17話 ラファス防衛戦⑩
作戦本部には前線から多くの情報が集まる。
ラファスという戦場の脳。
警戒しろと言われた【雪】が、一体どのような効果を持っているか。たとえ対抗策が浮かばなくとも、理解できるだけで指揮は大きく違ってくる。
軍服は机に置かれた資料を眺めながら。
「弱い個体はさらに弱く。戦える個体は連係が強化され、手段も増えた」
「民族衣装みたいなの着た骨鬼は特に厄介だよ。複数確認されているしさ、特別ってわけでもない」
全てが弓の名手と呼べる腕前で、〖風の鎧〗すら通用しない達人級は、【強化個体】と判断するべきか。
壁には灰に戻り始めたハシゴが立てかけられていた。神官はそれを眺めながら。
「実力が平均化されていたものが、【雪】により元にもどったという事ですかな?」
「攻め手を増やされたのは確かに痛手だが、弱体化した骨鬼は我々に有利なものとなっている」
ラファスでは農民が中心となっているが、別の町では高貴な服装だったり、市民っぽい感じなものを着ている骨鬼も確認されている。手には包丁などだろうか。
その数は兵士よりも多く、時代背景としては[誰がための我が道か]の劇中服に通じるものがあった。
有利と不利は同等としても、ではなぜ戦況が悪化したのか。
「武器や防具っていうかさ。魔物が道具を使うってのは、私らの知ってる戦争じゃないよ」
これまで協会の支部長は、物資を空間の腕輪に入れる作業を、なるべく自分が直接指示したいと行動してきた。しかし副支部長から私に任せてくれと言われ、今は作戦本部に詰めている。
「時代遅れとされた戦い方が巡り巡って、最新に有利な効果をもたらしたと?」
バッテオの発言を切欠に、作戦本部は大昔の資料を引っ張り出していた。
「どっちかって言うと、人間同士の攻城戦じゃないかな」
戦況の悪化に伴い、ミウッチャも初老共と持ち場を交代する機会を失っている。
始まる前は不安そうにしていたが、いざ開戦してしまえば気負う様子はあまり見られず。なんやかんやで、こういうものなのかも知れない。
神官はこの場にいる面々を見渡し。
「では仮説であることを前提に、【雪】の効果は先ほどの話でよろしいかな?」
実力が平均化されていたものが、本来の形にもどった。
どれ程の規模で広めるかはまだ決まっていないが、各拠点には伝えておく。
神官は部下を呼び、その内容を柱教長のもとに送らせた。
ミウッチャの発言に思う所があったのか、しばらく腕を組んで考えてから。
「バリスタやら投石機など、本格的な物を用意されては、さすがに堪らんぞ」
皆が黙り込む。
「ある意味だと、大鬼や巨鬼がそういったのに該当してたんだけどね」
岩がトロールの鉄球で、大きな矢がオーガの投げ槍。そう考えると破壊筒は【鉄塊の武器】が該当するのだろうか。
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次に考えるべきは物資の問題。
ラファスの見取り図に置かれた青い駒。支部長はそれに顔をしかめながら。
「戦える協会員は前線に回しており、彼らにも休息は必要なのでね。現状は実戦経験の低い者に補給任務を任せています」
ハシゴを使われ、通路が戦闘状態となっている。まだ制圧できていない所から、激戦中の所まで状況は色々。
軍服は唸り声を鳴らすと。
「安全が保障されているのは?」
「全体の四割ほどです」
〖犬〗からの最新情報をまとめた用紙を眺めながら、支部長が現状で安全な外壁への通路を示す。
「山側はそこまで問題がないね」
「満了組に〖拳士〗が加わったのもあるが、そこの兵士も精鋭なのでな。簡単には取り付かせんさ」
そもそもとして。
「他の三方面は、どこかしらから魔物の増援が来ている」
宿場町の近くに出現した【門】は、閉じる作業を開始するにも、もう少し時間が欲しいとのこと。
「製鉄町に向かわない限り、多かれ少なかれこちらに流れてきますからの」
港町の場合は演習場方面から。宿場町の場合はそのままイルミロ達が受け持つ外壁に攻めてくる。
ただ傾向としてわかっているのは、直接ラファスに来なければ、巨鬼は姿をあまり現さない。
神官は咳ばらいをして。
「少し話が反れてしまいましたな。外壁への物資輸送についてですぞ」
ミウッチャは外壁をぐるりと一周見まわして。
「ラウロさんたちにお願いするとか。青い狼煙に直接向かうんじゃなくてさ、とりあえず外壁拠点の倉庫に一度出してもらって、そこからは探検者に運んでもらう感じで」
その案を受け、支部長は考えを巡らせる。
「各外壁の端はこれまで通り協会で運ぶとして、拠点の近場は探検者に任せると?」
「聖者さまが支援作業をするのは八時間に一度ですので、それなりの数を拠点に運ばねばいけませんな」
矢や〖薬〗だけでなく、量産品の武器防具など。あとは〖食事〗や水分もか。
修理が必要な品は回収もしなくては駄目だ。
「各方面の壁をまわる毎に、一度町壁に戻ってもらい、新たな〖腕輪〗をそこで交換してもらわなくてはなりません」
「負担が増えますな。特に聖者さまは召喚作業もありますので」
軍服も兵士の指揮官なので、〖聖拳士〗には非常に助けられていた。
「できるかどうかの判断は聖者殿ではなく、旗持ち殿に任せましょう」
ラウロがイエスマン的な性格というのは彼も理解している。物事に筋が通っている場合は厳しくても、まず断らない。
「試してみなければ解りませんな」
山側以外の三方面。外壁拠点へ第十五班が物資を補充する。
現場の最終決定が上位の神官であり、天上界や教国の全体とやり取りするのが柱教長。
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許可をもらい、その内容を各方面の拠点に送る。協会も受け渡し場所などを決めるため、話し合いが進められた。
今回ばかりは支部長も直接やり取りをするため、部下を残して支部へと足を運ぶ。
バッテオが宿場町方面の拠点から情報を受け。
「カイザー組。大鬼の討伐に成功しました」
オーガの強化個体だけは、救援に向ける組を選ぶ必要があった。
「実力は保障してたけど、最前線からは遠のいてたから、ちょっと心配だったんだよね」
愛の使者。聖民カイザー。
「凌いでいた組は?」
バッテオは目を閉じ、顎を左右に振ると、二名の死者が出たことを伝える。
「救援組もカイザーさんが深手を負っていますので、しばらくは休んでもらった方が良いかと」
「……そっか」
数日前に〖魁〗を成功させたのは彼らだった。
そして鉄塊団ではないが、実力者と呼ばれる一角が浅くない傷を負った事実から、かなり厄介な相手だったとも想像できる。
「続けての報告になりますが、そのすぐあとに【同族殺し】を確認しました。今は森の中に姿を消しているそうです」
軍服がふむと顎を引き。
「特殊個体か」
目撃例が比較して多いことから、それなりの情報も出回っていた。
神官としては確認しておくべきことがあった。
「得物はなんでしたかな?」
「メイスとのことです」
作戦本部の空気が変わる。
「よろしくありませんな」
あくまでもこれは仮説。
「【汚染】が現れる危険がでてきました」
脳まで細菌が侵食。ダンジョンの特殊個体として再現されるほど、それは過去に猛威を振るってきた。
「【同族殺し】が【汚染】になるって本当なのかい?」
「確たる証拠はありませんがな、【同族殺し】はなるべく優先して殺した方が良いという認識は、各国でも共通されております」
戦棍は近接武具の加護で、探検者も使う場合がある。
普段は穏やかな表情の彼が、珍しく眉間に皺をよせ。
「本来メイスとは、従軍聖職者の得物として伝わっているのですが」
騎士とは違い、もうその存在はいない。
人間同士で戦争していた時代、兵士たちと共に従軍した司祭や神父。
「それをオークが使うのは、個人的に納得しかねますな」
【汚染】の特徴。
武具を手放さないよう、戦棍を紐や布などで手に括り付けている。
時に片方の腕には分厚い本。どれだけ汚染が進もうと、奴らはこれだけは絶対に手放さず。
「オークにも彼らなりの、信じる存在がいるのでしょうか」
神官はこの事実を知っていた。
戦場という理不尽に疲れ果てた、兵士たちの心に拠りそって教えを説く。
「もしそうだとしたのなら、なぜ同族殺しなど」
「オークは魔物だよ」
偽物と本物の違い。それはミウッチャも肌で感じていた。
最前線で戦っていない彼女でもそうなのだから、今まさに刃を交えている者たちもまた同じ。
「そうですな。変な話をしてしまいました」
軍服はうなずくと。
「〖犬〗を使い捜索をし、発見後はそのまま監視を続けるべきでしょうか?」
「現状で戦力に余裕はありませんな。各拠点に【同族殺し】が現れたことを伝え、警戒をするようお願いしておきましょう」
判断の成否はわからず。
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本部の扉が開かれ、教会の職員が入ってきた。
「援軍の第一陣ですが、無事に山越えを成功させたとのことです」
城郭都市の騎士団は凡そ八百で、うち二百が峠の道を封鎖していた。
残りの全てを増援に回すわけにはいかない。
予備軍も含め、出発したのは二千にも届かず。
登山ではなく山道ということもあるため、数が少なければ今でも実行する者はいる。
増援の山越えは三百名ずつ。
かつて帝国は冬でも越えられるかを確かめるため、それと同規模な団体を組織して挑む。
凍らない港を求めた先人。もともと寒さに慣れている国柄とはいえ、すでに領地も拡大していたので過去の話。
準備不足が祟ったのか、それとも天候に見放されたのか、雪の進軍は失敗に終わる。
「そうか。今は拠点の設営をしているといった感じか」
援軍は製鉄町を救助したら、そこの戦力を一部吸収したのち、宿場町へ向かう。
港町は後回しで、次はラファス。
朗報なはずなのに、その顔色は優れず。教会の職員は唾を飲み込み。
「港町の沖に船団を確認」
軍服は期待のこもった声で。
「都市同盟からか?」
この日。作戦本部の面々は【雪】の恐ろしさを、本当の意味で理解する。
教都の前に出現した【門】は、ゴワーズの支配地域。
「骨鬼を中心とした魔物が船を操作し、海側から港町への攻撃を開始しました」
【門】が確認されたのは海際だった。
この情報は戦意に影響すると、周囲には広められず。
正しい判断かどうかは誰にもわからない。
ラファスの作戦本部が優秀かどうかを判断するのは、後世の人々というべきか。
この作品とは関係ないのですが、自分は少し前にボードゥアン4世という人物を知りまして。
エルサレム国だったかな、そこの王様です。
事実は小説よりもといいますか、負けた側になるのかはわかりませんが、彼のような人もまた英雄なんだと深く考えさせられました。
執筆意欲は他者の作品を読んで補充する面が大きいのですが、今回は楽しむばかりで中々補充されずゲームに流れていましたが、色々と刺激を受けました。




