第142話「狙われる?」
「笹川先生も?」
何か思うところがあるかのように俯きがちになった美咲を見て、俺は先を促してみる。
すると、彼女の視線が再び俺の目に向いた。
「うん……お姉ちゃん、私と同じで子供が大好きで……昔はずっと、子供がほしいって言ってたの……」
心愛に接する態度を見たり、保育士をしていることを考えたりすれば、笹川先生が子供好きだというのは容易にわかるだろう。
住んでいるマンションも、子供ができた時に困らないよう部屋を用意してあったのだし、きっと結婚してすぐにでも子供はほしかったはずだ。
旦那さんが亡くなっていなければ、今頃心愛と同じくらいの子供がいたのかもしれない。
……だから、美咲は笹川先生のことを持ち出したのだろう。
心愛を、自分の娘のように思っているところもあるのではないか、と。
「心愛は笹川先生大好きってのを全身から出してるけど、笹川先生は別に溺愛しているようには見えないけどな? 保育園児の一人、として接しているように見える」
「それはそうだよ。心愛ちゃんはまだ幼い子供だけど、お姉ちゃんは大人だもん。保育士としての立場だってあるんだから、態度に出したりなんてできないよ」
つまり、心の中では心愛のことを溺愛している可能性があるということか。
まぁ、あの子は天使みたいにかわいいのだから、それも仕方がない。
血が繋がっていなくても、誰だって甘やかしたくなる子なんだから。
「……また、来斗君が変なこと考えてる気がする……」
俺のシスコン的考えを察したのか、美咲が至近距離からジト目を向けてくる。
こういう時は勘がいいんだよな、この子。
いや、普段は勘がいいのに、恋愛や鈴嶺さん関連になるとポンコツを発揮して勘が悪くなるだけかもしれないが。
「俺としては、心愛が懐いていることもあって甘やかしてもらえるのは問題ないんだけど、何か心配ごとはあるか?」
美咲の予想があっていると考えた場合、心愛と笹川先生は共依存の関係ということになる。
しかし、心愛が笹川先生大好きアピールをするのは、幼い子供が保育士に懐いているだけだ、と誰もが思うだろうし、笹川先生もこれまで見ている限り態度に出さないと思う。
となれば、特段何かまずいこともなさそうなのだけど、それはあくまで俺から見てそう思うというだけなので、美咲の意見を聞いてみた。
「直接的にはないかな……? 一緒に暮らし始めたのもあって、心愛ちゃんがよりお姉ちゃん離れできなくなる気はするけど……」
うん、それは俺もそんな気がしてる。
というか、絶対心愛は笹川先生から離れなくなるだろう。
もしかしたら――ではなく、ほぼ間違いなく、夏休みが終わって美咲が家に帰るようになっても、心愛は笹川先生を引き留めるはずだ。
「直接的にはって言い方が気になるな……。何か、間接的に問題があるのか?」
「まぁ……これはあくまで、そうなるかもってだけだけど……お姉ちゃんの、子供ほしいって欲求が増す可能性は結構あるかなって……。心愛ちゃんがかわいすぎるからこそ、その気持ちを刺激される可能性がありそう……」
「あぁ、なるほどな……。だけどそれは、笹川先生が新しい恋愛を始めるいいきっかけにもなるんじゃないか?」
現在笹川先生は、夫の死を引きずって新しい恋をする気はないはずだ。
それは亡くなった夫を想う気持ちとして立派だけど、彼女の幸せを考えるといつかは前を向いたほうがいいと思う。
その理由が、子供がほしいというものでもいいのではないだろうか?
俺はそう考えたのだけど――。
「新しい恋愛か、子供だけがほしいってなるかはわからないけど……そうなった時、絶対来斗君が狙われる……。お姉ちゃんがあんなに褒めた男の人って、旦那さんと来斗君だけだもん……」
美咲は俺の膝から下りてこちらに背を向けると、思うところがありそうな表情でブツブツと何かを呟くのだった。
なお、独り言を呟いた後は俺の膝の上に戻ってきたので、単純に俺に聞かれたくなかっただけのようだ。







