異なる世界の物語
光より出でる種族。
人は数と知恵に優れる。
森人は自然に身をおく。
鉱人は鍛冶だけでなく、火薬という秘蔵の技術を持つ。
闇より出でる種族。
卑しき者と呼ばれた者たち。
もとは害獣のたぐいとして忌み嫌われる存在だった。闇の王なる者が現れたことで、少しばかりの知能を得て、その繁殖能力を活かした雑兵として扱われる。
時代はながれ、いつしか彼らの王は破れ、いくつかの連なる種族が滅亡の道を歩む。
元より求道者とされる者は戦争に興味を示さず、各地の山にこもっていた。
知能が低かった巨大な者は人間にも従う。
卑しき者と強欲な者も、数が多かったからか滅びを免れる。
・・
・・
とある国の見晴らしの良い山。その頂上には砦が建っていた。
周辺を巡回していた卑しき者は、仕事をそっちのけで空を眺める。そんなことをしているものだから、仲間と逸れてしまった。
ボーっと空を眺めていたら、複数の足音が聞こえて来たので、草木の陰から覗きこむ。
図体のでかい武装した集団が、列を成して山道を下っていた。
自分たちと強欲なる者に女の性はない。
まだ害獣だった頃は近場の村から娘を搔っ攫い、好き勝手に暴れながら繁殖をしていたが、それは大昔の話だった。
褒美としてもらえる罪人や敵または異教徒の女は少なく、こちらに回ってくることなどまずない。
闇の王がいなくなっても人間は戦をやめず。真っ先に死ぬのは使い捨ての自分たちだろう。
大戦の最中。強欲な者は同族から戦神がでるという奇跡が起こり、今では戦闘種族として高い地位を得て、人間にすら一目置かれていたりする。
奴らが村や町で狼藉を働くのは、壁の中に籠っている敵を刺激する時だけ。
戦神の名を汚すことを神官は絶対に許さない。
メイスを与えられるのは戦に生涯を捧げると誓い、その長年の信仰が認められた者のみ。
さらに産まれてから一定の期間を禁欲できれば、戦神より祝福を授けられる。
強欲と呼ばれるだけあり、それを成し遂げられるのは歴史上でも一握りだけ。
連中は自分たちを見下しているが、神官が怖いので表立ってそういった行動はしてこない。それでも元は同じ害獣だったのに、こういった差がついてしまったことに、小さき者たちは劣等感を感じていた。
見つからないよう、木の幹に身体を隠す。
求道者は人間も容易には手を出せない化け物だが、怒らせなければそこまで問題もない。
奴らにとっての武とは目標のためにある道の一つに過ぎず、戦いに重点をおかない者もいるが、時に山を下りてくる個体もいた。
連中が求めるのは強い集団よりも、強い個であるからして、大戦時には光側につく場合も多かった。
軍用。または家畜扱いされている巨大な者より、卑しき者はずっと使えないと馬鹿にされる。
自分は底辺とされた種族のさらに下っ端。
だけどもっと下がいる。頭が悪い自分たちの中でも、知恵遅れとされる者だ。
木の枝から鳥が羽ばたき、自由な空へと舞い上がった。
「おれも、とびたい」
彼は思う。
考える力などいらない。
「とおくにいきたい」
害獣であった頃の方が、自分たちは繁栄していた。
・・
・・
そいつは岩の上に立っていた。
木の枝と大きな葉で作られた物を紐で両腕に固定し、バタバタと動かしながら飛び跳ねる。
小さい身体といっても重力には抗えず、地面に尻から落ちてしまう。
しばらく痛みにうずくまりながらも、なんとか身体を起こす。岩を回り込んでよじ登り、もう一度勢いよくジャンプした。
いくども繰り返す。
卑しき者たちに権利などはないので、彼らには休日もなかった。それでもサボる知恵はあるし、寝たり食べる時間は与えられている。
何日も何日も続ければ、その奇行は同族に伝わり、やがて人間にも知れ渡った。
「なにやってんだお前?」
数名の人間が彼を見あげていた。
岩上より見下ろしていると殴られるかも知れないので、小さき者はその場から下りる。
サボっていたことが知られ怒られると思ったが、そういった気配は感じないので正直に。
「……とびたい」
人間はぶふっと息をふきだし。
「だから鳥の真似してんのか?」
小さき者はうなずいた。
人間たちは互いの顔を交互に見て。
「まあ頑張れよ」
ニヤケながら去っていく。小声で内緒話をしているようだが、変に絡まれずに済んだので良かった。
数日後。いつものように時間の隙を見て岩に向かう途中、この前の人間に声をかけられる。
「おい、お前まだ飛びたいんだよな?」
うなずきを返し相手を見ると、その手には自分がつくった物よりも、ずっと立派な翼を持っていた。
骨組みは枝ではなく薄い木材で作られており、布が確りと張られている。
「……それ」
「やるよ」
頭をさげ、立派な造りの翼を受け取り、いつもの岩に向かう。その人間もついて来ていた。
両腕に固定するのを手伝ってもらい、高い足場より飛び上がる。
これまでの粗末な物よりも、しっかりと空気を受け止められている気がした。
手ごたえを感じ、何度か繰り返す。
鼻息を荒げ。
「きっと、いける」
それを見ていた人間は悩むようにうなりながら。
「もっと高い場所からじゃなきゃ駄目なんじゃね?」
「……」
でもこれより高いのは危ない。実際に今の岩でも全身にかすり傷を負っていた。
「壁に上らせてやっから、そこまでとりあえず行ってみようぜ。無理なら無理で良いじゃんか」
砦の壁は自分たちの持ち場ではないので、上る機会はあまりない。
「ちょうどいい場所があっから、ついて来いよ」
人間は勝手に歩きだす。返事をしてないが、ついて来いと言われたのだから従わないと後が怖い。
木製の壁。
その高さは場所によって違い、案内されたのは比較的に低い場所だった。
だけどそれでも岩よりずっと高い。
「おーい、連れて来たぞっと」
「待ってたぞ」
十数名の人間がすでにいた。
「俺は飛べないに賭けてっから、怖気づいても良いけどなぁ」
「なに言ってんだよ、飛べるに決まってんじゃねえか」
自分が飛べるかどうかにお金でも賭けているらしい。もしくは壁からジャンプする勇気があるかどうか。
小さき者は顔をこわばらせながら、ここまで連れてきた相手を見あげる。
「無理なら無理で良いぞ。まあでもちょっとガッカリだな、あんだけ頑張ってたのに怖気づいちまうってのは」
悔しくて歯を喰いしばる。
野次馬が煽ってくる。
「おらどうしたんだよ、さっさと決めろよ!」
「男だろうが!」
小さき者は人間たちを見渡す。
飛べ 飛べ 飛べ。
彼らは声を合わせて、リズムよくその言葉を繰り返した。
翼をつくってくれた者がニヤケながら。
「お前の飛びたいって気持ちは、その程度だったのかよ!」
逃げ場はなく。
奥歯をガタガタさせながら、凹凸に手をかける。
立派な造りの翼を両腕で羽ばたかせる。
足が震える。
ギュッと目をつぶる。
だめだ、怖くて足を踏み出させない。
後ろに降りようとしたその時。下方より声が聞こえる。
「そいつが言ったのが本当で、お前が本気で飛びたいって願ってるなら、意識を向けるのは下じゃねえだろ」
声の方を見ると、そこには一体の小さき者。
「真っ直ぐか、上を見ろっ!」
目をひらき前を睨みつけ、そして天を仰ぐ。
青く、青い。
大空が広がっていた。
「俺が何とかしてやる、行け!」
下を見ようとして、やっぱダメだと上を向く。
「あ……あ”っ、あ”ぁぁっ!!」
力いっぱい腕を振りながら、青空だけを目指して飛び跳ねる。
高く、もっと高く。
だが無常にも、空は遠ざかり落ちていく。
着地が上手くできず、ゴキリと嫌な音がなる。
「本当に飛びやがった!」
人間たちの笑い声が聞こえてくる。
「気にすんな。第一歩じゃねえか、お前すげえよ」
足を抱えて痛みに悶える。
「う”ぅっ」
「ちょっと待ってな」
そこら辺に落ちていた木の枝を袋に突っ込み、黒い粉を付着させた先で地面に何かを描く。
手を添えると、紋章が光だす。
なにかブツブツと難しい言葉を唱えたかと思ったら、折れた足がギシギシと悲鳴をあげ、一層の痛みが生じながらも骨が繋がる感じがした。
「野暮用で来たんだが、良いもん見させてもらった。おら立てるか、肩かしちゃる」
名前を聞かれた。
「兵器開発してる連中の力借りれねえか、親分に頼んでやらあ」
こいつはたぶん知恵者と呼ばれる奴だ。人の遺伝子が反映されているのか、見た目も他の個体とは違いがあった。
まあ卑しき者なので、人間の賢者と比べるのはあれだが。
「おいどこ行くんだよ、もう一回飛んで見せてくれよ!」
笑い声を背に浴びながら、二体はその場を去っていく。
「嫌な奴は俺らにもいるけどよ、ちゃんと良い奴だっているんだ。親分は人間だけどな、すっげえ優しいんだぞ」
ありもしない髭をいじくる動作をする。それは親分なる者の真似だろうか。
人間たちの視線が届かなくなると、知恵者は周囲を見渡して。
「あの馬鹿どこ行きやがった」
「……」
もう一体いたらしいが、彼がまた人間に喧嘩を売るのだと勘違いして、そいつは隠れてしまったとのこと。
「いちいち殴りかかっても意味がないって俺も学んだんだ。もう親分の迷惑になるようなこたぁしねえっつうの」
まだ痛みはあるが、だいぶ引いてきた。
腰をかけられそうな倒木を見つけたので、そこにいったん座らせてもらう。
「怒んねえから出て来いって!」
まだ近くにいるのだろうかと目だけで探せば、木の幹に隠れた一体がひょっこりと顔をだす。
「あっ、アニキ。ごっ ごめん」
そいつをじっと見つめていると、視線を反らしてビクビクしだす。
「おっ オデこわくて」
おどおどしながら自分と知恵者を交互に見て、耐えきれなくなったのか下を向く。
「こいつ仲間内からも知恵遅れなんて馬鹿にされててな、しゃあねえから俺が面倒を見てやってんのよ」
結構な距離を歩いてきたようで、二人とも旅装束だった。
「まあ馬鹿なこたぁ違いねえけど、実際は臆病なだけだ。ちゃんと命令は守るしよ、見境なくおんにゃの子を襲ったりもしねえ。つうかできねえ、人間のガキにすら虐められるくらいだ」
臆病者は知恵者を見て、何度もうなずきながら。
「おっ オデ。アニキ、いっしょじゃねえと、だっ ダメだ」
「わかってるっつうの、見捨てねえから安心しろ。そんじゃ用事すませてくっから、ちょっとここで待ってろ」
壊れてしまった人間製の翼を見て。
「おれも、おまえつれていってくれるか?」
「ああ。なんとかして、空を飛ばしてやる」
じゃあ自分もお前を兄貴と呼ぶべきかと考えるが、それだと臆病者が不安になると思ったので。
「おまえ、おれのあいぼう」
「だな」
いつかこの空を飛びたい。
・・
・・
結果としては残念ながら飛ぶことは出来なかった。
木と布で作った羽根は腕につけるのではなく、背負う形で大きく設計される。
小さき者だからこその利点もあったが、人間の力を借りて高所より滑空した。
天から光が射しこみ、風が吹く。
ディアブロのシーズン2と蜘蛛男になって怪人を倒さなければいけず、しばらく更新止まります。




