員が側面より〖剣〗で斬りかかったが、そうしているうちに数体の小鬼が彼らを抜ける。
〖風矢〗で何体かを仕留めるが、やはり老人たちのもとにも流れてしまう。
「お二人がいたら、私たちも撤退できないんですって!」
ゴブリンが毒刃で斬りかかってくるも、片手持ちの〖戦槌〗で防ぎ、顔面に拳打を喰らわせた。
「うるせえっ! 俺らにもやんなきゃいけねえことがあるんだよ」
彼らの言い分はこうだ。
老人が行方不明になっており、その家族が心配して避難所を探し回っていたが見つからず。
男爵は大量の〖鎖〗を放つが、捌けないので自分のもとには引き寄せず。
「そうです、私たちには使命がありましてな」
防御力の低下した敵を団員が次々に殺していく。
「だから俺らに任せろって、あんた達は避難所に戻ってくれよ!」
年寄りを年寄りが探すという構図になっていた。
こちらに駆けてくる数名を確認。
「グレゴリオさん、こっちです!」
老人二人は相手の顔をみて、表情を歪ませた。
「ったく、面倒なのがきやがった」
元団長は小走りで近づくと、困り果てていた団員たちに詫びてから。
「お前らが若手に迷惑かけてどうするんだ」
「なに言ってやがる。新人のころ散々面倒見てやったんだから、迷惑くらい喜んで受けやがれ」
もうこれ老害なんじゃないだろうか。
ましてやグレゴリオも含め、此処にいる全員が世話になっていたというのが本当なのだから、余計に困ってしまう状況だった。
「嫌なら放っておいてもらえると助かりますがな」
数名が加わったことで、この場の戦いは少しして決着がついた。でも男爵たちを何とかしなければ撤退もできない。
「行方不明になってるのは、たしかロモロ爺だったか」
かつてこの町が魔界の侵攻で大外れを引いた時に、教都より第一騎士団の援軍として来た人物であり、そこから先代のいぶし銀とは面識があった。
「身体は俺らより元気なんだがよ、最近はボケが進んじまってるらしくてな」
引退して息子夫婦の世話になりながら、近くの村で生活していた。
「んで義娘さんの話だと、はぐれちまったのがこの辺りなんだと」
男爵は〖薬〗を飲み。
「元第一騎士ということは、シスター殿と面識があるはずですな」
会いにいったという可能性。
「んじゃ、俺らそっち行ってみっから」
二人は格好良い去り方でこの場を後にしようとしたが。
「行かせるわけないだろ。頼むから避難所で大人しくしててくれ、今ラファスがどんな状況かわかってるはずだ」
〖鎮痛薬〗にも種類がある。
中には強力なのも確認されていたが、そういった物は副作用が酷かったりもする。
麻酔と同じで、もとは猛毒だったり、麻薬のように依存性が高かったりと。
グレゴリオは団員たちを見て。
「すまんが頼めるか」
「教会には私たちが行きますので」
見つからないよう裏道を通るつもりでいたが、バリケードで塞がれていたので、仕方なく大通りを進んできた。
自分たちの行動が迷惑だと言うのは、彼らが一番理解しているに違いない。
「……わかったよ」
「いやはや、生き地獄ですな」
団員達に守られながら、老人を探しにきた老人は内壁へと帰っていく。
その背中にかつての力強さはない。
ため息を一つ。
「俺たちは中央通りから戻るぞ」
グレゴリオの持ち場からして、そちらから撤退するべきか。
索敵していた者は、頭上を睨みつけていた。
「警戒っ!」
この場にいた風使いは即座に〖弓矢〗を構え。
続けて空を見上げたグレゴリオが咄嗟に一歩さがれば、石畳の地面が爪状に抉られ、周囲に破片が飛び散った。
頭上より、小さき影が【風】と共に着地する。
前話で書き忘れた部分があったので追加させてもらいました。
・・・・
求道者は人間も容易には手を出せない化け物だが、怒らせなければそこまで問題もない。
奴らにとっての武とは目標のためにある道の一つに過ぎず、戦いに重点をおかない者もいるが、時に山を下りてくる個体もいた。
連中が求めるのは強い集団よりも、強い個であるからして、大戦時には光側につく場合も多かった。
・・・・
アニキについて
こいつはたぶん知恵者と呼ばれる奴だ。人の遺伝子が反映されているのか、見た目も他の個体とは違いがあった。
・・・・
あと神技一覧ですが、〖弓〗と土の〖引力の渦〗を書き忘れていたので、追加してあります。
しばらく時間を置いてから投稿した方が良いのですが、書き終えるとすぐに投稿したくなってしまう。




