22話 市街戦移行
作戦本部の荒れようはすさまじく、資料は机だけでなく床にも散乱していた。
面々の頭髪や服装は乱れ、冬だというのに汗がにじむ。
支部長は無理が祟ったのか、体調を崩して今は休んでおり、代わりの者がこちらに向う途中。
柱教長は二本の指でこめかみを押さえながら。
「もはや町壁を突破されるのは時間の問題です。老師殿がいなければ、すでに手遅れだったかも知れません」
軍服は卓上においた拳を握り締め。
「一斉に攻められるのは仕方ないとしても、前兆すら」
【雪】という異常事態に対して、天上界は教国へ常時意識を向けていた。それに〖風読〗を始めとする索敵も怠ってはいない。
もっと事前に察知できていたのなら、休憩中の戦力を動かすなどの対処はできた。
ミウッチャは見取り図の一点を見つめたまま。
「認知結界」
相手の意識から対象を外す神技。
「本来だとそんな広範囲にはできないけど、もっと上位のが存在するのかも」
顔色は悪く。足もとも覚束ないようで、椅子の背もたれを掴んで立っている。
「魔物が神技を発動させたとでも言うのか」
バッテオは受け取ったばかりの資料を確認しながら。
「イージリオさんからの情報で、現れた骨鬼は神技らしきものを使ってきたそうです」
「魔物にも上位と呼ばれる存在はおりますのでな。皆さんも創作話などで、名前くらいは聞いたことがありましょう」
悪魔や魔神。
その力を魔とするのなら、扱う技もまた違うのだろう。
魔力と魔技。
平均化されていたものを本来の姿にもどす。
「この【雪】が時間だとすればさ、相手はきっと空間だって操作してくる」
ミウッチャは片手で頭を押さえながら。
「もう町壁は持たない。今休憩中の人たちを配置につかせなきゃ」
事前に市街戦の準備は進めていたので、町中にはバリケードが張り巡らせてある。魔物の進行経路を操作し、大通りに集中させて迎え撃つ。
避難場所は全部で三カ所。うち倉庫街と預り所は町壁の一部を利用しているため、引き続きそこに面した外壁も探検者に守らせる必要があった。
なおかつ裏側には壁上への階段もあるため、登らせないよう破壊もしておかなければ。
「まず山方面の外壁拠点を先々代に任せて、デボラさんをこっちに呼ばなきゃ」
十三班と十四班は五十歳を過ぎ、もう引退を控えている者たち。その人物はイージリオの前任者だった。
「そのためにも時間を稼がなくてはいかん。まずは投石機を何とかしたいところだが、すぐに瘴気で造り直されるのであれば、壊したところで無意味か」
「実際に投石機が確認されているのは、外壁が放棄された位置だけとのことでしたね」
まだ外壁に探検者が残っていれば、そこに投石機を出現させても、遠距離攻撃で壊すのは難しくない。
「港町に出現した船も、その場で新たに作り出すのは無理とのこと」
中央教会から教国全土の情報が入ってくる。
海上に出現した船団だが、主に狙われているのは軍港であり、大型船などはあまり港町では確認されていない。
「魔物は瘴気から武具防具を造りだしていますので、大きくなればなるほど簡単にはできないはずです」
投げるたびに【槍】を新しくしていたが、【鉄塊の大盾】は少しの破損では交換もしていなかった。
上位の神官は投石機の資料に目を通し。
「兵器となれば構造も複雑になりますしな。仕組みを理解している者でなければ、作るのも難しいのではありませんかね?」
制作者または扱った経験がある兵士。
神官はミウッチャの横に立つバッテオを見つめ。
「第二班が貴族を倒した後、そこの【民】はどうなっておりますかな?」
「【雑兵】ですが、元の姿に戻ったとのことです。なのでもしかすると、特定の個体を倒せば」
「なるほど、分隊長や小隊長といった感じか。だが判別は難しいぞ」
【貴族】など明らかな違いがあれば良いが、農民をまとめるのは同じ農民のリーダーといった場合も多いため、見た目にそこまでの変化はない。
正装ならともかく、正規兵も中隊長からが士官としての鎧となり、小隊長や分隊長ではそこまでの違いはない。
軍服は椅子に掛けていた上着を手に取り。
「水が抜け切るまで猶予はあるが、実際のところ堀だけでも効果はあるだろうか?」
二重壁の防衛には失敗している。
「堀の深さから考えるに、大型であれば得物が壁の下部に届きますね」
必要とされるハシゴの長さは堀を挟むよりも、壁の真下からの方が短くて済む。
「……そうか」
軍服はいぶし銀の二人に意識を向け。
「少し休んだ方が良い。各員の配置誘導は我々と協会に任せてくれ」
「ありがとう。でも動いてた方が楽なんだよ、いろいろ考えちゃってさ」
敵の攻勢が強まればルドルフォに本部を任せ、鉄塊団の上級二組は外壁に集中する予定だった。
しかし始まってみなければ解らない点は多い。開戦当初から激戦地の指揮を受け持っていたこともあり、彼らが拠点に引っ込むと多くの問題が発生しだす。
いぶし銀や初老共が受け持ちを変わっても、完全な改善は見込めず。そのためモンテ班が援護に入るなどで対応をしていた。
以上の理由から、ルドルフォ組を本部に回すのは無理だと判断される。
こういった想定外を後世に残すのも大切な役目になるのだろう。事実として過去の資料は多くの対処策を立案させてくれた。
三人が出ようとしたその時。作戦本部の扉が開かれ、全員の視線がそちらに集まる。
柱教長は相手の顔色をうかがいながら。
「どうなりましたか?」
宿場町はラファスよりも多くの魔物に囲まれているため、製鉄町からの増援は制圧に手間取るだろうと予想されていた。
教会員はうなずきを返し。
「門が閉じだ知らせを受け、城郭都市より予備軍の一部が峠の道に向けて出立しました」
これまで魔物を喰い止めていた二百名が、敵と戦いながらの山越えを実行に移す。
峠の道には幾つかのルートがある。そして骸の騎士が活躍した戦いは、今なお多くの資料が残っていた。
本道とされるのは宿場町の先だが、ラファスとの間に出ることも可能。
平原も宿場町側も帝国に封鎖されてもなお、彼らが輸送の妨害を続けられたのは、この経路があったからこそ。
もし大平原に【門】が出現した場合。宿場町からの魔物を防いでいた二百名は、孤立無援となる危険が高く、自力で城郭都市に帰還しなければならなかった。
そんな命令を受けた部隊。
「現状。彼らに期待するしかありませんな」
居残り組が中心の編成となっていた。
かつて骸の騎士が使った山賊の道を通れば、魔物を避けて進める可能性もある。
・・
・・
投石機の破壊を任されたのは愛の使徒。
もし最中に強化個体が出現した場合。可能であれば〖狼煙〗を上げ、そのまま撤退するよう命じられている。
数日前に受けた傷の痛みは残っているが、それは多くの探検者も同じ。この戦争が落ち着くまでは、〖鎮痛薬〗で誤魔化しながら戦うしかない。
まだ放棄されていない外壁から、魔物に占拠された地点へ向かう。
〖犬〗と十数体の〖狼〗を、お供につけてくれていた。
火槍の使い手が敵の群れを指さし。
「放てっ!」
〖風伸突〗と〖赤光玉〗が飛んでいく。
「ラスカルっ 君はその掛け声をしない方が良い気がするんだが」
「なぜだエンドレ、私の合図が気に入らないとでも言うのか?」
突っ込んできた魔物の勢いが弱まると、リーダーと風の鈍器が前にでて喰い止めた。そのあとに〖狼〗が続く。
「我が名は聖民カイザー! ラファス政権に身を置く愛の使者である!」
〖憎悪の紋章〗を背負い、敵の意識を自分へと向けさせた。
「その名乗り格好悪いだろっ!」
将鋼の金棒で次々に小型中型を粉砕し、大型を狙って進む。
「我が愛の極みを見よっ!!」
〖父の愛〗が一定範囲の非物理耐性を強化すれば、引き寄せた魔物を〖火炎放射〗が焼き払う。
「うむ、犬狼も無事だな。我が愛の賜物よ、なに感謝はいらぬぞ」
敵味方の判別はしなかったようだ。
ルカのお陰もあり、魔物の勢いは大分和らいでいた。
探検者の主軸は鉄塊団の中堅たち。彼らが大きく損傷すれば、市街戦を維持させるのは難しかったはず。
確実に足を進めていく探検組・愛の使者。
外壁からも森からも矢は飛んでくる。事前に〖お前の鎧〗系統のバフを貰ってはいるが、やはり〖私の鎧〗に比べれば性能も落ちる。
エンドレは〖風刃の鎧〗を発動させ、近場の敵を刻みながら〖槍〗で突く。
「もう切れる。交代してくれ!」
「おうよ」
この組には〖風鎧〗の使い手が二名いた。
肉鬼の大剣を〖盾〗で防ぎ、そのまま〖愛〗の身体能力に任せて殴りつけ。
「エンドレ、風読を頼むぞ!」
「わかった」
装備を〖軽装〗に交換すれば、しばらく〖風を読んだ〗のち。
「恐らく強化個体も、新種の骨鬼も近場にはいないぞ」
火槍の使い手は〖炎舞〗を交えながら周囲を見渡し。
「傷ついた野生の動物はいないか、特にアラウ熊とか?」
「急にどうしたんだラスカル。魔物は人間以外を襲わないからな、基本は大丈夫じゃないか」
進行の邪魔となれば殺しもするが、そうなる前に逃げるはず。
ちなみにギョ族は二足歩行形態だと襲われるが、魚の時は狙われないとのこと。
「ふっ なんでもないさ」
皆が戦闘用の格好だから男も女もないが、彼女がそういった服を着れば、いかにも男装の麗人という言葉が似合う気がする。
カイザーが突進で道をつくり、風の鈍器が抉じ開けて広げる。
速度を落とせば、〖狼〗たちが前にでて魔物に体当たりを仕掛けた。
「そろそろ目的地だ。準備は良いな」
「けっこう多いねえ」
田畑には複数の投石機が設置されていた。どれも仕組みは似ているが、形状に違いがあった。
守る魔物の数も少なくはない。
火杖は〖赤光玉〗の一つを消すと。
「確実に壊して回るか、さっさと終わらせて逃げるべきか」
どちらも一長一短。
こちらに気づいた魔物の一体が、道具で音を鳴らす。
「あれは襲撃を受けたって合図かい?」
ならば周囲の敵が集まってくる可能性も出てくるか。
「手前の二つを我とオネスタで片づける。後ろの二つだが、天翔鳳凰突での破壊は可能か?」
火鳥螺旋特攻のことだろうか。
ラスカルは凛々しく微笑む。
「任された」
槍を構え。
「来いエンドレ!」
「行くぞ、ラスカル」
息の合った二人。
〖螺旋風突〗の竜巻が葉と茎ならば、舞い上がるその〖炎〗は薔薇。
「お前ら俺にも合わせてくれよっ!」
存在感の薄い火杖は、新たに出現させた〖赤光玉〗を飛ばす。
エンドレは焦った口調で。
「ラスカール!」
「問題ないさっ 私を誰だと思っているんだ!」
竜巻に身体を委ね、対空時間を確保すれば、なんとか間に合い〖炎翼〗が発動した。
カイザーは〖愛の紋章〗を背負い。
「主らは着地地点に急ぎ向かえ」
「了解」
〖犬〗が〖狼〗を引き連れ、残された二人に近づく魔物を防ぐ。
投石機は破壊され、数時間は岩による攻撃が止んだ。
・・
・・
重症者は拠点で休んでおり、遺体もいったんこちらで保管されている。
本部は方針を市街戦に切り替えた。
生者も死者も空間の腕輪には入れられないので、ルカが引き付けているうちに町へと移動させなくてはいけない。
最初はマントを靡かせながら法衣で戦っていたが、いかんせん魔物の密度が濃い。
避けた先にいた肉鬼を弾き飛ばし、叩き下ろされる無数の槍をいなしながら拳を振るったが、我先にと前に出ようとする魔物の圧力は厄介だった。
最大の光量を放つ〖後光〗に吸い寄せられる魔物は、縋りつく乞食のようにも、飢えに苦しむ民にも見える。
苦しみ。
「ごめんなさいね」
いつしかルカは装備を〖筋肉〗に切り替えていた。
すぐにはポージングを取らず、両手を合わせたまま動きを止める。
前方の頭上から槍が叩きつけられ、側面からは突いてくるが、背後の攻撃は〖光強壁〗で防ぐ。
雑兵を押しのけ、肉鬼が前に出て得物を振りかぶる。
大槌を〖光十紋時〗で弱めるが、横から降り注ぐ矢は全身でそのまま受け止めた。
周囲の魔物も矢の雨で何体か倒れたようだ。
肉鬼は得物を投げ捨てると、ルカの肩に噛みついてくる。
「性質上。私の与える苦は輪廻へと導けないのよ」
ルカはポージングの姿勢をつくると同時に、腕で肉鬼の首を巻き込む。
涎を垂らしながらも、そいつは力が抜けていき、やがて灰に帰る。
足もとで小鬼どもが何度も短剣や短槍で刺してくるが、鋼鉄と化した肉体に刃は通らず。
第二ポーズへの切り替えと同時だった。
少し離れた位置にいた巨鬼より、鎖に繋がれた鉄球が放たれ、それがルカごと周囲の鬼に激突。
〖光十紋時〗を間に挟み、筋肉の老人は地面を削りながら後退するも、姿勢に大きな変化は見られず。
〖治癒・活力の輝き〗で身体を癒す。
周囲はただの骨と肉塊に変化したが、再び押し寄せてルカに群がる。
〖天からの光〗が一人と魔物たちを照らしていた。
秒数が経過して、第三のポーズへと切り替わる。周囲に筋力強化の光が広がるも、対象となる仲間はおらず。
鉄球は道を削りながら魔物ごと引き戻され、巨鬼により再び持ち上げられた。
その間も鈍器と刃が無数にルカを傷つけていく。
拳士は一点を見つめ。
「厄介なのが来たわね」
圧を感じ取ったのか、背後にいた肉鬼が攻撃の手を止め、前方の小型と中型が後ろを振り向く。
放たれた鉄球を【大剣】が粉砕した。
そのまま手首を返し、ルカの頭上から【鉄塊】を振り落とす。
〖光十紋時〗と二重の〖光強壁〗を破壊してもなお、その一撃は十分な威力を留めた。
激身に腰が曲がり、大量の血液が地面に滴るも、ルカは再び頭を起し姿勢をつくる。
減点が発生し、必要秒数が増加。
鬼は倒れない相手を睨みつけ、空気を歪ませるほどの蹴りでルカを吹き飛ばす。
その方向にいた魔物は宙に舞ったが、筋肉は何事もなかったかのように身体を起こし、再びポージングを再開させた。
「私も武芸者の端くれだからね。こんな舐めた真似をされたら、許せない気持ちも解るわ」
周囲の魔物が一斉に群がってくるが、迫ってくる巨体から意識は反らせず。
そいつは【大剣】を握りしめ、地面を蹴って接近すれば、容赦なく魔物ごとルカを地面に打ちつけた。
「でもね。この肉体が私の誇りよ」
光の神としては、あまりにも尖り過ぎていた。
〖太陽〗をつくれず。
大地を照らせず。
だからこそ今の主神を創造主は新たに〖創造〗した。
不完全な肉体に性別という認識はなく、やがて来るはずの選択も用意はされず。
苦しみ、悩み。
幾多の苦悩を重ねた。
倒れたルカに追い打ちを仕掛けるが、それを片手で受け止め、ゆっくりと立ち上がる。
そしてもう一度、筋肉を魅せた。
〔闘気〕が全身を〔循環〕し、鋼鉄の肉体が汗を発する。
熱き血潮が踊り、笑顔が筋肉を輝かせる。
自分と他者を比べるな。
競うべきは自分。
勝つべきは自分。
結論。
「筋肉は裏切らない」
最終ポーズが始まった。
咆哮と共に怒涛の攻めが始まるも、〔硬気〕を〔解放〕させたルカはビクともせず。
〖天の輝光〗で肉体を癒しながら、〖光十字〗と〖光強壁〗で防ぐ。
姿勢を崩されては減点され、それでも諦めずポージングを続ける。
【鉄塊】に邪魔されて雑魚は近づけないが、〖後光〗だけでなく〖筋肉〗が最高潮に芸術性を増し、範囲一帯の敵を引き寄せる。
魔物が押されて前に出れば、【大剣】により弾け飛ぶ。
「あなたの筋肉、泣いてるわよ」
全てのポーズが完成すれば、その身体は金色に輝き、光からは温もりが消える。
〖苦の刻〗 楽の刻で与えられた全ての攻撃を、そのまま相手に返す。
大鬼の頑強な肉体はもはや原型を留めず、巨鬼も鉄球が直撃したかのように後方へ倒れ、背後にいた十数体を巻き込んだ。
徐々に弱まりながらも、〖苦痛〗は伝染していく。
巨鬼と大鬼の近くにいた魔物から、血と肉片が宙を舞い、ルカの金色を黒く汚す。
与えられた痛みが大きければ大きいほどに、苦しみと痛みは広がって地獄絵図。
苦痛の輝きが前腕を包み、〖金剛拳〗が完成した。
「日輪の光を帯びて、今必殺の……」
掲げた左腕が周囲に広がり、森の魔物を消滅させた。
「日光・ビームっ!!」
光線が行く先の道を薙ぎ払い、全てを粉塵に帰す。
・・
・・
装備の鎖で日光装束にもどし、ルカは外壁へと戻った。
迎えてくれたのは鉄塊団の団員たち。
「ルカさん、お疲れ様です。本部より休むよう伝達が来ていますので、いったん町に帰還してください」
団長を含めた上層部たちは、市街戦移行のために準備を始めていたので、団員からの言伝で感謝と詫びを。
「誰よそのナイスマッスルは。私はただの日光仮面二号よ」
「えっ? だって」
団員の一人が彼のマントを指さすが、気づいた別の団員が彼女の口もとを塞ぐ。
「でも流石に今回は堪えたわね。ちょっとだけ休ませてもらっちゃうわ」
いったい彼はいつ寝てるんだと、探検者たちは常に噂をしていたほどだ。
拳術神は〖足場〗で空中へと上りだす。
「次の〖狼煙〗まで、寝ながら走るわよ!」
ひるがえったマントの裏からは、ルカ君へと震えた文字が見えていた。
・・
・・
夕暮時。
ある方面で轟音が鳴り響く。
それは咆哮ではない。
戦に捧げる雄叫び。
猪突猛進に〖聖拳士〗は腕を砕かれ、放たれた遠距離攻撃は意味をなさず、行く先を塞ぐ岩の盾は〖鎧〗ごと粉砕される。
突進してきた〖岩亀〗を足場に駆け上れば、水の抜けかけた堀を飛び越える。
叩きつけられた片腕は壁に減り込み、その巨体は底への落下を免れた。
背後からの攻撃を無視したまま、続けて掲げるは一振りのメイス。
打ち込み、打ちつけ、やがて腕が壁から外れて落下した。
着地で片膝を水に沈めれば、振り向きざまに戦棍を横に払い、探検者達は肉塊となって弾け飛ぶ。
両腕でメイスを握り締め、頭上へ向けて豪快に豪胆に、全身全霊の爆音が木霊する。
土を崩し岩を砕き、ただ実直に前へ進む。
今は亡き誰かへ、失われたこの誇りを。
折れた牙が町壁を突き破る。
〖黒い狼煙〗が一カ所に昇れば、それを切欠に数は増えていく。
区切りが悪かったので、この話を章の終わりにしたいと思います。




