15話 ラファス防衛戦⑧
雪は止むことなく降り続く。
魔物に変化はなかったが、嫌な予感がしたモンテの言葉もあり、その意見は本部にまで届けられる。
積雪量はそこまで多くはなく、靴底がすこし沈む程度。
田畑は踏み荒らされ地面が露出するため、〖種〗の発芽率には今のところ大きな影響はない。
範囲は魔物の攻勢を受けている教国内の町。
戦況が安定すると十五班はいったん休憩に入り、再び〖聖域〗の展開作業に戻る。
一夜を明けても魔物の様子に変化はない。警戒は続けていたが、なにもないのだからできる対策も少ない。
「水と時空の合作神技が雪だ」
これはモンテの言。
時空神の力は主に〖空間〗とされているが、それに水が加わることで〖時〗を強めるとされている。
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時間。
変化が現れたのは戦いが始まって一日が過ぎた頃だった。
宿場町方面を受け持つ探検者たちがまず最初に気づく。
「なんだ、こいつら」
ボロくても戦闘用の服装や鎧をまとっていた魔物の中に、いつの間にか破けた汚い服をまとう連中が混じっていた。
「おんな……なのか」
骨格からは判断できないが、骨鬼を中心にスカートらしきものを着ている敵。
もともと服装に統一感はなかったが、それが一層に濃くなった。
得物も剣や槍などの武器から、鍬・草刈り鎌・鋤といった農具に変化していく。
思いもしない事態に動揺しながらも、敵は待ってくれず。
〖感情の紋章〗は召喚者の気力に左右されやすい。
オークが〖土狼〗の防衛線を突破し、その後に小型や中型が続く。
しかし〖岩柱〗に近づくほど精神圧迫への影響が増し、骨鬼の勢いは徐々に弱まり、肉鬼と小鬼だけが前にでる。
風槍の使い手は〖風伸突〗を放ちながら前進。敵と接触の寸前に槍へ渦状の風をまとわせ、一気に十数体を巻き上げる。
〖螺旋風突〗 槍を突き上げることで前方に竜巻が発生。対象の重さも関係するが、範囲を狭めれば大型でもある程度は浮かせることが可能。敵味方の判別もできる。クールタイムあり。
小型は落下時の衝撃で倒れ、大型も姿勢を崩された。
風槍の加護者は〖風刃連斬〗が使えない代わりに、この神技を得る。
同組の味方が肉鬼と小鬼を殺す。
残るは中型のみ。ゴブリンとオークが倒れたことで、骨鬼は完全に動きを止め、後ろを振り返る。
新たに召喚された〖土狼〗が残った中型に攻撃していく。
その光景を見て。
「手ごたえがないどころじゃないぞ、こりゃ」
戦闘に適した服装の敵はこれまで通りだが、村人的な魔物は一層に弱くなっていた。
オークや小鬼に大きな変化はないが、骨鬼は戦力外と言っても良い。
本来は感情といった反応が薄い骨鬼が恐怖に逃げ惑う姿は、より探検者たちを困惑させた。
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作戦本部も警戒はしていたが、現れた変化が逆にこちらへ有利なものだったせいで、なかなか良い対策も浮かばず。
戦争であまりにも無能な行いをした者は、どれほどの地位があろうと天上界が介入してくる。
マニュアルのようなものが徹底されているぶん、指揮をする連中は不測の事態に弱い面があるのかも知れない。
作戦本部の誰かが言った。
「骨鬼の一部が村人化したなら、その逆は」
静まり返る。
過去の記録。
人間同士で戦争していた頃の資料を漁るも、時間は残されていない。
天上界からのお告げが届く。
教国内の【門】は優先してこちらで閉める。
ある程度の魔物を排出させないと、その作業は出来ないとのことで、まずは宿場町側の【門】から始める予定とのこと。
天使が地上界に降臨して門を塞ぐというのは、各国の上位者にしか知らされていないので、この内容は作戦本部内より外には広められない。
モンテからだけでなく、天上界からも改めて雪に警戒するよう告げられた。
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本来は徒歩で五日とされる距離だったが、道中にあるのは小さな宿場村のみで要塞化もされていないため、隔てるものは何もない。
魔物は二日ほどでラファスへと到着した。
教都方面の外壁。戦闘員だけでなく、宿場町方面からも一部の戦力が回されている。
大道からは少し外れた位置を不良三人組は任されていた。
「なんだよこいつらっ!」
森の中から現れた魔物。
汚いが統一された軽鎧をまとった骨鬼たちは、数体で協力して梯子を運ぶ。
壁上より協会の戦闘員が叫ぶ。
「ハシゴ持ちを近寄らせるな!」
戦闘員は背後に存在する〖岩柱〗に意識を向ける。
抜けられるだけでも不味い。これほどにまとまっている集団に変化したとすれば。
「岩柱への警戒を強めろ!」
精神圧迫を受けているはずなのに、まるで訓練された兵隊のように、迫ってきた魔物の動きに乱れは感じられず。
攻城装備を持った者たちを守るように、骨鬼の兵士は列を組んで〖土狼〗へ激突する。
その連係はこれまでの比ではなく、熟練の低い〖狼〗は簡単にこじ開けられ、その隙間を兵士に守られた奴らが通り抜けていく。
「ガスパロ、守りを頼む」
ダニエレは蓄積していた数回分を消費して、〖風伸突・重〗を放つ。ある程度の溜めを必要とする。
その切先は鋭くなっており、命中した骨鬼の鎧を抉り、そのまま梯子ごと吹き飛ばす。だが近くにいた肉鬼が地面に落ちたそれを拾い上げる。
「させるか」
風使いは構えを整え、梯子を担いだ肉鬼に〖風刃重斬〗を放つ。こちらに溜めは必要ないが、貯蓄数は〖風伸突・重〗よりも多く消費する。
直接の場合はより強化されるが、その斬撃は片手剣から離れても、十分な威力を保ちながら足に命中してオークを転倒させた。
カークが転んだ肉鬼に飛びかかり、〖無断・幻〗で梯子ごと叩き折る。
骨鬼に意識が集中し、小鬼への対処が遅れていた。
奴らは布に石を包み、それをぶんぶんと振り回してから、タイミングよく片方の端を手放す。飛距離の強化された投石が壁上への負傷者を増やしていく。
「厄介なっ」
武具屋の嫁は〖血刃〗を発動させたまま、次々にゴブリンへ浅い傷を負わせていく。
防具は軽装なので動きも軽く、頭部には兜はおろか額当てすらしていない。ひらけた視界と〔気配〕で敵の位置を把握。
立ちふさがった肉鬼の斬撃を無断を使わないまま払いのけ、返す刃で〖血刃〗と共に瘴気を〖抜く〗と、そのまま大型は無視して別の小鬼を切り伏せて進む。
オークは後を追おうとしたが、足からの出血が凄まじく片膝をつけ、やがて倒れる。
他の神技は人並みの熟練だが、〖血刃〗だけは天使にすら迫るかも知れない。
両手剣を地面に突き刺し、限界を迎えて目を閉じる。
小さな〔気配〕が側面より接近してきたのを感じ、両手剣を装備の鎖に戻してから後ろに一歩さがる。
通り抜けたゴブリンの背中を、出現させた〖短剣〗で斬る。その傷からは考えられない量の血が噴きだす。
正面からの気配は恐らく骨鬼だろう。
振る音から長物と判断して、側面に回り込みながら腕をつかみ、捻じりを加える。全ての関節が連動して、骨鬼は地面に倒された。
〖短剣〗を逆手に持ってから、頭部があると思われる位置に突き落とす。膝で固定して短剣を抜くと、すぐさま周囲の様子を探る。
覆われるような背後からの気配。
身体を起こしながら大きく前に踏み込んで進めば、大物を地面に叩きつける音が耳に入る。
振り向きざまに〖短剣〗を投げ、飛び込むと柄を握りしめ、その勢いのままに無理やり斬った。黒い血が顔面に付着するが、そのうち蒸発するだろうから今は無視する。
大型の魔物は得物を手放すと、懐に入ってきた彼女に向けて、掴み捕らえようと両腕を伸ばす。
涎が髪ごと頭皮を焼くが、無視して相手の片足に体当たりを仕掛ける。
〖血刃〗による負傷もあって大型は姿勢を崩す。
もう片方に〖短剣〗を出現させ、真上へと突き上げれば、そのまま敵の首へと吸い込まれた。
頭から血を浴びる。
「まだまだ私もやれそう」
先代のいぶし銀。男爵と戦棍は他の三人よりも年齢が高い所からして、もとは彼らが率いていた組だったのかも知れない。
数体の骨鬼がオークごと槍で突き刺そうとしてきたが、同じ組の三人がそれを許さず。
彼女が通った先には血だまりができ、少しすると蒸発して灰の山だけが残る。
リーダーは周囲の味方に向け。
「いったん俺ら下がるぞ!」
了解の合図をもらったので、三人を見渡し。
「体制を立て直す」
「わかりました」
大量の灰を被ったが、手で軽く払ってから目を開ける。
〖消毒の雨〗と〖消毒薬〗の〖噴射〗で洗い流す。
「強いのは解ったけどさ、ちょっと突っ走りすぎじゃない?」
「だから言ったでしょ。私にリーダーは務まりませんって」
今になれば確かに納得だ。
「戻るぞ」
「おうっ」
ダニエレの中距離で敵を遠ざけながら、壁際まで移動する。
「これが上級者か」
カークとしては、相手に聞こえないよう発した声だったが、彼女はとても耳が良い。
「それはちょっと違いますよ。ラファスじゃ私かなり強い方でしたので」
大鬼は苦戦するかも知れないが、それ以外の強化個体くらいなら一人でも斬り合える。上級の挑戦者にも力量の差はある。
武具屋の嫁は高い技術を持つが、連係があまり得意とは言えない。
壁上には戻らず、この場で少し呼吸を整えさせてもらう。
ガスパロは空間の腕輪から〖回復薬〗を取り出し。
「使っときなよ」
〖聖域〗は乱戦の場を中心に展開されているので、壁際までは微妙に届いていなかった。
彼女の顔上半分は赤く爛れている。消毒を済ませたとしても、肉鬼の唾液をもろに浴びていたので仕方ない。
完全には治せないが、腫れなどは収まるだろう。夫婦そろって禿げてしまっては悲しすぎる。
「解毒もください」
「はいはい」
なんどか小鬼からのかすり傷を受けていたようで、今ごろになって毒が回ってきたのか。
カークは風に散っていく灰の山々を見渡し。
「少し無理をし過ぎだろ」
「無理しなきゃやばいでしょ。この魔物とても普通とは呼べませんから」
うっとうしそうに顔へまとわりつく雪を払いのける。
ダニエレは会話に参加することなく、目の前に広がる戦場に見入っていた。
この場に立てている喜びを感じながら。
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悪魔が出現した可能性。
すでに覚醒しているのは光属性の数名だけだったが、雪が降った時点で剣の主神を含めた柱たちは記憶を取り戻している。
もし相手が魔神級だった場合は、国外の存在も目覚めることになるだろう。
待ち受けるのは風前の灯火か、もしくは創造の輝きか。
雪が降り、時間は少し遡る。
誰も立ち入ることのない山の崖上。
歪んだ空間の中から、黒い靄を発する何かが姿を現す。
しばらくは淀んだ瞳で周囲を見渡していた。
宿場町もラファスも望めない景色。
ひび割れた皮膚から瘴気が漏れだす。
執行に抗うほど精神が蝕まれ、魂に楔が打ち込まれていく。
足を支えられなくなったのか、片方ずつゆっくりと膝を地面につける。
目の前にある届かない何かを掴もうと、まっすぐに伸ばした手を強く握った。
__十字架を背負いし者は__
__大いなる意志に導かれ__
__やがて去る定めなれど__
__東方の空より来たる__
黒い血の滴る手の平を、鼓動のない位置に添える。
__長かったな、友よ__
空間の歪みから闇が漏れだせば、朽ちたその身を覆い隠していく。
__あと少しだ__
沈みゆく夕日に顔を歪ませながらも、今はただ焼きつける。




