第48話：一か八か

「マーガレット、お腹が空いているだろう？サンドウィッチを食べるといい」

「申し訳ございませんが、食欲がないのです」

　ジェファーソン様がサンドウィッチを差し出してくれたが、正直食べる気になんてなれない。

　今何時頃かしら？今頃きっと、私が帰ってこないから大騒ぎになっているだろう。もしかしたらもう、ローイン様の耳にも私が居なくなったとの情報が入っているかもしれない。

　ローイン様…

　どうしてこんな事になってしまったのだろう。私がもっと警戒していたら…

「そんな顔をしないでくれ。明日には自由の国、ヴァレッスル民主共和国に着くのだよ。国に着いたら、まずは結婚式を挙げよう。僕はずっと、マーガレットと結婚するのを楽しみにしていたのだから…」

　この人は何を言っているのだろう。私は絶対に、ジェファーソン様と結婚なんてしないわ。

「ジェファーソン様、私はあなた様と結婚するつもりはありません。私が愛しているのは、ローイン様ただ１人ですわ！」

　はっきりとジェファーソン様に告げた。たとえあなたが無理やり私を手に入れようとしても、抵抗し続けてやるわ！絶対にこの男の思い通りにはさせない。

「マーガレット、あの男の名前を口に出さないでもらえるかい？それから、いくら君が強がっても、あの男は迎えには来ないよ。そうそう、あの男、僕に盗聴器と居場所を特定する機械なんて付けていたのだよ。本当に人を監視するのが好きな男だね。でも、僕はそこまでバカじゃない。盗聴器も壊したし、居場所を特定する機械も協力者に頼んで家に置いて来てもらったよ。だからあの男は、助けに来ないよ」

　ニヤリとジェファーソン様が笑った。

「いいかい？もう君が頼れるのは、僕しかいないのだよ。だから僕にあまり逆らわない方がいいよ。それにしても、マーガレットはいい匂いがするね。今すぐ君を抱きたいところだけれど、生憎馬車の中だし。君を抱くのはヴァレッスル民主共和国に着いてからにするよ…楽しみはやっぱり取っておかないとね」

　いやらしい瞳で私の体を見るジェファーソン様。嫌…そんな目で私を見ないで…恐怖から、端っこに縮こまる。

「そんなに怯えなくてもいいよ。君がいい子にしていれば、酷い事はしないから」

　ジェファーソン様がニヤリと笑っている。その顔を見た瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われた。怖いよ…ローイン様、助けて。

　心の中で何度も彼の名前を呼び、馬車の隅で小さくなる。

　どれくらい縮こまっていただろう。ふとジェファーソン様の方を見ると、ウトウトと眠っていた。この男、こんな時によく眠られるわね。

　ん？待てよ。この男が眠っているという事は、もしかしたら逃げられるかもしれない。

　でも…

　馬車はすごいスピードで走っている。たとえ運よく馬車を飛び降りたとしても、きっと無傷ではいられないだろう。最悪、命の危機もある。

　それに逃げても、すぐに捕まってしまうだろう。

　でも…

　窓の外を見ると、ちょうど森に差し掛かっているのか、辺りは真っ暗だ。この暗闇を利用すれば、もしかしたら逃げられるかもしれない。

　ふと馬車の扉に目をやる。我が家の馬車は、内側から鍵をかけるタイプだ。万が一外部から襲われたときに、身を守るために設計されている。

　このままここでじっとしていても、私の未来は明るくない。嫌悪感を持っているジェファーソン様に無理やり娶られるくらいなら、いっその事…

　一か八か、やってみるしかない。

　ウトウトとしているジェファーソン様に気が付かれないように、少しずつ扉の方に移動する。そして、ゆっくりと扉の鍵を開けた。後はドアを開けて、一気に外に飛びだすだけだ。

　でも、やはり怖い。もし飛び降りた拍子に木に激突したら、きっと命はない。まさに命がけの脱出劇なのだ。

　マーガレット、何を怯えているの？あなたが助かる方法は、これしかないのよ。この方法に掛けてみるしかないの！

　自分自身に語りかける。

　そうよ、今がチャンスなのよ。このチャンスを逃したら、私は一生この男に囚われ続ける事になるかもしれない。それこそ、一生ローイン様にも会えないかもしれない。

　そんなのは絶対に嫌！

　よし！

　大きく深呼吸をする。そして次の瞬間、一気にドアを開け、外へと飛び出たのだった。