第158話「寝させてくれない彼女」
「……♪」
家事を終えて自分の部屋に戻ると、後ろを付いてきている美咲が嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
もう寝るだけなので、待ちに待った時間が来てご機嫌になっているんだろう。
「さて、床に布団を引くか」
「――っ!?」
浮かれているようなのでわざと言ってみると、美咲の息を呑む音が聞こえてきた。
彼女は俺の前に回り込むと、物言いたげに詰め寄ってくる。
「ここにきてそういういじわる言うの、いじわるだと思います……!」
「意地悪を二度言ってるぞ?」
「いじわる……!」
一緒に寝たい美咲は、頬を膨らませて怒ってくる。
さすがにここにきて、俺も別々に寝るつもりはなかった。
そんなことをすれば、美咲が荒れるのはわかりきっているのだから。
「冗談だよ、おいで」
「あっ……んっ……」
ベッドに腰を掛けて両手を広げると、美咲は途端におとなしくなった。
彼女は瞳を潤わせながら、向かい合うように俺の膝の上に座ってくる。
相変わらず単純な子だ。
優しく頭を撫でると、気持ちよさそうに美咲は目を閉じる。
だけど、すぐに目を開けて、ジッと俺の目を見つめてきた。
何を求められているのかはわかる。
わかるが――俺は、美咲を抱き上げた。
「さて、寝るか」
「なんで……!? 今、キスの流れだった……!」
お姫様抱っこをされる美咲は、納得がいかないと言わんばかりにペチペチと俺の胸を叩いてくる。
元から欲望に忠実なところはあったが、もうその欲望を隠さないようになっているようだ。
しかし、今日は散々刺激が強いものを見せられたり押し付けられたりしたので、俺は理性を保つためにキスをするわけにはいかなかった。
「また明日な」
「やだ……!」
優しくベッドに寝かせると、美咲は俺の腕をギュッと掴んできた。
別に逃げはしないのだから掴まなくてもいいのだが、半ば反射的にしていることなのだろう。
「一日くらい大丈夫だろ?」
「寝る時にはしてもらえると思って、ずっと我慢してたのに……!」
まぁ、一緒に寝るとなって心愛もいないともなれば、キス魔の美咲が期待することは目に見えていた。
だからといって、キスをするなんて約束はしていないので、ここで俺がしなくても問題はないのだが。
ただ――しなかったらしなかったで、寝かせてくれないだろうな。
「代わりに抱きしめて寝るってのじゃ、駄目か?」
「…………ど、どっちも……!」
代案を提示すると、美咲は一瞬悩んだようだが、欲深い彼女は片方ではなく両方を求めてきた。
これは前にも似たような状況があったので、彼女がその選択をするのは当然かもしれないが……。
「一回でちゃんと寝るのか?」
「…………多分?」
うん、寝ないな。
絶対満足しないだろ。
もはや守る気がなさそうに小首を傾げた彼女を見て、今夜はなかなか寝させてもらえないと覚悟した。







