13話 ラファス防衛戦⑥
防衛戦の初日は問題なく耐え凌ぎ、ラファスは次の日を迎えていた。
魔物は引くこともなければ、やみくもに突っ込んでくるだけ。もし相手が知能のある敵であったなら、このまま攻めても損失するだけだと、方針を切り替えたりもする。
以上の理由もあって港町からこちらに来たのも含め、すでに第三波の勢いはなくなっており、もう直に削り切れるか。
第六波は製鉄町に進路を切り、第七波はまだ集結中とのこと。
次はラファスに来るものとして動かなければ、物事は後手に回っていく。
まだ魔物は残っているが、危険を承知で職人たちは町壁の応急修理を始めた。
荒れた田畑を耕すなどは無理だけど、壁上の土を入れ替えたり、可能であれば空間の腕輪で防護柵の再設置を試みる。
・・
・・
〖聖拳士〗は三日から四日で消えるため、ラウロは朝早くから空き地で召喚を始めていた。その作業を終えても、まだやるべきことはあった。
〖聖域〗も時間が経てば停止するので、定期的に張り直さないといけない。海方面の外壁から始まり、次は教都側といった感じで回っていく。
午前中のうちにこれら作業を終わらせれば、十五班の三人は仮眠をとる。しかしラウロはもう一度、空き地に向かうことになっていた。
〖拳士〗はまだ必要数の半分しか用意できてないけど、今回は別の目的。
「百体で良いのか?」
ティトの代わりは面識のあるイザだった。
「はい。デボラさんとのやり取りで、そう決まりましたので」
予想よりも〖拳士〗の損害が少なかったこともあり、その分を満了組の受け持ちに回したいと頼まれ、ラウロは了承していた。
もともとこういう頼みを嫌がる性格でもないし、引き受けてくれると教会も判断していたため、事前に話しは通っていたのだろう。
「日付が変わったら、残りの二方面分をお願いすることになるから、今はちゃっちゃと終わらせて休んでください」
「おうよ」
加護者は祈ることで神力を授かるが、一日で受け取れる量は決まっている。それが切り替わる時刻を待ってから、本格的な召喚作業に入る予定。
「もうちっと余力はあるんだがね」
「序盤から無理しちゃ駄目ですって」
彼女の言うことは尤もなため、オッサンも従っておく。
協会は非戦闘員も物資の管理などで手一杯で、役所や教会も避難してきた連中の衣食住を用意しないといけない。
列の整理や呼び込み、炊き出しなども民の一部から手を借りていた。
作業を続けていると、見知った二組の男女がやってくる。
「あれ、娘さんたちはいないのか?」
エルダの父が教都方面を指さし。
「ルチオたちが予定よりも早く引き上げたから、今はそっちだ」
「なんかあったのか?」
先ほどまで〖聖域〗の作業をしていたが、そう言えば天上菊の連中は見かけなかった。
サラの母親が前にでて、召喚のため両腕を差し出す。
「無事でよかったよ本当。またゴブリンだって聞いたときゃ、あたしもキモが冷えたねっ」
〖犬〗のお陰もあり、情報は問題なく巡っているが、やはり限界もあった。天上菊が強い魔物と戦ったのだと、ラウロはこの場で知った。
「ヤコポとルチオが怪我しちまってねえ、今は二人とも休んどるよ」
「今後に響かなけりゃ良いんだけどな」
すでに癒えているとはいえ、ルチオは避難誘導の段階でも肩を負傷している。戦いを続けるとしても、〖鎮痛剤〗を服用しながらになるか。
「しかし大したもんだな、無事ってこたぁ凌ぎ切ったんだろ」
地面に聖なる紋章が浮かべば、両者の間に〖拳士〗が出現。
飯屋の女将から離れ、横に位置をずらせば、後ろに並んでいた旦那さんが正面に立つ。
「いや違うんだこれが、倒しちまったんだってよ」
「まじか。そうなりゃ戦争が一段落つきゃ、もう確実に上級組か」
召喚を終えれば、次はエルダの両親。
「素直に喜んでもあげれないのですが」
「俺たちもそうだったから、止めることもできんくて辛い」
この二人も昔は迷いの森を中心に、上級の序盤で活動していた。
「ルチオ君は探検者を続けるつもりなのよね」
「たぶんな」
レベリオ組は育成に重きを置くので、エルダとアドネが抜けた後は、モニカ組あたりに入るのだろうか。
「サラちゃんはどうする予定なんですか?」
「うちの娘はラウロさんと同じだね」
ある程度の経験を上級で積んだあとは、中級での活動を主とする予定。
エルダの母親は召喚を終え、一歩さがると。
「あの子、どこまでも行きそうで。正直、娘よりも心配です」
「しゃあない。あいつは筋金入りだ」
探検者としての気質。レベリオほどではないと思うが、ダンジョン攻略を生き甲斐としているのは間違いない。
「絶対なんてないが、爆走するタイプとは違うからよ、まあ大丈夫だろ」
オッサンの見立てからすれば、ルチオよりもモニカの方が心配だったりする。
トゥルカはあんな感じにはなるものの、意外と爆走はしなかったりするので、今のところは安心だろう。
というか爆走して周りを困らせるのは、なにを隠そう鉄塊団の団長だ。
サラの両親は今から炊き出しの準備に向かうとのことだった。エルダの両親も娘たちの様子を確認したのち、それぞれの役目にもどる。
・・
・・
満了組の支援に回す〖拳士〗の召喚を終えると、ラウロは急いで用意された仮眠所に向かう。
限られた時間で眠りに入るというのはなかなか難しい。
七秒かけて空気を取り込み、七秒間息を止め、そして七秒かけて空気を吐きだす。
色んな方法があるけれど、ようは副交感神経を優位にさせることが大切。
騎士団での訓練には、こういったものも含まれていた。
〖聖域〗は八から九時間で停止するので、一日のうちになんどか外壁を回らなくてはいけない。
夕暮が迫るころ、ラウロと十五班の三人は支援作業を開始した。
・・
・・
一方その頃。
作戦本部の扉をミウッチャが開いた。
顔は洗ったようだが、まだどこか寝ぼけ眼で、髪を雑に手櫛で整えただけの風貌。
「休憩ありがとうございました」
「今のところ特変した事態はない」
死傷者も出てはいるが、戦争なのだからこればかりは避けれない。
ミウッチャは用紙を受け取り、まずは鉄塊団の欠員を確認する。
「なにか眠気が覚める飲み物でも用意させよう」
軍服も長いこと此処に詰めているが、服装の乱れは見られず。
「ありがとうございます。バッテオもありがとね、交代するよ」
「それじゃ、よろしくお願いします」
いぶし銀の他三名は外壁拠点に残り、赤い狼煙が発生した場合の対応をすることになっていた。
あくびを手で隠しながら、バッテオは去っていく。
「〖拳士〗は大丈夫そうですか?」
「外壁を抜けてくる魔物も減っているのでな、問題もなく交代も始まっている」
ラウロが朝に召喚したのは、町壁の上から水堀にダイブして、そのまま指示された位置につく。
「あと第七波だが、宿場町に向かって動き出した」
「そっか。じゃあ大半はこっちに来るかも」
宿場町と呼ばれているが、あそこは峠の道・ラファス・製鉄町・港町の中間にあるため、交通の要所だったりする。そのため人間同士で戦争していた時代から、かなり大きな町だった。
「戦力的にも地形的にも港町が一番硬いから、できればそっちに行って欲しいんだけど、そう考えちゃうのは不謹慎かな」
「私も思わなくはないが、口には出さんようにせんとな。特に部下の目がある場所では」
現在は軍服とミウッチャのみで、上位の神官や協会支部長の姿はなく、この場にいるのは代役となっている。
大きな机に広げられた見取り図を眺め。
「教都からの増援はそろそろ出れる頃ですか?」
「最後に出現してから、もうしばらく【門】は発生していない」
ゴーワズの支配地域だと聞くが、海を挟んでいるためこちらまでは来ないと思われる。
「もしこのまま新たに確認されないようであれば、明日の昼過ぎには教都を出立するはずだ」
魔界の侵攻、その間隔は年々少しずつ短くなっていた。
最短で八年。
前回は王都方面。
前々回は城郭都市。
さらに前は製鉄町の近く。
ミウッチャが記憶する中で一番古いのは、ラファスが大外れを引いた戦だった。
「見誤ると本当に怖いんだよね。この町ってさ、以前それで痛い目に遭ってるんだ」
増援を送った町や都市は、それだけ戦力が手薄となる。この状態で近場に新たな【門】が出現すればどうなるか。
まだ先代のいぶし銀が若手だったころ、教都はかなり追い込まれた状態となった。
「戦乙女か」
当時は団長でこそなかったが、すでに名を馳せていたルカと並び、教国の双璧だと称えられた。
「たしかあの戦で、一層に名が広まったな」
血塗れの聖者よりも昔の英雄。
歳を重ねてからは戦場の鬼女と呼ばれていたが、本人の前で言うと半殺しにされたそうな。
「まだ物心もついてないガキだったけど、あの日は今でも覚えてるよ」
ミウッチャは見た目こそ若いが、実年齢は四十も目前。グレゴリオたちに憧れたのも、恐らくこの時が切欠だったのだろう。
「そういえばルカさんって、ちゃんと休憩してるのかな?」
「……」
その後。老師を休ませるよう各拠点に伝達するが、本人は動き回っており捕まえられず。
・・
・・
日付が変わり、ラウロが本格的な召喚作業に入った頃。
魔物の攻勢が止まっている今のうちに、協会としても物資を各所に送りたいと活発に動き回る。それら作業が一通り終わったようで、支部長も本部に戻ったが、さすがに眠いと別室で休ませてもらっていた。
「どうかされましたか」
急な呼び出しを受けた支部長は室内を見渡す。
作戦本部には神官だけでなく、柱教長の姿もあった。
軍服は椅子に座り、腕を組んで目をつぶっていた。
ミウッチャはじっと見取り図の一点を睨む。
「なにか良からぬ事態でしょうか?」
「はい。教都の近くに【門】が出現しました」
支部長は誰にも分らないよう肩を落とすが、悪い方向にばかり考えては駄目だと気を持ち直し。
「あの辺りには、集結できるほどの平野もなかったはず」
教都はもともと王家の墓であり、山の中腹からこの方面を見渡せる位置にある。立地としてはそこまで恵まれた場所とは言えず、土地だけで言えば旧王都や宿場町の方が向いている。
集うことができなければ、千にも満たない小規模な集団で無作為に散らばっていくだけ。
腕を組んだまま目をあけると、軍服は支部長をしっかりと見上げ。
「場所が悪い。確認されたのは道の上だ」
整備された広い道。
「こちらにもそれなりの数がくる。いや、もう正確には来ている」
「増援は城郭都市に頼るしかありませんな」
バッテオを含めた数名が、すでに各拠点へと犬を通してその情報を広めていた。
副団長はそんな仲間の様子を眺めてから。
「峠の道は無理だから、迂回して製鉄町からって感じになるのかな」
柱教長は町の見取り図の上に、教国全土の地図を広げ。
「これ以上、増援を遅らせてしまえば宿場町が持ちません。なので危険は承知で、明日中には城郭都市から援軍を出してもらう予定です」
天上界を挟む形となっているが、これはすでに教国の決定事項となっている。
ミウッチャは山脈を手の平で隠し。
「到着するのは、何時くらいになりますか」
「なんとも言えませんが、早くとも一週間はかかるものと」
増援は〖空間の腕輪〗や〖装備の鎖〗で身軽となっており、睡眠時間もできる限り削って来る。
「山道か」
「女帝殿の数少ない失敗例もある」
名君と伝わるその人物が、なぜ旧教国に猶予を与える真似をしてしまったのか。
「季節が悪い」
かつて槍豪の得物を奪還するため、峠の道に執着してしまい、冬を迎えてしまったという実例。
方針を別の経路に切り替えたは良いが、すでに旧教国は準備を一通り済ませていた。
「実際のところ、山越えは出来るのか?」
徹底した王族への断絶処置は、他国への脅迫だとされている。
国外に逃亡しようとした時空騎士団。騎士王の息子を捕らえても、槍を奪い返してもなお、事実として兵士たちは捜索を打ち切らなかった。
柱教長は港町に目を向け。
「騎士団は【雪原】で鍛えているので、装備も鍛錬も不足はしていないはずです」
実はグイドの試作品が、冬登山の装備発展に一役担っているとかいないとか。
「ただし天候というのは予測もできません」
上位の神官は祈りの姿勢をつくり。
「神さまに祈るしかありませんな」
文字通り神に頼まなくてはいけない。
「私がこちらに残りますので、可能であれば天上界との交渉をお願いできませんか」
彼はまだ柱教長になって日が浅い。
「すでに退いた身ですからの、申し訳ないがそれは出来ませんな。そもそも私が変わったところで、結果が良くなるわけでもない」
前回までこの二人は逆の立場だった。
「……わかりました」
神官はうなずくと。
「では皆さん、配置について考えましょうぞ。教都方面の外壁に、協会の戦闘員を配置せねばなりませんか」
リヴィアやティトは別として戦闘員の実力は、迷いの森を活動の場とする探検者よりも低い。
目安としては、天上菊に臨時で加入した土使いの組と同程度。
柱教長も気持ちを切り替え、皆を見渡すと。
「緊急事態です。参戦を拒否していた探検者の方々にも、戦ってもらわねばいけません」
軍服は椅子から立ち上がり。
「止む負えんな」
教国全土の地図を退け、ラファス全体の見取り図を睨みつける。
柱教長は深呼吸をしてから。
「場合によっては、すでに引退している探検者の力も必要とするかも知れません」
エルダの両親などが該当する。
「教会の方で希望者を募ります」
「では私も戦闘員の配置について練りますか」
支部長はヴァレオとやり取りをするため、〖犬〗のもとに向かう。
「おっちゃ……グレゴリオさんこっちに呼んだ方が良いかな。ボクが一時的に教都方面の外壁に行っても良いけど」
軍服はミウッチャの提案を受け、神官の方を見て。
「そうしてもらえると有難いのですが」
「ではミウッチャさん、お願いできますかな」
わかりましたと返事をすれば、一度バッテオに声をかけてから、彼女は数名を連れて本部を後にする。
柱教長はしばらく考えてから。
「すぐにではありませんが、高齢者や子供。あと神力を持たない方は、内壁や倉庫街に避難するよう指示をだそうかと思います」
商いをしている者は倉庫街に集めた方が良いか。
職人の中には加護を得てない者もいる。
また武具や防具の修理をしなくてはいけないので、工房から動けない者も多い。避難場所に応急の設備を設置するなども、今のうちに進めておかなくては。
「いやはや、人手が足りませんな」
今こそラファスは一致団結して、ウルトラファイヤーにならねばいけない。
・・
・・
とある教会の隠された地下室。
すでに蝋燭は燃え尽きていたが、そこは揺れる明かりに照らされていた。
乱雑に脱ぎ捨てられた修道服。
久しぶりに鞘から抜かれた剣は研がれ、今は下ろされた階段の脇に立てかけられている。
焼けた椅子から崩れ落ち、地面にうずくまる者が一人。
手入れの行き届いていない古びた鎧。マントは虫に食われ穴が開いていた。
やせ衰えた身体にはあっておらず、調整も本当なら必要だろう。
腐っても神の素材だ。後進へと譲ることも考えたが、干からびたプライドが邪魔をして許さなかった。
装備の鎖を使い、軽装へと交換する。
爛れた皮膚。
揺れる光の中で、うめき声だけが響く。
試練の時は刃を数度交えただけで、この炎に耐えきれず地面に倒れた。根性で立ち上がり、無理やり得物を振るったが、実際には戦いにすらなってはいなかった。
あれに比べれば。
この程度はなんてことないと耐えていたが、もう無理だと神技を止めようとしては、駄目だと自分に幾度も言い聞かす。
喉が焼ける。
「まも…のっ……もぉ」
命に当てはまるのか。
もしそうだとすれば、確かに数千は奪って来たか。
お久しぶりです。
3月にハクスラの体験版をやってから火がついてしまいまして、ずっとその系統を遊んでいました。そして6月に製品版が始まりまして。まあディアブロなんですが。
よくよく思い返すと、この作品の装備や神技はこれの2が元になってますね。
とりあえず明日にもう一話投稿して、近いうちにもう一話といった感じになるかと思います。




