21話 戦う者たち
なぜ【貴族】だけでなく、満了組は【城壁崩し】の突破も許してしまったのか。
戦況の悪化に伴い、〖聖拳士〗を山側の外壁に回せなくなったのも大きい。
いかにターリストが休憩中だったとはいえ、骨鬼も【民】が中心になっていた。
小鬼ほどの大きさしかない骨鬼。
女の服を着た骨鬼。
腰の曲がった骨鬼。
【貴族】の出現を切欠にして、戦えないはずの敵が奮起しだす。そして一部の【民】が雑兵として鎧をまとう。
突然発生したこの変化は下手な奇襲よりも、ずっと厄介な攻めとして機能する。
イージリオの中で貴族は馬に乗るというイメージがあった。しかし馬上での得物として【細剣】は向かない。
以上の理由から、中距離とまではいかずとも、長物などを扱ってくるのではと推測していた。
事前に注意するよう言っておくべきだった。
または〖天の光〗を自分が使っておけば、もしかすれば致命傷を負ったあとでも、一定回復が間に合っていたかも知れない。
〖天の輝く光〗 熟練が上がったとしても、以下の内容に変化はない。
・筋力特化の負傷回復と状態異常治癒は発動時のみ。筋肉関係の強化時間は長い。
・バランス型は発動時と終了時に回復するが、状態異常を治すのは最初だけ。強化時間は普通。
・回復特化になれば始まり・中間・終わりの三度。その全てに回復と状態異常治癒がつく。強化時間は短い。
悔いている余裕もなかった。
鉄格子に粘土などで爆発物を取り付けた骨鬼たちが、二十壁の内部へと侵入。
兵士の召喚した〖狼〗では熟練が足らず役不足。
ターリストの〖犬・狼〗が、排水路の溝へと飛び込むと同時に、イージリオは走りだした。
相手の狙いが町中へと続く鉄格子であれば、取り換えもできるため問題はない。
もし出水地点が破壊されろば、流れる勢いが強すぎて、抜け切るまでは手がつけられず。
・・
・・
夜明けと共に、多方面で赤と紫の〖狼煙〗が昇っていた。
海よりの教都方面外壁。
もうすぐ交代といった時間だったが、そこには最初から救援組がいたのが幸いだった。
【強化個体】はレベリオが引き付け、アリーダとアガタが対応する。盾使いには〖鎧トカゲ〗、攻める二人には〖剣魚〗の〖噴射(銀瓶)〗による援護。
雑魚はエルダの〖鎖〗で乱入を防ぎ、ヤコポとルチオが彼女の守りに入った。
外壁より迫る敵はモニカとトゥルカが前にでて、サラとアドネが援護する。
壁上にはジョスエ・マリカ・ゾーエだけでなく、土使いと同班の二人(風杖・火矢)もおり、遠距離で地上の雑魚を片付けていた。
アリーダの動きが異常に冴えており、【強化個体】は問題なく倒せそうではある。
ただ外壁の隙間から抜けてくる魔物の量が凄まじく、兵士の〖弓〗と〖聖拳士〗だけでは抑えきれていない。
エルダの〖鎖〗も手数が足りず、アガタは【鬼】と戦いながら、〖雷〗で雑魚の対処にも当たっていた。
マリカは矢筒より三本の矢を投げて、〖雨〗の〖友〗として浮かばせる。
ジョスエは青瓶を天に掲げ、〖血の雨〗を降らせていた。これのもとになっているのは、神力を混ぜた〖風属性〗の血液。
そして緑瓶に入った液体を口に含む。中身は風鳥の羽根を〖水分解〗した〖素材液〗だった。
弓を得物とする彼が狙うのは大型の魔物。ジョスエが放った矢の後を追うように、マリカが〖連射〗用に浮かせた〖友〗が宙を駆ける。
「〖雨〗の準備できたよ!」
ゾーエはうなずくと。
「お願いします」
「はい。では行きます」
杖の〖緑光〗が輝けば、〖赤光玉〗が〖炎球〗をばら撒き、無数の〖友〗が雪空へと舞い上がる。
地上の敵をゾーエが減らし、外壁の弓兵に〖矢〗が降り注ぐ。
向こう側の通路からも〖花〗の種まきが始まり、地上に第二世代が咲きだした。
土使いは〖狼〗を補充しながら。
「トロールが一気に来やがったぞ!」
外壁よりも巨鬼の方が大きく、何体かが乗り越えようと壁上に手をかけた。
ゾーエが兵士たちに向けて叫ぶ。
「こっちに近いのから順々に対処しますっ! だからそっちは逆から攻めて!」
町壁より了解の合図が返される。
アドネは〖光壁〗の足場より矢を放っていた。
「〖夢〗の準備して!」
「わかった!」
〖赤光玉〗の一つを通路上に走らせ、彼が抜けた穴を埋める。
装備の鎖から杖を取り出し、それを頭上へと掲げれば、この戦場に二つ目の〖雷雲〗が発生した。
「とりあえず三発から!」
〖杖〗に落す〖雷〗の数で〖砲〗の威力が決まる。
六発も打てれば良い方か。
その時。兵士の側でどよめきが聞こえてくる。
ゾーエは何事かとそちらに意識を向けた。
何名かの兵士が凹凸から身を乗りだし、下方を指さす。
「……そんな」
水堀に流れが発生していた。
・・
・・
夜明けと共に起こった一斉攻勢。
少なくとも天上界からの知らせはなく、〖索敵〗の神技にもそういった反応は見られなかった。
教都方面だけでなく、宿場町側も一部の外壁が放棄されていた。
地上ではいぶし銀の三人と、引退していた二名の元団員が【強化個体】と激戦に突入する。
オーガにしては小さい。筋肉質で引き締まってもいるが、横幅も同じく。
一撃の威力は通常の個体よりも低いが、素早さという面では圧倒的にこいつが上。
「当たらねえっ」
隙を見てはエドガルドが〖鎖〗を放つも、寸前のところで避けられる。ミウッチャの動きを見て来たのでわかるが、それは間違いなく武道の足運び。
そもそもこいつに限らず、【大鬼】というのは武芸者という言葉が当てはまる気もする。
続けて放たれる〖鎖〗を回避しながら、【女型】のオーガはコルネッタへと接近。
片手持ちの【長剣】による斬り下ろしを〖戦槌〗の突きで受け止め、そのまま柄を回転させて相手の脇腹を狙う。
舌打ちを一つ。
そいつは〖柄〗を空いた腕で受け止め、コルネッタに膝蹴りを仕掛ける。
もしそれが通常のオーガであれば、相応のダメージを負っていた可能性もあったが、エドガルドの〖鎧〗からくる衝撃吸収が効いていた。
それでも地面を削りながら後退させられ、姿勢も崩されてしまう。
女型のオーガは一歩を踏み込み、コルネッタへと【刃】を向ける。
男が両者のあいだに割り込み、その斬撃を〖重の盾〗で防ぐ。
〖剣・凪〗がスッと横切れば、〖一点突破〗からの〖風波〗が女型の姿勢を崩させた。
「さすがの共同作業だ」
ムエレは雑魚を喰い止めていたが、彼の召喚した一体はずっと機会をうかがっていた。
〖岩鎧・攻〗が大剣で叩き斬ろうとするも、女型は身体の力を抜き、流れに任せて吹き飛ばされる。
「なによそれっ」
手傷は負うもダメージは抑えられたようで、上半身を起こして立とうとする。
「コル、巨大化させろ!」
「あいよ」
コルネッタが前に出て〖戦槌〗を振りかぶれば、男が〖重の槍〗で得物を重くした。
〖無断・巨〗が真上から女型に迫る。
オーガは片手と片膝を地面につけ、身体を傾かせて回避の動作を開始するも、それを阻止しようと〖風刃・血刃〗が放たれる。
しかし女型でも大鬼なだけあり、その皮膚は頑強だった。
大きくなった〖戦槌〗を横にそれて回避したのち、間を空けずに地面を蹴れば、一点突破の如き突きで前進する。
〖土の盾〗で受け止めるが、その威力は凄まじく前腕を負傷。女型は【長剣】を手放すと、蹴りで男を横に吹き飛ばす。
「急がなきゃいけんのにさっ!」
〖戦槌〗で攻撃を仕掛けるも、見事な足運びで回避をしながら、再び瘴気より【長剣】を造りだす。
投石機から発射された岩が外壁を飛び越え、地面を陥没させると破片を跳び散らす。
魔物の攻撃はそれだけに留まらず。
激戦を繰り広げる上空。
外壁から【槍】が放たれ、それが町壁に命中する寸前で〖盾矢〗の障壁に阻まれるも、威力を落としきれずに突き抜ける。矢は〖盾〗の展開と共に勢いをなくす。
町壁に亀裂だけを残し槍は消えた。
兵士や探検者も遠距離攻撃で狙うが、そいつは外壁上に【鉄塊の大盾】を減り込ませて自分の身を守る。
瘴気から再び【槍】が造られる。
岩と【槍】が飛び交う戦場。
女型の技術と筋力から発生する剣速。身体能力と足運びからの素早さと回避。
コルネッタは防戦一方になりながらも、歯を喰いしばって耐え凌ぐ。
二人が元上級組だとしてもブランクは長く、なによりミウッチャとバッテオがいないのが痛い。
速くて重い斬撃に〖戦槌〗を弾かれるが、後ろに飛びさがって追撃をなんとか逃れる。
雑魚はエドガルドたちが引き付けてくれているが、降ってくる岩までは意識を回せず。
「ごめんな」
町壁に直撃させるための調整をしているのか、落下地点も一定とは言えない。
「……えっ」
ムエレがコルネッタを突き飛ばす。
聖域はまだこの場には展開されておらず。
男は身体を起こし、顔を歪めながら。
「回復を使うぞ!」
装備の鎖で量産品の〖盾〗を出現させ、〖花の鎧〗から〖残り香〗を発動させる。
両腕の〖盾〗ごと身体を回転させ、〖引力の渦〗で周囲の敵を飲み込む。
「エドっ 合わせろ!」
〖渦〗に抗うと予想していたが、女型は勢いよく男へと飛び込んできた。
「クソが!」
弾ける渦が不発に終わった以上、エドガルドが彼の周囲にいた雑魚へ〖鎖〗を放ち、自分のもとへと引き寄せるしかない。
妻が一点突破で駆け抜け、女型の背後から突き刺す。
女型は背中に一撃をもらうが、後ろ蹴りで女を遠のけた。
「……」
コルネッタが〖無断・震〗を足へと直撃させるも、引き抜いた【長剣】を振り下ろし血飛沫が舞う。
「あたしの……相方を…舐めんな」
その〖鎧〗は召喚者の願いに応え、表面に歴戦の苔をまとわせ、岩の剣を女型へと振り下ろす。
仰向けに倒れて雪雲を眺めれば、〖光の壁〗が出現しては消えていく。
それはまるで階段のように高く。
空へ。
壁上から二つの〖赤光玉〗が宙を駆け、放たれた〖火矢〗が〖光壁〗に突き刺されば、〖法陣撃〗が上昇気流を発生させた。
〖槍〗を足場に突き刺し、柄がしなり一層に舞い上がる。
コルネッタは腕を持ち上げ。
「……ふぁいやぁ」
ニヤケながら拳を握りしめ、ゆっくりと落された。
・・
・・
装備の鎖を操作して〖短槍〗に交換。
「ファイヤーランス!」
〖炎槍〗が投擲され【大盾】へと突き刺さり、燃え上がると同時に【鉄塊】へ亀裂が入る。
大鬼が【盾】から身を乗りだし、空中のイルミロに【槍】を投げ返した。
「閃き」
〖炎心〗に〖赤光玉〗が重なり、背中が音を立てて燃え上がれば、〖翼〗を翻して【槍】を回避する。
〖炎翼〗を羽ばたかせ、上空から外壁に〖特攻〗を仕掛ける。
真っ直ぐに炎が伸びれば、接触寸前で〖短槍〗の柄をつかみ、【鉄塊の大盾】を突き破った。
しかし大鬼は【盾】から横に飛び、イルミロの特攻を免れてしまう。
「だよなぁっ!」
〖地炎法陣撃〗の上昇気流に乗ったのは一人とは限らず、コルネッタの師が〖鎧〗から炎を噴射させながら外壁上に着地。
戦槌を大鬼の足に打ちつければ、いかに頑強とはいえ、〖炎人〗の一撃に片膝をつける。
灼熱に火傷を負いながらも、牙を剥きだして剛腕を振り下ろすが。
「俺だけに気を向けてて良いのか?」
鬼は〖炎盾〗に防がれて一層と身体を焦がす。
イルミロは【大盾】を突き抜けると同時に翼を翻し、再び上空へと舞い戻っていた。
一応〖狼〗を避難させるよう、事前に指示は済ませてある。
「チェンジ、ファイヤーバード」
骨の弓兵が矢を放つも速度に追いつけず、そのまま空中を旋回し〖火の鳥〗へと変身。
「熱血」
大きく広がった翼が身体を覆う。
「ドリルアタックっ!!」
螺旋回転が〖舞い〗となり、火力と共に攻撃力が上昇。
外壁上の敵ごと全てを焼き尽くしながら、【大鬼】を側面より突き破り、そのまま滑走して停止した。
魔物のしぶとさは知っている。
「……腰が」
だが見上げれば、そいつは灰になりながらも、灰になった同族に意識を向けていた。
オーガは雪空を見あげ、そのまま消えた。
「イルミロっ!」
背後より慌てた声で、森の方を指さしている。
「ルカさんが!」
上空より確認していたので、団長はうなづきを返し。
「俺たちにも余力はない。いったん戻るぞ」
ハシゴを使い、次々に魔物が外壁を登ってくる。
〖炎翼〗と〖炎人〗が鎮火する前に避難しなくては駄目だ。
「……わかった」
ここからでもわかるほどの輝き。
それは〖後光〗だった。
「宿場町側の門は〖閉〗じたんだよな?」
「そう聞いてるよ」
夜明けと共に起こった一斉攻勢。
多くの敵が迫っている。
少なくとも天上界からの知らせはなく、〖索敵〗の神技にもそういった反応は見られなかった。
多方面から攻める場合は、うち一カ所に戦力を集中させるのが常。
大道にて、ルカが魔物の大群を引き付けていた。
長くなったので、ここでいったん章を終了させようと思います。
次が最終章になります。




