9話 日常3
交渉は無事に成立した。
満了組の長たちはまだ協会支部にいると思うから、戻って報告してくると席を立てば、自分たちも行くべきだとのことで二人も後に続く。
宿屋の店主と女将にお礼を言ってから外に出る。
・・・
・・・
そして支部までの道中。女が腹を抱えて笑っていた。
「ちょっとアリーダ、駄目だよ」
そういうレベリオも堪えているのが見て取れる。
「だってぇ この人、また殴られてっ」
返答を続けられないほどに苦しいらしい。ラウロは達観した口調で。
「最初に殴ったのあなたですからね。あと指向けながら笑うのやめてもらえますか」
さっきデボラとの会話で、最後に失言をしてしまい頬を殴られた。正直言うと怖いので、今日はもう会いたくない。
「ごめんごめん。もう笑わない」
と言いしばらく呼吸を止めるが、我慢ならずまた噴き出す。レベリオはすでに落ち着いたようで。
「じゃあデボラさんたちとは僕らが話をしますので、マリカに事の成り行きを伝えてもらえますか?」
「それは助かる」
アリーダへのセクハラ発言しかり、緊張するとやらかしてしまう質なのかも知れず。
「昔から気をつけてるのに、どうも失言が多くてな」
温厚なアドネにも試練前にマジ切れされていた。
「ちょっともう勘弁してよ」
笑いのツボにハマってしまったようだ。
仕方ないので、今できる神技をレベリオに説明しながら、ゆっくりとした足取りで協会支部を目指す。
「まず俺が装備関係なく使用できる神技は、光の属性とすごく似てたりする」
「僕ら回復役を探すにあたり、けっこう調べたんで理解早いかもですね」
〖聖域・聖紋・威圧・聖十字・聖壁〗
〖天の光・天の輝光・求光・光十字・光壁〗
「これらは本当に似てるんだが、違いも意外とあったりする。聖紋は秒間回復上昇だが、輝光は一定回復とかな」
それ以外にもあるので、一つずつ説明した。
「あと素手限定だが」
〖聖拳・地聖撃・聖十紋時〗
「とりあえず左手は使えるようにしてる。聖十紋時は片手剣だとまず無理だな」
左前腕の小丸盾と当たってしまう。
一通り聞いたあと、少し悩んでから。
「できれば防具。たしか法衣でしたね、それも簡単に教えてもらえますと助かります」
〖聖法衣・聖者の威光・聖身〗
基本、普段は使わないようにしていると伝え、内容を説明していく。
二人の話を後ろで聞いていたようで。
「ねぇ。使えなんて言わないから、破魔の拳についても聞きたいんだけど」
〖聖者の叫び・咆哮・聖なる浄光・極光・無常の拳〗
「〖聖拳〗を〖破魔の拳〗に変化させないと、これらは発動ができない」
共に戦うかも知れないので、情報は惜しまない。
「実を言うと召喚も使えるんだ。〖聖なる拳士〗と〖古の聖者〗って神技だな」
「聖なる拳士というのは、ゴーレムのような物ですか?」
ゴーレム。土の神技(杖) 土と岩でできた仲間。
「ちょっと特殊でな。自分の神力を少しと、他者の神力を大量に使うんだ。あんたらみたいに器が成長してるなら、混血直後で二体は作れる」
一日にそう何度も神力混血はできない理由から、ダンジョンでの活用は難しいだろう。
「かなり燃費悪いわね。ただ加護持ってるだけの人だと、一体ってとこ?」
「そんなとこだ。消費した神力の分、あんたらが神技使って戦う方が成果でるぞ。訓練とかで敵役に利用したりはできる」
アリーダは一度考えこんで。
「試しに戦ってみたいかも」
「じゃあ今度、連携合わせる時にでも。なんも知らない状態の方が実感できるはずだから、説明はまた今度にしとく」
わかったと了承を得る。そして残るはもう一つの召喚。
「たしか聖神の加護は今のとこ、他にいませんよね?」
古の聖者。いつの間にか、その神技が脳裏に存在していた。
そしてこれはある意味、ラウロにとっての切り札。
「侵攻時の限定神技なんだ、予想だと光の天使を弱体化させて、地上に召喚してんじゃないかな」
天使(素手) 聖なる拳士と同じく光っていて顔なども確認できない。
「輪郭とか体格とかからでの判断だけど、恐らく同じ奴だ。なんで解るのかって聞かれても困るんだが、二十代後半の女だと思う」
混血直後の神力を全て持ってかれる。五分ほどで消滅。
「化け物ね」
ラウロは苦笑い。
「本当にな、俺よりずっと強いぞ。何度も命を助けられた」
少し意味が違ったらしい。
「あんたもよ」
「そうか」
思わず出てしまった発言を、レベリオが窘める。
「彼がその力でどうなったか、僕らは調べたはずだよ」
「ごめん」
命に係わる事態でなければ、極力使わないよう心掛けている。
「気にすんな。そもそもの大前提としてよ、人には荷が重すぎる力だったんだ」
隣を歩くリベリオは、その発言を受けてハッとした表情をラウロに向け、すぐさま視線をもとの位置に戻す。
「……」
気づかれないよう、音をたてずに唾を飲み込む。
とりあえず話題を変えた方が良いと、アリーダは気になっていた話題を。
「そう言えば、あの子たちどうなったのよ。試練は上手くいった?」
「何とかな。アドネは欲望で、ルチオは火槌と友情だ」
ダンジョンでは誰もが自分の組に入れたがる欲望と、珍しい二柱の加護。
神技の話はみんな大好き。目を輝かせながら。
「すごいじゃない、今から恩でも売っとこうかしら。あの子にはあんたの情報も貰ったし」
大きく息を吸い込み。
「友情神さまか」
呼吸を整えると、レベリオも会話に復帰する。
「けっこう昔の話になりますが、知り合いにも居ました。あれ恥ずかしいって嘆いてましたよ」
〖友よ! 今こそ共に活路をひらけぇっ!!〗(勇敢に、勇者よりも英雄らしく)
〖泣くな、友よ〗(悲しみではなく、悲壮を意識して)
どこか勇気の神を意識しすぎな気がする。
「欲望は欲望でちょっと変よね。始めて聞いたとき笑っちゃった」
思い当たるのか、ラウロも苦笑いで。
「神技名だろ? あいつらも同じこと言ってたぞ」
熟練が一定値を越えるまでは、神技名を唱える必要がある。そして感情神は発音と心の込め方に拘る。
声に出した方が効果は上がり、感情も状況に合った方が神が微笑む。
神技の熟練と言うのも、加護によってそれぞれだった。
「まだ神力混血もできない癖に、恥ずかしいから技名は唱えたくないってな」
「今が一番、ワクワクが止まらないんでしょうね」
強くうなずいて。
「加護授かってから、もう張り切り度合いが凄げえ」
「気がはやる時期だものね。思い通りだった私が言えたもんじゃないけど、嬉しくて仕方ないのよ」
自分たちの仲間を思いだしたのだろう。それは欲望の神技だと、ただ一つまともな技名。
いつかみた夢。
「懐かしいな、もうずっと昔な気がする」
嬉しくて嬉しくて、本気で泣いていた友。
「そうだな」
自分も嬉しかったのを覚えている。
・・・
・・・
やはり会話をしていると、目的地につくのが早い。到着し、大きな協会支部を見あげる三人。
「じゃあ、上手いく事を願ってるぞ」
「はい。ラウロさんも炊き出し頑張ってください」
腕を組み、少しうなった後。
「なんか忘れてる気がすんだよな」
扉を見つめているラウロ。
「なによ」
「いや、別に大した用じゃないだろ」
じゃあなと別れる。
・・・
・・・
町の近場に流れる川へ続く排水路。この橋を渡った先が貧困街と呼ばれる地区だ。
名前はこんなだが、驚くほど治安が悪いわけではない。子供が空き地で探検者ごっこをしていても、連れて行かれるような事件はここしばらくない。
少なくともラウロがこの町に来てからは、今のところそんな記憶はなかった。
橋を渡たると水路の流れに反って歩く。やがて教会前の小さな庭に到着する。
「こんちわ」
手入れされた草木。歩きやすいように設置された平らな石。そして古くみすぼらしい教会の前では、シスターと子供たち。
咥えた紙煙草を指に挟み。
「待ってたよラウロ」
「婆さんガキの近くで吸うなよ。その煙も身体に悪いって前から言ってんだろ」
注意され、ケっと唾を地面に吐く。素敵なシスターさんだ。
「これでもあたしゃねぇ、室内じゃ我慢してんだ。文句を言われる筋合いはないよ」
子供たちは両手に布のかかった籠を持ち、老婆とオッサンを見あげていた。
「マリカって娘は来てないか?」
「お前の知り合いだろ、いつもの空き地に机を運ばせてるよ。今ごろ中央の連中と準備始めてるさ」
有難いねと煙草を咥え、立ったまま祈りの姿勢をとる。ヤニ臭い指で。信仰心の深いシスターさんだ。
「お前は裏の倉庫に行って、寸胴鍋を持ってこい。二つだよ、一度に運べないなら往復しな」
「はいよ」
二人の会話を聞いていた少女の一人が、ニヤニヤしながら。
「あのお姉ちゃん、ラウロの彼女?」
「クソガキ、呼び捨てにすんな。年上だぞ」
孤児院の子供たちは自分を舐めている。ルチオとアドネを筆頭に。
「どういう教育してんだ」
「あたしゃシスターだ、関係ないね」
無視してないで質問に答えろよと、他のガキが籠を抱かえながら蹴ってくる。
「いてぇな。次やったら慈悲はないからな、覚悟しとけよ」
質問に答えるまで暴力は続くらしい。
「今度から仕事仲間になるかもだから、その縁で手伝ってくれたんだよ。あとで他の連中も来るんじゃないか」
俺じゃなくて本人に聞けば良かっただろと加える。
「だって」
知らない相手だから、話し掛けれなかったらしい。
「お前ら慣れるほど憎ったらしくなるのな。もっと可愛かったのに」
ムカついたのか順番に蹴ってくる子供たち。
「だからやめろ、売り飛ばすぞ」
この男。シスターの事を悪くは言えないのではないだろうか。
「仲間か。そうかい、お前さんも順調なようだねぇ」
彼は中央では手に負えなくなり、協会支部とは離れたこの教会に移された。
「まあな」
クソガキたちが籠を地面に置き、ついには戦闘を始めだしたので、ラウロは逃げるように倉庫へ向かう。
鍵は教会の裏口付近に隠してあるので、それを使い扉を開く。中には袋に入れられた寸胴鍋。
ちゃんと持ち手も縫い付けられているので、両手で一つずつ握る。
「よっこらしょっと」
重いので神力混血をし、身体能力を底上げ。
「あの二人もこれができるようになれば、一気に色々と進むんだけどな」
肉体労働。協会の支部が窓口となるが、探検者とは別の契約システムだと思われる。
天上界さまさま。
庭に戻ると子供たちは消えていた。
「事件か」
ラウロが近くにいると喧嘩になるから、さっさとシスターが連れて行っただけだ。
長くなったので別けます。残りももうすぐ終わりますので、直しが終わったら投稿しようと思います。12時の投降予定で予約しております。




