18話 ラファス防衛戦⑪
暗闇の中で〖輝く狼煙〗に【雪】が舞う。その光景はどこか幻想的なものだった。
ここが最前線の壁上だったとしても。
現在。兵士とされる骨鬼の攻撃を受けているのは海側の外壁。
教都側は比較的に落ち着いている。
宿場町方面も兵士は確認されていないが、一部が苦戦を強いられていた。
モンテが拠点への運搬を引き受けたのは、海と宿場町方面の外壁だけだった。残りの二方面はこれまで通り、協会に物資の補給をお願いすると決まった。
宿場町側の外壁上で、十五班の四人は凹凸に身を隠していた。
片膝をつけたオッサンが呟く。
「これは確かにきついな」
この場を受け持つ団員は、隣に身を隠しながら頷きを返し。
「はい。狙い撃ちされています」
新種の骨鬼。それが本領を発揮するのは夜だった。
「不公平だよね。向こうは見えてて、こっちからは見えないなんて……ずるいよっ!」
ぷんぷんしながら、ボスコは〖光強壁〗で身を隠しつつも、地上に〖戦士〗を召喚する。
奴らの矢は森際からでも壁上に届き、〖光十字〗を通り抜けて〖壁〗に複数刺さっていた。威力もこれまでの弓兵より強力。
モンテも〖壁〗に守られて、光ごしに戦況を見守る。
「岩柱が壊されてるんだ、あんま召喚し過ぎるなよ」
森の中から放たれる矢は本当に厄介で、一部の探検者は地上での戦いを断念せざる終えなかった。
ラウロから指輪を借り、二人で協力して召喚すれば、その数は二百ほど。
「うんっ わかった!」
元気にお返事したボスコ君は、装備を盾と鎧に交換したのち、短槍を構えた〖戦士〗を森まで前進させる。
モンテの手勢は壁際を受け持つ。
一定数を越えればクールタイムは伸びなくなるが、〖戦士〗は燃費の悪い神技だった。あと何時間かで日づけが変わるも、調子に乗って召喚すると簡単に残量が尽きてしまう。
ボスコ隊は盾で身を守りながら進んでいたが、足などを狙われて転倒させられたりと、上手くは言っていない。
「やばいのが居やがる」
夜の闇。
瘴気に包まれた【矢】が盾を貫き、光る鎧に突き刺さる。一撃目はギリギリで耐えたが、次が命中するとその〖個体〗は倒れて消えた。
団員は忌々しそうな表情で。
「日中ならまだ目視もしやすくて、対処もできたんですが」
カイザーは〖お前の鎧〗系統のバフは受けてなかったが、〖風の鎧〗と〖愛〗の防護膜に守られた上で、肩当(将)と鎖帷子(王)を貫通されていた。
班長が凹凸に隠れているフィエロを見下ろし。
「行けるか?」
「……」
動作で無理だと返事を返す。
〖弓光紋〗の〖分離〗であれば、軽装の〖意思〗で自動追尾も可能。ただし新種は幹などに隠れているので、分散された矢の威力では、木ごと貫くことは出来ない。
「目視できればどうだ」
「……」
少し間を置いてから、フィエロは可能との動作をする。
団員の方を見て。
「火矢の使い手はいるか?」
「いえ、ここの受け持ちにはいません」
モンテは悩む。
今の時刻であれば〖暮夜〗の剣が使え、〖無月〗による転移も強化されていた。
「森際の視界を確保すりゃ良いんだな」
「駄目だ」
もしラウロに何かあった場合は、現状だと間違いなくラファスは陥落する。
手勢を多く失っていたが、〖戦士〗も光を放っていた。
「大体の目星はついた、たぶんあの辺だ」
横に広がっていたボスコの〖戦士〗が、一点を目指して足を進めていく。
流石に弓では裁けなくなったのか、その場に身を隠していた数体の骨鬼は、片手剣を鞘から抜いて接近戦に切り替えた。
遠距離の名手だとしても、近距離が得意とは限らず。
〖戦士〗の発する光では瘴気の判別はできなかったが、モンテはニヤリと笑い。
「一体だけ、明らかに動きが違うな」
「……」
無口な男は凹凸より弓を構え、狙いを絞る。
〖弓光紋〗にはクールタイムがある。外せば相手は森の中へ一時的に下がるかも知れない。
「……」
〖紋章〗を通り抜け、〖一点〗に集中した光が輝き、鋭い線となって宙を駆ける。
フィエロは遥か昔。英雄と語り継がれるほどの功績を、その弓で成し遂げた人物だった。
「接近戦で忙しいのに、横やりを入れられんのは嫌だからな。ちっとは気持ちも解ったか」
強化個体の首が貫かれ、頭蓋が吹き飛ぶ。
これで戦況は好転するはず。
ボスコとモンテの〖戦士〗が消えるまでは、四人もこの場で援護を続ける。
フィエロは弓。ラウロは剣。
協会の土使いはその役目から、岩柱の使用は後回しにされている。
【強化個体】を打ち取った知らせが本部に届けば、戦闘員が駆けつけてくれるだろう。
・・
・・
十五班は本来の役目に戻る。
壁上や地上に〖聖域〗を展開させながら、彼らはゆっくりと拠点に近づいていく。
意図的に作られた隙間は〖足場〗で飛び越え、壁の上り下りもこの神技で自在に行き来が可能。
順調に続けていたその時だった。壁上の行く先を、一人の男が全速力で駆けてくる。
「みんなっ 今こそ心を一つに、ファイヤーっ!!」
ボスコが続く
「うおおぉぉっ 乗ってきたぜ、ファイアァー!」
周りの団員は一生懸命戦っているだけで、誰も後には続かなかった。
「なにしてんだ、あんた」
「皆さん、お疲れさまです!」
燃える男。イルミロは爽やかな笑顔で四人の前に立った。
モンテも天空都市で活動しているため、付き合いのある間柄。
「鼓舞でもして回ってんのか?」
「それもありますが、物資の補給を頼まれましてね」
確かに〖青い狼煙〗が昇っている所を、十五班も少し前に通り過ぎていた。
「うわぁ 大変だね。団長さんは」
鉄塊団の団長が補給係を担っているらしい。
班長は引きつった笑みを浮かべ。
「さすがに一人で行動するんのは危ねえぞ、誰かお供つけた方が良いだろ」
団長は親指で自分の胸を差し。
「この通り、ファイヤーハートで守りも固めてるので」
どこか自信満々な様子で。
「それに不屈も使ってますから、一撃だけならダメージも最低値で押さえられます。鉄壁の方が良かったんですけど、残念ながら使えないんですよ、ラウロさんが羨ましい」
イルミロ、お前もか。
「鉄壁っ! ファイヤー ハート! って本当は叫びたいんですが」
十五班の面々は何を言っているのか理解できてないが、ボスコは目を輝かせていた。
拳をモンテの前に掲げ、強く握りしめると。
「じゃあ、物資を待っている仲間がいますので、そろそろ行かせてもらいます。皆さんも頑張ってください」
団長は周囲を見渡し。
「出撃っ! スーパーラファス防衛団!!」
イルミロは走り出す。
「加速発動! ファイヤーダッシュでお届けだっ!」
燃える男は去っていく。
「ねえねえラウロ、鉄壁つかって見せておくれよ、鉄壁」
ボスコがせがんでくるが、それを無視して。
「防衛戦だから、出撃しちゃ駄目だろ」
ちなみにトゥルカが言うには、ラウロは祝福も使えるらしい。
「まあ、あそこの四人が拠点に詰めてるなら、たぶん大丈夫なんだろうな」
モンテは自分なりに納得すると、三人に声をかけて行動を再開させる。
周囲にいた団員はイルミロを無視していたが、なんか緊張した空気が散漫したようで、自分たちが確りしなきゃといった会話をしていた。
・・
・・
四方を木製の壁に囲まれた石造りの建物は、簡素な造りだが外壁よりも高い。
拠点周りの一角には物見塔が建てられており、そこから狼煙や敵の確認をするのだと思われる。
ここには協会の非戦闘員も詰めているようで、倉庫に案内されたのち、指定された位置へ〖空間の腕輪〗から物資を取りだす。その量は荷馬車一台分ほどか。
増援の山越えでもそうだが、この断魔装具が果たす役割は大きい。
「ありがとうございます」
〖軽食〗は二・三時間で効果が切れてしまうので、それまでに拠点周辺で戦っている団員に渡さなくてはいけない。
食べた時点でバフが一定時間付与される。
毒・細菌耐性(弱)
〖君の剣〗〖貴様が盾〗〖お前の鎧〗系統の効果時間延長。
主にこれらの効果が期待されている。
非戦闘員たちはそそくさと作業に移った。フィエロも後に続き、この場で矢の補給をさせてもらう。
十五班の到着を受け、火杖の女性が姿を現す。
「お疲れさん」
「ジョルジャさんか。そっちこそ、まあなんだ大変だな」
モンテは苦笑いを浮かべ。
「さっきここ来る途中でイルミロさんに会ったぞ」
「あれはあれなりに真面目なんだよ、あんなんだけどね」
またアホな事ばかり言ったから、物資の運搬を任せたのだろうか。
「頼んだ仕事はいつだって全力でするし、たまに真面な意見もするから困るんだがね」
「僕ちん好きだよ、だって格好良いじゃんイルミロ」
ラウロも普段の彼を思い浮かべ。
「意外と人望も厚いんだよな」
相談しても的外れなことばかり返されるが、本気で向き合ってくれると、たしか脱落四人組が言っていた。
ジョルジャは肯定の笑みを浮かべ。
「あれでな」
水堀づくりに精を出していた姿を思いだす。
会話が一区切りすると、彼女は本題に移る。
「忙しい中すまないけど、本部からあんたらに要請があってね」
姿勢を正し、ラウロとモンテが内容を聞く。
ボスコは倉庫内の見学を始めていた。
・・
・・
本部からの命令。
海側寄りの宿場町方面。通路からの侵入を許してしまったので、そちらの対処をお願いしたい。その先にある町壁で協会員が待機しているので、〖空間の腕輪〗を交換する事となる。
破損した量産品や、空になった薬瓶を〖腕輪〗へ入れたのち、十五班は拠点を出発した。
〖聖域〗の展開作業をしながら、〖赤い狼煙〗を目指す。
かなり苦戦していると聞かされており、指定された位置は遠目からでも伺えた。
ボスコは白い息を吐きながら。
「押し込まれているな」
赤い煙に照らされた壁上に雪が降り、喧騒が鳴り響く。
急いで作業をしながらも、意識はそちらからそらせず。
「兵士……じゃないな」
不揃いだが使い込まれた感のあるボロボロの鎧。
徴兵された雑兵かとも思ったが、それならここまでは苦戦しないはず。
少なくとも訓練された正規兵ではない。
モンテはどこか懐かしそうに笑っていた。
「ありゃ傭兵だな」
ボスコが焦りを声に乗せ。
「俺とフィエロで先行しても良いか?」
「駄目だ」
班長は一方を指さす。
赤く照らされた暗い雪景色の中で、旗が風に靡いていた。
「傭兵団旗だ。実力のほどは解らねえが、統率の取れた集団だと考えた方が良い」
〖聖域〗の作業を中止し、四人はそのまま現場に駆け付ける。
改めて近場で眺めれば、無機質だった骨鬼たちの動作から、荒々しい感情が伝わってくる。
「なんかチンピラみたいじゃね?」
「戦争で飯を食ってた連中だから、そりゃな」
略奪強姦は当たり前。
少し前までは敵だったのが、今回は味方だなんて日常の世界。
「僕ちんたちは正規兵って感じかな」
ボスコは前にでて、〖戦士〗を地上に召喚させると、その指揮に集中する。
フィエロは〖分離〗で敵だけを狙い撃つ。
ラウロは前を見たまま、隣に立つモンテに向けて。
「戦神さまとしちゃ、連中のことをどう思ってんだ?」
「まあ戦ってのは理不尽なもんだ。少なくとも俺だったらよ」
両手持ちのメイスを出現させ、歩きながら騎士鎧をまとい、凹凸へと飛び移る。
「こんなお高く止まった戦神なんざ、絶対に崇めねえな」
背中を向けているので表情は伺えないが、肩の動きから笑っているのが伝わった。
「すかした野郎だと馬鹿にされたもんだ」
班長は交互に〖足場〗を展開させると、通路に向けて走り出す。
着地と同時に〖天の光〗を展開させ、近場の数体をメイスで吹き飛ばした。
「死に晒せっ!!」
三人をその場に残し、なんの指示もしないまま、モンテは真っ先に戦場へと飛び込んでいった。




