第155話「強引な手段」
「苦手なものは、苦手なんです……」
笹川先生は震えた声でそう訴えてくる。
まぁその気持ちはわかるんだけど……。
年上のお姉さんに縋られるというのは、なんだかむずがゆくなる。
放っておけないというか、庇護欲をそそられるというか……。
普段なら、絶対にない状況だ。
そしてそんな状況だからこそ、美咲に誤解されないように早急に手を打たねばならない。
「それでしたら、早く部屋に戻りましょう。心愛も気になりますし」
ヤモリが怖いなら、さっさと先生の部屋に連れていったほうがいいと考えた。
心愛に関しても、寝たらなかなか起きないとはいえ、ふと目を覚ますこともある。
その際に笹川先生がいなかったら、不安になって泣いてしまうかもしれない。
だから、連れていこうとしたのだけど――。
「ですが、ヤモリ……」
美咲とは違って、笹川先生はヤモリが待ち構えるドアを通れないようだ。
「大丈夫です、何もしてきませんから」
「ドアを通ろうとした際に、落ちてくるかも……!」
笹川先生は涙目でブンブンと首を横に振る。
この姉妹、想像力が豊かすぎるだろ……。
まぁ、運が悪ければそういうこともあるんだろうが……。
「大丈夫ですって」
「…………」
よほど嫌なのか、笹川先生は動こうとしない。
こういうところは美咲と違う――と思ったけれど、きっと関係性の違いなのだろう。
美咲は俺が彼氏だから、おとなしく付いてきていただけであり、笹川先生から見た俺は違うから、動かないという感じの気がした。
しかし、このままだと埒も明かないわけで――。
「失礼します」
「えっ――きゃっ!?」
往生際が悪い笹川先生を、俺は抱きかかえた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「し、白井さん、何を……!?」
「危ないので、暴れないでくださいね?」
笹川先生は軽いのだけど、暴れられると支えられる自信はない。
普段なら絶対にこんなことはしないが、このまま時間が経てば美咲が戻ってきてしまい、負のループになりかねないのだ。
廊下に出すだけであれば一瞬だし、悶えている美咲はまだ戻ってこないはずなので問題はない。
「い、意外と、強引ですね……?」
笹川先生は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、俺の顔を見つめてくる。
こうでもしないと動かない人が、いったい何を言うんだ……。
俺だって、時間に余裕があるのであれば、こんな恥ずかしくて度胸がいるようなことはしない。
あのまま美咲が戻ってくることと、こうして強引な手段を取ることを天秤にかけただけの話だ。
「ヤモリが怖いなら目を瞑っていてください。すぐなので」
「はい……」
今度は彼女も素直に聞いてくれて、笹川先生が目を閉じた後すぐに俺はドアをくぐって廊下に出た。
そして、タイミング悪く美咲が脱衣所から出てくる前に、さっさと笹川先生を床に下ろす。
「ありがとうございます……」
「いえ、気にしないでください。ここからはもう大丈夫ですよね?」
元凶となるヤモリはリビングにいるままなので、笹川先生は一人で心愛が眠る部屋へと行けるはずだ。
「はい、ご迷惑をおかけしました……」
「あはは……まぁ、困った時はお互い様なので」
もう二度とごめんだけど――という言葉は当然呑み込んだ。
美咲の件がなければ全然かまわないのだが、思った以上に彼女の独占欲が強くて嫉妬深いので、もう修羅場になるような出来事はごめんだった。
まぁ……一緒に暮らす以上、避けては通れない道なのだろうけど。







