14話 ラファス防衛戦⑦
交通の要所と呼ばれる宿場町。その近くに【門】が出現したというのは、かなり厄介な事態となっている。
魔物の進軍速度というのは、人間の常識では測れない。
睡眠欲もなければ食欲もない。休憩もとらず、一定の速度で走り続けているのだろうか。
緊急の知らせが届いてから、まだ一日は経過していなかったが、宿場町からの魔物はラファスの目前まで迫っていた。
限られたこの時間で出来る限りの準備は進めたものの、第三波の残党と戦いながらだったこともあり、万全とは言えないか。
まだ夜は来ていないが、ラファスの防壁には〖白い狼煙〗が輝く。
十五班の面々は〖聖域〗での支援を終えると、宿場町方面の外壁で待機していた。
ルドルフォは拠点の方に詰めており、この場にはミウッチャとバッテオを除いた、いぶし銀の三人。
エドガルドが現在まとっている鎧は、男爵から譲り受けたものではなく、以前から本人が使っていた物。
「地響きっていうか、嫌な足音もけっこう近づいてきたな」
神の素材は修理自体が難しいので、相応の相手が現れた時に使う予定なのだろう。
薄く苔むした大きな岩の鎧。防御型は壁際を守り、攻撃側は前に出ていた。
「オイラが狼を召喚できりゃ良かったんだけど、まあ使えないもんはしゃあない」
〖土狼〗の召喚者は別でいるが、〖種吐き花〗は隣の地点から始める予定とのこと。田畑には〖花〗がたくさん咲いていたが、壁上には第一世代がいないため、時間の経過で段々と数を減らしていくだろう。
まだ年若い土使いは、緊張した面持ちで杖を握り。
「前回よりは、僕の狼も戦えると思うんですけど」
量産品から職人の作った装備に交換したようで、彼の召喚した個体には草が生えていた。それでも数としては心持たない。
ベテランが率いる新人の探検組。
火弓の使い手は〖岩柱〗に意識を向け。
「熟練だけじゃなくて、率いる貴方の気力だって、〖狼〗には影響してくるものよ」
ここは激戦が予想される場所なので、〖狼〗の召喚者が一人だけなはずもない。
「俺もいっから、あんま気負い過ぎんなって」
「そうですね。自分の手勢を信じてみます」
模擬魂。正式には感情の紋章。
召喚者の戦意と言うのは、確かに重要な要素かも知れない。
ボスコはうす暗い道の先を眺めながら。
「なるほどねぇ。俺の〖戦士〗で受け止め切れりゃ良いんだけど、不安がってる時点で負けってことか」
視線の先だけでなく、森中にも複数の揺れる灯火。すでに振動は壁上にまで伝わって来ていた。
コルネッタは同組の二人と地面に下りるため、〖岩亀〗に飛び移り。
「押し負けても大丈夫だよ。勢いさえ弱まりゃ、あとはアタシらで何とかすっからさ」
大きな道というのは走りやすいだけあり、森から出てくる魔物よりも突破力が高い。
「おっしゃ、それじゃ当たって砕けちゃおっと」
近くにいたラウロが、指輪をボスコに手渡す。
「砕けちゃ困っから、特別に貸してやる」
ゴブリンのような男は、神布の法衣に大量の神力を沈ませていた。受け取ったそれをマジマジと見つめ。
「良いな良いな、僕ちんもこれ欲しい」
「お前どうせ賭け事に使っちまうだろ」
光の指輪にも守護神の力を注ぐ。
「そんな奴に貸すんじゃねえよ」
「相手くらい俺だって選ぶわ」
ラウロの返答に照れて後頭部を掻く。
「えへへ 大切にするね」
「さっさと返せ」
地面に光の紋章が列を成して出現すれば、数百の〖戦士〗が出現した。
ボスコはしぶしぶ持ち主に返すと、自分の軍勢を見下ろし。
「整列を開始しろ」
装備を神鋼の鎧に交代する。手に持つのは大型の盾と槍。
「ラウロすまん、それフィエロにも使わせてやってくれ」
「おうよ」
了承を得ると、モンテは壁上を見渡し。
「弓兵を召喚するから、前列を開けてくれっ!」
凹凸に手を添え、森や道の様子を眺めていた連中が、一歩後ろにさがる。
「……」
フィエロは騎士鎧と指輪に自分の神力を沈めていく。
いぶし銀の三人を含めた数組は壁から地面へと降り立つ。
ムエレは壁上を見あげ。
「うっひゃー 壮観な眺めだな!」
「俺からすれば少し怖いけどよ」
自分の頭上を矢が飛んでいく。
「そうかい? あたしとしちゃ、戦意が爆上がりだけどね」
エドガルドは〖あんたらの鎧〗を味方に使う。
ムエレは〖花の鎧〗を発動。
コルネッタは〖戦槌〗を自分と味方の得物にまとわせる。
火矢の使い手が何カ所かに〖火矢方陣〗を放ち、地面に描かれた赤い光で視界を確保する。歩行阻害は出来ないが、火属性攻撃を強化させる。
モンテが叫ぶ。
「放てっ」
壁上に整列した〖弓兵〗の矢が、大道だけでなく森の中にも飛んでいく。
しかし〖光の意思〗は本人だけで、〖戦士〗の矢には反映されないため、木々に阻まれてしまう。
「角度調節」
「……」
声には出さないが、なんらかの指示をだしたのだろう。〖弓兵〗は角度を調節すると、森を抜けてきた魔物にだけ狙いを絞った。
森からの魔物は光矢だけでなく、防護柵や〖種吐き花〗の攻撃にもさらされ、その数を減らしていった。
騎士団と一般的な探検者の違い。
町中では大半の神技は使用が禁止される。
常にダンジョンでの鍛錬を命じられ、睡眠時間を削ってまで回数を重ねたことで、その熟練は無理やりに積み重ねられた。
弓を構えたフィエロの前方に〖弓光紋〗が浮かび上がる。
通り抜けた矢が光の線となって〖分離〗すれば、森の木々を掻き分けて魔物たちへと降り注ぐ。
モンテはフィエロに近寄ると、その細い肩に手を置き。
「やりすぎるなよ」
「……」
現在の彼は神としての意識が目覚めていた。
肉体は仮初だとしても、宿る魂は同一。
フィエロのうなずきを確認してから、モンテはボスコへと意識を向ける。
・・
・・
大きな道を駆ける魔物共と〖光戦士〗が激突する寸前。ボスコが叫ぶ。
「今だっ!」
十数体と少ないが、一定の間隔で双剣を得物とする〖戦士〗が配置されていた。
〖光りの短剣〗 耐久強化。
〖輝く短剣〗 自身の斬撃強化(弱)
モンテが左の短剣を天に掲げた。
「真似ろ!」
その配下たちも同じ動作をとる。
〖閃光〗 味方が目にすれば弱い光だが、敵に太陽を直視したような状態異常を一瞬付属したあと、しばらく視界不良(弱)が続く。クール時間はそれなりに長い。
土埃が舞い上がり、刺さった槍が黒い血を跳び散らせる。
ボスコは装備を中型盾と短槍に切り替え。
「上手く行った、このまま乱戦に持ち込む」
盾で敵の動きを封じ、横から槍で突く。
モンテは右の短剣を掲げるが、今度はその動作を〖戦士〗は真似なかった。
「大型は俺のが混ざるぞ」
「はいよ」
二体の〖戦士〗が短槍を交差させて突けば、眩しさでしかめっ面の肉鬼が片足を取られてつまずく。その隙に身軽な双剣兵が死角へと回り込み、装甲のうすい部位を狙って切る。
〖残光〗 閃光の効果が続いている間だけ、敵の意識を一瞬奪う。重複はせず、また盾や鎧で防がれても不発となる。
この光景を壁上で眺めていた土使いが、ぽつりと呟く。
「召喚者が別なのに連係ってできんのか?」
モンテは戦場を睨みつけながら。
「第三班ならうちより上手いが、かなり練習が必要だ。土使いは〖繋がる心〗あるぶん、俺らよりゃ容易なんじゃねえか」
ボスコは得物を短槍から棍棒に交換する。
「でも今は止めた方が良いよ。ぶっつけ本番で出来るほど甘くないもの」
やることがないラウロは暇そうにしながら。
「光戦士は武器の切り替えがあるから意味もあるけど、狼だとどうなんだろうな」
土狼どうしで連係するより、岩亀や岩鎧などと組ませた方が効果も見えやすいか。
・・
・・
光矢や種の攻撃を凌ぎ、土狼や岩鎧(攻)との乱戦を潜った魔物たちは、勢いを落としながらも〖聖域〗へと足を踏み入れていく。
田畑を抜けたことで走りやすくなったのか、その肉鬼は速度を上げようと靴底に力を込める。
「はいそこっ 列にちゃんと並んで!」
防御型の〖岩鎧〗が進路を塞ぎ、〖岩亀〗が側面から激突。
「こちらでお待ちくださーい」
肉鬼が吹き飛ばされた先で、コルネッタが〖戦槌〗を振りかぶる。
後に続いていた小鬼やガイコツたちは〖鎖〗に拘束され、エドガルドのもとへ〖巻き取られ〗、無理やり整列させられた。
端からムエレが〖鈍器〗で殴っていく。
「はい横から順番に行きますよー」
近場の小型中型を全て引き寄せたので、エドガルドは〖盾〗と〖得物〗を駆使しながら、〖鎧〗で身を守ることに専念する。
「コルネッタこっちこれるか!」
「ちょっとまって!」
肉鬼の大槌を一歩前に出ながら身を屈めて避け、足に向けて〖無断・震〗を打ちつける。歩行阻害(強)で片膝をつかせ、低くなった頭部に向けて〖戦槌〗を振りかぶった。
〖鎖〗を免れた数体の骨鬼が死角から彼女を狙うも、〖鎧〗で防ぎながら体当たりで後退させ、数体をまとめて〖戦槌〗で強引に薙ぎ払う。
神力混血による身体強化は、鉄塊団の中でも随一だと言われていた。
その時だった、山側から眩い光が辺り一面を照らす。
「うわっ びっくりした」
突然のことで驚き、ムエレは小鬼から火属性の一撃をもらう。それは棍棒に油の染みた布を巻きつけた武器だったが、発動した〖防護膜〗によって防がれていた。
「だれか〖魁〗を成功させたみたいだな、正直助かる」
引き付けを担っているからこそか。エドガルドは新たな〖鎖〗を造りだし、コルネッタを狙う数体に向けて放った。
〖魁〗の光は宿場町方面のほぼ全てを照らしていた。
土狼と共に敵を迎え撃ち、〖一点突破〗で先駆けをしたと言った感じか。
もしくは敵意を向けた味方の〖盾〗に対して発動させたか。だがこの場合だと効果も時間も一気に弱まる。
戦意高揚に痛み緩和。数分間、範囲内の味方に防護膜を張る。〖食事〗の影響でバフの効果時間はかなり延長されている。
発動条件が難しいだけあり、その恩恵は大きい。
・・
・・
火矢の使い手は引き絞り続け〖炎矢〗へと変化させると、〖方陣〗内にいる大型を狙って放つ。
「しまった」
〖魁〗の光と運悪く重なってしまい、少し狙いが外れる。
足の下部に当てるつもりが、大盾に突き刺さった。
〖方陣〗により強化された炎は爆発のごとく燃え上がり、近くにいた小型中型をも飲み込むが、肉鬼は盾により片腕が焼け爛れるだけに留まる。
同じ雑魚でも強弱に差もあるようだが、この個体は間違いなく強い部類になるだろう。
いや。全力の〖炎矢〗を耐え抜いた時点で。
リーダーは一方を指さし。
「あの方陣を抜けたやつ。腕無しのオークを狙える?」
新人の土使いは〖狼〗だけなので難しいが、もう一人は〖犬〗も数体混ざっているため、ある程度は手勢に指示を送れる。
「ちょっと待ってろ」
〖犬〗は手いっぱいだった。土使いは装備を軽装に交換し、〖繋がる心〗を発動させる。
数体が動きオークを狙うも。
「厳しいな」
その個体は大剣で盾ごと腕を切り落とし、咆哮と共に走り続ける。
リーダーは自らの判断で。
「ボス級出現っ! あの腕無しのオーク!」
モンテを含めた壁上の仲間が一点を確認する。
「ラウロ!」
「もう少しだ」
オッサンは転移することなく、モンテに〖夜入〗を発動させていた。
暗闇(弱)を受けた視界のまま、班長は空を見上げる。
「まだ暮夜は無理か」
「〖夜入〗で発動させている時点で、今回の夜明は適応外だな」
ラウロは将鋼を手に、壁の凹凸へと飛び移る。〖聖壁〗で足場を確保したのち、構えを整えた。
歪んだ銀色が青白い光を灯す。
新人を率いるベテランの二人は、〖夜明〗の剣をじっと見つめていた。
空を見上げていた戦神が、ぽつりと呟く。
「……これは」
背筋が凍る。
戦場に雪が舞っていた。
次話は明日には投稿できるかと思います。




